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SideA 怨嗟は斯くして連鎖して16

 東方にそびえる険しい山々を照らすかのように、徐々に太陽が姿を現しつつある。険しい山々の先には竜人族《ドラゴレイス》が納める"竜帝国ヴィンタニア"が広がっているが、人族《ヒューマンレイス》ではその険しい山々を越えることは難しい。


 一方で、身体能力が人族《ヒューマンレイス》のそれと比にならぬ竜人族《ドラゴレイス》にとってはさほど山越えは問題とはなっておらず、定期的にセントガルド王国の首都コアにて行われる7種族間の会議"セブンライズ"の際も軽々と山を越え彼らはやってくる。


「そういうわけで、お前がここに来るのは王都での"セブンライズ"の時以外は非常時でもない限り禁じられてるはずだろう? というか知ってるだろう? パルラみたいな国境付近の辺境都市や交易地とかならまだしも、人族《ヒューマンレイス》以外はたとえ貴族だろうが平民だろうが……果ては浮浪者や孤児であっても他種族ってだけでこんな内地にいるのがばれたら強制送還ものだぞ?」

「ったく、人族《ヒューマンレイス》だけ他種族の国に行っても怒られないってのはずるいだろ。まあ? たしかに? あたしがここにいるのがばれたらめんどそうだけど、お前にならばれても大丈夫だろ」

「なんでよ?」


 ばっとかぶっていたフードを外すと緑がかった黒髪がふわりと風になびく。シーアよりもボサボサだが艶のある髪を両手でぱっぱと整え、女性はにかっと笑みを浮かべる。


「だってお前人族《ヒューマンレイス》には嫌われてるからあたしがいるって言っても誰も信じないだろ」

「なまじあってるだけに腹が立つな。とりあえず一発殴っていいか?」

「そしたらあたしは10発殴るぞ?」


 クロエラと一戦終え、エアが待つ場所に戻ったシーアを出迎えたのはある意味クロエラ異常の脅威だった。というよりも……面倒といったほうが的を得ているだろう。


 灰色のフードで全身を包むように身を包んだ女性は足元に転がるエアを足蹴に、腰に手を当て胸を張る。


「なんかすぐ横の"パルラ"でおかしな化け物が暴れてるって聞いて希源種《オリジンワン》かと思って暴れにきてやった。まあささっと見つけてささっと倒してささっと帰れば問題ないだろうしな!」

「あいかわらずふらふらと遊びまわってるのかお前は」

「それは違うぞシーア。あたしは修行の旅に出てるんだ! たまたま国境近くの都市"テュポーン"にいたらやってきた行商人たちが噂してたんだぞ」


 チッチッチと軽快に舌を鳴らし、立てた指を左右に振るフードの女性。それを前にシーアはイラッとした様子で負けじとチッと大きく舌を打つ。


「修行で険しい山々に籠ってるとかならわかるが、なんで竜帝国の貿易都市であるテュポーンにいるのよ。さてはお前……人族《ヒューマンレイス》の国からやってくる食糧目当てで……」

「はっはっは! それは理由の8割ぐらいにしかならないぜ!」

「ほぼ図星じゃないのよ……んで、残りの2割は?」

「それはお前には言えないな! 国の機密に関わることだからな!」


 大げさに口を両手で覆い隠し、どこか楽しそうにシーアのほうに視線を向ける女性。


「ふーん……まあどうせ大した理由はないだろうしいいや。とりあえず私は忙しいんだ。というかお前が私の眷属を倒したものだから馬鹿二人が逃げただろうが!」

「目の前に強そうなのがいたらとりあえず戦って倒すのが竜人族《ドラゴレイス》の礼儀だ! てか……こいつお前のペットだったのか?」

「ペットじゃない! あーもう! これだから竜人族《ドラゴレイス》は面倒くさい! あいつらにクロエラの居場所まで案内させる算段だったのに。まあ、大方村に向かって逃げただろうし、行けば捕まえられるだろう。それに……あの村の連中は出方次第ではいろいろと口を封じとかないといけないから戻るつもりだったし」

「おい、顔がなんか悪人面になってるぞ。あ、もとからか?」

「やっぱり一発殴っていいか? あるいは蹴りでも可」

「そしたらあたしは竜炎拳《ドラゴンブロー》で殴り返すぞ?」


 そういって両手に拳を作り、こつんこつんとぶつけ合う仕草で威嚇する。


「はあ……こうなったらお前も共犯にしてやる。とりあえず暴れさせてやるからついてこい、"ドラグス"」

「おう、難しいことばっか言ってないで最初から手を貸せって言えばいいんだ。あたしは最強だからな!」

「はいはい、とりあえずお前の馬鹿がつくほどのあり余った力と馬鹿さ加減には期待しているぞ」

「おう……ん? もしかしてあたし馬鹿にされたか?」

「もたもたしてると置いてくぞ。ついてこれないとかいう泣き言は無しだからな?」


 四肢に浮かび上がった紅い紋章を輝かせ、シーアはすさまじい速度で走り始める。


「はは、道案内ならあたしに追い抜かれるなよ、シーア!」


 シーアの煽りに呼応するかのように、ドラグスもまた人離れした脚力で大地に盛大な砂塵を巻き起こしつつ、前を行くシーアの背を追いかけ始めた。

 

