SideB レイド戦の礼儀って大事だと思います19
飛鳥ちゃんの通う金凛高校は静かな住宅街に囲まれた中、小高い丘の上にひっそりと建っている。辺りの住居よりも高地であり、周囲に植えられた街路樹もあって街の中にあっても学生たちの姿は通学時を除き人目に付くこともない。校舎だけでなくグラウンドで部活動に励む姿なども声こそ聞こえれど辺りに高層ビルなどもないことから不審者の盗撮対策もさして必要ないのだとか。
「うひひひひっ! ここらへんに監視カメラがあればアオハルスポーティJKのキャッキャウフフでめくるめく百合ラブのライブ映像がサブすく料金無しで見放題! おい飛鳥! これはもうセキュリティ向上のため哀願、申告、苦言を添えてで目安箱につっこめ」
「セキュリティ維持のため無視でいいぞ」
「うひひひひ、スルー非推奨」
F子の場の空気を読まない陽気で邪な要望に他のメンバーも俺同様にため息をついている。零華なんか頭痛がしてるみたいだぞ?
「あ、あはは、F子さんはすごいですね」
「まったく、少しは配慮や節度という言葉を学ぶといい、瞳よ」
「そーいうのは面倒で瞳ちゃんわかりたくないよぉ……ふえぇぇん」
わざとらしく泣く仕草に力也は再度大きなため息をつく。まあこの状況でこんな冗談が言えるというのもF子らしいというかなんというか。先ほどまで神妙な面立ちで固定だった飛鳥ちゃんまで苦笑いとはいえ表情が……。
「お前なりの配慮ってやつなのか……」
「うひひひひ、なんだ寝ぼけてるのか? 十字?」
「お前と違って俺は夜行性じゃないからな。そうだな……寝ぼけてたわ、忘れろ」
「うひひひひひっ!」
麓のパーキングから続く坂道を上ること数分。ようやく正門までやってきたわけだが、当然23時を回ろうかというこの時間だから開いているわけもなく……というのが常なのだがお約束の通常とは無縁の光景が目の前に広がっている。
「これが今回の"ボス部屋"なのか……ははっ、なんで門の先に学校じゃなく"村"があるかなぁ」
この世界は元の世界から希源種の存在を隠すかのように、時に世界から隔離されたかのような空間を創り出す。俺の中では通称ボス部屋と呼んでいるわけだが……遠目から見た校舎は消え、寂れた、というよりは廃墟に近い住居の数々。いよいよご対面というわけだな、クロエラ。
「ようこそ、"ヴィルギラ"の村へ。エイド家当主……ラパン様に代わり謹んで歓迎いたしますわ」
村の中央と思われる広場の中心で恭しく頭を下げる黒いフードに身を包んだ女性。そのフードの下にはメイド喫茶にでもそのまま働けそうなシックな給仕服を着ているが……。
「歓迎に感謝しようクロエラとやら。それに応える覚悟はこちらはしている。貴様も死ぬ覚悟はできているのだろうな?」
静かに伸ばすように下ろした右腕の先、握りしめた拳をゆっくりと開くと同時にその爪先が鋭いかぎづめへと変貌していく。クロエラに対峙する力也の背にこれまでにない怒りを感じる。
「うふふ、怖い怖い。どうやら貴方は獣人族のようで。それに……ふふっ、セブンスフォードの7種の種族が勢ぞろい……といったところでしょうか?」
「悪いが竜人族は私用で本日欠員だ。そういうお前んところは相方はどうしたんだよ?」
「相方?」
「ラパンのことだよ。なんだ? 二人で相手してくれるんじゃなかったのか? ここにいないってことは喧嘩別れでもしたのか?」
挑発……のつもりだったのだがクロエラのおどけた表情が瞬時に凍り付く。ああ、まさに憎悪が巣くう顔ってやつか。両手を頬に添え、おぞましい虫けらでも見るような引き気味の表情に……正直傷つくんだけどなんか?
