SideA 怨嗟は斯くして連鎖して20
遠目から見ると異様な光景で……控えめに見ても異常な戦闘が街中で繰り広げられている。飛び交うのは鋭利な輝きを放つ漆黒の刃のような翼。そして光る紋章から飛び出す……というよりも射出されていく剣の数々。
片や空を舞うかのように駆け抜け襲い来る数多の剣をかわし……片や地面を目にもとまらぬ速度で駆け抜け、雨のように降り注ぐ漆黒の刃の危機を潜り抜けていく。
「やはりその術式……印章術式の"鋼のヴェール"か。その薄汚いローブで隠しているが、大方背中にでも直接印を纏わせているな?」
「薄汚い? 一言多いですわね。ガサツで野蛮なあなたに衣服をどうこう言われるのはなんだか釈然としませんが、ご名答ですわ」
「二言余計だぞお前」
シーアとクロエラは激しいせめぎあいの最中にもかかわらず互いにあっけらかんとした口調で悪態をつく。シーアの推理に答えを見せつけるかのように纏っていたローブを脱ぎ捨て、背中が広くあいた漆黒のドレスをあらわにする。その背中、黒い翼の根元を囲むように光る紋章が浮かんでおり、その紋章を境に翼が鈍い光沢を放っている。
「お前メイドだったんだろう? その割には随分と戦い慣れすぎてないか? その翼は"あの薬"によるものだろうが、"紋章をくぐったものの硬度を飛躍的に上昇させる”鋼のヴェールとの組み合わせは結構面倒だぞ? 客人に手間をかけさせるとかメイドの風上にも置けないぞ?」
「不審者の対応も立派なメイドの務めでは? 大人しくお引き取り、というか息を引き取っていただけると助かるのですけれど? それに、あなたこそそのでたらめな術式は本当になんなんですの? まさか……あなたもあの女に薬をもらった口?」
「"顔"は知っているが"アナザー"とは会ったことも話したこともない……なっ!」
会話の終わりと同時にぐっと足に力を入れ、さらに速度を増しクロエラの猛攻をかわしつつ距離を詰める。シーアの放っていたインテンシファイの剣から逃げるうちに知らず知らず高度を落としていたことに気付きはっと翼を羽ばたかせ上昇姿勢に入る。
「いい加減空を飛ぶのをやめろ」
「お近づきになりたくないので遠慮しますわ!」
手にした剣を突き刺すように構え、急接近の勢いを殺すことなくシーアが突っ込もうとするもクロエラとの間に黒くよどむ紋章が浮かんだのを見て距離を詰めるのを急停止する。
「"闇のヴェール"か……」
浮かぶ紋章の黒く澱んだ歪みが徐々に広がり、まだ陽も昇っているというのにそれを遮るように徐々に暗闇を生み出していく。
「紋章の位置が分かっていれば……邪魔なだけ!」
シーアが剣を横に構え、宙に浮かぶ紋章を一閃するとぐにゃりと空間が歪み、徐々にまた暗闇が消えていく。
「邪魔ができれば十分ですわ! お馬鹿さん!」
「あ、ズルい!」
暗闇の先で悠々と空へと逃げるように飛んでいくクロエラを見て不満げに地団駄を踏むシーア。苦労して接近したのがパーとなり、宙に浮かぶクロエラを見て隠すことなくめんどくさそうな表情を浮かべ大きなため息をつく。だがすぐ様何かに気付いたようで、にんまりと悪人染みた笑みを浮かべる。
「なんだ? そっちはもう終わったのか」
シーアの問いに眉をひそめたクロエラ。だがすぐさまその相手が自分でないと気づきはっと振り返る。
「なんだ、こっちはまだ戦闘中だったのか? お邪魔虫だったか?」
「いや、大歓迎だ。お前空飛べるからむしろ適材適所だぞ?」
真っ赤な鱗を纏う翼をばさばさと羽ばたかせ、ドラグスは緊張感の欠片もない様子で上空からクロエラ、そしてシーアを見下ろす。
「あなたが暴虐竜女……はっ!? ラパン様は!? ラパン様はどうした!」
「ふっふっふ……あたしがここにいるんだ。答えは一つだろう」
空中でにやにやとしまらない顔のドラグスを忌々しそうに睨むクロエラ。その後ろで同じく余裕が戻り表情が和らぐシーア……だったがすぐ様その目を細める。
「ん……? おい、ドラグス?」
「なんだ?」
「お前本当にラパンはどうした?」
「おう、あいつ面倒そうだから連れてきてやったぜ!」
「なんでよ!?」
ドラグスがやって来た方角、ヴィルギの村と今自身がいるラヴィルの村をつなぐ橋があった谷は溢れかえらんほどの水が溜まっている。そしてそこに愉快な軌道で揺れる大きな水瓶が自分たちの方に向かって流れてくる。
「お前の担当だろあれ! きっちり仕留めてから来なさいよ!」
「うるせぇなぁ。あいつ殴っても燃やしても結局水かぶったら元に戻ったんだぞ? おまけにあの本体みたいな水瓶、殴っても粘土みたいで手ごたえがないんだよ」
「絶望的な情報ばっかりじゃなく少しは耳寄りな情報寄越しなさいよ」
「そ・れ・よ・り? 食い物持ってたら寄越せよシーア! あたしこの国入ってからあんま食べてなくってさ。そろそろ腹減って倒れるぞあたし」
「お前ほんとふざけるなよ」
自分を挟み上と下でぎゃあぎゃあと喚く二人にしばらく呆けていたが、ラパンを乗せた水瓶が岸につき、中からのそのそと巨体が出てきたのを見てクロエラはほっと安堵した表情でラパンのもとへと飛んでいく。
「心配しましたわ、ラパン様。ああ、お召し物がだいぶ傷んで……あの飛んでいるお馬鹿さんにやられたんですのね? また仕立て直さないといけませんわねぇ」
