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SideA 怨嗟は斯くして連鎖して18

 石橋を渡った先のヴィルギの村ではラヴィルの村とは違った惨状が待っていた。黒鳥が群れを成していることに変わりはないが、鳥たちは"動かなくなった餌"をその鋭い嘴《くちばし》でついばみ、どこか嬉々とした様子で咀嚼して喉を鳴らす。


 そんな鳥たちに群がられた遺体はただの死体ではない。まるで体中の水分を強引に奪われたかのように乾燥し、ありえないほどに凝縮された干し肉のような屍肉。それが村のいたるところに転がっている様はまさに地獄絵図。


「さすがに死肉を貪ってるのを見ると食欲が萎えて食べる気にはなれないな。それに……これが噂の変死事件。人が干からびて死ぬってやつか」


 十分な餌を与えられたからであろうか。それとも本能的に目の前を場にそぐわぬ物見遊山といった気楽さで歩く女性、ドラグスに危機を感じたのか。とにもかくにも鳥たちは警戒こそすれ、自分たちから彼女に襲いかかろうとはしなかった。


「さすがにこの異変は鳥どもの仕業じゃないだろうし……もしかして鳥のやつとは他に何かいるのか? 希源種《オリジンワン》が?」


 考え込むようにして黙りこむも10秒と持たず、降参と言わんばかりにばっと大きく両手を上げドラグスは体を伸ばす。


「うん、考えてもわからん。だれか生き残ったやつにでも聞くか……ってかいるのかこれ? うわわっ!? な、なんだ?」


 自分が数分前に渡ってきた石橋の方角にて鳴り響く爆音。渡った際には逃げ惑う人々でごった返していたため、ばれないようにと早々にその場を後にした。その中には何者かの指示で火薬が詰まったであろう木箱を橋へと運ぶ者もいたのだが……ドラグスの気に留まることはなかった。


「びっくりさせやがって! なんなんだよ!」


 ぽんぽんと両手で頬を叩《はた》き、ドラグスは橋へと戻ろうと向き直る。それと同時にドサッと何か重たいものが落ちる音が背後からし、ぴたりとその足を止める。


 振り返った先では大柄の一言では許容できない異常に隆起した巨体をもつ"人のような者"。だが頭にあるはずの顔の部分はまるで漆喰で固められたかのような黒面。それを見てドラグスは徐々に口元を緩ませ、にかっと笑みをこぼした。


「お前か……この変死事件の犯人は?」


 ドラグスの問いに呼応することもなく、黒面の希源種《オリジンワン》、ラパンはドラグスのいる方向をまっすぐに見据えたまま静止している。目というよりは黒い面に開いた穴……と表現したほうが適切なその目はやがてぞろぞろと徒党をなして向かってくる人影の群れをとらえる。


「んん? なんだ、まだ生きてる奴がいたのか? うーん、今から暴れようってのに、正体がバレすると面倒なんだよなぁ……」


 ぞろぞろと向かってくる集団。その先頭を走る初老の男性は疲労と緊張から額を汗で濡らし、息も絶え絶えに走っていたが、ドラグスとそれに対峙する存在に気づきぴたりと足を止める。


「な、なんだお前は……って、な、なんだあいつは!?」

「……」


 押し黙ったまま自身を見るかのようなラパンへと指をさし、後続の者たちの背後へと隠れる"バート"。だがバートに雇われた屈強そうな男性たちもその異様な姿に思わず息を飲み後ずさる。


 ラパンはバートに向かい、一歩一歩、まるで重たい足枷でもつけているかのように、重たい足取りで近づいていく。それを当然黙って見ているわけもなく、バートは取り巻きの男性たちに指示を出す。


「あー、たぶんお前たちじゃやるだけ無駄だぞ?」

「な、なにを言っている、女! こいつらはお前と違って荒事には慣れている。お前たち、あの化け物をやってしまえ」


 バートのどこか誇らしげな態度とは裏腹に、取り巻きの男たちは各々武器に手を当てるも中々構える様子がない。それどころか互いに顔を見合わせ、何かを瞬時に合意したようでこくりと頷く。


「悪いがバートの旦那。俺たちがあんたに仕えるのもこれまでみたいだな」

「な、何を言っている! これまで長い間お前たちの面倒を見た恩を忘れたか!」

「恩はあるがそれはあんたも同じだろう? これまであんたのために危ない橋もいくつ渡ったことか。村がこの有り様じゃあもうあんたに付き従ううま味がない」

「ま、待ってくれ!せめてあの化け物を……いや、この危機を脱するまでは……」

「悪いがクロエラやあの化け物が用のあるのはあんたのようだ。あとはブランの旦那とよろしくやってくれ。まあ、あの人ももう心ここにあらずといった感じでダメなんだろうがな」


