SideB レイド戦の礼儀って大事だと思います15
「ほんっっっとーにひどい目にあった!」
不満たらたらなままに、目の前に並ぶ朝飯の握り飯に手を伸ばしすぐさまかぶりつく。はぁ~、生き返るわ。
「大変でしたね、本当に。まさかラパンまでも同時に現れるなんて」
俺の横で真顔で握り飯をもしゃもしゃと頬いっぱいに詰めるようにして食べる小動物、こと、有栖君は空いた手でテーブルの上に置いた手帳をぺらぺらとめくっている。なんだろう、お行儀が悪いと指導したいところだがたぶん言ったら怒られそうなので黙っておく。
「仕事帰りで腹さえすいてなければあんな奴……くそっ! 志亜! おかわり!」
空になった皿を高らかに掲げ、調理場に立つ管理人さんに追加のおにぎりを要求するどら子。管理人さんモードの志亜さんはにこりと微笑みどら子の皿を受け取るとせっせと新たなおにぎりを作り始める。
「しかし敵を前に空腹とはいえ無防備をさらすとは、いささかこの世界にきて危機感が薄れているのではないか? どら子よ」
「言うなよ力也。あいつとは"セブンスフォード"でも一戦交えてあたしの圧勝だったからな。ちょっと手を抜いてやろうと思ったら腹が減って力も抜けてたんだよ」
「いろいろと抜きすぎだろお前……ほんと目の前で空腹ダウンしたときは焦ったぞ」
「あたしが勝てないのは空腹だけだからな」
後れを取ったと感じさせないどら子のあっけらかんとした様子に思わず俺と力也は顔を見合わせ何とも言いようのない表情を浮かべる。例えるなら……呆れだな。言いようあったわ。
「しかしそのラパンというのは水瓶を向けた相手から血液を奪う術式なのか?」
トントンッ
『そのラパンというのは水瓶を向けた相手から血液を奪う術式なのか?』
奇しくも同じ質問内容……というかセリフかぶりに摩子さんが久々に書いたホワイトボードの文字と響の顔を交互に何度も見返し、おそらくこの部屋にいる全員が聞こえるであろうボリュームで舌打ちをする。あー、身内でバチバチするのやめて。
「響と摩子さんはそういやあんとき食堂にいなかったから知らないのか。有栖から依然聞いたが、なんでも人が干からびて死ぬとかいう変死事件が元の世界であったらしく、その事件の犯人が今回俺を襲ったラパンの仕業らしい」
「ふむ……なんともおぞましい事件だな。奴はどうやってそんな真似を?」
「う~ん、あいつが何度も召喚してた水瓶の口を向けられたらだと思う。皮膚の表面がひどく乾燥しなんだか熱と痛みを感じた。すぐに逃げたから大丈夫だったが、あのまま立ち止まってたら今頃は……あーあー考えたくない」
いくら一日三回までは死んでも大丈夫とわかっていても好き好んで死にたくはない。というか絶対死にたくない!
「そうそう、その戦いのさなか閃いたんだ。思うに、クロエラはもしかしたら飛鳥ちゃんの通う学校の先生なんじゃないかなって」
「先生?」
俺の横で食後のお茶を堪能中だったアリスが口元にご飯粒をつけたまま首をかしげている。俺がつんつんと自身の口をつつくのを見て察した有栖が慌てて口元を拭う。
「先生なら例えば授業中にスマホをいじったりしてたら指導するため没収なんてこともあるんじゃないかな」
「ふむふむ……確かにそれならしばらくスマホを好きに操作できるし、武藤さんにはそれができないからと紙で雛鳥をけしかけたのも説明がつきますね」
「ああ、もしクロエラもこの世界に順応する形で溶け込んでいるとしたら人間になりすましてるかもってな」
俺の推理に力也は腕を組みゆったりと椅子へともたれかかる。
「なるほど、それで飛鳥はやけに張り切って朝早くに学校に行ったというわけか」
「ああ、バイトから帰ったら早朝のランニング帰りの飛鳥ちゃんと会ってな。この話をしたら黒川さんに今回の画像を手に入れた経緯を含め聞いてくれるってさ。何かわかり次第俺まで連絡してくれることになっている」
「む? 十字、お前飛鳥の連絡先を知っているのか?」
「ん? ああ、結構前からお互い登録済みだぞ?」
