794 おとがする
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「――目を開けて、もう雨は止んだよ
傘をどけて、空は晴れたよ
もう独りにしないから。・・・・お願い、目を開けて」
〝ずっと歌えなかった歌〟を歌い続けていたアリスが、やがて、
「・・・涼姫ちゃん、帰ってきて」
懇願のように、嗚咽の声で涼姫を呼んだ時だった。
涼姫がみじろぎをした。
「涼姫ちゃん!」
「涼姫! おい、起きろ、涼姫!!」
「スズっち!」
「スズっちさん!」
「スっちー!」
「スウ!」
「スウさん!」
「コケーーー!!」
皆が、涼姫の名前を呼ぶ。
けれど、涼姫は目を覚さない。
それどころか、涼姫の表情がどんどん苦しそうになっていく。
そうして、歯を食いしばり、とうとう脂汗まで噴き出した。
涼姫の苦しそうな呼吸が、どんどん激しくなっていく。
脳波計が、嵐のように乱れ、異様な数値を示しだす。
アリスが急いでハンカチを取り出し、苦しげに顔を歪める涼姫の汗を拭く。
やがて、涼姫が一際苦しそうにした時――涼姫の顔が絶望するかのように歪んだ。その時、アリスとみずきが叫んだ。
「戻ってきて下さい! 涼姫ちゃん―――ッ!!」
「戻ってこい! 涼姫ーーーっ!!」
2人の叫びに、荒い呼吸をしていた涼姫の呼吸がゆっくりと落ち着いていく。
脳波計が、穏やかに凪いでいく。
――長い静寂。
時計の針の音だけが響く静寂の中、涼姫の体が跳ねた。
アリスとみずきが、驚き、涼姫の体を支えようとした瞬間。
涼姫が、ゆっくりと、目を開けた。
病室中の人が、彼女の名前を呼ぶ。
「・・・涼姫ちゃん!」
「涼姫!」
「スウさん!」
「スウ!」
「コケーーー!」
誰ともなく、涼姫の名前を繰り返して表情に喜色をたたえた。
ベッドの上の涼姫が、アリスとみずきに支えられながら上半身を持ち上げた。
涼姫が、周囲を見回す。
そこには、涼姫が会いたかった人たちがいた。
確かに、皆が涼姫を待っていてくれた。
涼姫は、病室のみんなに、柔らかな笑みを向けてから・・・「心配かけてごめんなさい」と謝った。
みんなが首を振ると、涼姫は少し表情を崩し、アリスに向き直る。
そして小さく息を吸ってから、眩しそうに微笑み、告げる。
「ただいまっ」
「おかえりなさい! 涼姫ちゃんっ!」
まるで陽に輝くひまわりのような笑顔が、2つ咲いた。
自分を呼び戻してくれた人物への「ただいま」を終えて、さらに他の待っていてくれた人々に「ただいま」を告げる。
皆、ただただ、嬉しそうに答えてくれた。
「「「おかえり!」」」
みんなの「おかえり」が重なった。
最後に、みずきがいたずらっ子のように笑って、涼姫の前に立って尋ねる。
「おかえり涼姫。――ご飯にする? お風呂する? それとも、わ・た・し? アウチッ」
アリスにチョップされたみずきを見た涼姫が吹き出すと、今度は病室が、笑顔の花束に包まれた。
「おかえり」それは、世界が涼姫を受け入れた音だった。――涼姫が、世界を受け入れた、音だった。
次の日、宇宙に浮かべたアイステイルのワンルームで、お菓子の食べ比べ配信をしていた、涼姫と、アリスと、みずき。
涼姫はふと、キノコの形をしたチョコビスケットを齧りながら困った顔をした。
「でも今後、サード・ゾーンが必要になったらどうしよう」
アリスは、タケノコの形をしたチョコクッキーを口から離して、言い淀む。
「えっと・・・涼姫ちゃん――できれば使わないで欲しいかも、と」
みずきがふと、チョコで船の絵の描かれたチョコクッキーを齧って折りながら、涼姫の瞳を覗き込み言った。
「涼姫。お前、今なら明鏡止水を身につけられるかもしれない」
「えっ」
そこからみずきが座禅で指導すると、涼姫はあっさり明鏡止水を身に付けた。
アリスが驚く。
「・・・こんなにあっさり?」
しかし、アリスは、涼姫の瞳を見て言い直した。
あの世界で、何かが変わったのだと、直感した。
「――いえ・・・あっさりではないのでしょうね」
みずきが喜ぶ。
「完全に帰ってきたな! 涼姫!」
「うんっ! ――よし、入りやすいようにゼロ・ゾーンと名付けよう!」
慣れた名前にして、ルーティーンに組み込む、涼姫。
「あっはっは!」
「おうおう、なんとでも名付けとけ!」
「じゃあ、行くよ。入れ――、――ゼロ・ゾーン―――ッ!!」
言った涼姫の瞳は、透き通ったような輝きを映し、世界との境界を消していく。
かつてそこにあった暗黒の淵は、どこにも見当たらない。
世界の輝きを受け入れた涼姫の瞳は、今―――星々にも似た、たくさんの晄を宿し始めた!




