SideA 怨嗟は斯くして連鎖して17
破砕による粉塵は徐々に薄れ、その惨状が露わになっていく。最初に映ったのは両村をつなぐ"橋だったもの"の残骸。そして次に目に留まったのは壊れた橋の先で怯えた目でこちらを見る男性たち。そのうちの二人は見慣れた忌々しい顔をしている。
「は、ははは! これでこちらには渡れまい! 化け物が!」
「早く行くぞブラン! 他にも化け物が来ているんだぞ! おいっ!」
してやったりとどこか自暴自棄に笑い叫ぶブラン。どこか狂気じみた見開かれた瞳を向け、指をさしなおも笑い続ける。その腕を引くバートは慌てた様子で動こうとしないブランを怒鳴りつける。
「ははは! もうこの村は終わりだ! クロエラや"ラパン"の餌だ! あははははっ!」
「ブラン!」
なおも壊れた橋の上で自身の村であったラヴィルの方を……否、同じく対峙する形で壊れた橋の上に立つ漆黒の衣をまとう女性を指さし続けるブラン。
「あなたも壊れたのね……ブラン。あはは、そうね。臆病者のバートと違いお前は豪胆で強欲で……ヴァイス様という優れたお方がいなければこのヴィルギとラヴィルの村はお前が支配していたでしょう」
目元まで覆い隠す黒のフード。そのヴェールに包み切れない歪んだ笑みを浮かべる口元。それは滑稽でも歓喜でもない憎悪に満ちた嘲笑。
「ざまぁないわね……ねぇ?」
「くっ……魔女が!」
ブランを連れていくことをあきらめ、バートはあたふたとその場を離れるべく走り出す。その背をうっとりとした恍惚の表情で見送るクロエラ。
「ふふっ、ブランと違いやはりあなたは井の中の蛙。この閉ざされた山村の中だけの権力者。しかも何の努力もなく、何の才もなく与えられた権力だけにすがる……ふふっ、虎の威を借る狐、いえ、鼠のようなもの。あはは、あはははは!」
しばらく眺めていた遠ざかるバートの姿に興味がなくなったのか、くるりと背を向けクロエラはラヴィルの村へと向き直る。自分たちのやり取りをただ静かに見守っていた敵の少女へと。
「遅かったわね。二人はもう向こう岸よ。まあ、一人はもう追いかける必要はないけども……ねぇ?」
「あいにくと私が追いかけていたやつは"こちら側"、というか目の前にいるようだから問題ない」
「ねぇ……あなた名前はなんていうのかしら?」
「……シーアだ。いまさら聞いてどうする?」
「ふふっ、これでも貴族であるエイド家の由緒正しきメイドですもの。相手のお名前も伺わずにご用件を承るのはおかしいでしょう?」
「元はだろ。今のお前はただの化け物……希源種だ」
「希源種? あはは、あの女も言っていた……"独創"に至る道があるとかなんとか? 私が……こんな私が?」
何が可笑しいのかとシーアは眉をひそめるもクロエラは両手を伸ばす。それはさながら自身で大きな黒の十字架を形作るように。だが、その頭部が狂気じみた笑みとともにカクンッと横に傾く。
「私が至ったのは最後まで暗く……汚れた……醜い感情だけが広がる道。生まれてから……ずっとずっとおんなじ。暗く淀んだ道。でも今となってはそれこそが私の存在意義。ラパン様とともにこの忌々しき村を滅ぼし……一緒に……」
うっとりとした顔を浮かべ、視線を遠くはるか先へとむける。その方向には壊れた橋の先、ヴィルギの村がある。
「お前はともかく、あの黒面のラパンとやらに知性なんてものが残っているのか? なんだかお前の一人芝居に見えるんだがな」
「ふふっ、ラパン様を悪く言わないでもらえるかしら」
「随分とあいつのことを好いているのだな。でもたしかあいつには嫁としてハクアという女がいたはず? というかお前の妹だろ」
シーアの言葉にクロエラのそれまで穏やかであった表情が豹変する。見るものに殺意を感じさせる瞳が……そして銃口を突きつけるかのように開かれた手がシーアへと向けられる。
「ええ、いたわね。そんな女が……本当に馬鹿な女」
「え? なに? 姉妹だけど実は仲が悪いとか?」
「姉妹……あはは、そうね。対外的にはそうだったわね。でも、私たちは同じ孤児であって姉妹のように寄り添って生きてきただけ。同じ血など通っていない。そして私に流れる血は……この感情のようにもはやどす黒い!」
そういって開かれた腕を中心に、腕の周りに円を描くように印章が浮かぶ。それを見てシーアが素早く照準を外すように大きく横に飛翔する。数秒前までシーアがいた場所には黒く鋭い刃と化した羽が何枚も突き刺さっている。
「翼刃のようなものだが……それよりもその印章。そういえばお前、孤児だとか言ってたな」
「だったらなーに?」
刹那小ばかにした笑みを浮かべるクロエラに舌を打つシーア。
「お前……もしかして解き放たれた孤児か? 獣人族……いや、以前に見た"闇のヴェール"もあったし……天魔族とのか?」
「さあ……どうかしら?」
