#88 復活
既に騒乱が巻き起こる食堂の少し上層、宿舎棟ではドアを開けて走り回る影があった。
「ない、ない、いない……どこにも!誰にも言わずに出て行くなんてあるはずがない!」
息を切らしながらドアを開けては閉め、端まで確認を終えてもう一度廊下全体を見回す。全身で感じるその恐怖と衝撃が汗となって、銀色の前髪から粒となってこぼれ落ちる。
「いなくなったなんて……いや、持ち去られた?そもそも生き返っていたの?」
どこかに探しにいかなければならないという焦り、しかしどこを探せばいいのか分からない事実がそれを封じるかのように覆い被さる。
「ルイラさんッ!!!」
宿舎二階の入り口ドアを開けて階段からそのまま飛び込むシャル。部屋を端から確認して走り回ってを繰り返していたルイラと同じく息絶え絶えの疲労痕杯だった。
「えっと、ヒサメさんの、魔導書、でしたっけ……アレを持っている方が食堂に……」
途切れ途切れの言葉の内容を掻い摘んで脳内に叩きこみ、すぐさまシャルを担いで階段を駆け下りる。
「まだ食堂にいる!?」
「お、おそらくまだいるかと……」
ルイラの空間魔法には思った以上に縛りが少ない。魔力次第で距離も大きさも調節可能で、転送先も訪れたことがあり、現在もその場所が存在していれば途中経過を無視して空間を捻じ曲げた領域を生成する。
だが、この焦りを煮詰めたような急ぎの状況でなぜ空間魔法を使わないのか。理由は『空間魔法は転送する穴を作るだけだから』である。
対象を転送するのではなく『転送可能なワープホールを生み出す』魔法、これは転送先に何かの物体があった場合、ワープの穴を開いた瞬間にその物体が転送元に送られてしまうのだ。
人が多いことが既に分かり切っている昼間の食堂に直接ワープしようものならばその場に居合わせた数人が入れ替えで宿舎棟に送られてしまうのだ。もしヒサメの遺体が盗まれた物ならば犯人にワープを悪用されかねない。それ故にルイラは全力で階段を駆け下りる。
「なんで今更、何がどうなって……!ヒっくん、まさか……!!!」
「喧嘩売りの為に死んでやる道理はないのさ。まぁ他人の為に死ぬ道理がある事の方が珍しいんだがな」
「へぇ、アンタは死んだことがあるのか?俺は無いぜ」
「俺か?死んだ、というか『いつの間にか死んでた』が近いな。しかも2回。2回だぜ?なんでか死んだのが2回!不幸だよなぁ……」
ローブで身を隠したその男は欠伸をしながら椅子をカウンターの下に戻して顔を隠した状態でこちらを向いている。本当に、何だコイツは。得体が知れない。
「やるんだったらここのルールでやるがそれでいいか?まず―――」
「半径大股五歩分の円の中で気絶か降参か押し出し。だろ?」
「……案外分かってんじゃねえの」
それほどでも、と男はからかうような声で食堂中央の机を左右に押し出し始めた。本当にコイツは謎だ、なぜ初めて来たこの国の、初めて来たギルドの文化をここまで先読みで予測して順応している?
そもそも一番最初から場馴れが過ぎていた。今まで通っていたのが当たり前かのごとく入ってきて、ごく普通な会話から初めて事態を予測していたかのような話題を上げる。
「よし、スペースはできたぜ!判定はカウンターの嬢さんにでもやって貰おうか」
「はいはい、受け持つわよー……ギルド外部と喧嘩する奴は初めてだわ」
呆れながらもカウンターから立ち上がって、地面に引かれている白線の円の中央線にまたがるように椅子を持って来て座る。
「……アンタ、武器はいいのか?俺は刀だが……」
「あー……それはいいや、コイツで十分」
その男がローブの下から取り出したのは、昔にヒサメが作った押し込み式の火球発射機。他人の魔導書を持ち去った挙句他人の武器まで盗んで使うとはつくづく神経を逆撫でする男だ。
「まあ俺には秘策もあるし。勝つ気はないけど負けて死ぬ気も無い、分かってくれたか?」
「1ミリも分かりやしねえよ、俺からしたら相手に勝った時は相手を殺した時だけだ。だからこその試合なんだぜ」
何が始まるんだと困惑の声と、とにかく面白そうだと野次を飛ばす声が混ざって言葉が聞き取れない。すぐさま始まる小競り合いに野次を飛ばすのがここのギルドの特徴でもある、と言ってしまっては若干語弊がある気もするが間違ってはいない。
