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SideA 怨嗟は斯くして連鎖して21

 最初に動いたのはドラグスだった。ラパンの傍に構えるクロエラ目掛け竜承《ドラゴナイズ》ならではの尋常ならざる脚力でその距離を詰めていく。クロエラは瞬時に翼を広げるとバサバサと羽ばたかせる。


 翼から離れた黒羽は風にさらわれるどころか風を切るようにドラグスへと飛んでいく。それを横に大きく飛んでかわし、着地と同時にゆっくりと顔を上げにかっと笑う。


「ははっ! "ソラ"の翼刃《フェザーファング》みたいだな!」

「あいつは印章術式を使う。鋼のヴェール……それに闇のヴェールだ、気をつけろ」

「あいあい了解。ラパンとかいうやつはなんかよくわからん攻撃をする、そっちも気をつけろ」

「おい……気をつけようがないだろう。もっと他に情報ないのか?」

「ない! がんばれ!」


 清々しい返事と同時にドラグスはクロエラ目掛け走り出す。先ほどと違い、その背中に生えた紅蓮の翼を広げ足を地面から離す。


「竜翼《ドラゴンウイング》……さあ、お前の"主戦場"で相手してやるぞ鳥女!」

「……上等ですわ」


 不敵に微笑みクロエラはドラグスを誘うようにまたふわりと浮かび上昇を始める。


「あ、そういやあの馬鹿クロエラの正体が馬鹿でかい鳥だって分かってるのか? まあ……あっちはあっちで何とかするだろう。それで……お前はどうやったら死ぬんだ?」


 なおも仁王立ちで顔だけをずっとシーアへと向け続けるラパン。


「お前には谷底からの脱出で世話になったから殺したくはないが……いや待て、やっぱ世話にはなってないな。というか一歩間違ってたら逆に谷底の先の奈落に落とされてたな」


 ふと激流に流され落ちそうになった記憶がよぎり剣を握る手に力がこもる。そして足に奔らせた紅の紋章を輝かせ、シーアもまた人間離れしたスピードでラパン目掛け前進する。


「オーソドックスに心臓を貫いたら死んでくれるか?」


 シーアの速度をとらえきれなかったのか、フェイント代わりのステップで近づくシーアの接近を、そして繰り出された剣の突きを簡単に許したラパン。見るからに強靭そうな彼の胸を深々と貫く形で剣が刺さる。


「ほんと……これだから希源種《オリジンワン》は面倒だ」


 呆れ混じりの忌々しげな表情を浮かべシーアは剣を抜き下がる。人であれば鮮血が散っていたであろうその傷穴からは血はおろか水の一滴も流れ出る様子はない。


「"トゥーレ"のように本体が何か別にあるのか? それとも攻撃する場所が違うのか……? もしくは他に弱点が……?」


 剣を構えたままぶつぶつと思考を巡らせ呟くシーア。だが当然それをただ待つわけもなく、今度はラパンがその巨椀をシーアへと向ける。向けたはいいが特に何も放たれる様子のない腕。だがシーアの視線はそんなラパンの背後、ラパンを運んできた水瓶を注視している。その口がいつの間にか自身へと向けられているのだ。


 刹那の思考……敵は何を狙っている? また激流でも放とうというのか。否、その様子はない。その口からは何も出てこない……もしかして出すのではなく逆に……。


 あわただしく駆け巡る推論を遮ったのは肌に感じた違和感。そして考えるより先に反射的にシーアは水瓶の口から逃れるように真横へと走り、雛により荒らされたであろう破られた窓から中へと飛び込み隠れる。


「この肌のひりつく感じ……なるほど、人が干からびて死ぬ……か」


 重々しい足音は窓の外を見ずともラパンの接近をシーアに伝える。それを迎え撃たんと飛び出そうと足に力を込めたが、その土壇場でシーアは思いとどまる。そしてまたぶつぶつと呟き始める。


「隠れている場所はわかっているだろうにやつは水瓶の口を向けるのをやめ歩み寄ってきている。つまり障害物があると水瓶での攻撃には都合が悪いのか?」


 バキッ!


