#91 王城
「でっけぇなぁ…………」
朝食を食べてから約一時間後、本日の用事である王城に到着。空から降り注ぐ太陽光が白い城壁で反射されてとてつもなく眩しい。王城なのだから白で作りたかったのかもしれないが、せめて設計者にはもう少し実用性について討論して貰いたかった。
「レイラに『外に出て一番大きい建物』とは言われたが、確かに大きい……いや、これ規格外すぎないか?さっきまで街道にあった店とかじゃ比べ物にならないぞ……」
王城なのだから当たり前だとは思うが、いや、さすがに大きい。縦に百メートルは確実にありそうだ。特徴的な形の高層ビルを見上げているような感覚に近い。
「……とりあえず入って……いいのか?どこから入れば……」
今更になってしまうのだが、この街での亜人種に対する現状を聞いていないのだ。もしかしたらまた見つかっただけで大騒ぎになるくらいには扱いが良くないかもしれない。いつも通りにフードを被って歩いている。
「正門、正門……あれっぽいな。番兵っぽい人がいるけど通してもらえるかな……」
王城の周りをぐるぐるしていると見つけたのは大きな入口とそれを守るように立たされている番兵の姿。大きな入口というのがまた大きく、巨人が入る事でも想定してあるのかとぼやきたくなるくらいには大きい。
「えーっと、あの人にルリアさんについて聞き…………」
自ら話を聞くのはあまり得意ではないのだがどうしようもないので足を薦めようとしたその時、かなり重要で大事なことに気が付く。むしろなぜ今まで覚えていなかったのか。
「……ルリアさんってルリアが本名じゃなくね?」
真剣に考えるがどうも思い出せない。確か名前を少し縮めてそう呼んでた気がするが……どうにも思い出せない。だが、こういう公的な場所で本名を呼べないのはさすがに怪しすぎるだろう。
「…………電話するか」
ここで足止めされて時間を余計に取らされるよりも少々時間を割いて話が通じる人を中から呼んだ方が得策。スマホを取り出して即座に通話、3コールで繋がる。
『はいこちらルイゼリア……あれっ、ヒサメ君?どうしたの?』
「王城の前まで来たんですけど、なんか警備がいて……」
『警備?国民証を提示したら行けると思うよ?』
「いや、今日ってその国民証って奴を作りに俺は呼ばれたんじゃないんですか?」
『……それもそうだね。わかった、10秒でそっちに向かうよ!』
当たり前のように回線切断。まあ、要件を全部聞いてから切ってくれるだけまだ優しい方か。昔は話を聞かずに切る奴が友達にいたからこの意見が正しいのかは微妙だが。
「にしても、ルリアさんギルドだとあんなに好き放題やってるように見えるのにちゃんとデスクワーク出来るんだよな……頭の中どうなってんだ……」
仕事のできる人は頭の構造が違うのかどうなのか、実際に頭の中を見えるわけじゃないんだから分からないよなと呟きつつ、昼が近づくと共に上る太陽を見上げる。
その時だった―――。
「よぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお」
「……ん?なんだ―――」
ほぼ頭上で煌々と輝く太陽に、見慣れない不思議な影が映ったのは。
そしてその影が人の形をしていて、視界に移るたびにその位置が近づいていることも。
「いしょォッッッッッ!!!!!!!!!!」
「……………………」
上空から降ってきた影は丁度真横に墜落したかと思えば二本の足で見事に着地していて、着地の衝撃で地面のレンガを叩き割りながら周囲に風圧の波動を巻き起こした。
「よかったよかった、ちゃんと朝起きれたんだね!体には久々の睡眠だから数日寝るかと思ったんだけど……」
「……えっと、あの……なんで上から降って来たんですか?」
他にもいろいろ聞きたいことはある。しかしこの場ではこの一点だけをピックアップ。何なのだ、この大きい門はフェイクなのか?
