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『海から百万石 ~江戸時代に転移した国交省の土木職員、水守と河童と有明海の大干拓に挑む~』  作者: 天手古まい


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13/65

第十三普請 水が引いてからが、普請だ

水が引けば、災害は終わり――ではありません。


泥を出し、水を確保し、道を直し、火を起こす。


第十三普請は、白瀬たちが初めて挑む「暮らしを取り戻す普請」です。


現代の知恵と、村に昔からある助け合い。


そして有明海の恵みまで総動員して、村はもう一度立ち上がります。

 朝。


 久しぶりに、青い空が見えた。


 雲の切れ間から差した光が、まだ濡れた村の屋根を照らしている。


「白瀬しゃーん!」


 遠くから声がした。


 振り向けば、長吉が泥を跳ね上げながら走ってくる。


「道ん出てきたぞ!」


「道?」


「水ん引いとる!」


 その後ろから、小春たちも駆けてくる。


「白瀬しゃん! うちん家、帰れると!?」


「待て待て。走るな。まだ足元が――」


「帰れるー!」


「聞け!」


 誰も聞かない。


 避難していた村人たちにも、たちまち声が広がった。


「水ん引いたぞ!」


「家ば見に行ける!」


「牛は無事じゃろか!」


「田ば見らんば!」


 顔に疲れを残していた人々が、次々に立ち上がる。


 白瀬も、ようやく肩の力を抜いた。


「……終わったな」


 隣にいたガタ吉が鼻を鳴らす。


「何がじゃ?」


「雨だよ」


「なら飯じゃな」


「お前はそればっかりだな」


 澪が静かに村を見た。


「白瀬」


「ん?」


「水は去った」


「ああ」


「されど、置き土産があるぞ」


 白瀬は眉を寄せた。


     ◇


 村へ入った途端。


 誰もしゃべらなくなった。


 水はない。


 代わりに――泥があった。


 道を覆う泥。


 折れた柵。


 家々の軒先に絡まった藁。


 流れ着いた枝。


 割れた甕。


 倒れた桶。


 家の中には、茶色い泥水の跡がくっきりと残っている。


「……なんね、これ」


 小春が小さく呟いた。


 さっきまでの笑顔が消えていた。


 長吉は自分の家へ走る。


「父ちゃん!」


「おう! 家は立っとる!」


「納屋は!?」


 白瀬も続いた。


 そして。


「…………」


 言葉を失った。


 白瀬の寝床だった納屋。


 中は見事に泥だらけだった。


 薪は散乱。


 道具はひっくり返り。


 筵は水を吸ってぐしゃぐしゃ。


 そして――。


「俺の布団がない」


 ガタ吉が遠くを指差した。


「あるぞ」


「え?」


「あれじゃ」


 木の枝に、見覚えのある布団が垂れ下がっていた。


「…………」


 澪が言う。


「よく乾きそうではないか」


「前向きすぎるだろ!」


 小春が噴き出した。


「白瀬しゃんの布団、木に干してあるばい!」


「誰も干してない!」


 子どもたちに笑いが戻った。


 その時。


「白瀬しゃん」


 長吉が泥の中から何かを拾い上げた。


 一枚の板。


 白瀬の表情が変わった。


 水位。


 水路。


 土地の高さ。


 村人から聞いた水の流れ。


 これまで書き込んできた記録だった。


 泥にまみれ、一部は読めなくなっている。


「俺の……記録」


 白瀬はしゃがみ込んだ。


 澪が板を見る。


