SideA 怨嗟は斯くして連鎖して22
「何食ったらあんなでかく育つんだよ」
「どれだけ食べても成長しないやつもいるっていうのにな」
「……きっとろくなもん食ってないんだろうなあの鳥女。体ばかりでかくなってもおつむは変わらないだろうに」
「ほんと何を食っても変わらないしおつむもなぁ……」
「おい、もしかして喧嘩売ってるか?」
二人並んでクロエラが舞う空を見上げていたシーアとドラグス。ドラグスはしらけた様子で横で笑い声を漏らすシーアを肘で突く。
「まあ冗談はさておき、あいつもう食っていいぞ。お前飛べるだろ? あと燃える拳で殴れば生食も回避できてお得? 適材適所だろ」
「竜翼は結構疲れるんだよなぁ。てかあいつの狙いはお前じゃないのか?」
「いやいや、共犯でしょ? ほら、その証拠に私たちの方に向かって突っ込んでくるぞあいつ」
「いやいや、完全にお前のせいだろ。ちょっと離れるわ」
「待て待て、って……お前はもっと待て!」
二人のやり取りなど当然意に介さず低空飛行で真正面から突っ込んでくるクロエラ。その瞳は黒に映えるように赤く血走り、怒りをあらわに甲高い声を奏でる。
本体を追い越すように飛ばされた羽はさながら投擲された長槍のようにヒュンという風切り音を上げ二人へと襲い掛かる。それをシーアは腰に差していた剣で……ドラグスは握りしめた拳で払うように殴りその矛先をそらす。
羽根を全て捌いた先から矢継ぎ早にミサイルのように突っ込んでくるクロエラ。流石にそれを真正面から受けるのは避け、二人して地を這うように伏せ頭上すれすれを抜ける形で過ぎ去るクロエラをやり過ごす。
「あいつ……もう理性なんて無いのかもしれないな」
遠ざかるクロエラは遥か遠方の空にてゆっくりと旋回し、勢いをつけるためにとそのまま天高く舞い上がっていく。その光景を眺めながら膝についた土を払うシーア。
「あれじゃあ鳥というか怒り任せの獣。少なくともまともな思考ができるならあの巨体化は避けるはずだ」
「そうなのか?」
「ああ、既にあの巨大な鳥の姿のやつとは戦闘済み。前に戦った時で懲りたと思ったんだがな」
「うん?」
「体がでかいってことはそれだけ的が大きいってことだ。ちょこまか飛び回られるよりは向かってきてくれる方が楽だし……ああ、そうか……」
ドラグスの会話の中で思い至った答えにシーアの表情は刹那もの悲しいものへと変わる。だが、その感情を押し殺すようにやんわりと微笑み再度攻撃に移ろうと迫りくるクロエラを見つめる。
「あいつも……あいつもさっさと大好きなやつのところにいきたいんだろう」
シーアはやれやれと首を横に振り、手にしていた剣をしまうとすっと右腕を横に伸ばす。それと同時にその白い肌を走る紅。
「恨みつらみが連なって生きてきたあいつの人生。その最後に残ったあいつの怨嗟……終わらせてやるさ。"インテンシファイ"……」
腕を包むようにして現れた光る紋章。そこからまるで鞘に納まった武器を抜くかのように、シーアはスラっと長く伸びた刀身を持つ極大剣を取り出した。自身の身の丈を楽に超えるであろう武器を紅の紋章を滾らせた腕が軽々と支え、先ほど手にしていた直剣と変わらぬ様子でぶんぶんと素振りする。
「手……というか拳を貸してやろうか?」
「そうだな……このあとあいつの亡骸を弔うときは頼らせてもらう。結局用のないやつだったが、どうも私は希源種と縁があるみたいだ。ある意味"似たもの同士"だから……な!」
一旦勢いをつけるために急角度で上昇していたクロエラは緩やかな弧を描き、地面に向かい急降下する。そして地面に近づくとランディングよろしくまたも地面と平行に……そして低空にてまっすぐにシーアへと向かう。
それに対し今度は真正面から受けて立たんと極大剣を両手で構え、ぶれることなくクロエラへとまっすぐ突き進む。
その距離およそ100メートル……互いににらみ合い、互いに引くそぶりも見せずまっすぐに引き合うようにその距離を詰めていく。
その距離およそ50メートル……なおもぶつかることを厭わんと速度を上げていく。シーアの表情は臆するとは無縁。口の端が高揚感から自ずと緩んでいく。
その距離およそ10メートル……クロエラは嘴を開き、シーアを飲み込まんと咆哮をあげながら最後の加速。それを迎え撃つシーアは地面を何度も蹴ってはその都度剣を大きく薙ぎ払うように振り回す。その遠心力からシーアの体は幾多ものスピンを重ねていく。その姿はさながら回転する丸鋸。
その距離1メートル……負ける気など微塵も考えぬクロエラはその身を弾丸にシーアへと。激しくその身を回転させるシーアは最後に思い切り地面を蹴り、高々と飛翔。空中でその身をひねり、渾身の力で地面に叩きつけるがの如く極大剣を振り下ろす……その刀身に青く激しく輝く稲妻を纏わせて……。
「"カラミティ"……ブレイク!」
ぶつかり合う"蒼"と"黒"。刹那のフラッシュ。そして黒から迸る"赤"。
