#84 特訓(2)
「……今更ですけど、暴走すること前提なんですか?」
「だって制御できないでしょ?それに今回は確証があるからね」
確証って何だ、と聞き返したいがどうでルリアさんの事だから何があっても筋肉的解決。絶対そうだ。捕縛系の魔法トラップが用意してあるとかそんな生易しいものは絶対にない。
「えっと……ここでいいんですか?」
自分の手が動かせないのでシャルにコードを刺してもらう。少々くすぐったいのがつらいが。
「あ、そこらへん。なんか穴があるだろ」
「ありますね……なんでこんな穴があるんですか……」
「俺もそれに関しては一切わかってない。なんか勝手に出来てた」
嘘はついてない。というかその穴は本当に謎。いつの間にかコードが用意されてたのも謎。どっちも雄端子のコードなんて誰が用意したのか分からないしそもそも俺以外に需要なんてあるのだろうか。
「よい、しょっと……はい、刺さりましたよ」
「オッケー了解、シャルは離れとけ。出来ればドアの近くでいつでも逃げれる感じに」
「え、でも……」
「ドアの近くだったらルリアさんが守ってくれるだろ。あと俺が暴れるぞ」
「そもそもこの部屋にいるのが危ないけどね!私が死んだら報告よろしく!」
「あっさりそんなこと言わないでください!」
こんな感じのやりとりがいかにもこのギルドらしいなぁ、としみじみ思う。今度こそ死ぬかもみたいな話を毎日笑いながらしておいて、いざ死んだら四十九日まできっちり喪に服す。団結力とコミュニケーション能力が合わさってできる環境だ。
「さて……じゃあやりますか」
「オッケー、こっちは準備できてるよ!」
膝の上に置かれたスマホを震える指先でどうにかつつき、システムアップグレードの項目を開く。出てくる警告画面も何が起こるか分かった今では何の意味も無い。
「……いざ!」
勇気を振り絞って赤文字で表示されていた「更新」をタップ。その瞬間に意識を飛ばす―――。
「おおーっ……なかなか迫力あるね」
車椅子から体は転げ落ち、徐々に体は角から噴き出る魔力で覆われて黒く染まり、二本の腕で起き上がる。俯いた状態のまま背中からゆっくりと羽根を伸ばし、車いすを押しのけるように尾てい骨から尻尾が生える。
「ガ……ガァ……ガアアァァ……!」
「やあ久しぶり、六ヶ月ぶりかな?」
黒い竜は俯いた状態から顔を上げ、ルリアを視認した瞬間に拳を構えて右足で踏み込んだ。―――そして、ルリアの前で盛大に転んだ。
「……ガ……ガァ?」
「うーん、やっぱそうなっちゃうかー……」
亜人種には「亜人種能力」と「亜人種補正」がある。亜人種補正は亜人種であるが故に上昇するステータス値、亜人種能力は種別によって異なる固有スキルと言ったところ。
そして大抵の亜人種は「亜人種能力を使うときに本人のステータスを引き継ぐ」。妖狐などは例外として、ほとんどの亜人種は自身の身体に宿る亜人の能力を発動するのだ。
ヒサメの場合は竜化なのだが、実はこの竜化も本人のステータスを引き継いで強化する能力。暴走した時に振う強大な力は素のヒサメの身体能力を竜種の骨格で超強化した物。
つまり、極度の衰弱状態となったヒサメが亜人種能力を使おうとも強化されたとして普通の人間程度にしかならないのだ。
「そうだろうなとは思って確証って言ってたけど……まさかここまでとは……」
「ガアアァァ!!!」
「おっと」
倒れた状態から両手の力で起き上がり、足元から奇襲を仕掛けるもルイラに軽く避けられるどころか右足で一蹴。反対側の壁に叩きつけられる。
壁に体を強打してうなだれた状態の黒い竜はいつのまにか竜化が解除されてヒサメに戻っていた。
「あっ、耐久も落ちてるのか……これは加減が大切だね、おーい、大丈夫―?」
「……っ、大丈夫、です……!」
壁にもたれかかった状態からすぐさま再び竜化。本来の力なら壁キックでもして迫ってくるのだろうが失敗するのを分かっているのか普通に走ってくる。
「拍子抜け、とは言っても竜種のあの腕強そうなんだよね……油断はできないな」
一直線に迫りくる拳を両手で正面から受け止め、そのまま掴んで反対側の壁に投げつける。
この部屋には防音加工でもつけといたほうが良かったかな、と少し思う。あまり音を響かせなくさせるために三層ほど地下に造ったのだがこんな騒音を立てていては効果は微妙だ。
「グガ……ガァ、ァ……!」
「ほらほら、必死こいてやらなきゃ先に私が飽きちゃうよ?」
―――5時間経過。
「よーし、ちょっと休憩!」
額を流れる汗を拭うルリアの目の前で、顔面から床に突っ込んだような光景のヒサメの身体が転がっていた。
「シャルー!」
「はいはーい、持ってきましたよー」
唐突にヒサメの目の前に置かれた物は、少年の腕で皿が持てているのが不思議なほどの山盛りミートソーススパゲティ。何故だ。
「ちゃんと偽装工作した?」
「バッチリです、下町にある馴染みの店で数十人分のパーティー用として注文しましたから。さっ、食べてください」
