693 一人になります
「キンコン」
「キンコン」
「キンコン」
「イルさん、転送脱出を!・・・あ・・・リッカが転送脱出ができないから普通に戻るって・・・」
『はい。我々もそうするしかありません。そして銀河連合に戻るには、亜光速航行でもマイマスターの体感時間で1年ほど掛かります。少々長いので、生命維持に必要な資材が乏しい現状、このままではマイマスターの生命が維持できないと思われます。冷凍カプセルの内部でお休み頂いた方が最適だと提案いたします』
「キンコン」
「冷凍カプセル――そんなのあるんだ?」
「キンコン」
『イエス、マイマスター』
「キンコン」
ワンルームの方で音がした。
向かうと、ベッドが開いて、その中に人ひとりが入れるカプセルがあった。
「キンコン」
「これが、冷凍カプセル?」
「キンコン」
『イエス、マイマスター。お休みになられるなら、パイロットスーツを脱いで、楽な姿勢で横たわり下さい』
「キンコン」
ああ、そうか冷凍するには裸にならないといけないのか。このパイロットスーツだと冷気を弾いてしまうもんね。
私は言われるまま、パイロットスーツを脱いでカプセルの中に入る。下着も脱いでおいた方が良いだろう・・・。カプセルの外に放る。
横たわると、腕をクロスして、胸に手を当てた。
恐怖を抑えて、深呼吸する。でも駄目だ―――思わず、不安を吐露してしまった。
「キンコン」
「イルさん。私、またみんなに会えるかな? ――アリスやリッカに会えるかな・・・命理ちゃんとも、音子さんとも会えるかな?」
「キンコン」
『大丈夫です。イルにお任せ下さい――どんなことになっても貴女を1人にしません。今はゆっくりとお眠り下さい』
「キンコン」
私は素早く計算する。1年――1秒ごとに「キンコン」って鳴ってたら――向こうでは8万6000年も経つ可能性がある。1秒じゃないよね・・・そんなに早くないよね? ――「キンコン」の間隔を確認するのは、私には怖すぎて無理だった。
「キンコン」
「イ、イルさん、戻って何万年も経ってて、銀河連合がなくなってたらどうしよう。そしたらもう、元の時間にも帰れないよね? 宇宙に誰もいないよね?」
「キンコン」
『マイマスター。どんなことになってもイルが貴女を1人にしません。今はゆっくりとお眠り下さい』
「キンコン」
「・・・・うん・・・信じてる・・・・今は何を叫んでも、寝るしかないもんね――お、おやすみね」
「キンコン」
どうか、ちゃんと元の時間に戻れますように―――そう願うと、カプセルが閉じて、白い冷気がカプセルの中を覆い始めた。
「キンコン」
空気が、肌寒くなってきた。
「キンコン」
『全身麻酔を開始します――』
「キンコン」
私の口と鼻を、マスクが覆った。
気づけば私は意識を失っていた。
「キンコン」
最初に聞いたのは「プシュッ」という、鋭く空気が抜けるような音だった。
『お目覚め下さい。マイマスター』
私は目を擦る。
「お、おはよう」
『1年ぶりの空気はどうですか?』
「うん、シャバの空気って感じ」
というか、空気が冷たくて、嗅覚が麻痺している。
しかも感覚的には、さっき寝たばっかりの感じだ。
目を閉じたら、次の瞬間には目を開いていた。
脳も凍っていたせいだろうか、夢すら見なかった。
『バイタル正常――体に不調などはありませんか?』
「うん、大丈夫。寝る前と同じく、鼻の頭が痒いだけ」
小さな執事のホログラムが出て、私の鼻の頭を掻いた。
意味がないので、私は自分で鼻の頭を掻く。
私は、相変わらずのワンルームを見回した。
私が寝る前のままだ、やたら大きなプラモデルも棚の上に飾られたまま。
下着やパイロットスーツも、脱ぎ捨てられたままだ。