「白瀬」


「……なんだよ」


「人は残った」


 白瀬は黙った。


 板を見る。


 それから、泥だらけの村を見る。


 老人がいる。


 子どもがいる。


 漁師も農民もいる。


 皆、生きている。


「……そうだな」


 白瀬は立ち上がった。


「また書けばいい」


     ◇


「泥ば出せ!」


「桶持ってこい!」


「井戸ん水ば汲め!」


 村人たちが一斉に動き始めた。


「待ってください!」


 白瀬が叫んだ。


「井戸の水は、まだ飲まないで!」


 水を汲もうとしていた女が手を止めた。


「なんでね? もう澄んどるばい」


 桶の中を見る。


 確かに、一見すれば透明だった。


 白瀬は井戸の周囲を指差した。


「洪水の水が、ここまで来ています」


「そいが?」


「厠の汚れも、腐った物も、死んだ獣の汚れも混じってるかもしれない」


 村人の顔が一斉に引きつった。


 ちょうど子どもへ水を飲ませようとしていた母親が、慌てて椀を引っ込める。


「そがん危なかと?」


「分かりません」


 白瀬ははっきり言った。


「だから、分からないうちは飲まない」


 後ろから。


「……わし、さっき飲んだぞ」


 全員が振り向いた。


 ガタ吉だった。


「お前!」


「喉ん渇いとったんじゃ!」


 澪が冷たい目を向ける。


「河童であろう」


「河童でも腹はある!」


「壊すのか?」


「……知らん!」


「そこ自信ないのかよ!」


 笑いが起きた。


 だが白瀬はすぐに手を叩いた。


「よし。まず何からやるか決めましょう」


「何からって、みんな自分ん家ば――」


「それだと、困る家が出ます」


 白瀬は村人たちを見る。


「一人じゃ片づけられない家、ありませんか?」


 一瞬の沈黙。


 すぐに声が上がった。


「権爺ん家たい。一人暮らしじゃけん」


「お千代さんとこは赤子のおる」


「庄吉ん親父は昨日、足ば痛めとるぞ」


「向こうん婆ちゃんは腰ん曲がっとる」


 白瀬は目を瞬いた。


 次々と出てくる。


 自分の家ではない。


 隣の家。


 向かいの家。


 村外れの老人。


 白瀬が口を開く前に、一人の男が言った。


「おいん家は後でよか。まず権爺んとこ行こう」


「でも、あんたん家も泥ばかぶっとるやろ」


「うちは息子がおる」


 男は当たり前のように言った。


「権爺は一人たい」


 白瀬は、少しだけ笑った。


 ――そうか。


 現代には、災害支援の仕組みがある。


 困っている人を探し、人手を割り振る。


 必要な物を必要な場所へ届ける。


 それは確かに大切だ。


 でも。


 ――助け合うことまで、俺が教える必要はないんだな。


「じゃあ」


 白瀬は板を一枚立てた。


「皆さんのやり方に、俺のやり方を少しだけ足します」


     ◇


 白瀬は板に四つの印を描いた。


 丸。


 三角。


 四角。


 二本線。


「丸は水」


「三角は?」


「食べ物」


「四角は?」


「家」


 長吉が二本線を指差す。


「これは?」


「道」


 さらに白瀬は、大きな罰印を書く。


「これは怪我人や病人」


 小春が感心したように言った。


「字ん読めん人でも分かるね」


「そういうこと」


「白瀬しゃん」


 長吉が胸を張った。


「おい、全部覚えらるぞ!」


 小春が即座に聞く。


「昨日ん晩、何食べた?」


「…………」


「ほら」


「そ、それとこれは別たい!」


 ガタ吉が腕を組む。


