790 それでいいんだよ
「生きてはいます。――ですが、目を醒まさないのです」
意識を失ったままの涼姫が運び込まれたのは、銀河連合の病院の廊下。
涼姫を担当した主治医は、アリス達――集まった涼姫を心配するメンバーに首を振って伝えた。
「・・・そ・・・・そんな」
アリスが呆然として、その場に泣き崩れた。
みずきが真剣な表情で、主治医に尋ねる。
「なぜだ? 生きているんだろう」
「脳は正常です。どうもスウさんは、夢も見ているようなのです。そして覚醒しようという意思が見られません――」
主治医がモニターに映る脳波の波形を見ながら、眉をひそめる。
「――まるでこちらに帰ってくるのを、拒絶しているみたいで」
「拒絶? ――あの、馬鹿者め・・・」
みずきは歯ぎしりをした。
みずきのその目は、泣き腫らしたのか、真っ赤だった。
マイルズが、顎に手を当てながら、静かに主治医に尋ねる。
「スウの主治医、スウは夢を見ているような状態なんだな?」
「はい、そんな感じです。なにかとても心地の良い夢を見ているようです」
「コンタクトは取れないのか? 誰かスウをこちらに呼び戻せそうな――そうだな、例えば一式 アリスが、VRを通じて、スウの脳内にアクセスするとか」
「・・・・VRですか」
主治医が言って、考え込む姿勢になった。
「恐らく、不可能ではないですね」
「できるのなら、やってみる価値はある」
「ですが、もし、一式さんという方が、スウさんとのコンタクトで致命的な失敗をしたら・・・今度こそスウさんは、目を醒ますのを完全に拒否する可能性があります」
そんな主治医の言葉だったが。
アリスは立ち上がった。
「やります! わたし涼姫を、必ずこっちに呼び戻してみせます!」
主治医はその真剣な顔を見て、一つ頷いた。
病室。ベッドの上で穏やかに眠る、涼姫。
まるでこっちに戻ってくることを拒絶しているようには見えない。ただ眠っているようにしか見えない。
そんな彼女。――その頭には沢山のコードが繋がったVRヘッドギアが被せられた。
「・・・涼姫」
「では、一式さん。ベッドの横の椅子に座って、このヘッドセットを被って下さい」
「はい」
アリスは深呼吸してから、椅子に座り、ゆったりと背もたれに体を預けた。
やがて、ヘッドセットを被る。
「では、スウさんの意識に接続を開始します」
「はい」
「――3――2――1。接続開始・・・」
◆◇◆◇◆
VRで涼姫の心に接続したアリスが見た光景、それはまるで楽園のような絶佳だった。
目の醒めるような、蒼い空。
潮騒奏でるターコイズブルー。
白い雲は空高く立ち上がり、海鳥たちが横切っていく。
アリスはあまりに美しい光景に、思わず呟いていた。
「・・・綺麗」
白く輝く砂浜に、体育座りをして膝を抱えていた涼姫がいた。コントローラーとモニターは消えていた。
声に、涼姫が振り向く。
涼姫のその瞳は、光が無いままだった。
黒く黒くどこまでも黒く――まるでブラックホールのように光を映していなかった。
この楽園に、たった1箇所、穴が空いているようだった。
「――ふふふっ、綺麗でしょ。これ、私の心なんだよ」
「はい。まるで楽園にいるようです」
「アリスだからご招待したんだ。他の人なら入れなかった」
アリスは首を傾げる。
「みずきも?」
「みずきは・・・そうだなあ・・・・ちょっとだけいいかもっ」
「ふふふ、みずきに勝ちました」
アリスが涼姫の隣に座る。
蟹がびっくりして、砂の中から出てきて逃げた。
涼姫は隣にアリスが座ったのを気にせず、水平線に顔を戻して、じっと見つめ始めた。
アリスには、涼姫がこのまま海の彼方へ飛んで行って消えてしまいそうに感じた。
だから尋ねた。
「涼姫、帰りませんか? たしかにここは居心地がいいです・・・が」
すると涼姫は水平線から視線を動かさず、伝える。
「アリス・・・・私ね、あっちが嫌いなんだ」
「そう・・・・ですか」
アリスは、涼姫の言葉に少し悲しくなった。
「私ね。私なんかがあっちにいさせてもらうには、〝誰かの役に立たなきゃ〟ってずっと思ってた」
「そんな事を考えていたのは・・・・なんとなく、知ってます」
「それで一生懸命、頑張ってたんだ」
「はい・・・」
「でも、こんな素敵な場所を見つけちゃった!」
涼姫が微笑み、〝光りの無い瞳〟で楽園のような海を見詰めた。
アリスは涼姫の視線を追って言葉に詰まり、ただ涼姫の名前を呼ぶことしか出来なかった。
「・・・・涼姫」
「綺麗だよね、本当に、心地いい」
「――涼姫」
けれど、涼姫の頬に、光る雫が一筋、流れた。
「それでもね、アリス。――私、みんなが好き。アリスもリッカもフーリもチグもカレンもみかんもクレイジーギークスのみんなも、私に元気をくれた人達、みんなも」
「涼姫・・・?」
「ほんとは私、帰りたい。――帰ってもいいのかなぁ・・・?」
涼姫が光りのない瞳から沢山の光の雫を溢れさせながら、アリスを振り返った。
アリスも頬に雫を流しながら、涼姫を抱きしめる。
「当たり前じゃないですか―――っ! 涼姫、世の中のためにならなくて良いんです! 貴女は元々自分が友達を欲しいから強くなったんでしょう!? チヤホヤされたくて強くなったんでしょう!? 自分のために強くなったんでしょう!? でもいつの間にか他人の為になることをしてしまって、そしたら沢山の人が集まって来て・・・・だから〝他人の為に何かをしないと、自分の居場所は無い〟なんて思うようになって。そんなの止めれば良いんです! ――元の涼姫に戻れば良いんです!! 人の目なんて気にしなくて良い!!」
「―――本当に、それでいいの? 本当に?」
「当然です!!」




