#81 運命
止められるはずもない勢いは爆発によりさらに加速、ミズキは慣性を火球の爆発で帳消しにされながら道場の入り口付近に吹き飛ばされて転がる。
「うぐっ!……ハァ、見たか!ゲホッ……魔法剣の、お返しだ……ごふっ!?」
衝撃と傷で全身が軋みながらもどうにか這いつくばった体勢から起き上がろうとするミズキ。だが、力を入れた時点で喉奥から血が込み上げてくる。
「一度完全に斬られて腹も貫かれ、さらに爆風に巻き込まれていれば臓器の一つくらいは役立たずになっていてもおかしくないとは思わんか?」
「……腹を貫いたのは、誰ですか……」
「さて、これはどうするかのぉ……とにかく血が足りておらん、今から足しても傷口から流れ出るだけじゃろうな」
少しばかり唸った後にしょうがないと呟きながらカリンが懐から取り出したのは、光の角度で何色にも見えるような透き通った剣。
「なん……で、すか……」
「余計なことは語らんでも良い、これは妾の脇差じゃ。これをお主に突き刺せばお主は傷も疲労も失った血もすべて元に戻る。ただ、これはちと『代償』がいるんじゃが……お主の命程度なら問題なかろう」
なんだか物騒な名詞が聞こえた気がするがそんな疑問もお構いなしにカリンはその透明な剣をミズキの背中に突き刺した。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」
「へ?」
「ほれ、終わったぞ」
聞いたことも無いような言語の謎の詠唱が一瞬だけ聞こえ、それに反応するかのように振り向いた時点で透明な剣はミズキの身体から抜かれていた。
「戻した時間は三十分程度じゃ、大差無かろう?」
言われて体を見ると確かに斬られた傷は跡形もない。肌に跡が残っている訳ではないから超速度の回復ではないし、かといって服は直っている訳では無い。ヒサメの遺した火球筒は使った後の状態だから、本当に『身体だけ時間が戻っている』。
「……姫様そんな物持ってたんですか」
「言っては無かったであろう?これに頼るだろうと分かっておったからな」
まあ確かにそんなものがあったらそうなるでしょうね、と返しておく。突き刺すだけのモーションで全回復する剣なんて強いにも程がある。
「モノによっては代償付きじゃからあまり使いたくないものでな。隠し武器じゃ」
「回復するものによって消費するものが違うとかですか?」
「詠唱が聞き取れるようになったら教えてやっても良いぞ」
ケラケラ笑うカリンを見ながら意地悪だなあ、と言葉を零す。この人の事だから結局教えてくれなさそうだなと内心で思う、そこで隙を見て道場の中に入って来ていたコウキが一言。
「……あの爺さんまだ生きてるぞ?いいのか」
コウキが指差すのは火球の爆発でミズキとは反対側、慣性に爆発の威力が重なって壁に叩きつけられた満身創痍の御老体。
「まあ、あの程度で死ぬとは思ってないけどな」
「ほれミズキ、止めを刺してくるんなら行って来い」
爆発の時に転がされた神鳴を拾い上げてカリンはミズキに投げる。抜刀状態で投げるのはどうかとも思うがハッキリ言って今更なので何も言わずに受け取る。
火球を直接顔面に浴びて皮膚を八割方剥がされてしまった老人は、壁にもたれかかりながら息絶え絶えの状態で言葉を発した。
「……刀しか、握ってない奴が、このような……」
「……俺は刀しか握ってねえよ。刀を握らない奴が作ったものを断りも無く借りてきただけだ」
「……刀しか使わないと叫んでいた、あの頃を捨てたのか」
死に掛けの老人が呟いた言葉には、確かに幼いころの自分自身が叫んでいた言葉と、それを確かめる重さがあった。だが、今の彼にその意思の重さは残っていない。素性もロクに知らない、武器も扱えないような少年の頭に負けてから、ずっと。
「その頑固な頭を変えるほどの、事があったのか」
「……俺は剣の達人になりたいわけじゃない、ありとあらゆる手段を使ってでも主人を守る護衛人だ。守るべきものを最期まで守るために、俺は強くなくちゃならない」