「ああ忌々しい。嘘でもそんな台詞を吐くだなんて……お前はもうその無粋で不細工な面を見たくありませんわ。だから……早々に死んでくださる?」
ひやりとした感覚が背中に走る。それと同時に周囲の民家の中からバサバサという羽ばたく音が風にあおられた木々の葉のように響き渡る。やばい、まさかこの民家の中に雛を仕込んで……。
もはや答え合わせなど不要。というか窓を突き破り大群で襲ってきてるのだからお決まりのピンポンという正解のチャイムが脳内に流れるより先に警鐘が鳴った。
「また焼き鳥にされたいんですの? フラム……プロテクト!」
零華がさっと空を縦に切るように手を振り上げるとそれを合図に地面から火柱が、いや、火の壁が現れる。俺たち目掛け襲い掛かっていた雛鳥の群れの何匹かはその壁に飲まれぼとぼとと地面に落ちてはパラパラと灰のように溶けていく。
「そちらの方は以前見かけた精霊族でしたね。あははっ、さあさあ、次はどなたが自己紹介をしてくれるのかしら?」
雛鳥を何匹も焼かれたというのに気に留める様子もなくクロエラは指揮者のように指を楽しげに揺らす。それが雛への指示だったのかなおも別の雛の群れが俺たちへと向かい飛んでくる。
「十字、有栖」
「なんだ?」
「飛鳥を頼む。あの女は我が……」
「兄様っ! 私も行きます!」
「しかしお前は暗闇では目がきかんだろう?」
「ここなら人の目もないので"あれ"を使っても問題ありません。邪魔はしません……いえ、邪魔なようなら切り捨てられてもかまいません。あれは私の獲物です!」
それまで暗闇の中たどたどしい姿を見せていた彼女はそこになく、勢いよく生えた闘志を現すかのような真っ赤な翼が炎のようにはためいている。
「獲物が一匹に対し狩人は二人……いいだろう、久々に狩りで勝負といこう」
「はいっ!」
力也の返事に自ずとこぼれた笑みを浮かべ、飛鳥ちゃんはふわりと垂直方向に飛翔し、勢いよく羽を広げる。それを見て何事かと思ったがそれ以上に俺の後ろにいたF子が慌てて懐を探り何かを探し始める。
「ば、バカ! ソラ! ちょっと待て待て待て待ってぇええええ!」
「宵闇を蹴散らせっ! 天空光輝!」
F子は飛鳥ちゃんがしようとしていたことをわかっていたのだろう。そうでなければ慌てて"サングラス"なんかかけないよなこの暗いのに。
飛鳥ちゃんの真っ赤な翼が激しく発光している。その強さは夜を打ち消すほどで、まさに太陽を背にする戦士……日出処の女子高生だなもう。
「あはは、獣人族がもう一人。しかもその術式……あははっ! 獣人国の王女様でしたの?」
「お前は法には裁かせない……友達の仇……お前は私が八つ裂きにしてやる!」
宣戦布告とともに勢いよく滑空しクロエラへと突っ込んでいく飛鳥ちゃん。その指先には猛禽類のような曲がった爪が生えており、その姿はまるで弾丸と化した鷹。
それに対し身構えることもせず涼しい表情で迎え撃つクロエラ。激しい金属同士の衝撃音と飛び散る火花。飛鳥ちゃんの一撃を止めたのは腕でも爪でもなく……奴の背中に生えた漆黒の翼だ。
「威勢のいいお嬢様ですこと。でもいいんですの? "いつまで"その術式を維持できるのかしら? ねえ? 獣人族のお姫様」
「黙れっ!」
なおも激しくぶつかり合う両者と鳴り響く金属音。クロエラは誘うようにふわりと宙を舞い、飛鳥ちゃんを見下ろすようにしてちょいちょいと指を動かし誘っている。
「待て飛鳥!」
「クロエラぁ!」
素人の俺でもわかる。飛鳥ちゃんは冷静ではない。だからこそ力也も静止したが飛鳥ちゃんはクロエラを追い空へと昇っていく。
「奴め……ソラの正体に気付いたということは我が境界を分かつものということも察しているな。空でああも素早く入り乱れていてはうかつに"双爪飛乱"を打てん」
「双爪飛乱?」