「頼りにならん隊長じゃ」


「誰が隊長ね!」


「お前がさっき自分で――」


「白瀬しゃん!」


「はいはい」


 白瀬は笑った。


「じゃあ子どもたちにも仕事」


 一瞬。


 子どもたちの顔が輝いた。


「おいたちも!?」


「うちらも!?」


「ああ。ただし、危ない場所には行くな」


 白瀬は木札を渡した。


「村を回って、困ってる人を探してくれ」


 長吉が首を傾げる。


「みんな困っとるばい」


「その中でも、一人じゃどうにもならない人」


 小春が頷いた。


「分かった!」


「怪我人。赤ん坊のいる家。年寄りだけの家。それから乾いた薪、使える桶や鍋も探してくれ」


「任せて!」


「おいが隊長たい!」


「なんで長吉ね!」


「なら、わしが――」


「いや!」


 子ども全員に拒否され、ガタ吉が固まった。


「まだ何も言っとらんぞ!」


     ◇


 最初は、水だった。


 山際の湧き水は無事だった。


 だが村全員には足りない。


「なら、泥水ば澄ませればよかと?」


 長吉が聞く。


「半分正解」


「半分?」


 白瀬は桶を用意した。


 一度、水を置いて泥を沈める。


 上澄みを布へ通す。


 さらに砂、小石、砕いた炭を使って濁りを減らす。


 透明になった水を見て、子どもたちが歓声を上げた。


「すごか!」


「きれいになった!」


 長吉が椀を伸ばした。


 ぱしっ。


 白瀬が手を叩いた。


「だから飲むな!」


「なんでね!」


「透明になっただけだ」


 小春が水を覗き込む。


「まだ汚れとると?」


「見えない汚れが残ってるかもしれない」


「見えんとに?」


「見えないから怖い」


 白瀬は鍋を指差した。


「最後はしっかり煮立たせる」


 澪が口を挟んだ。


「わたしが清めれば早かろう」


「それじゃ駄目だ」


 澪の眉がわずかに動く。


「ほう」


「澪がいない時にも使えなきゃ意味がない」


「……なるほどの」


 澪は水を見る。


「水を治めるとは、水を従わせることではない」


「そうだな」


「ようやく分かってきたか」


「一応、俺、水工学が専門なんだけど」


「知らぬ」


「ひどいな!」


     ◇


 次は、家。


 泥を掻き出すだけではない。


 白瀬は家の周りに残った水溜まりを見た。


「長吉。鍬」


「ほい!」


「ここから掘る」


「溝?」


「ああ」


 浅い溝を掘る。


 だが適当に掘らない。


 縄を張り、水盛りで高さを見る。


「白瀬しゃん」


「ん?」


「溝なら真っ直ぐ掘ればよかろ?」


「真っ直ぐでも、水は流れないことがある」


「なんで?」


「水は、道じゃなくて高さを見るからだ」


 長吉が真顔になる。


「水って頭よかと?」


「そういう話じゃない」


 澪が横から言う。


「水は賢いぞ」


「お前まで乗るな!」


 村人が笑う。


 家の周囲から浅い側溝へ。


 側溝から小水路へ。


 小水路から大きな排水路へ。


 少しずつ、水の道をつなぐ。


 泥水が、するすると家から離れていった。


「流れた!」


「こっちもじゃ!」


 村のあちこちから歓声が上がる。


     ◇


 問題は、道だった。


「うおっ!」


 荷車の車輪が、泥へ沈んだ。


 押しても引いても動かない。


「こいじゃ何も運べんぞ」


「山から石ば持ってくるしかなか」


「何往復するんです?」


 白瀬が聞く。


 村人が山を見る。


 そして道を見る。