* * * * * *


「あららー、なんかすごいことになってるみたいだな」

「そうだな、まあおかげで口封じする手間が省けた」


 ラヴィルの村に戻った二人を待っていたのはけたたましく鳴り響く人々の悲鳴。クロエラが放ったであろう小さな黒い鳥たちが無差別に村人たちを襲っている。逃げ惑う人々は頭を守りつつ屋根のある建物へと逃げるも雛は窓を破り屋内へと群がっていく。


「むぅ……あれは……」


 シーアが目を細めて見つめた先に転がる一体の死体。それはおそらく男性であっただろう身なりだがそれ以外で彼を男性と判別するのは難しい。というのも、その服に包まれている身は赤黒く乾燥し、かろうじて人の成りをしているがもはや骨に近い。


「なるほど……人が干からびて死んでいるな。あれがアリスが言っていた怪事件の成れの果て」


 シーアは今なお地獄絵図と化している村をゆっくりと見まわす。その途中、地面のいたるところで同様に干からびて死んだものと思われる遺体を見つける。


「油断するなよドラグス。あの飛んでいる鳥たちの親とは顔見知りだが、お前も追ってきた怪事件の犯人とはまだろくに面識がない。いや……奴には顔らしき顔はないか」

「なんだそれ? 会ったのか会ってないのか?」

「あいつがそうだとしたら……ふむ、なんだかんだあいつのおかげで地上に戻れたし、正直私の中ではここの村人よりも好感が持てるな」

「馬鹿なこと言ってたらなんか鳥どもがこっちにも来てるぞ? あいつら食べれる鳥なのか?」

「馬鹿なこと言ってないでさっさと追い払いなさいよ。お前なら格下の相手はお手のものだろ」

「なんか雑につかいっぱしりにされてる気はするが、弱いのはいちいち相手にしたくないからいいだろう。あたしがビビらせてやるよ」


 ドラグスはまとっていたフードを投げ捨て、露出の多い軽装備に身を包んだ肉体を露《あらわ》にする。そして大きく深呼吸をしたのち、勢いよく息を吸い込む。それを合図にシーアはすっと耳をふさぎ距離をとる。


「ぐるるるるぁああああ!」


 威嚇するかのように舌を鳴らしながらの咆哮は戦場のような喧騒をかき消し、その場を刹那沈黙に変える。襲われ逃げまどっていた村人までもが反射的に口を閉ざし、声の主へと視線を向ける。また人々を襲っていた雛鳥たちも一斉に逃げるように空へと飛びあがっていく。


「お前の喉はほんとどうなってるんだ……ベルーゼの"ハウリング"並みだぞ」

「これでもおしとやかにしたほうだぞ?」

「嘘でしょ!?」


 恐怖に押し黙った周囲の人々と違い呆れてものが言えない様子のシーアはすっと頭を押さえるように手を添える。そしてその隙間からちらりと周囲を伺い、小さな小屋に子供を抱えてうずくまる女性を見つけると小走りで駆け寄る。


 すでに壁とは言えぬほどに雛鳥の嘴《くちばし》で穴をあけられた小屋の中で女性は近寄ってくるシーアを震えながらじっと見つめている。


「あ、あなたは誰? もしかして共生組織《ギルド》の傭兵の方ですか!?」

「そんなところだ。それより、この村で何があった? この惨状はなんだ?」

「わ、わかりません。突然天を埋め尽くすほどの恐ろしい黒鳥の群れが襲い掛かってきて。それに……あの黒い面の化け物……化け物が……」

「黒い面……やはりあいつか」

「え? ご、ご存じなのですか?」

「悪いが説明している時間はない。ああ、あと村長たちはこの村に戻ってきていないか?」

「え……あ……ええっと……」


 落ち着き払ったシーアとは対照的にしどろもどろな様子の女性。シーアは女性の肩に手を添え、そして彼女の腕の中でぎゅっと目を閉じて涙をこらえている少女に優しく微笑みかける。


