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【連載版】私を捨てた王国の「後始末」はいたしません  作者: 空席あり


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3/10

青い棚の三段目

「本日の会談が、中止になりました」


 外交局の文官は、椅子を勧めても座らなかった。

 私も、応接室の戸口に立ったままだった。


「帝国大使からのご連絡ですか」

「はい。担当者と、その権限を確認できないため、と」


 差し出された書簡に目を通す。

 来月からの関税優遇を短期延長するための、事前協議だった。今朝、王国側から出席者の変更を伝えたらしい。新しい担当者の名前は、空欄になっていた。


「お名前をお知らせすれば、日程は改めていただけると思います」

「その説明を、大使へお願いできませんか」

「私から?」


 文官は頷いた。


「殿下が、エレノア様なら先方も納得すると」


 応接室へ入ると、彼はようやくついてきた。

 私は椅子へ座り、書簡を返した。


「どなたが交渉をお引き継ぎになるのでしょう」

「まだ、ご指示がなく」

「その状態で、私がお伝えできることはございません」


 彼は書簡の端を、指で撫でた。


「大使は、あなたをご存じですので」

「存じているからこそ、今も私が担当していると思われたら困ります」


 自分でも、硬い言い方だと思った。

 文官の顔から困惑が消えない。


「殿下との仲を、お取り持ちいただきたいわけではないのです」


 頬が熱くなった。


「そのお話は、しておりません」

「失礼いたしました」


 彼は深く頭を下げた。

 私は膝の上へ手を置いた。

 私の断り方が曖昧なのか、それとも、断っているということ自体が伝わっていないのか。


「外交局長へ、担当者の任命についてご確認ください。お返しする書類や、連絡の履歴は王宮にございます」

「局長は、殿下の案件なので、殿下のご指示を待つようにと」


 またそこへ戻るのか、と思った。

 私は口元へ手をやりかけ、膝へ戻した。


「では、殿下のご判断をお待ちください」


     ◇


 外交局の馬車が帰った後、家令が来客用の帳面を持ってきた。

 今日は、私の名前が何度も書かれている。


「以後、王宮からのご用件は、私が先に伺ってもよろしいでしょうか」

「そんなことまで、お願いしていいの?」


 家令は少し首を傾げた。


「お客様の用件を伺うのは、私の仕事です」


 それもそうだった。

 私は帳面の開かれた頁を見た。


「お願い。ただ、私へ確認が必要なことでしたら」

「そのようにいたします」


 家令は私が続きを言うのを待たず、帳面を閉じた。

 応接室に、一人残された。

 先ほどまで忙しかったのに、急に、何をしたらよいのか分からなくなった。


 昼食の席で、父が通知の受理について教えてくれた。

 婚約指輪は昨夜返却済み。王家から預かった式典用の徽章は二点あり、こちらは家令が封をして届ける。

 私への贈り物として渡された装身具は、目録を照会し、返却するか残すかを双方の家で決めるという。


「殿下は、ずいぶん前から準備なさっていたのでしょうか」


 父の手が止まった。


「書面を揃える時間はあったようだ」


 私は頷いた。

 怒っているのか、悲しいのか、どちらでもないのか、自分で決められなかった。

 ただ、昨日の昼、私が北部の天候について説明している間にも、殿下は知っていらしたのだと思った。


「私に話があったのは、一昨日だ」


 父が言った。

 私は顔を上げた。


「陛下から呼ばれた。殿下とお前の性格が合わず、今後のためにも解消したいというお話だった」

「一昨日」

「お前にも伝えてある、と聞いた」


 父の皿の上で、肉が半分残っていた。


「話をしようと思ったが、お前は夜更けに帰ってきて、昨日は私の方が朝から出ていた。それで、あの場だ」


 私は昨夜、こちらへ来ようとした父を止めたことを思い出した。


「お前に先に確かめるべきだった」


 父はそう言うと、食事へ戻らなかった。

 私も、すぐには何も言えなかった。

 食器の触れる音だけがした。


 父が、私の方の塩を取ろうとして手を止めた。

 私は容器を渡した。


「陛下は、何と」

「お前に落ち度があったという話にはしない、と」


 私は空になった自分の皿を見た。

 昨夜の広間にいらした方々は、どう思っただろう。

 声に出すと、父の顔が険しくなる気がした。


「お前の意向を確かめてから返答すると申し上げた。解消そのものを止めるべきか、私にも分からなかった」


 父は塩を振らずに容器を戻した。


「止めてほしかったか」


 私は、しばらく考えた。


「あの夜会の前に、私へ話してほしかったです」


 父が目を伏せた。

 誰に、とは言わなかった。


     ◇


 夕方、廊下で若い男性とすれ違った。

 今日来た三人のうちの一人かと思ったが、違った。外套の襟に輸送局の小さな徽章がついている。

 私に気づくと、深く礼をした。


「エレノア様。資料の受領証をお持ちしました」


 彼は家令へ封筒を渡し、それからこちらへ向き直った。


「今朝の包みは、輸送局でお預かりいたしました」

「もう、ご確認いただけたのですか」

「はい。ルッツ様が、ご説明くださったので」


 署名を終えたルッツ様の顔が浮かんだ。

 これがあれば、と言いかけた声も。


「渡し場の方は」

「決まりました。午後の便から荷を載せます」


 私は、息を吸った。


「正午に、間に合ったのですか」

「ぎりぎりでした。返事を運ぶ使者を待つ間、局長が組合へ保証状を出してくださいまして」


 彼は額に触れた。疲れているようだったが、笑っていた。


「橋が直るまでの臨時便です。殿下の署名は、昼過ぎに届きました」

「費用は」

「増便分はご用意の案どおりです。保証のための手数料が、別に少し」


 案どおりなら、船頭の人数も足りる。

 荷下ろし場の手配は。

 北部の倉庫への到着は。

 尋ねようとすると、彼が脇へ抱えていた工程表を持ち直した。

 私の知らない筆跡で、いくつも書き込みがある。


「失礼いたします。局へ戻らなければ」

「はい。お疲れさまでした」


 彼は頭を下げ、家令に見送られて出ていった。

 扉が閉じる。

 何も聞き漏らしていないかと考えたが、もう聞く相手はいなかった。


     ◇


 部屋へ戻ると、机に小さな空きができていた。

 王宮の鍵を置いていた皿を、ミナが脇へ移していたのだ。


「お片づけしてもよろしいですか」

「ええ」


 彼女は皿を持ち上げ、裏を確かめた。


「何か、別のものをお置きになります?」

「まだ、分からないわ」


 扉を叩く音がした。

 ミナが、皿を持ったまま振り返った。

 家令だった。明朝、父が庭へ出る際に同行してほしいという。


「私も?」

「お嬢様も。ご都合が悪くなければ、と」


 悪くはなかった。

 明日の予定が、初めて一つできた。


「では、そのようにお返事を」


 家令が下がってから、机の上に残っていた王宮の予定表を見た。

 何日も先まで、細かい文字が並んでいる。

 持っていなければいけないような気がしていた。

 でも、麦は運ばれる。

 私は予定表を、手紙をしまう抽斗へ入れた。

 鍵は掛けなかった。


 夕食の席で、父が明日の散歩のことを尋ねた。

 私は、雨が降らなければと答えた。

 父は頷き、窓を見た。私もつられて外を見た。

 庭の暗がりに、灯が一つ揺れていた。

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