「…………」


 遠い。


 その時だった。


「白瀬しゃーん!」


 漁師が籠を抱えてやってきた。


「飯ん足しになるぞ!」


 中には、有明海の貝。


 ガタ吉の目が光る。


「牡蠣!」


「お前は黙ってろ」


 炊き出し用に身を外していく。


 当然、残るのは大量の殻だった。


 白瀬の視線が止まった。


「……これ」


「牡蠣殻か?」


「浜に、もっとあります?」


 漁師が笑う。


「そがんもん、なんぼでんあるばい」


 白瀬の目が変わった。


 澪が小さく息を吐く。


「また始まったぞ」


「何が?」


「そなたが妙な物を見つけた時の顔じゃ」


「妙じゃない」


 白瀬は牡蠣殻を掲げた。


「道を作れます」


「……牡蠣で?」


「殻で!」


     ◇


「集めろー!」


 長吉が叫ぶ。


「白瀬しゃん! こがんあれば足りるか!」


「多い!」


「もっと持ってくる!」


「だから聞け!」


 子どもたちは浜と村を何往復もした。


 大きな殻を砕く。


 ぬかるみのひどい場所だけ、泥を少し取り除く。


 枝や竹を敷く。


 その上へ小石。


 砕いた牡蠣殻。


 砂。


 最後に皆で踏み固める。


 さらに道の中央を、ほんの少しだけ高くした。


 村人が首を傾げる。


「平らじゃいかんと?」


「平らすぎると雨が溜まります」


「なら、どうすると?」


 白瀬は道の左右を指差した。


「水を逃がす」


 水を撒いてみる。


 中央から左右へ。


 さらさらと流れた水が、さっき掘った側溝へ落ちる。


「おお……」


 村人たちが声を上げる。


 白瀬は思わず笑った。


 アスファルトもない。


 セメントもない。


 大型機械なんて、当然ない。


 ――でも、道の考え方なら持ってこられる。


 その時。


「痛っ!」


 ガタ吉が飛び上がった。


「何だ?」


「牡蠣殻踏んだ!」


 小春が腹を抱える。


「河童んくせに、足弱か!」


「河童と牡蠣殻に何の関係があるんじゃ!」


「ちゃんと砕けてないのがあるな」


「冷静に分析するな! わしの足を心配せい!」


     ◇


 ところが。


 側溝を掘った。


 道も通した。


 それでも、一か所だけ水が抜けない。


「おかしいな」


 白瀬がしゃがみ込む。


 ガタ吉が水面に鼻を近づけた。


「先が詰まっとる」


「分かるのか?」


「わしを何じゃと思っとる」


「河童」


「そうじゃ!」


 ガタ吉が胸を張り、そのまま水路へ飛び込んだ。


「おい!」


 ぶくぶく。


 しばらくして。


「ぶはぁっ!」


 何かを抱えて出てきた。


「何だ、それ」


「鍋じゃ!」


 村のおばちゃんが叫んだ。


「あっ! うちん鍋!」


「なんで分かるんじゃ!」


 もう一度潜る。


 桶。


 竹籠。


 草履。


「おい、これ全部村の物じゃないか」


「水路が物置になっとるぞ!」


 そして最後。


 ガタ吉が水面から顔を出した。


「白瀬!」


「どうした!」


「でっかいのがおる!」


「生き物!?」


「木戸じゃ!」


「物かよ!」


 皆で縄を掛けた。


 白瀬。


 長吉。


 小春。


 村人たち。


 ガタ吉。


「せーの!」


「うおおおおっ!」


 泥が粘る。


 縄が軋む。


「もう一回!」


「せーのっ!」


 ずぼっ!


 木戸が抜けた。


 一瞬。


 静かになった。


 次の瞬間――。


 ざあああああっ!


