#82 再起動
コールドスリープ、と呼ばれるものがある。
身体を眠らせるように凍らせ、疑似的に「冬眠」することが出来る機械だ。
SFなどで時折見るこの機械、中にいる人は一体どうなっているのだろうか?
眠った直後に瞬間冷凍かもしれないし、凍った直後に意識を抜き取るのかもしれない。まあ、それはその物語の作者に任せるとしよう。
実はこのコールドスリープ、「起きた後にどうなるか」が問題と言える。
寝てる間は身体が凍っているのならば血管が劣化してないか、凍っていないのならば筋肉が劣化していないか?何にせよ、どこかしらにデメリットが現れることがあるかもしれない。
要約すると、よほどの近代的技術革新が起こらない限りは人類が長距離の時空を跨ぐことは難しいということ。
そう、長距離ならば―――。
目が覚める。
……いや、正確には目が覚めたわけでは無い。眼は開いていないが起きたという事。
(朝か……目を開けなくても眩しいのが分かるな)
窓から入ってくる光はどうやら顔面を直撃しているらしく、眼を閉じていてもうっすらと明るい。
「……すから」
(……ん?なんかルイラが今……いや、なんでルイラ?)
うっかり聞き逃した。どうやら何かを言っていたらしいが最後の数文字しか聞き取れなかった。足音が遠ざかって行くのが聞こえるのでどうやら部屋から出て行ったのだと思われる。
(ルイラが部屋に入って来てるってことは……10時か……ちょっと寝すぎたな)
朝は9時頃に起きていないとルイラが呼びに来る。それでも起きてこない場合は一時間後に部屋の中に入ってくるのだが……。
(……さすがに昨日の今日で疲れが抜けきってないってことは分かってくれよ……)
ハッキリ言って朝に起きるのは苦手。それでも最近は何とか起きていたのだがそれに疲れが重なると無理だ。たとえ目覚ましが三台置かれようと起きれない。
(……とりあえず起きる……か?)
身体を動かしたくはないがさすがにそろそろ起きないと何かと心配されそうだ。そう思って瞼を開けようとする―――。
(……あれ?なんで……目が開かないんだ?)
瞼を開けようとしても目の前に移るのは若干光が透けて移る黒い瞼の裏側だけ。
それと同時にドアが開く音がする。またルイラが入って来たか、それとも別の誰かが見舞いにでも来たか、と思った。
「ふぅー……この部屋は……軽くでいいか」
(……誰だ?)
聞き覚えの無い声。初めてギルドに来た時に全員自己紹介はして貰ったが、幼い少年のような声を出せる人なんていたか?
「とりあえず花瓶と床掃除……ルイラさんも不思議だよなー……なんでこんな死体に喋りかけてるんだろ」
(え、俺の部屋に死体転がってんの!?なんで放置してんの!?)
いや、なんで放置できると思ったんだ。腐敗臭で俺にドッキリ?だとしても悪質だし悪臭。
「見た感じじゃ生きているとも思えないしー……」
そう呟く声はすたすたと近くなり―――。
その瞬間、右目が開いた。
右目に映ったのは、見た事の無い金髪の少年だった。
(……え?)
「わああああああああああぁぁぁぁぁぁ!?」
金髪の少年はいきなり向けられた視線に驚いたらしく、腰を抜かして後ろに倒れたようだった。次の瞬間、顔面全体に冷たい感触が走る。
「!?……ごっ、ぶ、がはっ……!」
「……い、生きてる……生きてる!?」
どうやら顔に水が掛かったらしく、口と鼻に水が入ったせいで盛大にむせることになる。
水が入ったおかげか、左目も少しだけ開くようになり、口もある程度動くようになった。
「あ、あわ、わああ……」
「……聞いて、いいか?」
口が思うように動かない。眼も半開きだし腕も動かない。体を起こすことも出来ない。視野にあるのは変わらぬ天井だけ。ここまで身体が壊れているとは予想外だ。竜化暴走の後遺症だろうか?