「私の作業机が丁度真上にあるから。窓から飛んで落下するまで10秒、間違ってなかったでしょ?」
もはや「何で窓から飛び降りて無傷なんですか」とは聞かない。質問するのが今更すぎるし、多分だが聞いてもちゃんとした答えは帰って来ないだろう。
「……せめて正門から来てくださいよ……番兵の人たち口開いたままですよ」
「階段下りるのがこれまた面倒でね~……まあいいや、とりあえず中入ろっか!」
何事かと目を疑う番兵に事情を話して納得してもらい、目の前の巨大な扉がゆっくりと開かれてゆく。「ルリアさんが上から落ちてきただけです」と言っただけで納得してもらえたのはもう気にしない。
「ここがメインフロア。って言っても椅子と演説壇以外は何もないんだけどね」
「上にめちゃくちゃ広い……なんか教会みたいですね」
目の前には数百人単位で座ることが出来そうなほどに用意された長椅子、奥には少し高くなった場所に木製の演説台が設置されているのがうっすらと見える。
内部の設置物や装飾、天井の模様や形、さらには扉の位置や外観まで線対称に作られている感じが実に洋風。行った事が無いので何とも言えないが、世界史の教科書で見た、サグラダなんとかに近いような気がしなくもない。
「私を含む王室管理局の仕事場はここの上。ここの階段がまた上がるの大変なんだ」
「ここでさえ随分天井高いのにさらに上が……えっ、王室?」
「そうそう、君が死んだあの大戦以降に私は王室管理局の事務員に呼ばれちゃって。まあ、言いやすくすると王家専属の事務員って感じだね。選抜会議だと批判の嵐だったらしいんだけど女王様が断固として譲らなかったらしくて」
「そういうとこはさすがルリアさんって感じですね……」
会話を弾ませながらメインフロアの側面にある廊下から階段を上り、階段を登れるだけ高く上った先にある、最上階の長細い廊下、突き当たりの扉を開ける。
その部屋は全体を大理石で作ってるかのように白く輝いていて、部屋の中央に木製の机と椅子が三つと右側の壁一面には本棚、左の壁にはいろんな人から貰ったりしているのであろう嗜好品が小さな山のように積まれている。
「ここが私の執務室兼作業部屋。あんまり面白いものは無いでしょ?」
「いや、そうですけど……ここ何階なんですか?」
「メインフロアがかなり大きいから詳しくはあんまり……管理局陰の事務部屋は全部で六階層、最上階の一番端がここだよ」
ルリアは一番大きな作業机の背後にある大きな観音開き式の窓を開ける。前からは建物に遮られることの無い風が吹き付け、下を見れば足がすくむほどに地面が遠い。
「丁度ここがさっきの正門の真上だね」
「ここから飛んで無傷だったルリアさんの化物っぷりが分かりました……」
「いやー、さすがに屋根から飛ぶとちょっと足首への負担がね……」
ここが最上階なのだからここから飛んでも屋根から飛んでもさして変わりはないのでは、と思いつつもスルー。早く本題に入って貰おう。
「さて、じゃあさっさと書類書いちゃおうか。ちょっと待ってね、用紙出すから」
どこだったかな、とルリアが本棚に並ぶファイルのラベルを指でなぞりながら一つのファイルで手が止まり、目的の物を見つけたらしくA4サイズに近いような板挟み式のファイルを取り出す。
「……なんですかそれ」
「これが国民登録管理書だよ。局員によって担当区域が違うファイルを持ってるの。私は西部区域だからこれでも少ない方だけど……」
そう言いながらルリアが敵持つその本のようなファイルは、どう見ても厚さが辞書そのもの。詳しいことは分からないがとりあえず鈍器にはなりそうだ。
「これの空き用紙を取り出して……ヒサメ君は文字が書けないから私が書くよ。聞いたら答えてね」
大きな作業机の前に椅子が用意され、案内されるままに座ると、ふと目の前に置かれた謎の小さな箱が気になってしまう。開け口から若干見えている中身は指の長さほどある丸い棒。
「……?何ですかこれ、タバコ?」
「あ、それ?それは魔香草って言ってね、口に咥えて勢いよく吸うと中に入ってる葉っぱから魔力が出るの。最近流行りの娯楽品なんだって」
「へぇー……ルリアさん吸うんですか?」
「あー……私も時々吸うんだけどね……」
ちょっと見てて、と言いながらルリアはその箱を手に取って一本だけ取り出し、色が違う部分を唇に当てる。その瞬間―――。
棒状を保っていたその物体は、燃えるような音と共に瞬時に先端から灰色になって崩れて消えてしまった。もはや燃える時の匂いも煙も感じられない。
「……こんな感じに、私が吸うと一瞬でなくなっちゃうんだ」
「確かにそれは習慣的に吸うことはないですね……ゴミが出るだけだし」
「あ、でも魔力は吸収できてるんだよ?事実、これを吸った後はちょっと身体能力が全体的に上がるの。……調節を誤っちゃってペンを粉砕したりするから執務中はあんまり吸えないけどね」
なんでそんなものをこれから書類作業するって時に吸った。そう言いたくなったがまあこれもスルー。この人は変な行動はするけどその分真面目なこともするのだ、話をそらさなければ用事は案外簡単に終わる。
「じゃあそろそろ書こうか。えーっと、『アサカ』だから……最初の方に……」
分厚い辞書のようなファイルをめくっていき、その行に空き用紙が存在するかを確認。無ければ最後の方にずらして差し込む形になるらしい。のだが―――。
「……ん?」
「え?」
「…………うーん???誰が書いたんだろう……」
「え、どうかしたんですか?」
重たいファイルを何度も前後にめくっては首を傾げるルリアに率直な質問。既に同姓同名がいたとか?そんなことはさすがに無いだろう。
「えーっとね……ヒサメ君の死亡届だけ存在してるんだ」
「…………はい?」
えっと、どういう事だ?国民の証が無いのに死亡届がある、つまり俺は『国民と認定されてないが死んだ事実だけは確定されている』という事になっているのか?
