廊下 上
先ず一歩目は綾から踏み出した。
真っ暗な私の世界にギシィという木の軋む音が入り込む。肩が私の許可なく竦む。
そんな私に構わず、綾は感動したようにトーン高めの声を出す。
「こういう音を聞くと廃校の中って感じがして、テンションが上がるよね」
私に同意を求めて来る。きっと、今の綾は目をキラキラと輝かせているのだろう。
「そっそっそうね。分かるわ」
私は綾に適当に合わせる。そして、綾に揶揄われる前に、私も足を踏み入れようとした。
そこで綾が警告をしてきた。
「段差があるから気を付けてね」
余計なお世話だ。見ればわかる。まるで私が怖くて目を瞑っているかのような扱いだ。お節介だけでなく、妄想も大概にして欲しいわ。
「分かっているわよ」
私はそう返して、大股で一歩を踏み出した。別に目を瞑っているとかそう言うのではないわ。ただ、ここで段差に躓くと綾に笑われてしまう。だから、リスクヘッジとして、あくまでも、リスクヘッジとして絶対に躓かないように大股にしただけよ。
私の足元からギシィという音がする。自分の足音は心なしか綾の物よりも不気味だ。足の裏から骨を伝って這い上がり、耳まで届いて来るようで身震いをしてしまう。
それでも、私は立ち止まったりはしない。そんなことをすれば綾にからかわれてしまう。私は何も怖いものはないと言った風に堂々とした二歩目を踏み出した。やっぱり不気味な足音が這い上がって来た。でも、この程度怖いはずなんてない。私はもう中学三年生なのだから……。
と言ってもその後二、三歩は気になってしまったわ。でも、何歩も進んでいくうちに段々と慣れて来た。
暑い夏の日に冷たいプールに入る時と同じよ。初めはプールの水が氷水の様に冷たく感じる。しかし、数十秒もすれば、不思議と涼しく気持ちよく感じる。
そんな感じで私は自分の足音に不快感を抱かなくなっていた。足音に慣れて今は心地よくすら……いや、そこまでではないわ。
とにかく、私は足音を克復したのでずんずんと進んでよかった。でも、前を歩く綾を急かしては可愛そうだったので、仕方なく警戒しながらゆっくり歩いてあげた。
綾は、廊下の雰囲気を一通り堪能してつまらなくなったのか、何気ない感じで語り掛けて来た。
「ねぇ、唯ちゃん」
「何かしら?」
私は綾にそう返した。
「目瞑って歩いているでしょ?」
綾はそう聞いて来た。




