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廊下 中

私が目を瞑って歩いている?

中学三年生のこの私が?

綾は失礼なことを聞いて来るものだ。

思わず手に力が入りそうになるわ。でも、私は大人なので我慢する。そして、「瞑ってないわよ」と落ち着いて返す。ここでムキになったりしない。大人の対応を心掛ける。

綾は疑惑を抱いた声で「そうなの?」と聞いて来た。私は自信あふれる声量で「そうよ」と返す。

綾は考える様に一瞬黙った。そして、まっいっかとでも言う感じで「そうだよね。中三だもんね」と言った。

私は「当たり前でしょ。中学生なのよ。小学生じゃないのよ。怖くて目を瞑るなんてないわよ」と胸に手を当てた。

そう、私は中学生なんだ……。

自分の口から出た言葉が心に泥を塗る。私は自然と視線を下に向けた。下に向けようが、上に向けようが私の視界には暗い闇しか映らないのだけど……。

そんな私にはありがたいことに、綾はこの話をこれ以上続けなかった。

「唯ちゃん。ここ雰囲気がいいよね」

と話を切り替えて来た。

私は「ええ。そうね」と話題に乗っかった。

本当に雰囲気は良いい。恨めしい程余計に……。

綾は、

「特にこのアルミサッシの窓枠が良いよね。いかにも学校って感じがして」

と私に同意を求めて来た。

私は「ええ。そうよね」と同意した。

すると、綾はクスッと笑った。私は綾にただ同意しただけだった。笑われる要素なんてないはずだ。

「何か、面白いものでも見えたのかしら?」

私は綾にそう尋ねた。

綾は「ううん。何にもないよ」と答えた。

含みのある声だった。

絶対になんかある。

私がそう疑っていると、綾は不意打ちの様に「やっぱり唯ちゃん目瞑ってるでしょ」と言ってきた。

本当に失礼だ。

私は少し大きな声で「瞑ってないわよ」としっかり否定した。

綾はフッフッフッという息を鼻から漏らした。鼻で笑うのを抑えきれずに出て来た息だ。それに、私の嫌いな嗜虐心のこもった声を出した。

「唯ちゃん。嘘はダメだよ」

何時ものだ。

綾は私の嘘を見破るといつもこういった反応をする。そして、言葉巧みに私を追い詰めて来る。

この時、綾は私が嘘をついている確実な証拠を持っている。でも、それを使わない。面白くないから。

私の愚弟がバッタの足を一本二本と捥いで痛ぶる時の様に、綾は私の逃げ道を一個二個と確実に潰してくる。追い詰められた私が嘘に嘘を重ねて抜け出そうとするのを、目を細めて楽しそうに見ているのだ。

悪趣味極まりないわ。

でも、もうそんな手にはかからない。幼稚園の時から十二年近くも遊ばれ続けた手なのだから……。

私は「そうよ。目を瞑っているわよ」と正直に告白した。正直に告白されると必要以上には痛ぶれない。綾のつまらないとでも言いたそうな顔が目に浮かぶ。

私はきっと詰まらなさそうな綾に「何で分かったの?」と聞いた。

綾はやはり詰まらなさそうな声で答えた。

「唯ちゃんは目を瞑っているから分からなかったと思うけど、ここの窓枠はアルミサッシじゃなくて木でできているんだよ。小学校の時、社会科見学で廃校を元にした資料館に言ったでしょ。あんな感じ」

なるほどね。私は綾の掛けた鎌にまんまと引っ掛かってしまったのね。不快だわ。

私は不機嫌を装って「そう」と素っ気なく返した。綾はそれに反応を示さなかったので、私たちは十秒程黙って歩いた。

沈黙に耐え切れず、綾が揶揄ってきた。

「やっぱり、唯ちゃんはまだ怖いの苦手なんだね」

私が素っ気ない態度を取ったので、私の気を惹こうとしているのがバレバレだった。

攻守逆転。私の中に優越感が満ちて来る。

「……」

私は鎌を掛けたことの仕返しとばかりに、綾の言葉を無視した。

「昔から、怖いの苦手だもんね」

綾は一人続ける。私から言葉を引き出そうと挑発するような物言いに代わる。ギュッと瞑った瞼の裏にも綾の小馬鹿にした顔が鮮明に映る。でも、その小馬鹿にした顔の中には焦りが透けて見える。