「レディー……」
うっすらと聞こえる開始の準備合図。得体の知れない相手だ、どんな武器でどんな攻撃をしてくるかわからない。ここは三歩踏み込んでからの居合で決めるのが一番だろう。
「ファイッッッ!!!!!」
「っしゃァ!!!」
開始と同時に筒先をこちらに向けて押し込まれる火球筒。飛んでくる火球をすべて撃ち落とすように―――。
カチン。
「えっ」
「ん?」
……飛んでこなかった。思わず居合をする手すら驚きで止まってしまう。
「なんでこの筒中身入ってねえんだよ!?」
「あっ…………好機ッ!」
そういえばちょうど半年くらい前にカガミマチに戻った時、護衛用として持たされていたあの火球筒。装填用の魔方陣がヒサメにしか用意できないから中身が空のまま放置したのだが……これは言わないほうが良さそうだ。
「―――お覚悟を」
相手側が予想外の事態で慌てふためいているタイミングで踏み込み、下に潜り込んで右手で刀を掴んだ。鞘の角度を調整して下から上に斬りつけるように、そして刃を見せている時間をできるだけ短く。
「はぁッ!!!」
「―――ッァ!?ッっでぇ!!!」
だが、剣先を鞘から抜き斬ったその瞬間、刀を掴む右手の第一関節に的確な右ストレートが撃ち込まれる。警戒していなかった防ぎ方に加えて、人間の仕様上仕方のない『肉の無い部分への打撃』。脛を撃たれるのと同じように右手が一瞬痺れ、刀を握る手を離しそうになるがどうにか左手で回収して後ろに下がる。
「ふーっ、こえぇこえぇ……そんな速度で居合なんてされたら一瞬で首が落ちるぜ」
「……の割には即座に対応してきたじゃねえの……痛ってぇ……」
いくら全身を筋トレしようと指の筋肉はなかなか難しいものがある、指の筋肉を増やすなんて、しかも外側ならなおさら難易度が高い。これはすぐさま反射神経で攻撃を見切った相手を素直に褒めるべきだろう。
「さすがに今の一回でやられてるようじゃ努力が足りないと思うぜ?」
「次だッ!!!」
痛みが響く右手を握りしめて抑え込み、もう一度刀を握って右足で踏み込む。
「またそれか、さすがにワンパターンじゃなぁ……」
溜め息をつく男をよそに先ほどと同じく居合の体勢から潜り込み、下から刀を振り上げて四肢から削るように―――。
「……ん?」
下から振りあげられる刃を右手で手元から受け止めた男はそこで疑問符を発した。
「じゃあな」
下から刀を潜らせる時に右手で柄を、左手で鞘を掴み、剣を抜くときに両手を振り上げる。それにより下から上がってくる手には刃が存在せず、刃が存在するのは―――。
振り上げる時に後ろに回しながら引いた右手。左手の鞘をフェイクに、身体で隠すように右手を振り上げて斜め上から刃を突き刺す。飛び上がって振り降ろす右手の先には防げるものなど何も存在しない。
「うーん……残念!」
表情は見えないが聞く限りは満面の笑みで放ちそうな声でこちらに放ち、真上から迫る刀を―――首を横に振って頭で弾いた。
……待て、どうなった?頭の先で、刀を弾いた?真上から迫る刃をそのまま横に受け流したと?
有り得ない、不可能だ、何をどうしたのだ。そんな意味不明な情報が脳内を駆け巡って、ミズキの身体は弾かれた刀を手から離せないせいで身体を横に傾けながら一瞬フリーズする。
「昔誰かに言われなかったか?『頭は注意しろ』って。……普通は言われないか、忘れてくれ」
男は苦笑いしながらミズキを体当たりで元の位置に押し飛ばす。それほど威力は無いがミズキは完全に初期の位置に戻されてしまった。自らの唯一の武器である刀をその場に残しながら。
空中で衝撃を受けながら空を飛んでいる最中にミズキは自我を取り戻す。そして一瞬で状況を思い出して円の内側に留まることに成功した。
(何だったんだアレは、そしてなぜ外に放り投げられなかった、何はともあれ刀を置いて来てしまった、拾いに―――)
着地するなり刀を拾いに走ろうとするミズキ。だが、ここで違和感が目の前にあった。そしてその違和感の正体はまさに今、自分の身に降りかかろうとしている。
(……あの男はどこに行ったんだ?)
