廊下 下
廊下をしばらく歩くと綾が立ち止まった。
私も歩みを止める。
「何かあるの?」
私は闇を探るように尋ねた。
「廊下の突き当りに来ただけだよ」
綾はそう答える。
「そう。行き止まり?」
「ううん。右側の扉から教室の中に入って行くみたい」
「なら、教室に入りましょ」
私は一刻も早くここから脱出するために促した。
「唯ちゃん。待って」
綾は先に進もうとしない。
「どうしたのかしら?」
「壁に赤黒い文字で何か書いてあるみたい」
綾はそう言いながら、壁へと一歩近づいた。
赤黒い文字……。赤黒い……。私の頭の中に嫌な考えが浮かんでくる。
「もしかしてだけど、赤黒い文字って……血で書かれているとかそう言うのじゃなっなっないわよね?」
私は恐る恐る綾に尋ねた。綾は余裕のある声で「多分。そうだよ」と返した。
そうとしか考えようがないのだけど、それでもそうは言って欲しくなかった。
私はゴクリッと唾を飲み込んだ。
左手は胸元のリボンタイを掴んでいた。
そんな私と対照的に、綾は「今から読むね」とのんきな声を出した。
「読まなくていいわよ。それより先に行きましょ」
私は綾が余計なことをする前に手を引いて教室へと入ろうとした。しかし、約十糎の身長差がある綾に引き合いでは勝てなかった。私は首輪に繋がれた飼い犬の様にただ鎖を引っ張るだけしかできなかった。
私に腕を引っ張られながらも、綾は口に出して読み始めた。
しかも、わざわざ一文字ずつ大きな声で。
「セ ン セ イ カ ラ ニ ゲ テ」
「先生から逃げて?」
私は綾が読み上げた言葉を繋げて繰り返す。
綾は楽しそうな声で「……だってさ。センセイって何なんだろうね。唯ちゃん」と付け加えてきた。恐怖心を煽る時に見せる綾の嬉しそうな顔が脳裏に浮かぶ。余裕のある綾に対してイラッとする。
「考えるまでもないでしょ。センセイは先生の事よ。それ以外考えられないでしょ。学校なんだから」
私はイラッを隠さずにそう返す。
「唯ちゃん。学校じゃなくて廃校だよ」
綾は冷静にそう指摘してくる。
「そうね。なら先生の幽……」
私は自分の口を押さえて続く言葉を止めた。口に出すのは良くない。縁起でもない。それにそんなものは存在しない。非科学的だ。私は決して認めない。別に怖い訳ではない。ただただ、認めないだけだ。
「幽霊かぁ。その線はあるかもね」
綾は私が止めた言葉をわざわざ拾った。
余計なことを……。
噂をすれば影が差す。
綾の余計な言葉に呼応するかの様に足音が響いた。
私たちの後ろの後ろ。
この廊下の入り口近くから、
ギシィィという床が軋む音が響いて来た。
まだはるかに後方であるが背後に何かを感じる。確実な存在感がそこにある。
背中が心もとない。
「綾」
私はとっさに綾の名を呼んだ。
その呼びかけに、綾は落ち着いた乱れのない声で答えた。
「唯ちゃん。多分先生だよ。とりあえず、逃げた方が良さそうだよ。一旦教室の中へ隠れよう」