 ラパンの剛力により繰り出された巨槌のごとき拳の一撃。既にボロボロであった民家の壁には軽々と新しい入り口が出来上がる。ラパンが来たのを見てシーアははっとラパンへと手をかざす。


「"アミティ"!」


 放たれたのは漆黒の雷。バチバチと音を立てながらまっすぐとした軌道でラパンへと衝突する。そして刹那ラパンの表面を黒い電流が走ったかと思うと轟々と音を立て炎が舞い起こる。


「……効いている様子はないか」


 燃えている我が身を気にする様子もなく、ポリポリと頭を掻くとラパンはなおもシーア目掛けゆっくりと向かってくる。


「そういえばドラグスも殴っても燃やしても水をかぶったら元に戻ったと言っていたな……いや待て、そのあと確か……殴ったら粘土見たいだったと?」


 シーアは辺りをきょろきょろと見まわし、何かを探し始める。そして調理場と思われる開けたスペースへと走ると目的のものを見つけ口の端を吊り上げるようにして微笑む。


「よかった……割れていないし"中身"もあるな」


 シーアはひょいっと壁際に置かれていた"水瓶"の取っ手を持ち、ラパンへと向き直る。そしてラパンがその歩みを止めじっとシーアの方を……否、彼女が手にする水瓶を凝視している様に固まっているのを見て自身の推理を確信する。


「粘土なら焼けば固まるよなぁ。だが、"過度な水分"を与えたらどうなうだろうな?」


 ラパンはばっと両手を素早く上げると初めて出会った時のように大きな水瓶がラパンを飲み込むようにして現れる。だがシーアも逃がさないと言わんばかりに水瓶を持っていない右手の拳にぐっと力を籠め、眼前の巨大な水瓶へとかけていく。その拳にパチパチと音を立てる……先ほどの漆黒のそれとは違う青い稲妻を纏わせて。


「"カラミティ"……ブレイク!」


 まるで堅牢な壁を爆破するかのようにシーアの拳は水瓶を破砕し、中でなおも両手を上げたままでいたラパンへと不敵な笑みを向ける。


「さあ、水に流してやろう……言葉通りな!」


 シーアはラパンへと目掛け飛び掛かるとその方に着地し、素早く肩車されるかのように両足を滑らせラパンの首をロックする。そして手にしていた水瓶を勢いよくラパンの頭へとぶち撒ける。


「ぐぅぅ……ぐおおおぉ!」


 それまでとは異なりどこか苦悶を感じさせる咆哮。そして振り払うように身を揺らしシーアを引き剥がす。うまく着地できず地面に背中から落ちたシーア。だがすぐさまゴロンと転がりながら立ち上がり、ラパンへと剣を構える。


 まるで熱湯でもかぶせられたように自身を覆う水滴をぶるぶると身を震わせながら払い、何かに気付いたのかはっとその腕を民家の外へとかざす。


「何を……いや、まさか!?」


 シーアの嫌な予感は見事的中したようで、窓の外に目を向けるとラパンを運んできた水辺の水瓶がこちらに向かい倒れている。そしてラパンはシーアではなく自身とその水瓶を遮る壁目掛け勢いよく突進し、突き破る。


「水も滴るいい男にしてやったんだぞ? レディーの心配りを無碍にするのは失礼だなんじゃないか……インテンシファイ!」


 水瓶の口の前に立ち、自身に付着した水分を水瓶に吸わせていくラパン。だがそこに宙に浮かぶ紋章から先ほど村人を助けるのに使ったものと同じ、身の丈はあろうかという堅牢な大盾を構え突撃するシーア。