「なんだと……貴様、我には連絡先を伝えていないだろう!?」
「ああ、こうして元の世界の話が出る前はなんか無愛想そうでとっつきにくそうでおまけに野郎だからと? 登録しても俺の人生に得がなさそうだなーって?」
「お前……」
「というか、よくよく考えたら俺飛鳥ちゃんと有栖しかこのアパートの住人の連絡先登録してないわ」
俺のこのセリフでそれまでギャラリーと化していた周りの住人もハッとなり、慌ててスマホを取り出し何かを訴えるような目でこちらを見てくる。
「わ、悪かったよ。いつもこうして顔合わせてコミュニケーションも取れてたし盲点だったわ。てか、あれ? 逆に聞くけどお前らはもしかして俺以外の奴らとは連絡先交換済みなのか?」
あ、なんかそれまで向けられていた視線が一斉に離散したのを感じる。お前ら……。
「……俺だけハブにされてた?」
「そ、そんなことはないぞ十字。ほら、お前は我らと違い遅れてこの世界に来たであろう? それもあってだな」
「ふーん。へー。そーなんですねー」
なんか拗ね始めた俺をやけに優しく住人たちが励ましてくれている。あれだ……完全に忘れてたんだろこいつらも。
* * * * * *
「……というわけで、十字さんの推察どおり最初に画像がスマホで見つかった結衣ちゃんも画像が見つかる数日前にスマホを先生に取り上げられたそうです」
「そうか……それで、黒川さんに画像を渡したっていうそちらの子は?」
「あ、ええっと同じ陸上部の立花真智さんっていいまして……ほら、"マッチー"そろそろ兄様じゃなくてこっちの会話に入って入って!」
学校も終わった夕暮れ時。情報という土産を手に、帰ってきた飛鳥ちゃんと黒川さん……とその友達の子が一名、こうしてまた共会荘の食堂にやってきたわけだが……。ニューカマーの立花真智さんこと愛称マッチーさんは飛鳥ちゃんの兄である力也に興味津々のようで……。
「飛鳥さんとは7つ違いで24歳? へぇ~、お仕事は建設現場の現場監督? ああ、道理ですごい磨かれた肉体って感じで……その、お顔も雄々しく凛々しくて……あ、すみません初めてお会いしたばかりのに、あはは」
「お~いマッチー? 人の兄様を攻略対象にしないで?」
どこか艶のある視線で力也に身を寄せる立花さん。そしてその対応に困り無言のまま飛鳥ちゃんに救いを求める視線を送る力也。飛鳥ちゃんも兄を取られまいと必死に立花さんを制止している。んで当の立花さんはというと……。
「もうっ! どうしてもっと早く紹介してくれなかったのよ飛鳥! 否! お義姉様! あだっ!?」
「真智さん? 今日の本題はこっちだからね~、現実に戻ろうね~」
飛鳥ちゃんに続き黒川さんの鉄拳付き猫なで声に渋々と小突かれた頭を押さえながら俺たちのほうに向きなおる。
「まさか裕子ちゃんに画像を渡したのがマッチーだったなんて……」
「まさか真智さんが飛鳥ちゃんと面識があっただなんて……」
「まさか二人がこの短時間でこれほどまでに意気投合してるだなんて……え? 急な百合路線? 萌えていいやつ? あだっ!?」
なんかF子に近い人の話聞かない系女子? てかこの場にF子がいたらなんだかやばかったかもしれない。今はあいつが夜行性でどうせ今頃部屋で寝ているだろう現実に感謝しよう。
「それで、マッチーがスマホを没収された時のこと、この人たちにも話してくれない?」
そういって食堂のテーブルに着く俺たちをゆっくりと見まわす飛鳥ちゃん。ちなみに今この場には俺のほかに力也、零華、摩子さん、そして隣に座る高校生未満の見た目の幼……ではなく24歳の有栖さんの計5名が座っている。
まあ、零華は立花さんに詰め寄られ困惑していた力也をにやにやと愉快そうに見守ってるだけ。摩子さんは持ち前のコミュ障全開で、手にしたホワイトボードで赤らんだ顔を隠している。よし、俺だけでも真面目に話聞いとこう。
