791 あの日のヒーロー
力強く肯定したアリスが、ふと思い出を語り始める。
「涼姫。わたし、小さな頃にヒーローに出会ったんです」
「ヒーロー?」
「その子は、ずいぶんと怯えた感じの子でした」
「う、うん?」
「だけど、凄かった。わたしが男の子2人にイジメられていると、颯爽と現れ、細い体なのにブランコを投げたりブランコで飛び上がったりして、男の子2人をやり込めてしまった」
「ん・・・?」
涼姫が、急に何かを思い出そうとする顔になる。
「そしたら10年もたった時、その子がまた私の前に現れたんですよ! わたしのピンチに、また! 高所恐怖症のわたしが、湘南モノレールで震えていたら、心配そうにこちらを見ていました」
「えっ、湘南モノレールでアリスが震えていた時って・・・」
「わたし『ホッ』して、彼女のブレザーの裾を握ったんです。そしたら饒舌に戻れるほど安心しました。その子となら湘南モノレールも怖くなくなっていって、ついには〖飛行〗なんてスキルまでくれて・・・わたしの高所恐怖症なんかぶっ飛ばしてくれた!」
「・・・・そのヒーローって・・・」
「はい! ヒーローの名前は、鈴咲 涼姫って言います!」
「わ、私?」
涼姫の脳裏に蘇ってくる、小さな頃の記憶。
イジメられている金髪の子を、「可愛い」と言った記憶。
封印していた記憶が、ゆっくりと思い出された。
「そうだ――私、・・・・思い出したかも・・・?」
アリスが、嬉しそうに微笑む。
「わたしです! 涼姫ちゃん!」
「私、小さな時、アリスに会ってた・・・!?」
「そうです! そして涼姫ちゃんが、わたしを可愛いって言ってくれたから、わたしはモデルになれました! 涼姫ちゃんはずっとずっとわたしを救い続けてたんです。なにもしなくても!!」
「私が言ったから?」
「涼姫、あの時――モノレールでわたしが震えているのを見つけた時、特別なことをしようとしました?」
「えっ、いや・・・大丈夫かな? って思ってただけ」
「でしょ!?」
アリスが涼姫を抱きしめる腕を、強くする。
「涼姫、いいですか、涼姫。貴女は、根が優しいんですよ。根っからの善人なんです。だから存在してるだけで周りが幸せになっていく。ただ生きているだけで、世界を善くしていけるんです!」
アリスがVR内でウィンドウを開く。
見えてきたのは、チャンネルのトップにある、常設のライブ配信のコメントだ。
普段は閑散としていて、時折投げ銭をする人間が現れるくらいなのに、今はコメントで溢れている。
彼らは涼姫にちょっとでも気持ちを伝えたいと、駆けつけたのだ。
❝スウたん、帰ってきてくれ!❞
❝頼むから起きてくれ!!❞
❝目を覚ましてくれよぉ!!❞
涼姫の瞳から、さらに涙が溢れた。
「みんな・・・私に帰ってきて欲しいって、言ってる、の?」
「当たり前です、涼姫!! みんな涼姫がいないと悲しいんです!! わたし達だってそうです!! みずきなんか、眼を真っ赤にしてましたよ・・・」
「・・・・で、でもそれは、私が何か世の中の為になるからではなく・・・?」
「みんな、貴女がいるだけで嬉しいんです! それだけでいいんです!! だから涼姫は自分の為に生きたらいいんです! そしたら誰かが幸せになります! そして、もしそれでも居場所がないなら、わたしが涼姫の居場所になります!! 居場所が欲しいなら、わたしの所へ帰ってきて下さい!! わたしだけは涼姫を絶対に裏切りません!! わたしは、たとえ世界を失っても、涼姫1人だけが欲しい!! ――わたしは、涼姫はいるだけで良いんです!!」
アリスの無茶苦茶な言いざまに、涼姫が、可笑しそうに笑った。
涼姫の瞳に〝光が戻っていく〟。
「ははっ、この女たらし」
「わたしがたらし込むのは、涼姫だけですよ!」
アリスが胸を張った。
涼姫が涙を拭う。
現れた瞳には、しっかりと光が宿っていた。
涼姫は、ゆっくりと立ち上がる。
「アリス」
「はい」
アリスは、涼姫を見上げた。陽光がアリスの目に入った。アリスは眩しくて、目を細めた。
「私、帰ってみる!」
「はい!」
涼姫が、何かを探すように水平線を見た。
「ここはとても居心地がいい。けれど・・・・ここには、友達がいない」
「・・・はい」
「私は、友達が欲しくてVR訓練を頑張った。そして強くなってこんな世界を作っちゃったんだ。だから、ここにいたら、意味がない。――頑張った昔の自分に、怒られちゃう。あいつはアリスと私を結んでくれた恩人だからね」
「あははっ」
「怒られるのは嫌いだから! 戻るよ、待ってて!!」
「はい! 待ってます!!」
座っていたアリスの姿が、風に溶けるように楽園から消えた。
「さて、帰るか」
涼姫は勢いよく伸びをした。
――だが、そうすると、楽園が歪み、崩れ始めた。
ヒビが走り、その隙間から黒が滲み出す。
やがて、ヒビから過去の涼姫の叫びが漏れてくる。「もういやだ・・・誰か助けて」声が重なる「誰か助けて! お願い、助けてよ!!」。
「誰か、抱きしめて・・・もう、一人は嫌・・・」「いい子にしなきゃ、いい子にしなきゃ」「息がしづらいなぁ、二酸化炭素増えてるのかなぁ?」「怖い、みんながこっちを見てる気がする」過去の涼姫の叫びが、今の涼姫を追い詰めていく。
突然聞こえてきた声達に、涼姫がたたらを踏む。
「え・・・なにこれ? ――や、やめて・・・?」