「1年でワンルームの様子が変化するわけないか」
アリスの浮かれたモモンガが横から殴られたみたいな人形も、そのまま。
私はカプセルから出ると、下着とパイロットスーツを身に着け始める。
パイロットスーツを、腰から引っ張り上げながら、尋ねる。
「ねえ、イルさん、何年経ったかな?」
『1年です』
「――そうじゃなくて・・・・元いた時間では、何年経ったのかな」
『・・・・』
パイロットスーツのチャックを上げた私は、不安になってアリスの人形を引っ張り寄せて、抱く。
やっぱり、アリスの言う通り人形を固定なんてしなくてよかった。アリスの人形が抱けてよかった。
「・・・お願い教えて・・・・何年経ってたの?」
『・・・・1万年です』
血管に冷水が流れ込んだかと思った。
「え・・・・ぃ――」
手が、震えだす。
浅くしか呼吸ができない。
「――ちまん・・・・?」
空気清浄機の「ウーン」という音が遠ざかっていく。
そんなに経ったら・・・・。
私は、口元と押さえ、床を見た。
「銀河連合も滅んでるんじゃ!? ――もう、アリスも、リッカも、リイムも、フーリ、チグ、カレン、ミカン! クレイジーギークスのみんなも――音子さんも・・・っ!」
私は、狂ったように頭を振り乱した。
視界が狭くなっていく。
指先の感覚がなくなる。
耳鳴りに、目が回る思いがした。
『マイマスター落ち着いて下さい! コルチゾールの値が異常値を示しています! 落ち着いて下さいマイマスター!!』
私の頬を、涙が幾筋も伝う。
「帰りたい、帰りたい。イルさん、私、元の時間に・・・・帰りたいよぉ!!」
涙が止まらない。やだ、みんなにもう会えないなんて、そんなのやだ、そうなったら、もう、生きてられない!
生きて、らんないよ!!
この暗い宇宙に一人ボッチなんて、嫌だよ・・・。
私が泣きじゃくっていると、イルさんのさらに慌てた声がした。
『マ、マイマスターご安心を! 銀河連合がマイマスター用に、帰還ボックスを用意してくれておりました!』
「・・・えっ? ―――き、帰還?」
『帰還ボックス、起動します!』
外から唸り声のような音がしてきた。
『マイマスター、コックピットへ!』
「う、うん!」
私は急いでコックピットへ、コールドスリープから目覚めたばかりで、まだ本調子じゃないのか、ちょっと足がもつれかけた。
私がコックピットに座ると、モニターに外の様子が映された。
フェアリーテイルの周囲が、ライトアップされていく。
真っ白な箱だ。本当にボックスだ。
機械的な女性の声がする。
『ようこそ。英雄スーよ。我々は貴女の帰還をお待ちしておりました』
「あ、ありがとう!」
『しかし、我々は貴女に接触できません。未来の確定を防ぐために』
「そ、そうなんだ?」
『銀河連合がどうなったか等の情報も開示できません。貴女には何も知らぬまま、貴女の生きた時間の地球へ、このまま帰還して頂きます。このボックスからの転移先の時間座標は、貴女が姿を消す寸前に固定され続けています。銀河連合が総力を上げて、貴女の帰還をお手伝い致します。―――必ず無事、貴女は元の時間に帰ることができます。ご安心下さい』
「う、うん! うん! ありがとう皆さん!!」
『それでは、しばしの時間旅行をお楽しみ下さい』
箱の中が、緑の縞々模様に覆われていく。
カタパルトのようだ。
『時間遡行、開始』
そんな声と共に、私とフェアリーテイルは宇宙に飛び出した。
すると宇宙空間に『いってらっしゃい』の文字。
「あははっ! 情報与えられないって言ってたのに、与えちゃってるじゃん! みんなが私を大事に思ってくれたっていう情報を・・・!」
こうして私は1万年後の宇宙から、因果の外へと姿を消した。