「う~ん、今週の火曜日だったかな。ほら、授業中にスマホをいじってたら先生に注意されて、そのあと生活指導の佐々木に昼に呼び出し食らってさ~。もう、あいつったら自分の授業だけじゃなく他の先生からも授業中にスマホさわってた生徒のこと聞いては呼び出ししてるみたいで。一日お預かりの刑とか言ってマジ最悪だし。呼び出されて早々家族からの重要な連絡だけ入っていないか確認してからスマホをこいつに入れろって箱に入れる羽目に……とほほだよ!」
「うん、授業中にスマホさわるマッチーが悪い」
「うん、同情の余地なく真智さんが悪い」
「あれ? ここアウェイ? チムメンの支えが必要だよ私は? 泣くよ?」
真面目に聞いてるので真面目に説明してほしいんですけどJKのお三方? てか友達の前だと飛鳥ちゃんもなんかいつもと印象が違うな。でもまあ、普段年上の俺たちばかりといるがやはり同年代の前だと気も楽なんだろう……ただ緩みすぎてる感はあるが。
「まあ、そんで翌日の水曜の昼休みに佐々木のところにスマホを取りに行ったわけ。すぐ返してくれたけど、あいつ……絶対没収したスマホの中を見ようと触ってる。もうバレバレだっつーの」
「うん? なにかあったの?」
「画面が無駄にピカピカに磨かれてて綺麗だった! もう絶対証拠隠滅だよ。まあ、そのときはスマホの画像はすぐ確認してなかったけど、夕方にふと見たら身に覚えのない真っ黒な画像があってもう焦って焦って。そしたら"クロちゃん"が相談に乗ってくれてさ。いやぁ、持つべきものはIT強い系フレンド?」
「人を手ごろな黒猫みたいに呼んで……本当に真智さんは」
「いいじゃん! 私猫好きだよ!?」
「私犬派だから? 謹んでお断りね?」
「え~、つれないなぁ。あ、ちなみに飛鳥は鳥派でしょ?」
「完全に名前からでだけ判断したでしょマッチー?」
「何故ばれた?」
「何故ばれないと思ったの……」
ふ……オッケー、俺の周りの皆様方々は話の本筋からの脱線スキルの習得が義務付けられているのだろう。だがこの後また2日続けての夜勤バイトの俺はそんなスキルには負けん。
「あ~、すまないがちょいと整理がてら聞きたいんだがその佐々木って先生は没収したスマホはどこに保管しているんだ?」
「う~ん、私が職員室に取りに行ったときは呼び出しくらったときに入れさせられた箱と同じのに入ってたかな。佐々木の机の上に置いてあって、何台もスマホが入ってた」
なるほど、まあ他の先生の目にも入るし下手に隠して保管するよりはいいのかもしれない。だが、一方でこうなってくると他の職員でも生徒の没収したスマホは手に取ることができるということか。
「ちなみに職員室には監視カメラみたいなものはあるのかい?」
「あ~、他の学校では設置されてるとこもあるみたいですけど、うちの学校はないですね。校門前と生徒が出入りする正面口や部活時に出入りに利用するグラウンド前の扉みたいな構内に出入りする箇所にはいくつかついてますけど、校内にはついてるのは見たことないよね? 飛鳥も?」
「そうだね、見たことないな私も」
「くそう……あったならあの手この手で私なら録画データを……」
「あ、クロちゃんがダークモードに入った」
「裕子ちゃん……ってもしかして悪い人?」
ははは、脱線させんよ? てかバイト前の仮眠時間かかってるからなこちとら?
「ちなみに職員室が決まって無人になるような時間ってあるのか?」
「え? う~ん、どうだろう。授業中でも何かしら授業のない先生はいるだろうしなぁ」
「あ、でも夜とかだとどうかな? ほら、最後まで残ってれば先生も帰って晴れて奪われたスマホを取り返しに……」
「いやいやいや、それ犯罪じゃないかなマッチー?」
「ん? 佐々木にスマホ没収された人を救うって話じゃなかったっけ?」
「はぁ、違うよ……私たちは……」
そこまで言って黒川さん、そして飛鳥ちゃんが口を紡ぎ困った顔をしている。あ~、もしかして詳細は伏せてるんだな立花さんには。それでどうやって説明したものかと参って俺のほうを見ているわけだ……なんで俺なんだよ! 力也とか零華のほうとかいろいろ選択あっただろうよ!?