「おい、馬鹿って言ってるの聞こえたぞ鳥女」
「いいぞクロエラ、あと100回ほど大きな声で言ってやれ」
「おいこらシーア!」
宙にいながら翼をたたむとまるで幻であったかの如く翼はフェードアウトし、舞い戻ってきた引力と重力に従い落下するドラグス。もちろん、鮮やかに着地するとどたばたとシーアの方に駆け寄りその胸ぐらをつかむ。それに負けじとシーアもドラグスの胸元をつかみ返す。
もはやクロエラとラパンの存在を忘れ額をつけバチバチと火花混じりのフェイスオフ状態の二人。それを傍目にクロエラは呆れていたがラパンがじっと自身を運んできた水瓶を見つめていると何かを察したクロエラがその開いた口へと走り出す。
「あ……あははっ! あはははははっ!」
狂ったような歓喜の声に流石の二人も何事かと声の主へと視線を向ける。その先で水瓶の中から人の頭サイズ程の大きさの何かを二つ両手にとり、嘲笑とも喜びともとれる笑い声をなおも上げるクロエラ。
やがて彼女が手にした"人の頭サイズ"のモノの正体に気付き二人はうげっと顔を引きつらせる。そう、それはまさに"人の頭"……それも見覚えのある者達の乾いた生首。
「これで忌むべき者……"私の命の根源"だったものはなくなった! あはは、あはははっ!」
なおも笑い声が止まらぬクロエラ。だがその瞳は徐々に潤いを増していき、耐え切れずあふれ出した涙が彼女の頬を濡らす。
「これで……これでお別れですわ、ラパン様。私はもう存在する理由がなくなりましたわ……うぅ……あは……あははははっ」
「……」
背後で自身を見守るように立ち尽くすラパンに目を合わせることもできず……クロエラは手にしていた"バート"と"ブラン"の首を興味が無くなったぬいぐるみのように乱雑に投げ捨てる。
「私はもう何時消えてもおかしくないのでしょう。それでも……それでも私は最後まであなた様の傍に……ねえ? ラパン様」
「……クロ……エラ」
それまでと変わらぬとぎれとぎれのたどたどしい言葉。それでもどこか寂しさに包まれたラパンの声は静まりつつある周囲へと広がるように反響する。
「どうしてこれまでいつでも殺せただろうその二人や村人を生かしていたのかと思ったが……もしかしてそういうことか?」
状況が読めず首を傾げるドラグスをしっしと払いのけ、ぽつりとクロエラへと疑問を投げかけるシーア。その問いにクロエラは満面の笑みで黙ったままこくりと頷く。
「薬を飲み終えた私にあの女は言いましたわ……私をこの世に在らしめているのはもはや醜く汚れた怨嗟の心のみと。"この感情が無くなるときが私の亡くなるとき"だと」
「……随分とえげつない制限をまた与えられたものだな」
「それでも……ラパン様と共に過ごした"生まれ変わってから"のこれまでの時間は人生で一番幸せな時間でしたわ。村人を贄にラパン様共々力を蓄え……私たちの人生をめちゃくちゃにしたブランやバートを……エイド家のこれまでの良政を忘れのうのうと暮らすこの村の連中を……こうしてめちゃくちゃにしてやったのだから」
くるりと身を翻し、背後にいたラパンにギュッと抱きつき顔をうずめるクロエラ。
「唯一の心残りは私が亡くなった後もなおさまよい続けることになるあなた様のこと。願わくば永久にお傍に仕えていたかった」
身を寄せるクロエラの背にそっと手をまわし優しく支えるかのようなラパン。そして眺めるその視線の先もわからぬ穴の開いた顔代わりの面をシーア、そしてドラグスへと向け、しばらく押し黙っていたかと思うと突如顔を上げ咆哮を上げる。
突然のラパンの行動にクロエラは驚きから目をぱちぱちと瞬かせていたがシーア、そしてドラグスはラパンの意図を汲んだようで、そっと戦闘に向け武器や拳を構える。
「面倒だった村の連中をいい感じにお前が間引いてくれたおかげで証拠隠滅の手間が省けた。その礼を仇で返すことになるが……最後のお前たち二人の時間を邪魔してやろう」
「お邪魔虫ってやつだな」
ぽかんとしていたクロエラの頭にポンとラパンの手が置かれる。見上げるようにラパンを見つめ、そしてそっと空いたラパンのもう一方の手を両手で握り、顔を赤らめて俯く。
「いいんですのラパン様? 相手は得体のしれぬ術式の使い手に境界を分かつものの一人。いくら私たちといえど……」
「……"ハクア"」
ラパンがつぶやいた名にクロエラがはっと顔を上げる。ピクリと刹那眉をひそめたシーアだが、そっと腰に差さる剣を抜きその切っ先を二人に向ける。
「最後に私と踊っていただけますか……ラパン様?」
「……」
カクンとうなだれるように前に垂れた頭を見てクロエラの口元に笑みがこぼれる。潤む瞳を手で拭い、そっとラパンの横に立つようにして手をシーア、ドラグスへとかざす。
「私は憎まれ役のプロみたいなものだ。その命が尽きるまで存分に憎むといい」
「あたしが二人まとめて仲良くあの世に送ってやる……覚悟しろ」
対峙した二人と二人。もはや廃墟と化した村の中央で見守る者はいない。夜の優雅な舞踏会とはほど遠い荒れ果てた舞台。それでもスポットライト替わりと言わんばかりに天辺に昇る太陽は間違いなく四人を主役と認め、惜しみなくその光で演者たちを照らしているように見えた。
拙作をお読みいただきありがとうございました^^




