SideB レイド戦の礼儀って大事だと思います20
「おい有栖、飛鳥ちゃんが空を飛び始めてからどのぐらい時間経ってるかわかるか?」
「おそらくですが、かれこれ15分ほどかと」
「ちっ、残り半分ぐらいか、飛鳥ちゃんの変異術式が持つのは」
「じゅ、十字さん前っ!前!」
有栖の叫び声に俺ははっと目の前に転がる水瓶の口がそっとこちらに向かい音もなく旋回しているのに気づく。くそっ、面倒くさい!
ラパンは姿を現して早々前回のようにまるで地面から魔物を呼び寄せるかのようにして巨大な水瓶を召喚していた。しかもしかも? ラパンとクロエラを飲み込むようにしてだ。んですぐさま倒れその底の見えぬ深淵を俺たちへと突きつける。
まあ……要するに有栖を抱えたまま口から逃げるようにあちこちと走り回っているのが現状だ。しかも面倒なことにラパンとともに水瓶の中に消えたクロエラの眷属どもは都合よく消えてくれることもなく絶賛水瓶を守るようにして大暴れ中。ずるいだろほんと! 自動追従持ちの遠距離キャラとそれを守る盾役とかもう強い組み合わせの鉄板じゃないか!
「面倒ですわね。雛を追い払うだけなら容易ですが……あの水瓶は先ほどから私の放つ精霊術式の全てを飲み込んでいますわ。火で燃やしても……水をぶち撒けて雷を放っても効かないだなんて……あの水瓶何でできてますの?」
「うひひ……私の……ぜぇ、ぜぇ……支配眼でもあの大きさのは……はぁ、はぁっ……持ち上げれそうにない。あと……そろそろ走り回るの疲れてきたんだけど? 移動手段に白馬に乗った王子様の野郎無しオプションが欲しいぞ?」
「要するに馬だけってことな?」
ラパンの呼び寄せた馬鹿でかい水瓶の出現をスタートの合図に、水瓶を中心にぐるぐると走っては休んでを繰り返す命がけのインターバルランニングがはじまっているわけだが、普段運動とは無縁だったであろうF子が既にやばい。
「じゅ、十字さん! 私は自分で走れますからF子さんを抱えて……うわわっ!?」
「ったく、しょうがない奴だな」
「うひゃっ! お、おい十字! レディーはソフトに扱うものだぞ!」
両手で抱えていた有栖をいったん下ろすとすぐさま右手でひょいっと持ち上げ肩で担ぐ。んで空いてる方の手でF子を担ぎ、これまた反対の肩に乗せるようにして担ぐ。両手に華というか両肩に幼女というか……いたたっ! おい背中をつねるな有栖君。悪かったよ。
やれやれと駆け出してはみたが、さてどうしたものか……。二人とも軽いので竜承発動中の俺にとっては軽いもんだがあいにく燃費が悪いんだよなぁどら子の術式は。
俺の横を並走する零華も少しふらついているが精霊術式の対価である睡魔に誘われているのだろう。いや、零華の場合そもそも普段から夜更かしはしないし、もうそろそろ日が跨ぐような時間だしそれもあるのかもしれない。てか流石に三人運ぶのは無理だから術式のご利用は計画的に?
