SideA 怨嗟は斯くして連鎖して15
「お、お前は本当に人族なのか!? あの谷から落ちて生きているのもおかしいし……その力も異常だ!」
エアの手の中でブランが青ざめた表情を浮かべ震えた声で叫ぶように訴える。だがそれに答える素振りもなく、シーアは手にしたナイフを辺りを飛ぶ雛鳥に投げつけ、すぐさま傍に浮かぶ印章に手を突っ込むと新しいナイフを手にまた投げるを繰り返す。
「その羽が全部無くなるまでただ様子を見ているつもりか? クロエラ」
幾羽もの巨大な雛鳥に囲まれ一見すると絶体絶命な状況。だがその渦中の少女は揺るぎない勝利への確信を目に空を飛ぶ巨大な黒鳥を睨む。
「いつまで人を見下してるんだ。さっさと降りてこい」
そういって印章に手を突っ込み取り出したのはナイフではなくシーアの身の丈はあろうかというほどの長さの投擲槍。シーアがぐっと握るとそれに呼応するかのように腕を這う紅の紋章が輝きを増す。
「さっさと……落ちろ!」
少女の手を離れたそれはまさにレーザー。光の矢の如く真っ直ぐと突き進み、悠々と飛ぶクロエラの左翼のど真ん中を貫く。巨大な体が痛みよりも驚きからかぐらりと地面へと傾く。
甲高い咆哮と共に地面へと向かい滑空するクロエラ。だがそれでもすぐさま両翼をはばたかせ上昇体勢に入る。だがその背に向かい飛翔する影。シーアだ。
「鮮やかに着地……って、ちょっ!? 浮かぶの早い早い!」
シーアが着地予定の背はビュンと足元を通り過ぎ、シーアは慌てて手を伸ばしクロエラの長く伸びた尾羽を掴む。無論シーアの体重ではクロエラの飛翔に影響を及ぼすこともできず、クロエラはかえって好都合とばかりに急速に上昇する。
「ちょ、たんまたんま!せめて背中に乗るまで待て!」
自身の背後で喚くシーアの要望は完全に無視し、クロエラはさらに急上昇を続け地面に別れを告げるほどに高度を上げていく。なんとか右腕一本でひらひらと揺れる尾羽にしがみつくのが精いっぱいのシーアはなす術なく空へと連れ去られていく。
やがてクロエラは体勢を地面に水平にし上昇をやめると勢いよく身を揺らし始める。勿論、自身にしがみつく虫を振り払うためのそれは加減を知らない。
「お前……少しは……乗ってる奴にも配慮を……」
苦し紛れのぼやきもどこか声がか弱い。超高度の空間による寒さと低酸素。その二重苦にシーアの表情がゆがむ。
クロエラは刹那振り向き、あと少しで空の旅に終わりを迎えるであろうシーアの姿を確認し、勝どきのごとく鳴き叫び、きりもみしながら急降下を始める。そのすさまじい回転と遠心力による暴力からシーアの腕にも限界が近づく。
「ここなら……大暴れしてもいいだろう……ねえ、エメル……"ディバイニティ"!」
手を離すと同時に唱えた言葉が終わるや否や、シーアの体をどす黒いオーラが覆う。それはクロエラの憎悪の漆黒にも負けない深淵を彷彿とさせる黒。やがてオーラは形を変え、一部はシーアの全身を包み漆黒の甲冑に。一部は背中から広がり大きな翼に。一部は尾から伸び刺々しい形を成す。そしてオーラはシーアの顔を覆い隠すと二本角の生えた黒い兜へと変貌する。
その頭部の形状、そして姿は自身の眷属であるエアをより小柄にしたもの。だがその存在感と相手に感じさせる脅威は眷属たちの比ではない。
それまで引力と重力のなすがままに落下していたシーアの体はぴたりとその場で静止し、ふわりと宙に立つように体勢を立て直す。 その様子を見たクロエラは旋回すると再び甲高く鳴き声をあげ、異常事態に包まれたシーア目掛けミサイルのように突進する。
「カラミティ……」