「てか、なになに? もしかしてあの黒い画像って何か問題あるやつ? なんか話を聞いてる感じだと佐々木があたしのスマホにあのおかしな画像を入れたってこと?」
さて、どう説明したものか。少なくとも俺たちがクロエラを探しているなんて言えないし。
「あはは、それは無理じゃないかなお兄さん」
「うん?」
「だってスマホは没収されたけど、さすがにロックまでは解除できないでしょ」
立花さんがケラケラと悪気なく笑うがそのごく当たり前の問題にふと俺は嫌な予感がして住人から目を背けておく。なんだよ、お前らも結構いい線いってると思ってた口だろうが。
トントンッ
それまで沈黙の化身、もとい、置物状態だった摩子さんがテーブルを小突きホワイトボードを鳴らす。
『スマホの認証方法はマトリクス認証か?』
「マトリクス認証……って何?」
「ああ、これのことだよ」
そういって黒川さんは自身のスマホの画面を立花さんに見せ画面を指でなぞって見せる。俺は毎度決まった数字を4桁打ち込むことでロックを解除できるPIN認証だが、画面に表示された図をきまった形でなぞるのをそういやマトリクス認証っていうんだっけか。
「ああ、そうそう。私もこの"マトリツク"認証? ってやつ?」
「マトリクス……ね? そんな"まとわりつく"みたいな認証方法じゃないから」
「あいあい、IT系女子といるとお勉強になります、まる」
トントンッ
『十字、有栖、私の部屋まで来て欲しい』
摩子さんが立花さんや黒川さんに見えないよう俺にホワイトボードを向ける。そして摩子さんは力也や零華に鋭い視線で目配せを送ると二人も何かを察したようで小さくうなずく。
"この場では言えない"
俺も摩子さんの意図をくみ取り、わざとらしく大きくぐっと体を伸ばす。
「はあ、力也、この場は任せていいか。どうやら彼女たちは俺たちの職場で探してたスマホ泥棒の件とは無関係そうだ」
「スマホ泥棒?」
立花さんは俺の言葉を繰り返しながら不思議そうに首をかしげる。その横で黒川さんはハッと摩子さんのホワイトボードがわざと自分たちに向けられていない様子を見て状況を理解する。だが……もう一名立花さん同様状況を読めてない身内がいた。
「あれ? いいんですか十字さん? 立花さんのスマホにクロエラが……むぐっ」
零華がそっと飛鳥ちゃんの背後に回り、両手でその口をやさしく包む。
「そう、立花さんのスマホには黒い画像が入ってましたけど、スマホ自体が無くなるわけではないですし。おかしな悪戯好きもいるものですのね、飛鳥さんの学校には」
飛鳥ちゃんは何が何だかと慌てていたが力也のアイコンタクトで落ち着きを取り戻し、こくんこくんと頷く。
「ごめんね真智さん。実は飛鳥ちゃんのお兄さんやそちらの十字さんの職場でスマホの盗難事件が続いてたみたいで、それでもしかしたら関係あるかもって飛鳥ちゃんに頼まれちゃってさ」
「なんだ、そーいう事情なら先に説明しといてくれればよかったのにー。クロちゃんは秘密主義者なんだから」
「いや、そこまで交友関係クローズにしてないから。ただまあ、先に言っておくと真智さんの場合考えすぎてありもしない記憶を言い出しそうだなって思って」
「あはは、あたしの記憶力褒められてる?」
「……そう思っていただけますと何よりです」
うん、なんとなく黒川さんの立花さんとの普段の交流の様子と苦労が伺える。
「さて、俺と有栖、あと摩子さんはこの後用事が控えてるからいったん準備に部屋に戻るよ。わざわざ話を聞かせてもらったのに悪かった。まあ、よかったら俺のバイト先にでも顔出してくれればなんかスイーツの一つでも奢るよ」
「え? マジですか!? 神対応?」
スイーツの一言に目を輝かせる立花さんに思わず口元が緩んでしまった。たしかに少し抜けてる感じはするが悪い子ではないのだろう。そして……一歩誤れば彼女はクロエラによって殺されていたかもしれない。そう思うとふつふつと怒りがこみ上げる。
「十字さん……落ち着いて下さい。もう彼女たちを泣かせないよう、頑張りましょうね」
力を込めていた俺のこぶしを包むように手を添え、有栖が俺の顔を覗き込むように見上げる。少し暗さの残る笑みに俺はハッとこぶしに込めた力を抜く。
「そうだな。彼女たちをこれ以上悲しい目に……そして危険な目に遭わせないようにしないとな」
今一度気を引き締め、俺たちは摩子さんの部屋がある二階に向かいいたるところに錆が見える階段をギシギシと鳴らし上っていく。
「あ、この階段一人ずつじゃないと上るの危ないかもです。先日の襲撃後、響さんが階段の足場を一段踏み抜いて怪我しそうになってましたから」
「えぇ……」
まずは俺たち住人が悲しみと危険に遭わないようこの階段直してくれないかな管理人さん?
拙作をお読みいただきありがとうございました^^