響は以前のトライドの時のように摩子さんからウェポンライトの武器を受け取り、摩子さんと背を向けあうようにして雛鳥をさばいている。水瓶の口が向けられそうになると水瓶を前に素早く左右に分かれるようにしてやりすごし、また背を向けあって戦っている。何も言わずにあの連携……本当に仲が悪いのか良いのか……まあ悪いんだろうけど。
力也はというと……。
「うおっ!?」
俺と入れ替わるようにすれ違い水瓶へと向かい走っていく影。羽織っていた作業着の上着を脱ぎ捨て、タンクトップ姿で突っ込んでいく勇ましき背中だが……。
「おい力也無茶だ! よけろ!」
「飛鳥の危機だ。あまり時間をかけている場合ではない」
猛スピードで水瓶へと向かう力也。それを迎え撃つようにゆっくりと回っていた水瓶がスピードを上げその口が力也に向けられる。だがその銃口が向けられる直前に力也はぐっと足に力をこめ、およそ5、6メートルぐらいはあるであろう水瓶の真上へと飛ぶと転がる水瓶の側面に降り立ち、思い切り腕を振り上げる。
「希源種といえど所詮はただ泥を固めたもの。砕けぬわけが……ないっ!」
鋭い爪の生えた手を握りしめ、槌を下ろすかのようにして水瓶へと叩きつける。だがすぐさま何か違和感を感じたのかはっと目を見開き、力也は慌てて転がるようにして水瓶から降りて走り出す。
何ごとかと思ったが俺の横へと並ぶようにしてやってくると忌々しそうに舌を打つ。
「あのまま上に乗ったままでいたらおそらく我はあの水瓶に取り込まれていたのだろう」
「はい?」
「着地してすぐに分かったがあれは陶器というよりは"焼き上げる前の粘土"……いや、泥沼といってもいいかもしれん」
「な、なんだよそれ。前にどら子は助けに来て早々割ってたみたいだが……まさか今目の前にある水瓶はあんときとは違って別の術式ってやつなのか? それとも割られないようにと水瓶の形状を変えたとかか?」
「わからん。だがあれは割ったり切ったりできるようなものではなさそうだしそもそも砕いたところでダメージが通るイメージがわかん」
いよいよジリ貧だ。しかも雛鳥のほとんどがなおも飛鳥ちゃんに襲い掛かっており、彼女も降りようにも降りれないといった様子だ。あと気のせいか、光を放っていた飛鳥ちゃんの翼、その明るさがなんだか弱まってきている。
俺の不安そうな顔に気付いたのか、飛鳥ちゃんがぐっと唇を嚙んだのち声を上げる。
「私は大丈夫です! 目の前の敵にだけ集中してください! 先に言った通り……足を引っ張るつもりはありません!」
焦りと不安を押し殺して無理やり引き締めたであろう表情で飛鳥ちゃんが訴える。あの年齢であの覚悟……強いんだな。だが……見捨てる気は毛頭ない。
「おい有栖!」
「は、はい!?」
「お前の"クオリティ"であの水瓶をカチコチに固めることはできるか?」
「え? 生物でないならばできそうですが……固めてしまってもいいんですか?」
「ああ、固めさえすれば……いけそうか? 力也」
「任せろ。叩き割るでも叩き斬るでも……望むならどちらでも行ける」
「オッケー、その言葉信じてるぞ。俺たちが先陣を切る。だからついてきてくれ」
俺の期待に応えんとする力也の表情には一切の曇りもない。むしろ王者の余裕と言わんばかりの自信にあふれた笑みを浮かべ両の拳を打ち付けて戦意を昂ぶらせている。
「あらあら頼もしいですわね。ならば……私も少しはお役に立たないといけませんわね。あなたたちは何も気にせずに水瓶に向かいなさい。残っている雛は私が引き受けますわ。絶対にあなたたちに横やりなんてさせない」
零華もくすりと悪戯っぽい笑みを浮かべ、俺たちの突撃の合図を待ちながら横を走る。オッケーオッケー、パーティ戦はやっぱこうじゃなきゃな。