主人を守れないのは護衛人失格だ。だが、主人を残して死んでもその後はどうする?今は守れてもその後はどうかわからない。護衛人は、主を守り『続け』なければならないのだ。
「……さらば、剣の達人。試合の勝ちは譲ろう、だが『勝負』の勝ちは頂く」
「さらば……剣の旅人……この死合、満足であった」
眼を閉じ、一度礼をして、ゆっくりと刀を手に取り、そして振り抜きの一閃で、道場の壁には一筋の血痕が張りつく。
「師を超えて一人前……俺はこれで一人前でしょうか」
「そんなわけがある訳なかろう、お主の師は妾じゃぞ」
「そういう……ものですかね?」
「超えるべき壁を越えた、今日はそう考えておけ。人の死には意味が生まれる。殺した者が、殺された者の魂を背負って生きねばならん」
そう答えるカリンは前は見つめているもののどこか空虚で、それは何かを思い出しているようにも見えた。
「二人ともーっ!?いい加減に警察、回ってきそうだから早くしてくれません!?」
「だそうじゃ。ミズキ、お主の剣の父に別れを」
そう告げるとカリンは道場の入口へ一人で歩いてしまった。言葉を考える時に一瞬だけ躊躇いを感じ、それをかき消すように振り向いて言葉を告げる。
「……じゃあなクソジジイ、もうこんなとこには帰って来ねぇよ」
そう残して、教え子も師匠もいなくなった道場の引き戸を閉めた。
「さてと、どこにあったかの」
「姫様……何してるんですか」
「廃屋漁りに決まっておるであろう」
正式ではないが少し前まで一国の主とも言えたようなお方が、大黒柱すら残っていない和風な家の残骸をひっくり返して何かを漁っているのは見栄え的にどうしたものか。
「まあ、そうですけど、あのですね……そもそもどこですかここ」
「お主の家じゃ。まあ、今は見ての通り跡地じゃがな」
放つ言葉とミズキのリアクションにも気に留めず、カリンは転がっている木片を手にとっては興味無さそうにそこらへんに投げ捨てる。
ここはカガミマチを上から見たとすると西南方面、この区域と東南方面は他の区域と違ってある程度土地が盛り上がっている。昔は山があったらしいがいつの間にか無くなってしまったとか。
「ここが……俺の一族の家?滅んでるのは知っていましたけど……これは……」
「丁度お主が生まれて間もないころに災害に逢ったようじゃな。まあ、こんな所に住んでいるのだから対策が出来ていない方が悪い」
「えっ、ここって災害か何かあるんですか?」
「ここの区域は昔からよく雷が落ちる。それも年に一回や二回程度ではない、多い日には一日に三本落ちたとも言われておる。山があった頃は山の名前が『雷神山』だったくらいには頻繁に落ちたらしい」
そんな避雷針みたいな機能が山にあるんですか、と返すとカリンは少し唸って苦々しい表情で納得できないような感情をしみこませながら言葉を零す。
「……妾にも原因は分からん。魔法道具か何かがあるのかもしれんが……長年の疑問じゃな、解明できんのが腹立たしい」
さりげなく舌打ちをしながらまた木片をひっくり返しては木片を投げ捨てる。そこでカリンは少しだけ手を止め、ミズキの心の内を見抜いたように問いかけた。
「……ミズキ、お主は自分自身が本当に純粋な人間か疑問に思っておるであろう」
「えっ?……あぁ、はい……」
先程から表情がずっと曇ったままなのも理解できる、『雷刀』を使ったことに納得できていないのだろう。あの脇差、雷の塊を腹に打ち込んで死なないならば、それはただの人間とは思えない。『人間のような見た目をした何か』だ。
「安心せい、お主自体はただの人間じゃ。……ふむ、ついでに『血』の話もしておくかの。お主には人外の血が混じっておる。随分薄いがの」
「……え?じゃあ俺って純粋な人間じゃないんじゃ……」
「でも人間以外の器官が身体にある訳では無かろう?交わった時に人間の特性が強かったのじゃろうな」