ここで反論すれば綾のペースに飲み込まれる可能性があるので、沈黙を貫き心理的優位を維持する。

「……」

「唯ちゃん。私が窓枠で騙したこと拗ねているの?子供っぽいよ」

綾はそう言ってくる。私は『子供っぽい』と言う言葉に反応してしまい「拗ねてない」とだけ返した。

「唯ちゃん……」

綾が呼びかけて来る。

私は一度言葉を返してしまったので、諦めて「何よ」と返した。

きっと綾は次に『本当は拗ねているんだよね』と言ってくる。ここで『拗ねてない』と返すと根気勝負の水掛け論になってしまう。そうなると私に勝ち目はなかった。また、綾に一方的に揶揄われてしまう。だから、『拗ねてない』以外で有効な手を探していた。

でも、綾は私の想像外の言葉を投げ掛けて来た。

「可愛いよ……」

綾はそう言ってきた。私は不意打ちを喰らい困惑する。体が何故か熱くなる。しかし、動揺を見せるのは悪手でしかない。

「あっそう」

とできる限り素っ気なく返した。

綾は私の反応が薄いことにため息を吐いた。いい気味ね。

今度は五秒ほど歩いた後で、また私に呼びかけて来た。

「ねぇ、唯ちゃん……」

今度は私を揶揄おうという意図を感じない清らかな声だった。

だから、私は「何かしら?」と丸みを帯びた声を返した。

「こうやって手を繋いで歩いていると、小五の時の臨海学校を思い出すよね」

綾はまるで引き出しの奥にしまった大切な宝物を取り出して眺めるかのように語り出した。

私は「あったわね」と返した。

臨海学校。磯採集やカッターレース、バーベキューなんかをしたわね。綾はいったい何のことを言いだすのかしら?

磯採集でウミウシを捕まえたことかしら?

クラス対抗カッターレースで優勝したことかしら?

そんなことを考えている私に、綾が言葉を続ける。

「夜、浜辺に現れる幽霊の噂を聞いて、唯ちゃん眠れなくなったんだよね。それで、トイレに行きたくなったんだけど、一人で行けなくって私起こされたんだっけ。で、トイレについて行くと、今度は一緒に寝て欲しいって言いだして……。

 翌朝私達が同じ布団で寝ているのを同室の娘に見られて、しばらく『二人ってそう言う関係なの?』って興味津々で聞かれて大変だったよね」

綾は優しい笑い声を漏らす。私の黒歴史をものすごく楽しそうに語ってくる。

私が今さっき出した、丸みの帯びた声を返して欲しい。

私は鋭くとがった声で「その話何時まで引きずるつもりよ。忘れなさい」と返した。

綾は無駄に信念のこもった声で「嫌だよ」と即答した。そして、「だって、あの時の唯ちゃん妹にしたいぐらい可愛かったんだもん」と付け足した。

私は後半部は聞かなかったことにして「忘れなさい」ともう一度命令した。

「嫌。だってこの話スピーチのネタにする予定だから……」

綾は駄々っ子の様に抵抗する。綾しては珍しい。綾が頬を膨らまして抵抗していると想像すると、何時もは気に食わない綾も可愛く見えて来そうだ。

そんなことより、私は「スピーチって何よ?」と聞いた。

「唯ちゃんの結婚式の友人代表スピーチだよ」

綾の声はそう言いながらだんだんとトーンを落としていった。私はその声色の変化には注意を向けず、「結婚式で恥ずかしい過去を晒さないでくれる」と釘を刺した。

綾はそんな私の言葉には返事をしなかった。ただ、感傷的に「後……八カ月かぁ……」と一人言を漏らして、左手に力を込めた。ほんの少し右手が痛い。

私は「何を言っているのよ」と瞑った目で綾を睨みつけた。

後、八カ月……。

それは中学卒業までの時間。そして、綾が考えている私と一緒に居られる期間だ。

愚かな綾は私と高校では離れ離れになると勝手に考えているみたいだ。私が模試で失敗してB判定を取っただけで、私が第一志望に落ちると思っている。綾はA判定だったので当然自分は受かるものだと思い込んでいる。点差なんて5点しかなかったのに……。ほんとに気に食わない。

「少なくとも、後、三年と八カ月の間違えでしょ」

私はそう訂正した。

綾は嬉しそうに「そうだよね。唯ちゃんが落ちたら、私も合格辞退すればいいだけだもんね」と納得した。

そう言う意味じゃないわよ。

「綾、私は落ちないわよ。この夏に貴方を抜くわ。貴方こそ、落ちないようにしなさい」

私はそう訂正する。

「唯ちゃんは、昔からそうだよね。私にライバル心丸出しで突っかかってきて……。

 でも、私に勝ったことないよね」

「……」

私は言い返せない自分が嫌になる。なんで綾に一度も勝てないのよ。でも、今度こそは勝つのよ。

そんな私に綾は静かに付け加えた。

「でも、毎回結果は出してくれるよね」

そして、「今回も期待してるね」と私の頭に手を置いて来た。

私はパチンッと音がするほどに力強くはじいた。

上から目線でただただむかつく。

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