「ああ、我の数少ない遠距離への攻撃手段だ。両椀の乱撃でカマイタチを巻き起こすといえば分かりやすいか?」
「おお、そんなことできるのか? なんだよアンティの時は遠距離がないみたいなこと言っておいて……」
「ただし生憎狙いの精度は低いぞ? がむしゃらに腕を振り回すようなものだからな。この場にいる全員が各々回避してくれるなら使うが?」
「オッケー、それ封印な? お一人様の時にどうぞ」
やはり力也は近接特化のようだな。こうなると頼みの綱は……。
「さすがに私では飛鳥さんを避けて術式で攻撃はできませんわね。当たってもいいならぶっ放しますが……?」
「俺のハウリングでも厳しそうだな。飛鳥を巻き込んでしまうだろうな……?」
おい、実の兄に「やっちゃっていい?」みたいな顔して許可取ろうとするな。ほら、力也が眉引きつらせてるぞ。
「おい、そろそろ鳥どもの相手を代われ、お前たち」
いつの間にかウェポンライトで取り出したであろう2本の剣を手に鳥の群れを圧倒していた摩子さん。そういやこっちはこっちで群れに襲われてやばかったはずなんだが摩子さん、それにF子も応戦していたのであろう。その額に浮かぶ紫の瞳に移された雛たちがはたき落されるように地面に落ちていく。
「そうだぞ代わって代わって! このままじゃ瞳ちゃんの瞳がドライしてツライからぁ!」
「あとで目薬奢ってやるからもう少し耐えとけよF子」
「い、急いで急いでぇ!」
「待っていろ、瞳」
口を開けハウリングを放とうとする響。だが俺の静止の視線に気付いたのかその口を閉じる。
「生憎俺が使えるのはハウリングのみだ。その喉はまだこの後に向け温存しといてくれ。何が起きるかもわからないし、ラパンもまだ姿を見せていないからな」
「わかった。俺に代わり頼んだぞ」
任された。んでちょっと発声練習。あーあー、オッケーオッケー、F子の瞳と違い俺の喉はまだ乾いてはいない。
「この空間なら騒音によるご近所迷惑もご愛敬だな……ハウリング!」
刹那の空間の歪みとともに周囲の民家がその衝撃にミシミシと軋む。その威力もあって俺の前に映っていた雛鳥どもは大方吹っ飛ばせた。そしてすぐさま反対方向を向き再度ハウリングを放つ。オッケー、喉痛い。ちょっと休ませてほしい。
「あらあら、そちらの冴えない感じのお方は天人族でしたの? 天人族は顔が整った方が多いと聞いていましたが貴方のような方もいましたのね」
おいこら、人の声が出ないのをいいことに暴言いうのやめろ。
「うふふ、天人族にそちらは天魔族に幻妖族。あはは、そちらのオチビさんは何なのかしら?」
あ、言ってはいけない煽り文句。ほら見ろ、最初自分のこと言われたの分かってなくてぽかんとしてた有栖の顔が見る見る赤く……。
「も、もうっ! 初対面の女性相手にそんな暴言! あなたこそ中身お子様なんじゃないですか!」
けらけらと笑うクロエラ。それを遮るように伸びた飛鳥ちゃんの爪を翼でいなすと勢いよく翼を羽ばたかせ大きく飛翔する。
「獣人族の王女に……その兄の"リーガー"。あははっ、境界を分かつものと称された存在が手も足も出ず見ているだけだなんて? あの時の竜人族のお馬鹿さんとは比べ物にならないわね」
クロエラの煽りに表情一つ変えず黙ったままクロエラを睨みつける力也。どら子のことを言ってるんだろうが本当になんであいつ今回さぼりやがったよ。あと力也には効かなくともその煽りは妹の飛鳥ちゃんの逆鱗に触れたようで……。
「兄様を馬鹿にするなっ!」
「あははっ! よく鳴く小鳥ちゃんはうちの雛とよろしくどうぞ!」
まずい、雛鳥の標的が飛鳥ちゃんに集中し始めた。空にいられては俺たちが手を出せないのとは裏腹に敵は加勢ができる。しかもまずいことに飛鳥ちゃんを地面に降ろさぬよう地面を塞ぐように旋回している。
「くっ、おのれちょこまかと……正々堂々戦え!」