とても今更なのだが、亜人種と形容される種族、俗に言う人外とは定義が随分と曖昧なのである。基本的には人間ベースの身体に人間以外の能力や補正、身体器官が増えていると亜人種となる。
つまり、先祖に亜人種がいても体内構成のほとんどが人間ベースで、亜人種補正も発動しない程に世代が変わればそれは純粋な人間になってしまうのだ。
「……じゃあ俺に混じってる血って何が……」
「狼じゃな。しかもそこらに生きていた野生のではない、純粋な血統の雷狼じゃ」
「それもはや幻獣種の一種ですよね!?しかも人間との関係性があまり良くないタイプの!!!」
「あやつはバカじゃったからの……拾ってきた狼の少女を介護するどころか嫁に迎えた程じゃからな」
カリンは「いまでもあやつの行動はよく分からんままじゃ」と溜め息と愚痴を同時にこぼしながらしゃがみこむ。思い出話が出来る程には昔の話らしい。
「えっと、俺はその、よく分からない狼の血が入ってるからあの電撃に耐えられる、と?そういうことなんですか!?」
「そういうことじゃな、いやぁ、アレは危険じゃった。妾もあの狼には一度殺されておるからな」
「…………え???」
「それよりほれ。目当ての物が出てきたぞ」
「それよりって何で……へぼっ!?」
リアクションの途中のミズキの顔面に木片が投げつけられる。先ほど投げ捨てていた木片との違いは一体何が、と思いながらその木片をひっくり返すと―――。
「……『深志之家系図』?」
「お主の一族の家系図じゃ。……知らんかったか?お主の名字は『深志』じゃぞ」
「……記憶がある時からすでに捨てられてたので知りませんでした、なんか、随分長いですね……」
手に持てるサイズだが横長に広い。しかもどうやらこれだけではなく、同じサイズの板が何枚も掘りだされてきた。木材なのになぜかこの板だけは腐ることなく綺麗にされている。
「一代目当主、『深志鈴』はどうやら西暦800年……お主に伝わりやすいように言えば今から5200年前じゃな」
「……いや、長すぎません?5000年って……」
並みの皇族ですらそんなに続きませんよ、と呟くとカリンはその度に妾がどうにかしておるからな、と返す。
「へぇ~……姫様の知り合いってどこの代の人なんですか?」
「んーっとだな……これじゃな。十八代目当主『深志田伊藻』」
すごい名前だな、と心から思った感想を口からこぼした後に追加で一言。
「…………もしかして、『蒸かした芋?』」
「まあ、確かに周りからはもっぱら『芋』と呼ばれておったな」
「それって軽くバカにされてません?」
一通り目を通し、数枚の木の板を纏めて地面に置いた後に一つの疑問が出る。
「……今の人たちの中で刀を握ったのは何人いたんですか?」
「十人じゃな。七色雷刀の技の数は六人分じゃがな」
「……その人たちは、刀が向いていたんですか?」
不安交じりに質問をするミズキの心を読み取ってカリンは質問に答えずに質問を重ねる。
「む、さてはお主、『先祖が残した奥義を自分が全部使っていいのか不安』とか考えておるであろう?」
「えっ!?あぁ、まあ、そうですね……」
「案ずるな、七色雷刀は妾が知る限りでは昔から六つしか残っておらん。残り一つは自分で編み出す技じゃからな」
カリンが言うには、技はずっと昔から七つだったらしい。それを受け継がれるときに改良を重ね、残された六つの究極の技と、あと一つは自分で編み出せという事になったとの事。
「確かにお主は、才能は無くともあの技を使う『血筋』がある。それは才能と同じで人によって違う、初期ステータスの様なものじゃ」
「……じゃあ俺は……」
「しかし、あの脇差はお主の先祖たちが残した努力の結晶じゃ。最終形であるが故に努力なくして技が使えることはない。お主の先祖も同様に悩み、努力を重ねていたという事を覚えておけ」
才能は無くともお前には努力がある、その血筋は直接支援をしてくれるわけでは無く、努力をする時に初めて背中を押してくれる物だ、とカリンは語った。
「……それでもまだ悩むか」
