#87 事件
丁度昼下がりの頃、昼食も兼ねて話題交換で人気が盛んになるアルゴノーツ内部食堂は団体席がほとんど埋まってしまっていた。
「参ったな……さっき中庭に出た時はこんなに人がいなかったはずだが……やっぱ昼になると増えるのかねぇ」
毎日のメニューにしている刀の練習を中庭で終わらしたミズキは頭を掻きながら溜息を吐く。別に一人で団体席を埋める優越感が好きなわけでは無い、カウンター席の隣と密着している感じが苦手なのだ。
だが、ここまで人が埋まっているとさすがにどいてくれと言う訳にもいかない。大人しく空いているカウンター席に座ってさっさと飯を食ってしまおう。
「あら、今日の練習は終わり?いつもより少し早いじゃない」
「姫様が勝手にどこかに行ったせいでちょっと早めに切り上げたんだよ」
「直射日光がなかなか辛い季節じゃな」
「……この人少し前からいたわよ?」
カウンターでいつもとは少し違う様子に声をかけるレイラと、右隣の席でグラスに丸い氷を入れて一升瓶に入っている液体を注ぐカリン。既にこのやりとりだけで疑問が1つ解決してしまった。
「ちょいと失礼、お隣失礼するよ」
カリンに呆れながらも昼飯を頼もうとしたミズキの左隣に長いローブを着た人物が席に座る。これだからカウンター席は嫌なのだ、得体の知れない人物が横に座っているという考えがいつまでも体に警戒心を与え続ける。
「あら、旅の人?でなけりゃこの暑い日にそのマントは着ないでしょうね」
「御名答、人を探して歩き回ってるのさ。海の方角から来たんだがここは過ごしやすくていいねえ。あ、赤いスパゲティを一つ」
知らぬ人物でも慣れた様子で話題を投げるレイラに、それを的確に返してなおかつ注文まで差し込む。なかなか手練れの人物だ。俺だったら絶対に無理。
「噂程度に聞いた話の人物だが、そいつがここにいるとつい最近聞いてな」
「へぇ、特徴は?ここなら人の流れは多いから手がかり程度にはなるかもしれないわよ」
うーん、と自らを旅人と名乗る人物は知っている限りの特徴を挙げ、そして直後にカウンター席が静まり返った。
「オレンジ色の髪の毛で変な魔導書を使う竜の亜人だ。心当たりは?」
「…………アンタ、その噂ってのはいつごろに聞いたものなんだ?」
「んー、一年とちょっと過ぎ……二年じゃねえな、それぐらいだな」
つい口を挟んで訪ね、その答えを聞いて条件が余計に合致する。きっとこの人物が探している竜の亜人ってのは―――。
「……あー……悪いわね、そいつは……」
「ここのギルドの人だろ?死んだのか?まあそんな気はしてたがな」
分かり切っていたような言葉を目の前に出されたスパゲティのフォークを空中で振り回しながら旅人はつぶやく。
「……『そんな気はしてた』?」
何かがおかしい、なんだ、コイツは何者だ?噂程度にしか知らないような奴を追いかけて、なのに死ぬことはなんとなく予想が出来ていたと?素性すら知らないような人物にそんな予想が出来るものなのか?