「誰が書いたのかは分からないけど死亡届だけが存在してる。死亡日時は約六か月前、死因は他殺、遺体は残っている状態。……結構詳しいね」
「いや、死んでたのは本当なんでいいんですけど……この場合ってどうなるんですか?」
「規則上だと死亡届がある人物の再登録って出来ないんだよね……不死人の可能性があるから……」
なんとここに来てまさかのトラブル。しかも俺にもルリアさんにも非がある訳ではなく、どこにも責任がない状態での事件。強いて言えば『俺が死んだのが悪い』レベル。
「うーん……しょうがないから名無しで新規作成しちゃおうか。無いよりかはマシってことで!」
「大丈夫なんですかそれ……」
「大丈夫じゃないけどヒサメ君はギルドメンバーだからギルドの方で人員確認が可能なんだよね。だから名無しでも大してデメリットはないと思うよ」
ルリアの座っている大きな机の引き出しから手のひらに収まるサイズの小さな手帳が出てきて、それを机の上に出される。裏面を見る限りだと写真を貼る部分や名前を記入する部分があり、これが『国民証』とやらなのだろう。
「これが無記入だと発生するデメリットは?」
「結婚、土地の購入、財産分与とかができないはず……まあ、どうにもならなくなったらまたここにおいで!法の穴くらい権力でこじ開けて通してあげるわ!」
立場的にこんな事を言っていいような立場の人ではない気がするのだが、この人だったらどうにかしそうだからこれはこれで頼れる。というかどうにかできない場合は相手に力技を強いるタイプの人だから別の方向に怖い。
「ちょっと予想外に早く終わっちゃったねー……どうする?図書館にでも行く?」
「図書館に何かあるんですか?」
「私の覚えている限りだとその角についての研究文献みたいなのがあったはずだよ?」
「えっ、そんなのあるんですか!?」
文字は読めないがそれは是非とも目を通しておきたい。自分自身に映えておりながらこの角は大部分が未知数、何かのはずみにまた暴走して今度こそ永眠しかねない。一度生き返ったからいいものの、次もまた数年寝てただけで生き返れる保証はどこにもないのだ。
じゃあそっちに行こうか、と椅子を元の位置に戻して立ち上がったその時、部屋のドアがノック音と共にドアノブが傾いて開く。
「ルリア、西区域の外枠居住区の人口データだが……」
「あ、アルバおつかれ」
ドアノブに手を当てながら書類を持つ男性は、記憶だと少し前に見た事があった人物だった。前と違う点は、どう見ても満足な睡眠が得られて無さそうな目つきだろうか。
「お疲れじゃない!!!三番街より北のデータが丸ごと抜けているんだ!これのせいでどれだけ計算が狂わされたか……」
絞るような体力で書類に平手打ちをお見舞いした後、こちらに視線を向けて数秒固まった。
「あ、アルバさんお久しぶりです」
「そういえばアルバにお知らせしてなかったね。彼、生き返ったんだよ」
その男性は自分の眼を真っ先に疑い、数回瞬きをした後に次に自分の脳を疑うかのように存在を確認するために書類を床に落として手で触る。
「…………幻覚ではない、だと……!?」
「あ、この際だから聞くんだけどさ、ヒサメ君の死亡届を書いたのって誰だか知らない?」
「……死亡届?ああ、私だが?」
それが何か、と続けるアルバをよそに二人揃って溜め息。なるほど、この人だったか。
「なんで死亡届だけ先に書いちゃったの……」
「君が『彼は死んだから事務処理よろしく』と言ったんじゃないか、死んだ後だから国民証を発行するわけにもいかず、死亡届だけ作るのはなかなか難しかったぞ」
「ルリアさんが犯人じゃないですか!!!」
「いや、この国って死体を動かす魔術って禁止されてるからさ、復活させる系の研究をするには一回確実に死んで埋め終わった扱いにしておかないといけないんだよ……そうか、私だったかぁ……」
驚きの事態、意外な事実で犯人がまさかの本人。本日の目的が消失したところで、余った時間は図書館にでも行こうと思います。
Q.ヒサメの角はどういう仕様?
A.ヒサメの生前のデータに竜化のスキン、つまり肉体の皮を被せてあります。この状態で竜殺しなどの種族特攻攻撃を受けた場合、角だけが分離して外れ、黒髪だった頃のヒサメが半透明の状態でその場に生成。
竜の亜人状態が外れると身体能力が純人間に低下するけどスマホの能力は残ります。認識的にはスマホと竜化は『分離した別々の能力』って感じ。