 男たちはおどけた様子で小さく敬礼をしたのち、目の前の化け物を迂回するように散り散りに距離を取りつつ逃げ始める。バートの憐れみを誘う懇願もどこ吹く風とその足を止めることはなかった……そう、彼の声では止まらなかった。


「な、なんだ!? か、体が熱い……いや、いてぇ!」

 異変は唐突に起こった。一人の男性の悲鳴を皮切りに、あたりの男たちは体を抑え痛みを訴え始める。当然その原因の筆頭候補であるラパンの方を何事かと見るもさして動きはない。混乱による静止。逃げるために動き出していた彼らの足がぴたりと止まる。だがドラグスだけは本能からか、はっと大きく飛翔し目を見開く。


「"竜翼《ドラゴンウイング》"!」


 ドラグスの詠唱とともに勢いよく彼女の背に真っ赤な竜の翼が展開する。爬虫類を彷彿とさせる鱗を纏った翼はまるで吹き荒れる上昇気流にあおられるかのように、ドラグスの体をふわりと勢いよく宙へと連れていく。


 視点が空に浮かんだことで大地を見下ろす形となり、男たちに襲い掛かったものの正体がまじまじと浮かび上がる。


 地面に浮かび上がる異変は色となり姿を現す。多少の湿気を帯びていたため黒く変色していた地面。そこにまるで男たちに向かう根のように、砂本来の色の地面が浮かび上がっている。


「これは……ああ、さっきの物音はあの"どでかい水瓶"が倒れる音だったのか」


 ラパンの背後に見えたのは縦長の水瓶。大きさはラパンに負けないほどの巨大サイズ。一見するとその大きさ以外には変哲もないのだが、倒れたその口の中はまさに底が見えぬ奈落。暗く無限に広がるかのような空間がその容器内に満ち溢れているかのように……見るものを凍りつかせる。


「な、なんだよこれ! 痛い……痛い! う、腕が……足も……」


 急激に騒ぎ出した男たちはそのまま言葉と……体の水分と……そして命を順に奪われていき、その場に倒れこんでいく。


「ば、化け物! ひ、ひぃいい!」


 刹那無音に包まれた空間に絶望と恐怖に染まるバートの声が響き渡る。目の前で起きた惨状に腰を抜かしたのか、地面にヘタレ込んだまま自身へと向かい歩を進めるラパンから逃げるように後ずさる。だが当然その速度はラパンの歩みには敵《かな》わない。


「クロ……エラ……」

「なっ!? なぜお前がその名を……それにその服……ま、まさか……お前ラパンか!?」


 バートの口から出た自身の名にラパンの足が止まる。その巨体を隠すように覆っていた布は経年の劣化によりボロボロではあったが、それでもどこか元の品質の良さを示すように家紋のような紋章の断片が縫い付けられている。


 目も鼻も口もない……あるのはそれらに代わる黒面に開いた穴。だが、それでもラパンという自身の名であった言葉を紡ぐ者……バートへとその視線は間違いなく向けられていた。


「ラパンなんだな……わ、悪かった! 今までのことは謝る! "俺たちの罪"もすべて戒律等兵《プライア》に白状する! だから、だから頼む!」


 額を地面につけまさに命がけで許しを請うバート。それを見下ろすように近づき静止したラパンの体がピクリと動く。それは自分に降りかかる脅威への反射。ラパンは獣のような雄たけびとともに拳を握り締め、自身に振り下ろされたドラグスの踵《かかと》を迎え撃つ。


「あたしの一撃を受け止めるとはやるじゃないかでかいの。はははっ!」


 それが剣と剣であれば間違いなく火花が散っていたであろう。力任せのぶつかり合いは互いの身を衝撃の反動で弾《はじ》き飛ばす。


 二人が態勢を整え対峙するその光景はまるで闘技場のリングの上で対峙する闘士たち。その状況を汲んだように、ドラグスは両の拳をぶつけ合い、対峙する相手を威嚇とともにぎらついた瞳で睨みつける。その瞳は戦いへの高揚感を象徴するかのような黄金の煌めきを放ち、昂った感情を露わにドラグスもまた開戦を告げる咆哮をあげた。


拙作をお読みいただきありがとうございました^^

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