これで食えと言わんばかりにスパゲティの山の頂点に満面の笑みでフォークを突き刺すシャル。腕で体を持ち上げてフォークを引き抜く。
「こんな量を一人でってどういう事だ……そもそも水なしって……」
「ほらヒサメ君、今やったでしょ」
「……へ?俺が何かやらかしました?」
「いやいや、今、腕で起き上がったじゃん?『さっきまで使い物にならなかった腕で』」
言われたことを理解するのに数秒かかり、そして自ら理解する。確かに今、自然と腕で体を起こした。
「え?じゃあ筋力は……」
「だいぶ戻って来た方だね。完全じゃないだろうけどちょっとは動けるでしょ」
「え……え?でも時間は……」
「全然残ってるよ。でも、それでもまだダメだね」
何で、と言い返そうとした瞬間に額に人差し指を当てられて抑えられる。
「だってヒサメ君、このままじゃ筋力が戻っても『いつも通り』だよ?」
今度は言われてから数秒経っても理解できない。いつも通りであることに何の不満が?
「分かってない顔してるなぁ……ヒサメ君、君は一年半遅れてるの。ギルドのみんなは君より一年半の時間の分だけ強くなった。君は今の状態で戻っても一年半遅れてるって訳。ここまでは大丈夫?」
確かに理解できる。自分自身が一年半置いて行かれた事には何も理解できないが現象自体への理解は進んだ。
「みんなと対等なラインに戻るには君も一年半分の経験値を積むしかない。でもそんなことをしていたらみんなはまた一年半進んでしまう。そこでこの特訓よ」
ルリアは額を抑えていた人差し指を放し、その手で握り拳を作る。
「亜人種の適応強化は本人の身体強化にも繋がるわ。ここで数十時間に数年分の経験値を押し込んで、自分は寝ているだけじゃなかったんだってアピールしてやりなさい!」
実際は寝ているだけだったけど名目的にはバッチリでしょ、とルリアは笑いながら付け加える。この人はなんだか、こう、他人を元気にさせることが特技なのだろう。
本人は至って真面目。だからこそサボろうとする人を知るために自らサボってみようとする人。
「時々私の休憩がいるかもしれないけど……亜人種能力が使えるまで頑張ってみよう!」
「なるほど、それで栄養摂取にこんなにスパゲティを盛ってると」
「エネルギーにはなると思うよ!」
「栄養バランスは絶対良くないですけどね……」
「食べたら続きやるよ!脇腹痛くなるけど我慢我慢!」
「まだ一割すら食べ切れてないですけど!?」
―――15時間経過。
「ガッ、アァッ!……ハァ、もう一回!」
「うんうん、大分回転率良くなったね、でも軌道自体はまだまだ単純だッ!」
突撃してくるヒサメの頭を掴んで逆側に投げられる。防ぐにしても腕を出せば腕を掴まれる、掴まれない体制で突撃しようにも地面に叩きつけられた後に壁に飛ばされるのがオチだ。
壁に叩きつけられて解除されて変身して突撃して、その動きをただひたすらに繰り返す。自分の意志で、この装甲を扱えるように。
「15時間経ちましたよー」
キリがいい時間の度に知らせてくれるシャルが15時間の合図を告げる。時計を見てみれば確かに時計の短針は随分と回されていた。
「……何分休憩します?今まで通りなら10分とかで―――」
汗をだらだらに流しながら水を摂取し、空になったボトルを部屋の隅に押し込むように滑らせる。そこで―――。
さっきまで余裕の仁王立ちで立っていたルリアは、急に膝から崩れ落ちて床に倒れた。
「!?っちょ、ルリアさん!?」
「だいっ……丈夫……ちょっと、眠いだけ、かな……シャル……」
シャルはルリアさんが倒れると同時に持っていた懐中時計を放り捨てて駆け寄ってきた。
「寝るんですか!?予め言ってくださいよ、少しでも遅れたらどうするんですか!?」
「いやあ、ごめんごめん……三分だけ、寝る……」
そう呟きながら首の力が抜けたのかいきなり顔面を床に叩きつけ、目を閉じたルリアの横でシャルは何を思ったのかルリアを仰向けに転がして背中から肩にかけてのボタンを外す。そこにあったのは。
「ッ!?……なんだ、それ……」
「きっとルリアさんが知られたくないものです。僕が知ってるのも不思議ですけど……」
ルリアの背中には、水色の線で出来たひび割れと、それが広がってできたような火傷の痣のような模様が背中一面に広がっていた。
シャルはその背中に右手を、左肩に左手を当てて手から魔力を放出し始める。
「……それ、何やってんだ……?」
「……ヒサメさんは、ルリアさんは滅多に眠らないって聞きましたか」
「え?ああ、いつだか忘れたけど……」
数秒考えた後に思い出す、たしか王城襲撃の後のお祭り状態の時に言っていた。本人は亜人種のみんなに合わせる為とか言っていたが―――。
「ルリアさんは、寝なくてもいい体じゃなくて……まあ、それは本人から聞いてください」
ずっと前から魔力がほとんどないとは聞いていた。どういう事だ?自分で生成できないだけで生命維持に必要とか?