急激な空間の歪みとともに縮小する黒の化身。翼を失うと同時に生えた人の足で地面に立つクロエラ。漆黒の衣装に包まれた妖艶な肉体を濁す赤は頭から体へと……そして地面へと流れていく。
「ラパン……さま……」
もはや焦点も合わぬおぼろげな瞳は自身が纏う赤に似て……それでいて全く異なる鮮やかな朱色の空を映す。その瞳が閉じられることなく……クロエラは崩れるように地面へと倒れた。
* * * * * *
「結局お前は遠路はるばる来たくせに何も役に立たなかったじゃないか」
「うるせぇなぁ。別にお前の役に立ちたくて来たわけじゃないし。面白そうだから来てみれば面倒くさそうなのしかいなかったからな。それよりほら、さっさと受け取れ」
ふてくされたように燃え盛る松明を投げるドラグス。それをぎょっとした表情で受け取り"燃えたものを投げるな!"と無言の圧を放ち睨むシーア。
水辺の開けた河原に積まれた民家の破片や柱。その上に置かれた平らで分厚い板に寝かされたクロエラの亡骸。いまそこにシーアの手にした火種が投げられ、彼女の体を燃え盛る赤色が包んでいく。揺らめく炎の輝きの中、徐々にその身は役目を終えた黒へと変わっていく。
「お前……仮にも境界を分かつもので"ヴィンタニア"の外交担当みたいなものなんだろ? そんなふらふらした理由と足取りと性格と顔つきとおつむで来ていいのか……」
「いろいろよけいな言葉をくっつけすぎだろ……いいんだよ、竜人族は自由が信条だ。まして、どいつもあたしのやりたいことを妨げることなんてできないからな」
「それもう不良娘の躾役を誰も負えなくなってみんなあきらめてるんじゃないのか?」
「ほんとあたしにそんな口を利くのうちの国にいないぞ?」
足元に転がる丸まった石をシーアに向かい蹴り飛ばす。それを再度ぎょっとした表情でかわし"あぶないことをするな"と眉をひそめ睨むシーア。だがふと何かに気付いたのかポンと相槌を打つ。
「え? もしかして私優秀な躾役候補?」
「お前にも躾役が必要なんじゃないか?」
「あー、あいにく間に合ってるわ」
〈むむむっ!? 私の"シーアちゃん愛でタイム絶対見逃さない術式"が疼いている?〉
突如聞こえた気の抜けた台詞にシーアは思わずずっこけそうになる。シーアの胸元に視線を向けたドラグスは声の出どころ、そして声の主を察したのか「あー」と口を開け納得したように小さく何度もうなずく。
「相変わらず限定的な術式……いやそもそもよく言えたわねその無駄に長い術式名」
〈ふっふっふ……自分の名前レベルですらすら言える自信……あるかも?〉
「もっと他のことに自信をつけてほしいです、はい」
葬儀の場にそぐわぬけらけらとした笑い声にシーアは大きくため息をつく。
「お前をそんな風にすぐ参らせる奴もあたしを含め竜帝国にはいないな、ははっ!」
〈むむ? そこに聞こえる声は……え? もしかして"ドラコ"ちゃん?〉
「あたしのこと"ドラコ"って呼ぶ奴もいないわ……うちの国にゃ」
シーアが手にする共鳴石を二人でジーっと見つめたのち、互いに顔を合わせ再度ため息をつく二人。
〈てか、え!? 本当にドラコちゃんなの? なんでシーアと一緒に?〉
「あー……話せば長くもなく実にたわいもなく秒で終わるんだが……要約すると暇つぶし?」
「おい、馬鹿にしすぎだろ!」
「あー……観光というかセントガルド王国で食べ歩きってのもあるのか?」
「それはまあ……大体あってるな」
「ほんとろくでもない……なんでいるのよ」
両手を腰にあっけらかんと笑うドラグスを前にがっくりとうなだれるシーア。その視線の先、ドラグスの後ろでなおも燃えていた炎は徐々に勢いが衰え、消えるころにはクロエラの遺体も不思議とその跡すら残さず無くなっていた。
灰を運ぶように一陣の風が吹き抜け、なびく髪を抑えながら風の行く先を眺めるシーア。
「正直ろくでもないあの村長や取り巻きよりは好感が持てたんだがな。今頃はラパンとあの世でよろしくやってるといいな……」
手にした共鳴石を指で優しく撫で、そっとまた服の中に戻す。
「とりあえずドラグスがここにいたのは内緒ね?」
〈いや……ほんと内緒だよ。アリスにも言えたもんじゃないよ〉
「あははははっ! そうだな、ちっこい聖女様に知られるのはいいが……その取り巻きどもにばれるとめんどくさそうだ。ほんと干渉するなとか中立だとかめんどくさいんだよどいつもこいつも他の国の連中も。まあ……うまいこと黙っといてくれよ? あたしはもうおなかが空いたから帰るからさ」
「え? この時間からあの山越えて帰るのかお前!?」
軽い足取りで背を向け、このあとに待つであろう実にヘビーな行軍を散歩感覚で言ってのけるドラグス。あんぐりとした様子のシーアに特に未練もない様子でひらひらと背を向けたまま手だけ振り、壊れた橋の方角、ラヴィルの村の方へと歩いていくドラグス。その後振り返ることも立ち止まることもなく何事もなく去っていく背中。徐々に小さくなっていくその姿をシーアは動くこともできずぽかんと固まったまま見送るしかできなかった。
拙作をお読みいただきありがとうございました^^