黒く鋭い爪を帯びた漆黒の腕。そこにバチバチと青光りを放つスパーク。突如シーアの右腕に現れたその得体のしれぬ力に身の危険を感じたクロエラが咄嗟に突進をやめ、シーアの横を大きく通り過ぎるように狙いを変える。だが、シーアはそれを許さなかった。
「"カラミティ……ブレイク"!」
自身の左を抜けようとしたクロエラの左翼目掛け、強烈に青く発光するその右腕を突き出す。そのぶつかった個所を中心に巻き起こる爆発。そしてえぐり取られたかのようなクロエラの痛々しい左翼。
先ほどの投擲槍の比ではないダメージにクロエラは大地へと落ちていく。その様子をシーアはただ黙って見下ろしていた。兜越しに聞こえたシーアの吐息から察するに身動きができないという方が正しいのだろう。
やがて息を整えたのち、シーアもまたゆっくりと地面へと降下を始めた。
* * * * * *
「ぐっ……なんだ……なんなんだあいつは!」
左腕を抑え、鬱蒼とした森の中を歩くクロエラ。その左腕からは抑えきれないのかどくどくと赤い血が流れ出ている。
「化け物め……まさかあいつもあの女の薬を飲んで……ちっ! まずは雛鳥を戻して回復……いや、それでは雛を追ってあの化け物が追ってくる可能性が。くそっ!」
痛みをこらえ、何の目印もなく木々の中、まっすぐと何かを目指すように歩き続ける。普通のものであれば迷うことを恐れ動けなくなってもしょうがないほどの深い森の中を慣れたルートをたどるかのようにゆっくりと、ゆっくりと歩いていく。
やがて見えたぼろぼろの小屋を見てほっと安堵の表情を浮かべるクロエラ。だがすぐさま我にかえったように歩を早め小屋の中へと入っていく。
「あいつにはブランとバートがいる。あいつらならこの小屋の場所も知っている。だとしたらここも安全とは言えない」
窓の外に目を向けると空は徐々に光を帯び始めていた。夜明けが近づいていた。クロエラは棚にある薬の入った瓶を手にすると傷ついた左腕に振りかける。痛みに響いたのかぎゅっと噛みしめるように口を歪ませ、その瞳に怒りと憎悪の炎を宿す。
「そうだ……力が足りない。餌が足りない! もう戯れも情けもいらない……村の者全てを喰らい、私は……全てをやり遂げる!」
投げ捨てられた瓶は大きな音とともに砕け散る。その後舞い戻る静寂。そしてそこに響くもう一人の声。
「クロ……エラ……」
ドアに立つ巨体の男は身をかがめ、中を覗くように見回す。そして窓際で傷つく目的の女性を見て大きく首をかしげる。
「ははっ、"ラパン様"……まだお食事の用意はできてませんことよ」
「……クロ……エラ」
「……ごめんなさい、私としたことが、しくじってしまいました。でも安心して、あと少しでたくさんのお食事をご用意……」
黒く塗りつぶされたような顔面からは決して表情は読めない。だがラパンは力任せに狭いドアの枠を押し広げるようにして粉砕し、中に入ると力なく壁にもたれかかっていたクロエラを抱き寄せる。
「いけませんラパン様……私の血があなたさまにかかってしま……」
「……クロ……エラ」
「……あなた様は……私を……私なんかを助けてくれますの?」
言葉こそ発しないが、それでも黙ったまま腕の中で身を委ねるクロエラをどこか愛おしそうに見つめるラパン。
「それでは……ご一緒しましょう、ラパン様。あの忌々しい村に終焉を。そして……私たちも……」
ラパンの腕の中でクロエラもまたそっとラパンの腰に右腕を回し、ぎゅっと身を寄せた。その表情に憎しみなどなく、どこか穏やかな女性の笑顔だけがそこにあった。
拙作をお読みいただきありがとうございました^^




