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SideA 怨嗟は斯くして連鎖して19

 大柄……といった単純な表現では言葉足らずといわれるであろう。異常に筋肉や骨格が隆起したその身は見た目に反することのない怪力を振りかざす。大振りの拳が空を切るとその勢いは接近するものにとってはさながら刹那の暴風。


 無論その拳に当たろうものならまるで刃のようにその身を抉《えぐ》り相手を苛《さいなむ》むだろう……それが普通の人族《ヒューマンレイス》であればだ。


「ははっ! あたしと殴り合いでやろうとはいい度胸だな!」


 鼻先およそ1センチにも満たないであろう距離を通過する拳を悠々と見切り、鼻で笑うドラグス。ラパンが当て損ねた拳をそのまま引き寄せるようにして裏拳を放つもドラグスはくるりと身を翻してかわし、その回転を活かしカウンターと言わんばかりの回し蹴りを返す。


「……」


 その鋭い蹴りはラパンの横腹を抉るようにヒットするもラパンは気にする様子もなく腕をぶんぶんと振り回し相手を牽制する。


「結構いいのが何度も入ってるはずなんだけどなぁ? タフなのか……それとも不死身ってやつか?」


 自身を捕らえようと両の手を広げ突っ込んできたラパンを大きく飛翔して飛び越えるドラグス。勢いあまったラパンは民家の前に積まれていた木箱の山へと突っ込み、轟く破砕音とともにそれらを破片へと変える。


「まあ化け物が殴るだけで死ぬってのもおかしな話か。なあ?」


 巻き起こった粉塵の中からのそのそと寝起きかのようにゆらゆらとした足取りで姿を現すラパン。ぽりぽりと頭を搔く仕草も相まって戦闘中にもかかわらずどこかのほほんとした様子にも見える。


「殴るだけで死なないなら……殴って"燃やす"ならどうだ?」


 パチンと小気味よい音が鳴り響く。両手を平手でパンと合わした後、その手を拳に変えて再度打ち付けると火打石のような甲高い音とともにその手を炎が包み込む。


「竜炎拳《ドラゴンブロー》……さあ、そろそろ腹も減ったし出し惜しみは無しだ。そのあるかないかわかんない目ん玉に焼き付けろ。暴虐竜女《バイオレンスドラゴン》のその力を」


 言い終えてにかっと口の端を吊り上げ、燃え盛る拳を振りかざしラパンへと急接近するドラグス。ラパンは臆することなく握りしめた拳で迎え撃ち、両者の拳が激突する。だが勢いを乗せたドラグスの拳は倍以上もあろうその拳をはじき返し、体勢を崩したそのボディに空いた拳を打ち据える。ジュっと短く肉の焼ける音とともにラパンの体に黒い痣《あざ》ができる。焼け焦げた跡といったほうがいいだろうか。


 ドラグスは手を止めることなく乱打を放つと徐々にラパンの身が焼け焦げていく。やがてぐっと身を固めるように腕を構え始めたラパンにドラグスはさらに悦に入ったような笑みとともに攻撃のペースを上げる。


 やがて足も止まり、全身のいたるところが炭化したかのように黒く染まり、ぼろぼろと崩壊を始めたラパン。誰が見ても勝敗は明らか……そう思えてもいたし方のない展開だったがそこに水が差される。いや、降り注がれた。


「な、なんだ!? 雨? いや違う……谷の水が……?」


 晴れ渡る空から降り注ぐ水は雨ではない。自身が渡ってきたヴィルギとラヴィルの村をつなぐ橋。その下には底も見えぬ深い谷が広がっていた。だがその谷からあふれ出るかのように湧き上がる水が突如谷底を大河へと変貌させる。そしてその大河から間欠泉のように天へと吹きあがった激流のレーザーが引力と重力に引き寄せられるかのように地面へと降り注いでいるのだ。


「まさかこの水……お前が……」


 気づいたらラパンの黒く燃えていた肌は陶器がひび割れたかのような音とともにまるで脱皮するかのようにしてその身から剝がれていく。そしてその下からは何事もなかったかのように元の肌色を露にする。


「再生? いや、"補充"か? お前、そういや人族《ヒューマンレイス》を干からびさせてるんだったよな。それは単に血を……いや、水分を吸っていたのか? それとも……」


 ドラグスの推察を遮るようにラパンの雄たけびが響き渡る。そしてその咆哮に呼応するようにラパンを飲み込むようにして地面から尋常ではないほどに巨大な水瓶が現れる。辺りに建つ民家とまではいかずとも、中に人が数人住めるのではと思えるほどのサイズの水瓶を前に、ドラグスの顔から笑みが消えた。