「前々から本人は言ってたんだろ?『自分は弱い』って。よく言えば有言実行だが、悪く言ってしまえばただの開き直りだな。亜人なのに弱いってのはどういう事なんだが」
なんだかコイツからは感じ取れない悪寒がする。見えない部分から足を掬って絡みとるような、ゆっくりと何かを狙うような言い方。何も分かっていない筈なのに、全て見通しているような。
「竜種だからしぶとく生き返ると思ったんだが違うのか、とならば完全に死んだだろうな。遺体は残っているのだろう?角が破損していなければあるはずだ」
「……角が破損していなければ?アンタ詳しいのか?」
「まあ、そうとも言う、って感じだな。角がある限り本人の意思に関係なく組織は残り続ける。なのに生き返ってないってことは本人が眠ることを選んだか―――」
その人物はそのまま何かを言おうとして唸り、やっぱいいやと話題を切る。今の話は一体なんだったんだ、と腑に落ちない感情を残しながら身体を前に向けた直後―――。
「大変ですッ!!!!!!!」
食堂入口の観音開き式のドアを蹴破るように足でこじ開けながらシャルが転がり込んでくる。雑務なので走り回っているのはよく見るが、あそこまで慌てて走るようなことは普段は無い。
「大変って何がだ?」
「シャルが大変なら俺らからしたら大惨事だな」
「全くだな、ルリア嬢がキレたとか?」
付近のメンバー数人が「今更大変な事なんてこのギルドに無いだろ」とばかりに軽い雰囲気で言葉を投げる。だが、シャルの顔はどう見ても笑ってごまかせるようなものではなく、その異常さはなかなか回復しない呼吸のペースで一目瞭然だった。
顎を震わせながら零すシャルの言葉は、笑ってごまかせる雰囲気をすべて吹き飛ばすどころか一瞬だけ部屋全体が無音になった。
「……遺体が……ヒサメさんの遺体が、消えました」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「はあ!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
静まり返った部屋の中は一気に爆発するように声が大きくなる。それはミズキやレイラも同じであった。
「遺体が消えた!?自ら動くようなもんでもねえってのに……」
「確かに盗まれてもおかしくは無いようなものではあったけど……遂に現れたわね」
「いやそんな落ちついてられるようなことでもないだろ!?ルリアさんも『死体ですら悪用されると厄介』って言ってたんだし……」
食堂内はどこもかしこも騒ぎ声が大きすぎて会話すら難易度が高いほどにうるさくなっている。この状態で正確な情報を探すのは至難の業だとミズキは判断、すぐさま外に出ようとした時―――。
「話題にしてたらとんでもねえことになっちまってたっぽいなぁ。折角だから角だけでも貰っておけばよかったか」
椅子を降りて地面を蹴る足を止める。そうだ、この男は結局なんだったのだ?隣に座って来て、話題を投げてきて、なぜか都合よく事件が起こっている。なぜこのタイミングであの話題を?
「ごちそうさん、銀貨置いておくぜ。……あ、そうだ。そこの少年」
その人物はスパゲティを食べ切ってフォークを置き、どこから出たかわからない銀貨を置いて椅子を立ち上がる。そして去り際に足を止め、こちらを向いて何かを見せつけてきた。
「事件ってのは起こった時点ですでに手遅れなんだぜ」
一瞬だけ、それでもしっかりと目に焼き付いた、その人物が左手に持っていたのは―――。
「―――待て」
気が付いた時には、一瞬で椅子の土台を蹴って踏み込み、背中から回り込むように刀を首の前に構えた。
「……なるほど、止めてくれるか」
「深呼吸して答えろ、返事は単語でいい。それは一体どこから持ってきた」
特徴的だから間違えることも無い。その人物が左手に持っていたのは、すでに壊れたと言われて一年半時が流れてしまった、黒い板のような魔導書。
「どこからでもいいだろ?昔はあの亜人が持っていて、今は俺が持っている。その関係に理由なんて無いんだってな!」
溜息を吐きながらその人物は肩を下ろし、それと同時に後ろを振り向いて鉄の棒をこちらの額に押し付ける。視界の端に移るその棒は、押し込む棒が後ろについた鉄のパイプ。
「アンタならこの武器見た事あるだろ?なかなか便利だよな」
「見た事どころか使ったことまであるぜ、なんでテメェがそんな物を持っているかは知らねえけどな……!」
コイツは怪しい、怪しすぎる確信犯だ。他に存在が確認されていないような特殊すぎる魔導書、そしてお手製の火球発射機。間違えようがない、遺体が消えた事件の犯人はコイツだ。
「それを置いていくか首を置いていくか、選ばせてやるからどちらかにしてもらおうか」
「参ったな、出来ればどちらもくれてやりたいんだが死にたくないんでね」
「早くしないと……早くしないとヒサメさんが……!」
シャルはその頃、全力で廊下を走り回っていた。情報は流した、あとはあっちで勝手に焚き付けてくれる。その間にこちらでも捜しておかねば。
一年半前に動きを止めた竜の亜人。その遺体に二つの物語が絡みつく。
頭が痛いのに書くもんじゃない(失念)
最近肩こりの頭痛が激しくて一日中寝転がってたりすることがあったりしてます。そう言うときはゼノール、肩に塗るだけでじんわり熱くなってきて昼寝したらなんか治ってます。ただ使いすぎるとなんかだるくなってくる(個人差)。
次でこの章は終わり、かな、うん、多分そんくらい。次回は夏バテしてキーボードロクに触ってなくて全然できてませんって事態にならないといいけどなあ、と考えながらフェスやってます。私はイカ派。