「はっ、はい!」
「……誰だ、お前」
少なくともこんな金髪見た事が無い。そして雑用係にルイラ以外がいることも聞いてない。
「えっと……ちょっと前にここのギルドに来たシャムシールって言います。シャルとお呼びください」
「あ、お、おう……?」
ここまで綺麗に自己紹介されるとは思ってもいなかった。にしても……ちょっと前?そんなに寝ていたのか?とにかく―――。
「み、水……」
なんだか急激に喉が渇く。まるで今まで水の一滴も摂取していなかったかのような喉の渇き。
「水ですね!?分かりました!」
……偶然だとは思うのだが、あの思い切りの良さとか、すごいルイラに似ている気がするが……レイラに似るよりかはマシと考えたほうが良さそうだ。
「…………ふう」
とりあえず水を一杯。本当に喉の渇きが尋常じゃない。何をしたらここまで乾くのかとなるほどには喉が乾燥していた。
「……ちょっと、体起こしてくれないか?」
「あ、はい……もしかして、記憶無いんですか?」
「記憶がない……どうなんだろうな。辻褄が合ってない、に近いが……」
チラリとシャムシールと名乗った少年の方を見る。……本当に誰なんだコイツは。
ギルドの新メンバー?寝てる間に?だとしたら何日寝ているんだ俺は。
「……鏡でも持ってきましょうか?ひどい顔ですよ?」
「……そうなのか?」
「そりゃああんなに寝ていたんですから……死体同然ですよ」
そこで思い出す。死体同然?周囲を見回してみてもここは確かに自分の部屋。誰かの死体が転がっているようには見えない。じゃあさっきの言葉は―――。
「丁度トイレの交換用の鏡持ってますから……どうぞ」
ベッドの壁に背中を押し上げられた状態で鏡に映っていたものは―――見るにも耐えないほどの、確かに死体同然の自分の顔だった。
頬骨の形がはっきりと浮き出て顔面は蒼白、唯一まともに見えるのは角と髪の毛くらいだ。その容姿に恐怖するとともに動かない腕をどうにか布団から取り出す。
―――その外見は、木の枝が肩から生えているようにしか見えない程だった。
「……どうなってんだよ、これ……」
「使われていない筋肉の衰弱が大きいですね。栄養を摂っていない分、骨や関節も十分に脆くなっている可能性が考えられます。車椅子ですら危険かもしれないですね」
身体の衰弱、見知らぬ人間。自分だけが置いて行かれているような感覚がどこかでしながらも、その真実におそるおそる手を出す。
「なあ……お前から見て俺はどれくらい寝ていたんだ?」
「僕が来た時にはすでに寝ていて……今日で大体二か月くらいでしょうか。僕が来たのはアズドラークが合併した直後です。ルイラさんの話によるとその一年前の大戦から寝ているとか」
大戦、それはおそらくあの国同士の合戦の事を指すに違いない。だとすれば六か月……こちらの世界では時間経過が三倍遅いから―――。
「十八か月……約一年半寝てたのか!?」
有り得ない、と言いたくもなるがそうとも言えない。体の衰弱はまだしも竜化暴走を使用した直後の事だ。再生能力が機能していないことだって存分にあり得る。
「……そうか、そんなに寝てたのか……でもここに寝かされてるってことは大切に扱ってもらったんだろうな……」
心臓が動いていたのかどうかは知らないが、栄養摂取が無かったのにこうやって安置されているのは誰かが絶え間なく様子を見ていてくれたのだろう。
その人には後でお礼を言っておかねばなるまい。人に向かって正面からお礼を言うのは苦手だがここまでしてもらって礼の一つも返せないのは人間として失格だ。
「……ところで、俺が起きたのを確認したのはお前が初めてだよな?」
「そうですよ!びっくりしたんですからね!?」
「ああはいはい……じゃあテレパスで呼んで驚かせてやろうぜ」
一瞬何を言っているのか分からない表情をシャルが浮かべる。
「……え?それでいいんですか?こう、感動的な再開とか……」
「感動的な再開も何も……俺はその大戦とやらが昨日の感覚なんだ。寝てる間の記憶がないから相手が数か月ぶりの再会になってようとも、俺からしたら一日ぶりくらいの感覚なんだよ」
そう、一年半丸々記憶がない。だから別に懐かしさとかは微塵も感じないのだ。・・・まあ、体の動かしにくさは今でも実感しているが。
「むしろ俺だけ置いてかれて時間経過してるのがすごい腹立つ。絶対に俺からしたら異次元級の成長してるだろアイツら」
「……なんか複雑ですね……」
「俺も好きでこうなりたかったわけじゃないが……ルリアさん呼んでくれ」
「ルリアさんですか!?今は多分王城の書斎室にいるからそう簡単には……」
「あの人の事だから『死体が動いた』とでも言えば来るだろ。頼む」
じゃあとりあえずやってみますね、とシャムシールは古びた魔導書を開き、ページを抜き取ってその紙に魔力を込める。ページは青白い宝石のような形になり、その石に向かって話す。
「……あ、もしもしルリアさん?……あ、そういうんじゃなくて……いや、至急の用事が……」
本当にルイラにいろいろ教えられているのか怪しくなるほどに会話下手。
もしかしたらそう言うのが苦手なのかもしれない、実際に自分が電話が苦手だから納得する点もある。
「中々手間取ってんなぁ……その石ちょっと俺に貸してくれ」
手で持つことが出来ないから枕の横に置いてもらう。どうやら向こう側の会話も聞こえるようだ。どういう原理かは知らないが高性能。
『だから!私はタービンの構造特許取得に忙しいの!いくら急ぎ用だからって今は……』
「あー……ルリアさん?」
この人今一体何してんだろうなとも思うが忙しそうなのは確かだ。とりあえず生存確認。
『え?その声……起きたの!?』
「だからさっきから言ってるじゃないですか!『死体が動いた』って!」
シャムシールが叫んだ途端に相手からの音が無くなり、青白い石の発光が止まる。
「切られちゃいましたね……これは……」
「あの人って今何してんの……?」
「ジルオさんが作った機械の特許を取りに。いろいろ大変らしくて……」
あの人もそれはそれで大変そうだな、と話していた瞬間に唐突に窓が開く。なんで窓が、との疑問の答えは次の瞬間で―――。
「ヒサメ君起きた!?」
「「窓から入って来ないでください」」
前から思っていたがこの人、ドアを蹴破ったり壁を突き破ったり衝撃の後を壁に残したり窓から入ってきたりと、常識と言う言葉を知らないのでは。
いや、素手で人を殴った衝撃で壁に跡を残す成人女性って時点でちょっといろいろおかしい点はあるが。
「うわっ、その見た目で動くんだね……てっきり復活したら治るかと思ってたんだけど」
「やっと先程起きた人に『なんか期待外れ』みたいなこと言うのやめません?」
新章やれるほど余裕あったんだなぁこの小説。一章だけで九か月もやってたんですね。
Ver 2.3くらいまではやることが決まっているけど書くペースが足りるかもわからないので今まで通り週2でがんばっていきます。せめて一年は続けたい。
私の作品では基本的に後から増えるキャラに意味がないことはありません。だから大抵の場合はメインシナリオに関わってきます。シャルも考えてはいるけどいつにしようかなぁ。




