744 盤上遊戯
「リッカ! アリス! 救援ありがとう!!」
奇襲を受けたミルトンは、偶然か幸運か、突然駆けつけたリッカとアリスに護られ、なんとか凌いでいた。
スウが、椅子から跳ねる様に立つ。
「出ます! アイステイルとビスカムアルバムの準備を!」
「はい! 3番ハッチ、アイステイル、1番ハッチ、ビスカムアルバムの出撃準備!」
スウが〖飛行〗を使って戦艦内を飛ぶ。更に通信を入れる。
「ヴィックに、いつでも車懸りが出来るように準備しておいて欲しいって、連絡して」
『わかりました!』
(相手は永遠の勝者だよね? やっぱり強い――こんな時、あの二人ならどうする? アイリスなら――シュネちゃんなら――彼女達ならこんな盤面簡単にひっくり返すはずだ。――私にはあの人達みたいに盤面を大量に読み切って、そこから正確に選ぶなんて離れ業できない。――でも多分、今戦場を挟んで、私の向かいに座っている敵の指揮官はそれが出来る相手・・・・アイリスや、シュネさんみたいな恐ろしい奴。――私は、そんなのにどうやって勝つんだ)
そこへ、通信一つ。
『やあ、スウちゃん』
この声――現在、考えうる、最高の頭脳――
「シュ、シュネちゃん!」
『あまり表舞台に出るつもりは無いんだけどね――ボクは何度も失敗して、君たちに任せるほうが良いと思うようになっていた。だけど、アイツは少々、度を越している。――だから、力を貸していいかい?』
「お願いします!」
『ボクの言う通り、できるかい?』
「助かります!」
『じゃあ、スウちゃんは、まず君の艦を襲っている奴らに〝勝て〟』
「勝て――ですか」
大雑把な命令にスウは、若干の困惑を返した。
『そう、勝て。ボクが君の戦闘に注文するのは、人間が蝶に飛び方を教えてるような愚行だ』
「そ、それは」
『だから――〝勝て〟。勝ち方は、君が知っている』
「わ、わかりました!」
『では、次――ヴィクター・ハリソン君に今すぐ車懸りを開始しろと言って。そのまま食い破って、相手の背後に回ってほしいと連絡をしよう――』
「はい!」
『――なんて、スウちゃんは考えていたでしょ?』
「―――えっ!?」
『そんなのは、敵にはお見通し』
「そ、それって・・・・」
スウは困惑しながらも、そうだアイリスとシュネは〝こう〟だったと思い出す。
『だからヴィクター・ハリソン君は、一旦退く』
「ここで、退くですかぁ!?」
『そう、急いで。――状況は一刻を争う』
「わかりました!」
スウは直ぐ様、ヴィクター・ハリソンに連絡。
『退くのかい!? 車懸りは無しかい!?』
「は、はい! 一旦引いて下さい!!」
『わ、分かったが・・・・いや、スウ総大将の命令、了解した! *全艦180度回頭、全速でこの宙域を離れる!!*』
シュネが優しい声を出す。
『スウちゃん、よく頑張った。ここからはボクに任せると良い』
「はいっ!」
『*まったくユーグレノゾアはどうしてこうも危機感がないんだ。ピンチになるほど「興味深い」とか喜ぶんで困る。一発、殴ってやろうか*』
シュネの通信の向こうから、ブツブツと文句を言いながら、キーボードを叩く音が響いた。どうやら、青軸のようである。
オーレリアが、椅子の左右の肘置きと背もたれに体を預けたまま命令を下す。
「敵旗艦前進だと? ――苦し紛れに愚策をやらかしたか?」
これではまるで、チェスの初心者がやる苦し紛れの一手ではないか。
静かに宇宙を見つめていたオーレリアが、しかし突如眉をひそめた。
「待て」
主の見慣れない変容に、フロストも少し慌てる。
「どうなさいましたか?」
「違う、これは」
「違う? ですか?」
「――変わった。質が」
主の異変に、勝利の美酒をワイングラスに注いでいたフロストが尋ねる。
「質・・・? でありますか?」
「ああ――ここまでは、どちらかと言えば慎重で教科書的だった戦い方が――急に、意図を悟らせない、自由な戦い方に変わった」
「それは・・・・」
「―――恐らく、指揮官が変わった」
「今更、指揮官の変更ですか――!? ・・・・では、新しい指揮官の力量はどうですか?」
その疑問にオーレリアが眼を閉じる。
そして相手を、眼の前に幻視する。
今、盤上を挟む相手――遠く遠く銀河の辺境で、不敵な笑いを浮かべる、その相手を。
「下げろ――」
オーレリアがワイングラスの下を、わずかに手の甲で押し返す。
「――この戦い、ここからが本番だ」
オーレリアが盤面を幾つもイメージして戦っていた10分後。
旗艦のデッキでオーレリアが肘置きを叩いて立ち上がる。
そしてワナワナを拳を握った。
「――旗艦を前へ出すだと!? そんな――キングの駒が前に出てくるような動きを! 舐めているのか!?」
怒りを抑えつつ、再び自分の椅子に深く腰を掛けるオーレリア。
オーレリアは目を閉じて、盤面の向かいに座る指し手を幻視する。
白く、ぼんやり光る相手――細かい姿などわからない。だが、その瞳には圧倒的知性の光が見えた。
盤面の向かいの指し手――シュネが、持ち上げたキングを前に――前に出す。やがて盤面の中央へ「コトリ」と置いた。
チェスの盤上、中央だ。
オーレリアが目を見開いて、指を突きつける。「それは、キングに出来る動きではない!」と。
するとシュネは不敵に嗤った。
「よく見なよ。このキングは、キングではないよ――」
オーレイルが見たキングの駒が徐々に変容していく、シュネが手をどけ、現れたその駒は――
「――クイーンだ」
オーレリアがキングだったと思っていた駒は、チェス最強の駒――クイーンだった。
そこでオーレリアは通信士の声で、現実に引き戻された。
「敵旗艦、中央を突破してきます!」
「なんだあの花のような、巨大なバーサスフレームは!?」
「ビ、ビスカムアルバム!? またあれか!!」