セントガルド王国外で育った孤児のうち、他種族の孤児と共鳴することで共鳴術式を習得したものの総称である解き放たれた孤児。シーアは納得した表情でお返しとばかりに腕をクロエラへと向ける。その腕の周りにいくつもの印章が浮かび上がる。
「"インテンシファイ"!」
印章はさながら大砲の発射口のように輝く剣をクロエラに向かい射出する。それを大きく飛翔して躱すクロエラ。その背には漆黒の翼が広がっている。
「あなたこそ、いったいどこの種族と"共鳴"すればそんなでたらめな術式が使えるのかしら? 天魔族の"ライトウェポン"と違いただ保管していた武器を取り出すだけでなくそのまま射出するなんて」
「天魔族じゃないぞとだけ言っておこう」
「本当に出鱈目ね……でも、本当の化け物はどっちかしら……ねぇ?」
勢いよく広がった翼はまるで漆黒の旗のように風になびく。そしてその旗のもとに集うように雛が群がり、クロエラに吸い込まれるように吸収されていく。それはまるでクロエラを中心とするブラックホールであるかのよう。
「ちっ……また馬鹿でかい鳥になるのか?」
「……いいえ、それではあなたを止めれない。どうせこれで"おしまい"なのだから……私の命、くれてあげる!」
パキパキッという氷が凍っていく音とともに、クロエラの白い肌をどす黒い結晶が覆っていく。それは奇しくも"ディバイニティ"を使用したシーアのように、黒い鎧となってクロエラの身を包んでいく。
「あなたをラパン様のもとには行かせない。少なくとも……あの方が私たちの悲願を成し遂げるまでは!」
かっと見開かれた瞼の先に浮かぶ光を失った濁り切った黒。視線の焦点も読めぬほどにただ黒く塗りつぶされたような瞳は感情を一切感じさせない。だが……それに反しぽろぽろとこぼれはじめた涙が彼女の悲哀を浮かび上がらせる。
「ああ……これでお別れなのですね……ラパン様」
「戦う前から負けを考えているなら大人しく降伏してくれたほうが楽なんだが?」
「ふふっ……勝っても負けても今日でおしまいなのよ。だったら何もしないよりも……ねぇ?」
「さっきからおしまいだの終わりだの、この戦いの後に自殺でもするのか? だったら今すぐがおすすめだぞ? 私が楽だから……ああいや待て、お前に薬を渡した"アナザー"の情報を吐いてからな、やっぱり?」
「あの女にはなんだかんだ感謝してますわ。この日という機会を……そしてこの日までの日々をくれたことを。まあ、生憎と薬をもらってからの彼女の行方も情報も知りませんわ。薬をもらってそれっきりだから」
「え? そうなの?」
露骨にがっかりとした表情で肩を落とすシーア。構えていた剣先を地面に下ろし、大きくため息をつく。
「情報がないのなら正直お前とすぐに戦う理由というかメリットがあまりないんだよなぁ。むしろお前がこの村で暴れてくれたほうが色々と私もごまかしがきくし」
「そこまであの女を追い求める理由は何なのかしら?」
「ああ、"探している希源種"がいる……そのためにもどこにいるか生みの親であるアナザーを問い詰めるのが早いからな」
「へぇ……それはまた変わった理由ね。まあ、あなたが退いてくれるなら私もこれ以上あなたには手を出さない。あなたに恨みはないんですもの。自ら危険なものに触るのはご遠慮したいから……ねぇ?」
「そうだな、こうしてまったりしているうちに向こう岸にいるラパンをあの馬鹿が片付ければ一件落着だな」
「はぁ?」
シーアの放った台詞に終戦ムードを漂わせていたクロエラがざわめき立つ。
「なんだ? お前たちも二人なんだしこっちも二人で対応するだけだ。馬鹿だけども……実力は並みの人族とは次元が違う。馬鹿は馬鹿でも境界を分かつものと呼ばれる馬鹿だからな」
「……戯言を」
「本人曰く、竜帝国とセントガルドを分かつ山々を越えるのはちょっとしたピクニックみたいなものらしいぞ」
「竜帝国……まさか、暴虐竜女!?」
「悪いがお前の思い人とよろしくやってるだろうな。いや、あいつと一緒に踊れるやつもそういない。案外もう終わってるかもな」
「そんな……ふ……ふざけるな!」
クロエラの怒りに呼応するように広がった翼。今まさに飛翔しようとしたその瞬間、クロエラの眼前に迫る銀の一閃。それを硬質化した手で受け、剣越しに不敵な笑みを浮かべるシーアを睨む。
「悪いな。触れたくなかったんだっけか?」
「やはりお前は……お前だけは私が殺してやる!」
人のそれとは思えぬ力で振るった腕はシーアを大きく吹き飛ばす。だがシーアはくるりと身をひねり、地面へと着地する。
「さあ……三度目の正直だ。決着をつけよう……クロエラ」
「殺してやる……お前もブランもバートもこの村の連中も! あぁ……ああぁぁ!」
怒りに震えるその身からゆらゆらと揺らめく黒い陽炎のような歪みを放ち、クロエラは人のそれとは取れない甲高い咆哮をあげた。
拙作をお読みいただきありがとうございました^^