「うわっ!」


 水が走った。


 側溝から小水路へ。


 小水路から排水路へ。


 家の前に溜まっていた水まで、次々に動き始める。


「流れた!」


「白瀬しゃん!」


「水ん走りよるぞ!」


 長吉たちが、水と一緒に駆けていく。


「こら! 転ぶぞ!」


「大丈夫たい!」


 言った直後。


「うわっ!」


 長吉が転んだ。


「大丈夫じゃないだろ!」


 笑い声が、村中に広がった。


     ◇


 夕暮れ。


 村はまだ泥だらけだった。


 壊れた家もある。


 片づいていない場所もある。


 それでも。


 側溝には水が流れていた。


 牡蠣殻を使った道を、人が歩いている。


 竹棚には乾いた薪が載っていた。


 濡れなかった米や雑穀も、高いところへ移された。


 広場では大鍋から湯気が立つ。


 米。


 雑穀。


 小魚。


 そして貝。


「うまかー!」


「腹いっぱい食べたか!」


「牡蠣もう一個!」


 ガタ吉が椀を差し出す。


 小春が睨む。


「ガタ吉だけ多か!」


「今日は一番働いたぞ!」


 長吉が言った。


「鍋も拾った!」


「鍋を働きに数えるな!」


 村人たちが笑った。


 白瀬は、その光景を少し離れたところから眺めていた。


 大きな堤を造ったわけじゃない。


 川の流れを変えたわけでもない。


 まして、海を陸にしたわけでもない。


 今日作ったものは。


 飲める水。


 火。


 寝場所。


 一本の側溝。


 一本の道。


 ただ、それだけだった。


「白瀬殿」


 隣に老人が腰を下ろした。


「はい」


「普請ちゅうたらな」


 老人は、大鍋の湯気を見た。


「堤ば築くとか、川ば掘るとか、そがんもんと思うとった」


「俺もです」


「今は?」


 白瀬は村を見る。


 泥だらけで笑う男たち。


 鍋を囲む女たち。


 走り回る子どもたち。


 老人の家の泥を、自分の家より先に掻き出した男。


 白瀬は答えた。


「人が、明日もここで暮らせるようにすること」


 少しだけ笑う。


「それも、普請なんでしょうね」


 老人も笑った。


「なら今日は――」


 湯気の向こうの村を見渡す。


「大普請たい」


     ◇


 翌朝。


 村の空気が変わった。


 昨日まで泥を掻いていた男たちが、鍬を持って村の外へ歩いていく。


「どこへ行くんです?」


 白瀬が尋ねた。


 男の一人が振り向いた。


「田たい」


 昨日まで見せていた笑顔はなかった。


 白瀬も後を追った。


 長吉。


 小春。


 澪。


 ガタ吉も続く。


 やがて――。


 誰もしゃべらなくなった。


 田があった。


 いや。


 田だった場所があった。


 泥。


 砂。


 倒れた稲。


 崩れた畦。


 埋まった水路。


 村人の一人が泥へ膝をついた。


 一握り。


 指の間から、ぬるりと落ちる。


「家は直せる」


 誰も答えない。


「道も直せる」


 男は顔を上げなかった。


「ばってん……」


 長い沈黙。


「田は、もう捨てるしかなか」


「父ちゃん……」


 長吉の声まで小さくなった。


 小春が白瀬の袖を掴む。


「白瀬しゃん……」


 白瀬は答えなかった。


 安易に、大丈夫とは言えない。


 田へ入った。


 ずぶっ。


 足が沈む。


「白瀬しゃん!」


「大丈夫」


 表面の泥を掻く。


 さらに下。


 元の土。


 場所を変える。


 泥の厚さを見る。


 壊れた畦を見る。


 水路を見る。


 残っている稲を見る。


 一枚。


 もう一枚。


 村人たちは黙って見ていた。


「……白瀬殿」


 白瀬は立ち上がった。


「この田」


 泥のついた手を見る。


 そして村人を見る。


「本当に、捨てるんですか?」


「他に、どがんすると」


 白瀬は振り返った。


 村の方角。


 昨日掘った側溝。


 牡蠣殻を敷いた道。


 朝餉の煙。


 人の声。


 昨日、泥の中から取り戻した暮らし。


「昨日」


 白瀬が言った。


「村を捨てなかったでしょう」


 農民たちが顔を上げる。


「だったら――」


 白瀬はもう一度、田の泥を握った。


「田んぼも」


 一拍。


「まだ、捨てるのは早い」


 朝の風が、泥の上を渡った。


 誰も何も言わない。


 ただ。


 昨日まで諦めていた男の目に。


 ほんの少しだけ。


 光が戻った。

お読みいただき、ありがとうございます。


今回は、洪水そのものではなく、その「あと」を描きました。


簡易濾過、煮沸、側溝、排水、牡蠣殻を使った応急の道づくり。


白瀬の知識だけではなく、


「自分の家より、まず一人暮らしの隣人を」


と自然に動ける村人たちの力も、この国づくりには欠かせません。


命が助かった。


家も、道も少しずつ戻ってきた。


けれど――。


最後に白瀬たちを待っていたのは、泥に埋もれた田んぼでした。


次回、第十四普請 「田んぼを捨てるな」


暮らしの次は、生きていくための田を取り戻します。

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