「ん……ぬぅ……はぁっ!?……何分寝てた!?」
「まだ一分ちょっとです!もう少し寝てた方が……」
「いや、大丈夫……時間的にあと三日は持つでしょ」
顔色は明らかに良くないが、明らかに心配をしているシャルをなだめて起き上がる。体軸が既に安定していない。
「……大丈夫なんですか?俺が寝てた間に何が……」
「あー……これは、ヒサメ君が動かなくなる、前からかな……話してなかった、もんね」
ルリアは頭を押さえながら経っていようとするも自分ですら危ういと判断したのか、覚束ない足取りでなんとか床に座り込んだ。
「私はね……体がすごく弱いんだ」
「弱い……ですか?いや、そんなようには……」
「見た目的にはね……それこそ、手足が骨と皮しかないみたいな……」
呼吸が整ってきたらしく、ようやくいつも通りに話せるくらいには回復した。
「ハァ……私は産まれた時から全身の筋肉が機能していなかったの。腕も脚も、心臓も」
「そんな状態でどうやって生きて……」
「……私は私自身の事を魔力が無いっていろんな人に言ってるわ。でも……本当はあるの。自由に使えないけど」
ルリアはそう呟くと、背中でもたれかかっていた壁に手を当てる。
「私は純人間だけど馬鹿力の持ち主。『そうなる魔法を使っているから』こんな体になってるの」
「なんでそんな魔法を……いや、でもそれだったらなんで魔力が無いなんて……」
何かを言いかけた所で自然と口が閉じる。生まれた時から体が弱くてそれで今は筋力の怪物。それは魔法の効果で、でもそれ以外には自由に使えない……?
ここで、一つの仮説が頭の中を素通りした。思わず逃しそうになって記憶を拾い上げる。
(もしルリアさんが一度に発動できる魔法の種類が一種類だけだとしたら、使えない理由は……)
すべてが繋がったような感覚。一瞬口から出すことを抑えようとしたが、それはもはや止められるほど興味が失せるはずがなかった。
「……もしかしてルリアさん、その魔法で心臓を動かしてるんですか」
「まあ、正解かな……生まれつきこんな体だから、私は魔法で全身を無理やり動かすしかなかった。そしてそれ以外が使えなくなっちゃった」
「寝るっていうのは……」
「寝ちゃったら魔法が使えないでしょ?常時発動にして他人から魔力を貰わないと魔法が止まっちゃうの」
そうか、だからこの人は寝ないんだ。寝なくても生活できるようにしたんじゃなくて、「寝たら他人に迷惑がかかるからなるべく寝ないように生活リズムを変えた」のか。
「そんなこと、普通出来るんですか……?」
「出来なきゃ死ぬって考えたら大抵どんなことも上手くいくものだよ。私の場合は洒落にならないけどね!」
すっかり元気を取り戻したのか、ルリアは暗い話題を吹き飛ばすかのように大声で笑い飛ばした。
初めて知った意外な一面。一番体が強そうな人は、周りに嘘をついてまで強くあろうとした弱い人だった。
魔法が使えないと他人に伝え、さらにその反動で身体が強化された状態で化物呼ばわりされていた。それを幼少期に一人で抱え込んで命を投げ捨てなかった精神力は賛嘆せざるを得ない。
「ほらほら、私の事なんて気にせずに再開するよ!時間は限られてるんだしいつ見つかるかもわからないからね!」
「……それもそうですね、続きしますか」
フォートナイトしてたら3時間遅れました(池沼)
このままだと案外サクサクっと地下パート終わりそうだなぁ、四回も無さそう。こんなペース配分でいいのか謎だけどメモ用紙にそう書いてあったのでそうしてます。
最近はPCがWordを開いてても時々フリーズするほどにスペックにガタが来てるのでどうにかしなければ。容量無視してグラフィックスカードなんて刺してる場合じゃないよ、自業自得だけど。
そろそろ季節ネタの時期かもなぁ……今年は砂浜のある海に行ってみたいです。行ったら何か思いつくかもしれないしなぁ……。




