692 突撃します
「黒体は絶対零度。固体でしか存在しえないから、融解させての加工は不可能」
だけど絶対零度なのは表面だけ。
――私は80層で作った、お懐かしい硝酸と水酸化ナトリウムを〈時空倉庫の鍵〉から取り出す。
「酸やアルカリも熱がないと反応しないけど、内部はどう?」
そうして黒体を割りながら、少しずつ酸とアルカリを降りかけた。
「内部がアルカリ性に反応する」
私は銅のタライを作って、そこに水酸化ナトリウムを入れて、黒体を浸す。
水酸化ナトリウムを熱しながら、その中で黒体を砕く。
そうしてしばらくすると、
「黒体が崩れてきた」
『マ、マイマスター・・・よく黒体の加工方法に気づきましたね・・・』
「黒体を加工するなら、こういう方法しかないだろうとは思ってたんだ」
反応しない部分もあるけど、仕方ない。
私は黒体を珪藻土でろ過して水酸化ナトリウムと分けた。湯煎で、水酸化ナトリウムを完全に飛ばす。
次にチタンの筒を作り、ケンタウロスアレイオンと接続。
チタンの筒の表面に、黒体を塗りつけた。
そうして、内部をウラン型核爆弾――臨界圧縮構造を模倣した内部機構を2基組み込み、閉じた。
「できた、〈アイアン・ノヴァ〉」
『お見事です・・・』
「あとはこれをできるだけ、ヘリオス――赤色超巨星のコアに近づいて炸裂させればいい」
『やるんですか? マイマスター』
「うん。そうしないと、命理ちゃんの宇宙が吹き飛ぶ」
『了解です――このイルは、どんな場所でもお付き合いします』
「やっぱ最後はイルさんだね!」
私はコックピットに戻り、イスに飛び乗り、ヘッドギアを装着。
『VR接続を開始します――バイタル僅かに高いですが正常範囲。全感覚オールグリーン。神経接続開始。感覚拡大。思考加速――』
私は目を閉じて、深呼吸。
「入れ――ゾーン、」
『フェアリーテイル、発進準備完了』
ゾーンに入って、イルさんの言葉に目を開いた。
「フェアリテイル。出発!!」
光の軌跡と共に、私は赤色超巨星に飛んだ。
「イルさん――赤道方向に飛んで!!」
極方向は駄目だ。超新星爆発が起きたら、本物のガンマ線バーストが吹き出す。本物のガンマ線バーストにはスケさんのボンバーヘッドが耐えられなかった。フェアリーテイルは、ボンバーヘッドより紙装甲だ。耐えられるわけがない。
ヘリオスの表面の泡に顔が浮かんだ。
なにか笑っているようだった。
ヘリオスから宇宙の彼方へ伸びる緑色の光が、脈動している。あれが恒星の意識を繋ぐ神経みたいな感じだろうか。
「勝てないと思ってるんだね!?」
ヘリオスが虫を払うように、コロナのような腕を振ってくるけど、そんなものに今更当たらない。
私は、そう遠くないヘリオスの赤道に到達したら、
「イルさん、〈臨界黒体放射〉!!」
『イエス、マイマスター!!』
〈臨界黒体放射〉で、赤色超巨星の大気を吹き飛ばしながら進む。
「赤色超巨星の表面温度は、低め」
低めと言っても2800度とか4700度とかの世界だけど。
でも、そのくらいならフェアリーさんの黒体があれば余裕。
次の層はさらに温度が下がる。
計器は2000度を示している。
重力も、密度が低いせいで、ほとんど無いくらい。
問題は次の層。
一気に圧力が増える。
そこを、〈臨界黒体放射〉で穴を穿ちながら進む。
『マイマスター、そろそろフェアリーテイルのエンジンが止まります!!』
「〈アイアン・ノヴァ〉は!?」
『チャージ119%完了!!』
「よし!」
私はフェアリーテイルを人型にして、ケンタウロスアレイオン付き〈アイアン・ノヴァ〉の投球姿勢に入る。