「響! 摩子さん! これから仕掛ける! なんとかして水瓶の中の二人を引きずり出すから悪いが……」
「終まで言うな、十字。飛鳥を救うまで今度は俺たちが時間を稼げばいいのだろう。ラパンとクロエラの相手役、任されたぞ」
「ああ、鳥どもの相手にもこのランニングにも辟易していたところだ。高みの見物をきめている飼い主どもに目にもの見せてやる。というかもうそのままぶっ殺す」
ははっ、戦闘時の摩子さんの変貌ぶりは本当にすぎな。だが、これであとは俺たち次第だな。
俺は肩に担いでいた二人を再度地面に降ろし、素早く有栖をお姫様抱っこスタイルで抱える。息も整い状況を把握しているF子もにかっと笑い親指を立てる。
「うひひひひっ! おかげでだいぶ休めたぞ。聖女様との相乗りとかいう夢のような時間に瞳ちゃん大満足……だったぞ?」
「どんな状況でもぶれないのなお前」
「私の知る相乗りじゃないですね……」
「うひひ、まあここからは騎士と聖女のラブラブ共同作業だ。邪魔する気はないさ」
「おいF子、お前勘違いを……」
「勘違いなどしていない。だからお前たちはお前たちのやるべきことをやれ。邪魔はさせない」
相変わらず態度はふざけているようだが、その表情はいつになく険しく、額に浮かぶ第三の目も併せてその両眼で俺たちの後ろ、その先の水瓶を睨みつける。さあ、準備はできたな。
「キーはお前だ有栖。俺が命にかけてもお前をあの水瓶の傍までエスコートしてやる。頼んだぞ」
「は……はいっ!」
皆の期待にプレッシャーを感じるでもなくむしろ喜びを感じたかのように有栖は力強くその小さな拳に力を込めた。
* * * * * *
俺たちのやり取りを聞いていたのだろうか。水瓶はぐるぐると回るのをやめ、明らかに俺たちに狙いを定めるかのように動き出す。そして雛鳥たちもまたその多くが水瓶を守るかのようにその上を旋回し始める。
「しっかりつかまってろよ、有栖!」
「はいっ!」
竜承の力を出し惜しみすることなく発揮し、水瓶目掛け突っ走る。それを見た雛鳥達が流星のごとく俺たち目掛け落下してくる。
「そのまままっすぐ走りなさいな……寄り道はおすすめしませんわ! フラム……スパイラル!」
俺たちの背後、零華が伸ばした腕を軸に螺旋状に広がる炎の渦。それはまるでトンネルのように俺が行く道を照らし、逆に襲い掛かる雛達から俺たちを遮る。
「これなら……」
「じゅ、十字さん! 水瓶の口が!」
炎のトンネルの出口、その先に広がる"もう一つのトンネル"の入口。まずいな、炎があって横に反れるわけには……。
「止まらず進め!」
背後から聞こえたF子の怒号に俺は覚悟を決めかっと目を見開き速度を増す。その視線の先で水瓶は……ははっ、ゆっくりとだが起き上がっていく。
「支配眼……持ち上げるには及ばないが……このぐらいは今の私でもできる! 三幻眼の魔女をなめるなよ希源種」
炎から飛び出すように飛翔すると残っていた雛が最後の足掻きと言わんばかりに黒い靄のように群れを成して突っ込んでくる。残念だな。狙いがまとまってくれて逆に大助かりなんだよ!
「明日のバイトはろくに接客時のあいさつできないかもだな……"ハウリング"!」
音の衝撃に数多の雛が暴風にさらわれるかのように吹っ飛んでいく。その荒れ狂う中をただただ前へと進む。
「有栖!」
「はいっ!」
抱えていた有栖の体を前へとむけると有栖も手を伸ばし、その手が水瓶へとたどり着く。
「"クオリティ"!」
見た目こそ変わらないがパキパキという氷結音のような破砕音が響く。それと同時に俺たちの背後から飛び出し獲物へと襲い掛かる狩人の影。
「我が拳を牙に……噛み砕く! 百獣帝槌!」
それまで長く伸びた爪を生やしていた拳は消え、まるで数多の鋭い牙を纏ったような棘付きの拳へと変異している。痛そうだし絶対にあの拳で殴られたくない!
バキッ!