「あいにくと荒事は専門外ですのよ? これでも元メイドですから? お転婆なあなたと違って?」
攻撃は雛鳥に任せ、回避に専念するクロエラはひらひらと蝶のように小ばかにした動きで飛鳥ちゃんを誘う。飛鳥ちゃんも追撃をするが絶妙なタイミングで突っ込んでくる雛を迎撃しながらでは攻めきれない様子だ。
「くっ、獣人族との戦い方を知っているな、クロエラめ」
「どういうことだ?」
なおも空中でぶつかり合う飛鳥ちゃんを見ながら歯ぎしりをする力也。ぽんぽんと俺の背を叩く有栖に気付くと有栖もまた不安な表情を浮かべている。
「力也さんや飛鳥さんが使う変異術式はその身を様々に変化させて戦う術式です。そしてその弱点は時限式であることです。飛鳥さんの場合は30分が限度で、その後同じく30分のクールタイムを挟まないと再度同じ部位での変異術式が使えません」
「おいおい、それだとあの翼が無くなったら……」
「はい。クロエラもそれを読んでの時間稼ぎ。このままじゃあまずいですよ、十字さん」
「我もそれがあってこの世界では片腕ずつ術式を使うようにしている。我の場合は10分だ。10分使うと10分経たねば再度同じ部位で術式は使えん」
空中戦に誘導されたのは完全にミスだったというわけか。クロエラはこの中で唯一飛べる飛鳥ちゃんを誘い出し、それを盾に俺たちからの攻撃を牽制している。悪人らしく悪知恵が働くようだ。
「希源種なんて化け物の割には頭が無駄に冴えてる女だな、おいっ!」
「聞こえてますわよ? 失礼ですわね。でもまあ……確かに今日の私は冴えてますわ、ねえ?」
クロエラのにんまりとした笑みから感じた言いようのない不安と危機感。嫌な汗が浮かんで……来ない? まさか!?
「散れお前ら! 狙われてるぞ!」
「どういうことで……ひゃっ!?」
俺は竜承を発動しひょいっと有栖を抱えると急いでその場を離れる。その視界の隅で嫌味に小さく拍手をするクロエラの姿が映る。
俺の声にただならぬ状況を瞬時に理解してくれたようで、各々がその場を離れ散開する。そしてすぐさま自分たちがいた地面の変化に答えを理解した。
「これは……地面が乾いてる……?」
「ああ、どこにいるかと思ったが、飛鳥ちゃんに気を取らせて闇に乗じて俺たちを一網打尽にしようとしてたんだろうな……ラパン!」
いつからそこにいたのだろうか。民家の陰からゆっくりと現れたのは剛健というよりは凸凹と異様に隆起した肉体を持つ巨躯。そして漆喰で塗り固めたようなのっぺらとした黒い面。目と口代わりに空いた穴が背にした月光を受け不気味さを増している。
のそのそとした足取りでこちらに気付いているのかわからないほどにのほほんとした様子で俺たちの前に立ち、ポリポリと頭をかいているラパン。
「あれがパルラの変死事件の犯人……"絶望をため込むもの"」
「あいつが生み出す水瓶に気をつけろ。口の正面にいると体中の水分を奪われるぞ」
悔しいが一番面倒なタイミングでの登場だ。飛鳥ちゃんの救援をしなければいけないというのに、迂闊に目を離せば水瓶の餌食だ。
「さあさあ皆さん空を見上げるだけでは退屈でしょう? しっかりと見てくださいな……ラパン様の雄々しき姿を!」
とち狂ったようなテンションで演劇のクライマックスだと言わんばかりの狂喜に満ちた声で台詞を並べるクロエラ。気が付けばラパンが立つその上空へと移動し、ゆっくりと加工するとラパンの首元に両腕を伸ばし愛おしそうに後ろからおぶさるように抱き着く。
青白い月の光を浴びる中、妖艶な手つきでどこかラパンに甘えるような仕草は思わずぞくりとするも敵ながら美しさを感じてしまう。そんな俺の視線に気づいたのか、クロエラは漆黒の瞳に満月のような金色の光を宿らせにっこりと微笑んだ。
拙作をお読みいただきありがとうございました^^