「その水瓶で他人様《ひとさま》の"命"をため込んでたってのかよ?」


 自身に向かって倒れた水瓶。開けた口から見えるその中は谷底よりも暗く、終わりなき深淵を彷彿とさせる。だがそう呑気に眺めている余裕はドラグスにはなかった。


 突如襲い掛かった肌のひりつく感覚にドラグスはハッと向けられた口から逃れるように大きく横に飛翔し、着地と同時にすぐさま真正面を迂回するようにして水瓶へと迫り力任せに殴りつける。


 ドラグスの目が異常を察し大きく見開かれる。まるで柔らかな粘土を殴ったような感触。そしてずぶずぶとその拳が沼にでも飲み込まれているような感覚。とっさにその拳を引き戻していなかったらそのまま飲み込まれていたかもしれないという危機感。


「ああそうか。今まで戦ってたのは本体じゃなく、お前がため込んでいた何かなのか? その姿がお前の本来の姿ってやつなのか?」


 巨大な水瓶は意思を持つかのようにゆっくりと倒れたままごろごろと転がり、再度その口がドラグスへと向けられる。


 閑散とした辺りに響くほどの舌打ち。それを合図にドラグスは向けられた銃口から逃げるかのように水瓶を中心に円を描くように走り出す。だがドラグスの推察を裏付けるかのように水瓶はその場で旋回し、逃げるドラグスを追うかのように回転を始める。


「うーん、殴った感じだとあいつタコみたいにぐにゃぐにゃしてるし燃やしても水を浴びたら元に戻ってたしなぁ……」


 面倒さを露骨に表し、走りながらぶつぶつとぼやくドラグス。


「ああいうのはあたしの担当じゃないな……よしっ! シーアになすりつけ……いや、譲ってやろう! あいつああいうのの相手は得意そうだし! よし、それがいい!」


 ぐるぐると走り回っていた足をさらに加速させ、もと来た橋の方へと走り出す。


「あ、た……助けて……」


 どこか子供じみた声で腰を抜かしたまま救いを求めるバート。出会った時の傲慢さは失せ、唇を震わせ哀願する姿にドラグスはにっこりと優しく微笑みかける。


「あいつと知り合いなんだろ? まあゆっくり仲良くしてるといいさ。あたしは邪魔しないよう一旦ラヴィルの村に戻るからさ」

「ま、待ってくれ! おいてかないで……」

「まあ"囮役"……よろしくなっ!」


 パチッと茶目っ気に満ちたウインクののち、その場に小さなつむじ風が起きるほどに速度をあげその場を後にするドラグス。その背に手を伸ばしたころにはすでにはるか遠く。そしてすぐ様接近する死の足音へと向き直る。



 ドラグスを追うようにして自身に向いた水瓶の口はさながら地獄からの門。そしてそこからゆっくりとした足取りで現れたラパンは一歩一歩の重みを踏みしめるように。バートへと向かう。


「ら、ラパン! ま、待ってくれ! 話を聞いてくれ!」

「……」

「謝る! 罪を償う!」

「……つ……み……」


 ぴたりと足を止めたラパン。それを見て最後のチャンスとすぐさまラパンの足元にすがるように這い寄り、何度も額《ひたい》を地につけぺこぺこと謝るバート。


「そ、そうだ、俺の罪だ。"屋敷に火をつけた"ことも……"クロエラに行った仕打ち"も……"お前や婚約者を谷底に落とした"ことも全部俺が償うべき罪だ……死んで逃れるわけにはいかない」

「……」

「頼む……だから殺さないでくれ!」


 言い終えてばっと頭を上げ立ち尽くすラパンを見つめるバート。ぽろぽろと涙を流し顔を紅潮させ、黙ってラパンの反応を待つ。


 沈黙が続いたのは10秒にも満たぬ時間であった。ラパンはそっとバートの頭にその大きな手を乗せる。優しくなでるような仕草に刹那バートの表情が和らぐ。だがすぐさまその目は絶望からかっと見開かれた。


「あ、熱い! あつ、痛いっ! ああぁ……いやだぁああ!」


 チリチリと炎であぶられるような灼熱感がバートを襲う。逃れられぬ地獄の業火に焼かれるかのように激しく身を悶えさせ続ける。姿なき炎はバートのみを徐々に赤黒く染め上げていく。


「あ……死に……くない……」


 干からびていくさなか、その瞳の潤いをも失う最後の最後……瞳無きラパンとバートの視線が刹那交わり、すぐさま力なくバートの頭《こうべ》が地へと転がった。


「……クロ……エラ」


 ぽつりとバートの亡骸へとつぶやいたのち、地面に転がる頭を鷲掴みにし、ゆっくりとした足取りでドラグスが向かった先、ラヴィルの村へと歩み始めた。


 

 

拙作をお読みいただきありがとうございました^^

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