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【連載版】私を捨てた王国の「後始末」はいたしません  作者: 空席あり


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6/10

子供たちは待てません

 孤児院の院長は、約束より半刻早く着いた。

 玄関へ出ると、家令に勧められても外套を脱ごうとしていなかった。すぐ帰らなければならないという。


「長くは取らせませんので」


 そう言って、布袋から帳面を出した。

 窓辺の机をお貸しすると、細かな字が並ぶ頁を開く。


「今月の補助金が、まだ届いておりません」


 昨夜の手紙で知っていた。それでも、改めて聞くと、胸が縮む。

 会計担当者からは、年度の支出承認が下りておらず、支払いができないと連絡が来ていた。

 私に承認を出せないことは、向こうも分かっている。

 殿下への取次ぎを、してほしいのだ。


「こちらが、先月までの分でございます」


 院長の指が頁を辿った。

 粉屋、薪屋、肉屋。

 私は、院長の指先に小さな割れ目があるのを見ていた。


「食料は、何日分残っていますか」

「五日ほどは。店の方にも、少し待っていただいています」

「寝具のお届けは」

「まだ、何も。そちらは今年でなくても結構です。繕えば使えますから」


 私は帳面から顔を上げた。

 寝具の話は、院長からお願いされたわけではない。視察に訪れたリリア様が、薄くなった毛布を見て申し出てくださったのだ。

 その支度を整える前に、日々の食事まで止まった。


「お嬢様のお立場が変わったことは、伺っております」


 院長が、慌てて言った。


「会計の方から、こちらへ相談するようにと聞きまして。お忙しいところを」

「いえ」


 私は椅子を引いた。


「父と、話をさせてください。お帰りをお急ぎでしたら、後で使いを」

「待ちます」


 すぐに答えが返った。

 私は、ミナへお茶を頼んだ。

 院長は帽子を置いたが、外套は脱がなかった。


     ◇


 父の書斎には家令も来た。

 補助金の額と、残っている食料のことを伝えると、父は書き物を脇へ寄せた。


「まず、足りない分を出そう」

「ありがとうございます」

「それで、来月は」


 私は口を閉じた。


「また、止まるかもしれません」

「では、来月も我が家からか」


 父の声に、咎める調子はなかった。

 家令が基金の手紙を机へ広げた。


「会計担当者は、承認が下りれば払えると申しております。残高が足りないわけではないようです」

「申請は、先月お届けしました」


 私は言った。

 それでは子供たちの食事は戻らない、と自分でも思った。


「寄付として、終わらせない方がよいでしょうか」


 父が私を見る。


「院への支払いが遅れた分を、我が家で立て替える形に。基金が支払うとき、二重に渡らないように」

「それなら、先に額を確かめよう」


 家令が頷いた。


「先方の帳簿と照合いたします。本日分の食料は、屋敷からお届けしてよろしいでしょうか」

「それを頼む」


 私は立ち上がりかけた。

 院長に伝えて、厨房へ行って、荷物の用意を。

 家令はもう扉のそばにいた。


「まず院長先生へ、ご説明して参ります」


 私は座り直した。


「当面のお金は、三か月分お願いできないでしょうか」


 父が私を見た。


「ひと月では、後任を決めた頃に、また次の支払いが来てしまいます。あちらから、取り次いでほしいと言われても、結局同じことに」

「なるほど」


 父は、家令が置いていった数字を確かめた。


「三か月なら出せる。ただ、次も我が家が出すとは約束できん。基金から返ってこなかった場合は、そのことも考えねばならない」

「はい」


 寄付なら早いのに、という考えがまだ残っていた。

 父の金で早く済ませて、それから、次はどうするのだろう。

 私は父の承諾を待ってから、院長のいる部屋へ戻った。


     ◇


 昼過ぎには、双方の帳簿が揃った。

 王宮へ使いを出した家令が戻る間に、私は院長と支出の内訳を確かめた。


「肉は、ここ二か月で高くなりましたね」

「ええ。それで豆を増やしているのですが、あまり続くと、年長の子たちが」


 院長がそこで口をつぐんだ。

 私は、院の食堂を思い浮かべた。食器の音と、誰かがいつも喋っている長い卓。

 年長の子は、配膳を手伝う。

 自分の分を、後にすることもある。


「三か月分、立て替えます」


 院長が顔を上げた。


「今月だけでは、また急に止まったとき困るでしょう。三か月の間に、正式な窓口を決めてもらいます」

「そこまで、お願いしても」

「父が認めてくれました」


 私だけで決めたように言ってしまったので、付け足した。

 家令が戻り、基金の会計担当者が確認した書面を渡してくれた。

 承認が下り次第、侯爵家へ返済すること。こちらの立替額を、基金の台帳にも記すこと。

 父が書面を読み、署名した。


「返済の期日は、月末として請求いたします」


 家令の言葉に、父が頷く。

 院長は何度も礼を言った。


「寝具の方は、どうぞお気になさらず」


 帰り際、その一言だけ小さな声だった。

 私は見送りながら、何か言おうとした。

 春までには、とか。別の支援先を、とか。

 やめた。

 院長は厨房で分けてもらったパンの籠を抱え直し、馬車に乗った。

 その隣には、家令が頼んだ会計係が座る。支払いを済ませ、店への説明もしてくるという。


     ◇


 殿下へ送る手紙は、何度も書き直した。

 初めのものは長すぎた。

 孤児院の人数、給食の回数、支払いが遅れると誰が困るか。知っていただきたいことを足すうちに、二枚になった。

 読んでくださるだろうか。

 読むように書き換えるのは、いつも私の役目だった。

 私は一枚目を裏返した。

 立替の額と、基金の会計担当者に確認したこと、返済期日だけを残す。

 最後に、正式な後任を置いてほしいと書いた。


 返事は、翌日の午後に来た。


『君は王国を困らせて楽しんでいるのか』


 私は、もう一度読み返した。

 その下には、私が直接出向けば会計担当者への説明も早いのだから、そうすればよかったとあった。

 自分の手紙を、読んでいただけたのだろうか。

 家令が額を確認したことも、院長が朝から来ていたことも、もう一度書くべきなのか。


「お嬢様」


 ミナが、扉のところにいた。


「旦那様が、お呼びです。お取り込み中でしたら、後ほどと」

「今、行くわ」


 私は筆記具へ伸ばしていた手を引いた。

 殿下の返書は、家令に渡した。


 渡す前に、折り目を揃えた。何か言い返したくなるのを、指先で押さえるように。

 返済の書面では、会計担当者と話がついている。殿下のお気持ちを宥めなくても、請求はできるはずだった。

 それでも、返書の一行が頭から離れない。


「この後の返済については、あなたからお願いできますか」

「承知いたしました」

「私から、補足することは」


 家令は返書を読み、首を振った。


「請求に必要な書面は、昨日いただいております」


 それだけ聞いて、私は父の書斎へ向かった。

 机には王宮の紋章が押された招待状があった。


「明日、会議をするそうだ」


 父が私へ差し出す。

 宛名には、グランフェルト侯爵令嬢とあった。

 議題は、行政上の引継ぎに関する確認。

 出席者の一番上に、アルベルト殿下の名前があった。


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