ローブの男は視界から完全に消え去っていた。だがそこに『影がある』。影があるのに姿が無い、つまりそれは透明化を使ったか、もしくは―――。
「歯ぁ食いしばれスケコマシィ!俺の頭は―――」
反射的に声がする方向を向いてしまう。呆気にとられて開いた口が塞がらない。
それはいつか見たような視点で、その男は斜め上を飛んでいた。比喩ではなく、重力に従ったままこちらに飛んできていたのだ。
「ちっとばっか響くぞォ!!!!!」
前頭葉に衝撃が走る。情報の伝達は何より早く、痛みは何よりも遅く情報となって伝わってきた。脳内が揺さぶられて一瞬前に傾き、踏みとどまろうと足に力を賭けるも加減が分からずに帰って地面を押し返して後ろに倒れる。
視界が時計回りに回転しながら崩れ落ちる間、ミズキは沈みかけた意識でうっすらと理解していた。
今の頭突きにはなにか突き刺さるものがあった。それは心にも、はたまた頭にも―――。
「ほい、場外っと」
正面から頭を打ち付けて完全に気絶しているミズキの身体の襟首を持って円の外側に投げ出す。外側のガヤは求めてもいない歓声で埋め尽くされていた。
「さて、喧嘩にも買ったし、俺はこれで―――」
「「待ちなさい」」
やることを終えて食堂の出入り口に向かう男を回りこむように二本の剣が男の首元に構えられる。片方は触れただけでそこから皮膚を切りそうなナイフ、もう片方は丁寧に磨かれた傷一つない包丁。
「一戦ふっかけて勝ったからって全員が納得すると思わないでしょうね」
「途中から来ましたけど事情は知ってますよ、一体何が目的ですか」
金髪と銀髪の姉妹の言葉にはそれぞれに種別が違うような殺気が込められているのが感じ取れる。少なくとも穏便に済ませる気は最初から無いような言い回し。
「2対1はちとキツイなー……まあ、十分楽しんだからそろそろいいか。シャルー!」
「はーい!」
首の前に構えられた刃とは逆方向に、食堂中央の円に戻るように男は歩き、少し高めの滑車付き踏み台をカウンターの横から転がして食堂中央に運ぶ。
「……え?」
「あんなに呼んですみませんねルイラさん。僕、こっち側でして」
目の前の光景に理解が及ばないルイラをよそに踏み台は食堂中央に配置され、ローブを纏った男はローブを抑えながらゆっくりと上がる。
『さぁさぁ皆さんご注目!突如現れたこの男性、一体誰なのか!?流浪の旅人か、それとも強さを追い求める戦士か?』
シャルはローブの男から受け取った魔導書を手に持ちながら数位に演説するかのように語る。いつぞやの時に使用された音声拡大機能だ。
『答えはどれも違う!人に知られながら自らを知らなかった男、強さを持ちながら振るわなかった男!』
周囲はざわめきを通り越してもはや無言になっている。一瞬で始まったこの舞台に動揺を隠せずに口が開いたままの状態だ。
『既に帰らぬ人と思われていた彼は、今ここに奇跡の復活を果たした!数少なくとも人々の願いに答えた、もはや伝説と化してしまった彼!』
シャルは左手にスマホを持ちながら右手で振り向き、男が纏っているローブの左端をつまんで巻き取るように引き剥がす。
「あ―――」
「まさか―――」
「なっ―――」
『黒の竜人アサカヒサメ、今ここに再誕ッ!!!』
「俺だああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
誰も言葉が発せずにその場が静まり返り、数秒程度の沈黙で本人すらも困惑していた。
「……え、俺スベった?俺ですよ俺、イエー!」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「はああああああああああああああああ!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
実時間一年半ぶりに自ら動く姿を見せた竜の亜人は、周囲の疑問を勢いに乗せた叫び声を全方位から浴びて台の上でひっくり返ったのだった。
えっ、この小説サイトで濡れ場を書いていいのか!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?(例の作品を見た私の感想)
当方はSNSなどで「この小説がひどい」みたいな内容のツイートが有名にならない程度のふんわりガバガバ表現力のギャグテイスト多めの小説を目指しております(今更)
最近はTw〇tterで「最近人気らしい小説がとんでもない」みたいな感じのツイートが回ってくるたびにWEB版を実際に読みに行って「まだ大丈夫だな!!!」という謎の自信に包まれる遊びをしています。いや、私も存外に人の事を言えないとは思っていますけども。
なんかこう、世間の人気ジャンルのアンチテーゼとして生きている作品だからこそ普通の異世界転生とは一括りにして欲しくない我侭な内心を込めていつも書いております。
まぁ元も子もない話を言っちゃうと、王道的な異世界転生が好きな方はこの作品のあらすじだけでブラウザバックしそうな気がするからどうでもいい話なんですけどね。
濡れ場書くならVer 2の後半かいっそVer 3だけどそこまで続くかわからないし、私の語彙力でそこまで違和感なく話を持って行けるかが鍵ですね。こんな小説に濡れ場の需要あるかと言われれば黙るしかないというのも一理。
濡れ場が分からないキミはネットで調べてみよう!気まずくなるから間違っても親御さんに聞いちゃダメだぞ!!!