とびかかった勢いを乗せ振り下ろした力也の槌のように打ち付けた一撃はすさまじい衝撃を放ち、それに負けた水瓶がぴきぴきと亀裂を広げていく。
「忌々しい……"あの女"以外にもおかしな術式を使う女性がいただなんて……あ、訂正しますわ。お嬢ちゃん……でしたわね」
「て、訂正の必要あります!? ないですよねっ!」
衝撃に砂塵が舞う中、割れた水瓶から姿を現したのはうんざりとした表情のクロエラ。手でパタパタと舞い散る粉塵を払い、大きくため息をつく。
「それとそちらの天人族"モドキ"の方?」
「ん? 俺?」
「ええ、あなたですわ、あ・な・た。"ハウリング"を使っていましたが……それ以前のその動きは竜化術式の竜承……ですよね?」
言い当てられてドキッとしてるのが本心だが……落ち着け俺。悟られるとたぶんよくない気がする。ここは隠し通すが吉。
「まあ、動く所作は無駄だらけなのに身体能力だけ馬鹿を絵に描いたように異常に高いようでしたからだんまりを決め込んだところで筒抜けなんですけどもね」
「おい、正解の言葉をくれてやるから謝罪の言葉をよこせ……っ!?」
クロエラの差すような視線に思わず背筋がピンとなる。俺の力量を推し量らんとしているのだろう。そこに出会ってすぐのおどけた様子はなく、確実に俺を殺すための剣呑とした表情での推察が怖い。以前のトライドと違い、ぞくりと身を震わせる何か。ああそうか……これがこの世界ではまずお目にかかれない命の駆け引きというやつなんだろう。
「さて、貴様を殺せばあの眷属は消えるのか?」
少し気圧されていた俺の肩に手を乗せ「代われ」と言わんばかりに後ろへと引き、その反動でグイっと前に躍り出る力也。その瞳はクロエラ以上に凄みのある眼光を放っている。
「せっかちな殿方は嫌われますわよ?」
「そうか? スローペースなお前のやり方には女の私もうんざりだぞ?」
そういって粉塵に紛れ手にした剣を構え急速に接近する摩子さん。だがそれを察して慌てて翼を広げ空へと逃れるクロエラ。
「天魔族……」
忌々しそうにクロエラを見上げる摩子さん。その姿を同じくどこか忌々しそうに見下ろすクロエラ。なんだ? 天魔族となんか因縁が?
「クロエラぁ!」
クロエラとは対極の輝く翼を広げ、再度同じ空という舞台に上った標的に向け突撃する飛鳥ちゃん。自身に迫る雛の攻撃を無視しての仕掛けにクロエラもはっと驚きを隠せない様子だったが……すぐさま飛鳥ちゃんに向け手をかざすと空中に何かを描くように指を動かしている。
「あれは……飛鳥、退け! "闇のヴェール"だ!」
摩子さんの警告に急激に勢いを殺す飛鳥ちゃん。あと数メートルというところで宙返りのような形で向かう方角を変え距離をとる。その視線の先、クロエラの正面にまるで空中で燃える黒い炎のような空間の歪みが生じている。
それは奇妙な光景で、飛鳥ちゃんの天空光輝が発した眩いほどの光を飲み込むように打消し……いや、まるで光を燃料にその歪みを広げ、周囲を暗黒へと包んでいく。
「なんだよあれ?」
「あ、あれは印章術式の闇のヴェールです! 描いた紋章を中心に周囲を闇に包む術式です」
「おいおい、それじゃあいよいよ飛鳥ちゃんがまずいぞ。彼女は暗い所じゃ人一倍目が利かないんだぞ」
「どどど、どうしましょう十字さん」
なおも拡大する黒い歪みと闇。流石の飛鳥ちゃんもまずいとわかり距離を取ろうとするがそこにまた雛鳥たちが襲い掛かっている。先ほどの無謀な突撃もあって至る所に傷を負っているせいもあってか少し動きも鈍くなっている。
「ふふっ……ラパン様? 今度は私が先に行きますわ。もう二度と"あなた様を先に逝かせてしまうことがないよう"に……」
闇のヴェールの歪みに飲み込まれるようにして闇に溶けていくクロエラ。だが突如その歪みがさながら心臓の強い鼓動のようにドクンと拡張するように脈打つ……そして……。
「おいおい嘘だろ……ここで"第二形態"かよ」
その毛並みは闇のヴェールの生み出した闇よりも黒く……その身はラパンですら小さきものと錯覚させるほどの巨体。大きさ30メートル越えだっけか……単なる出まかせだったらよかったんだが、その光景は黒い炎から生まれた漆黒の不死鳥。
「ラパンもいつどこから襲ってくるかわからないってのに……飛鳥ちゃんの残り時間もそろそろやばいはずだ。いよいよ正念場だな……」
朝を告げる鶏のそれと対を成す真夜中を劈く咆哮。想像はしていたがいざその巨大さを目にすると言いようのない絶望感に襲われる。だがそれに屈するものはここにはいない。
緊張から有栖を抱えていた腕に思わずぐっと力がこもる。それを感じてか有栖は不安を押し殺すようにきゅっと唇を噛み締め俺の顔を覗き込む。そんな顔するなよ。お前も飛鳥ちゃんもまるっとなんとかしてやるから……でもほんとどうしようあれ……。
拙作をお読みいただきありがとうございました^^