周囲の温度は6000度を示しているけど、黒体で覆っているから、チタンが融解したりしない。ケンタロスアレイオンにも黒体は塗られている。
『マイマスター、〈アイアン・ノヴァ〉120%チャージ完了、起動準備整いました!!』
「いっけぇぇぇえええぇぇぇえ―――ッ!!」
私は〈アイアン・ノヴァ〉を全力投球――。
「逃げるよ!!」
『イエス、マイマスター!!』
私はフェアリーテイルを反転、飛行形態にして全力加速。重力がキツイけど逃げられないことはない。
「リミッター解除、〖前進〗〖質量操作〗〖伝説〗――!!」
背後から閃光が届いた。
恒星が、うめき声を上げている。
捻れる赤の濁流。
爆流の血管がのたうち、恒星のコアが胎動を始める。
『赤色超巨星ヘリオス、〈アイアン・ノヴァ〉の爆発により、爆縮開始。ヘリオスを退治しました。2秒後、超新星爆発来ます!!』
爆縮は一瞬だった。おおよそ1秒でヘリオスが地球サイズまで萎む。
そして、次の1秒後、
『圧力反転、衝撃波発生!!』
「ここまで到達時間は!?」
『衝撃波は到達しません』
「えっ、ああ、そっか」
私は理解した。
爆音も衝撃もない。赤色超巨星の最後はあまりに静かだった。
振り返れば重力レンズ――星の輝きが黒に呑まれ、事象の地平の周囲に重力レンズが輝いていた。
ポッカリと空いた黒が、無音の中に鎮座していた。
やっぱり・・・中性子星にならずに、ブラックホールになるタイプだったんだ。
だけど、早めにトンズラここう。普通に怖い。
私はヘリオスの重力から完全に逃れて、
『亜光速航行開始!!』
全速力で逃げる。
にしても、さっきから、通信のノイズが酷い。
ずっと、『*ザーーー*』と鳴っている。
まあ、当たり前か。
タイラント・ハーピィの宙域に来た。
ここを抜ければ、ゲートだ。あとは帰ればいい。
『マイマスター、ブラックホール誕生の影響で空間の加速がより速くなりました』
「えっ」
うわっ、本当だ。
「キンコン」「キンコン」うるさい。
なんか1秒間隔で鳴ってない?
早く帰らないと、みんなとの時間がどんどんズレる。
私だけ高校2年生で、知り合いがみんな高校3年生になってたら泣く。
ああ、銀河連合から帰る時に時間調整して貰えるから大丈夫なんだっけ。
タイラント・ハーピィはいないな。
ボスと一緒に消えたんだね。
「そろそろ、ゲートかな」
『マイマスター、ドライブアウトします』
超新星爆発やブラックホールの影響下から離れて、通信が回復し始める。
『*ヴウウウ**ザ**ブウウウさあああああブウウウ*』
ドライブアウト――しかし、予想外の光景。
「あれ?」
赤く開いているハズのゲートが、ない。
「イルさん、座標はここであってるよね?」
『イエス、マイマスター、ここがゲートの座標の筈です』
なんで、帰りのためのゲートがないの?
『*ブウウウウ・・・ザ**ブああああああああウウウウウ*』
「イルさん・・・・ゲートがないんだけど」
『――なぜでしょう・・・?』
「それにこの通信、なに?」
『銀河連合から送られていますが、時間の流れの差異の関係で、上手く再生できていません。圧縮通信開始、AIによる翻訳を開始します』
暫くして、
『再生します』
イルさんが言うと、アリスの声が聞こえてきた。
『*大変です、スウさん!! ボス消滅の影響で、ボスが開いていたゲートが消えました!!*』
「え・・・・?」
私は、一瞬言葉の意味が理解できず、目を瞬かせ、呆然と呟いた。
「・・・・ゲートが――消えた?」
「キンコン」
「キンコン」
「キンコン」
「キンコン」
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