 ラパンは両手を広げがっしりとその大盾の突進を抑え込もうとする。だがぶつかり合った瞬間、その勢いを殺しきれず刹那、ラパンの足が地面を離れる。相手を持ち上げたような感覚を……チャンスをシーアは逃さない。


「"水辺近く"の水瓶に自分から移動したのはまずかったな!」


 燃え滾る血流のような紅の紋章はいつの間にかシーアの両腕や両足、そして片頬にまで伸びていた。自分の数倍はあろうかというラパンの巨体を盾で打ち上げるようにして運び、そのまま谷底を埋めるようにしてできた河へとラパンもろとも飛び込む。


「ラパン様っ!」


 水に着水する直前にシーアの背中越しに聞こえた悲痛な叫び。くしくもその言葉がシーアに勝ちを確信させた。


 ラパンは仰向けのまま沈んでいく。その伸ばした手で足掻く様子もなく……その身を任せるように。そして徐々にその身がまるで溶けるようにして水へと消えていく。


 水に落ちてしばらく……ピクリとも動かなかったその身が、否、腕が水面に向かいまっすぐと伸ばされる。シーアが振り返ると水面の魚を狙う海鳥のように勢いよく水に潜り、その勢いのままシーアの横を抜けラパンへと向かうクロエラの姿。


 クロエラがそっとラパンを引き上げようとその腕に手をまわすも触れた瞬間、まるでもろくなった泥団子のようにその腕が崩れる。もはやその身を崩さぬよう大人しくすることしかできず、困惑するクロエラ。だがその頭に残されたラパンの腕が伸ばされ、ぽんとその頭をなでるようにして手が添えられる。


 水の中、自身の頭に手を置くラパンを無言のまま見つめ続けるクロエラ。愛しき人の最後の優しさが……愛情が壊れないよう……息の苦しみを押し殺し静かにその最後を見守り続けるクロエラ。


 その様子をしばらく見ていたシーアだが、二人を残し水面へと引き返り陸へと上がる。


「ぶはっ! 寒いっ!」

「なんだお前ら3人そろって水浴びとか」

「うるさい! というか服を乾かしたいから火を貸しなさいよ!」

「あたしの竜炎拳《ドラゴンブロー》を何だと思ってるんだ」


 寒さから身を震わせるシーアを見てふんすと鼻を鳴らし腰に両腕を添えて仁王立ちするドラグス。それを白けた目で睨みながら日当たりのよさそうな草場へと移動しゴロンと横になる。


「あいつ、弱点は水だったのか?」

「だろうな。水瓶だからと盲点だった。お前の"粘土みたい"というのがいいヒントになった。あいつの本体はやはりあの人型の方だろう」

「でもあいつ、あたしとやりあった時は逆に水をかぶって回復してたぞ?」

「言っただろう、あいつは粘土みたいなものだ。表面が傷ついたなら水で表面を溶かしてまた固めなおせば元通りだ」

「はー、なるほどなぁ」


 腕を組み納得した様子でうんうんと大きく頷くドラグス。それを横目にふと地面から感じた違和感に顔を曇らせ額に手を当て嘆き節でドラグスへと語りかける。


「私はちゃんと一匹やったぞ。あとはお前が相手しろよ?」

「ん? なんだ? あの鳥女も死んだんじゃないのか?」

「どうだろうな……あいつの原動力は"怨嗟"なんだろ? 今ちょうど新しい燃料をくべたからなぁ」

「はぁ? あー……そーいうことか」


 ドラグスも遅ればせながら地面から感じる違和感と危機にげんなりとした表情を浮かべる。地鳴りに似た音と急激な水面の揺れ。そしてすぐ様飛び出してきた巨大な黒鳥はまるで津波のように大きな波を立ててその禍々しい姿を現した。そのまま大空へと上昇するとドラグスを……そして最後の怨嗟の対象となるであろうシーアを見下ろすようにしてゆっくりと旋回を始めた。

拙作をお読みいただきありがとうございました^^

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