「安心しろ、あなたと子供は安全だ。私が来たからにはもう大丈夫だから」

「え、えっと……たぶんですけど、先ほど慌てた様子でブラン村長と……ヴィルギの村のバート村長が橋のほうに」

「ふむ……ヴィルギの村に逃げたか」

「あ、あの……もしかしてこの状況はあの二人が何か関係して」

「それは……」


 シーアはそっと思わせぶりに顔をそむける。女性には見えないその先で、シーアはにんまりと小悪魔じみた笑みを浮かべ、すぐさますっと表情を無に戻し、女性へと向き直る。


「まあ……そんなところだ。あなたがショックを受けないようにと隠してはいたが……あいにく私は嘘が下手なようだ」

「そ、そんな……うぅ、それもこれもあの人たちがエイド家の人たちにあんなひどいことをしたから……呪いよ……これはエイド家の呪いよ!」

「お前も知っていたのか? あの二人が……」


 シーアの脳裏にクロエラの黒い紙をエイド家と呼ばれた派閥の村人たちになすりつけたと白状した男性の姿が浮かぶ。まさかこの女性も加担していたのかと……そう思っていた矢先に彼女から帰ってきたのは別の答えだった。


「あのひとたちはラパン様やその婚約者であったハクア様を殺したのよ! いいえ、きっと"ヴァイス"様が亡くなられたあの火事もあのひとたちの……。うぅ……どうして……どうしてこんな……」

「ヴァイスというのは……確かまだこの村が"ヴィルギラ"という一つの村だった時の領主だったか?」

「ええ……あの方は本当に村人思いで、良識にあふれた優れた領主様でした。あの方が治めていたあの頃が一番幸せだったと……当時は子供ながらにそう思っていました」


 なおも腕の中で震える我が子をぎゅっと抱きしめ、ひどい悔恨の念を浮かべる女性。

それを見て表情を曇らせるシーア。そしてその背後からは場違いな退屈そうな声。


「おい、場所が分かったんならさっさといかないのか? 鳥たちもさっきのあたしの"竜咆《ドラゴンロア》"でビビッて降りてこなくなってるし行くなら今じゃないのか?」

「いま情報収集の真っ最中だ。暇ならこの先にある石橋を先に渡ってヴィルギの村に行って待ってろ。もしかしたらあっちにもまだクロエラの眷属がいるかもしれない」

「おう、次こそは鶏肉ゲットしないとな!」

「え? マジであれ食べるのか?」


 シーアの気の抜けた声での返事を待たず、ドラグスは石橋へと向かい走っていった。


「あの……」

「ん? どうした?」


 女性からの呼びかけにシーアは緩んだ顔を振り払うべくぶるぶると首を横に振る。


「あの……いまクロエラと聞こえましたが、もしかしてこの騒動はやはりクロエラ様の仕業なのですか?」

「クロエラ"様"? あ、ああ……そうだな」

「ラパン様や"妹"のハクア様の仇を取ろうと……」

「待て……妹といったか今? その亡くなったというハクアという女性はクロエラの妹だったのか?」


 思わず舞い込んだ新情報にシーアはぐっと女性の両肩をつかむ。


「は、はい……ヴァイス様が亡くなられる前からクロエラ様はエイド家に仕えていましたが……あの火事の後に使用人が何人も抜けていったのを機に妹であるハクア様をエイド家に仕えさせてほしいと願い出たと聞いています」

「だとすると……この村への復讐は妹の敵《かたき》討ちというわけか?」

「クロエラ様は言葉少なで非常に物静かな方でしたが、それでもエイド家に良く仕え、ヴァイス様やシルファ様を支えたと聞いております」

「物静か……ねぇ。そういえばクロエラはエイド家を途中で離れたと聞いたが?」

「ええ、たしかパルラの美術商の方に才を見出され、絵画を学ぶため移住したと」

「……あの二人に聞いた話とずいぶん話というか印象が違うな」

「あの二人……とは? もしかしてブラン村長とバート……ひゃっ!?」


 耳をつんざくような爆破音が先ほどの竜咆《ドラゴンロア》に負けじとあたりに響き渡る。シーアはすぐさま立ち上がり、すっと右腕を真横に伸ばす。そしてその先に印章が浮かび上がると手を突っ込みグイっと大きな何かを取り出す。


「な、なんですかこれは!?」

「このぼろぼろの壁じゃ心もとないからな。悪いが私も相方を追わないといけなくなった。だからあなたはこれの陰にでも隠れているといい」


 そういってシーアは女性を小屋の隅へと促し、そこにシーアの身の丈ほどはあろうかという堅牢な大盾を立てかける。


「鳥たちもどうやらヴィルギの村のほうに向かい始めたな。もう襲ってくることはないと思うけど、あたりが落ち着くまで隠れているといい」


 壁と盾の隙間から見えた女性は突如どこからともなく表れた大盾に驚きつつ、感謝をこめこくんと頷いた。それを見て安堵の表情を浮かべたシーアは勢いよく石橋へと走り始めた。


「今の音……まさかあいつら橋を……」


 忌々しそうに舌を打つシーアの体には彼女の怒りに呼応するかのように再び血管のように這う紅の紋章が浮かびあがっていた。

拙作をお読みいただきありがとうございました^^

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