「……ジジイと戦ってる時に不安になったんです、俺の伸び代があるのかどうか。このまま努力を続けても俺が強くなれる保証なんて……」
「お主の限界があるのならば技術を他から盗めばよい。妾でもコウキでも、他の誰でも良い。それに、お主は既に一度それを実践しておるではないか」
「……えっ?」
「先ほどの決め手の火球筒じゃな。武器を捨てて別角度の意表を突くあの形、お主があのギルドで初めて負けた、ヒサメのやり方に似とったぞ」
相手の有利を押し付けて、そこで予想していなかった手段を見せつけ、対策する暇を与えずに叩く。確かに考えればそうだった。
「……そういう物なんですかね」
「そう思っておればよい。人はいつだって限界を感じることがある、そんな時こそ他者を頼って生きねばならん。妾はお主の先祖にそう教えられた。……あやつは今の妾を見れば驚くかのぅ」
「そうなんですか?」
「それもそうじゃ、その頃は妾はれっきとした人間であったからな。耳も尻尾も無い、年を感じると同時に老いる普通の少女であった」
またまた御冗談を、とノリで返してしまったミズキに腹が立ったのか、そろそろ帰ろうとしていたのにカリンは先ほどの家系図が転がっていた付近の捜索を始めた。どうやら探し物はすぐに出てきてくれたようである。
「そこまで言うならば見せてやろう、とくと目を疑え」
「……なんです?それ」
「昔は『学校』という物があってな、今でいう教え所じゃな。そこの卒業写真集じゃ。妾はとうの昔に無くしたがこやつは持っているだろうと思ったぞ」
赤くて分厚い表紙に手を当てて開き、クラス名簿の顔写真部分を開いて見せる。
「これが妾じゃ」
「…………いや、普通に女の人じゃないですか……というかこの頃は金髪だったんですね」
「脇差の影響で髪の色素が抜けたことがあって以来戻っておらんのじゃ……これがお主の先祖じゃな」
「あ、普通に黒髪……名前が読めない、というかこれが姫様が時々言う『漢字』ってやつですか」
見れば見るほどややこしいですね、とアルバムを持ってくるくる回して眺めるミズキ。折角だからこれもギルドに持ち帰らせてもらおう、どうせ持ち主は今は生きていないし、聞いたところで「どうでもいいよ」と返すに違いない、とカリンは心の中で思った。
「ほれ、見る物も見たし帰るとするかの」
「コウキはどこに行ったんですか?」
「あやつは国外に資材の倉庫があるとかで、それを運んでからアズドラークに向かうとの事じゃ。あやつも少ししたらギルドに来るじゃろうな」
話を聞いて仲間が増えることの喜びを顔で表すミズキの隣で、カリンは歩きながらぼんやりと卒業アルバムを眺めていた。そういえばこんなこともあったな、と色あせた写真を眺めながらページをめくり―――ふと、一つのページが目に留まる。
そのページは「行方不明者・死者明細」。卒業アルバムにこんなものを載せるのはとても不謹慎なのだが、その学校では昔から失踪者がなぜか多く、神隠しも疑われていたほど。そのため「消えた人を忘れないように」入学時の写真付きで名前が載っている。
「あの学校だから許されたのじゃろうな、他行でやったらどんなマスメディアに晒されたか。ハハハ、ハハ……ハ、は……は?」
苦笑いしながらその名簿を上から下まで眺めている途中、飛び込んできた文字で笑いが止まってしまった。まさか、だ。同姓同名だとは思うが、いや、しかし写真の顔のパーツが似すぎている。
県立天掴高等学校、それはK県北部に位置する、周囲が山で囲まれた孤立した空間の土地。カリンが持つ、その卒業アルバムには、表紙に堂々と『県立天掴高等学校卒業記念写真集』と記されている。
この世界で唯一、このアルバムを持っていて『漢字』が読めるカリンだけがこの恐怖に気づいてしまったのだ。一体、何がどうなっている?
「……『第17年次生A組1番:朝夏日鮫 2023年10月9日、登校中に落雷にて死去』……なんだ、これは」
もう数千年前のアルバム、もう掠れた記憶の忘れられた時代のお話。そんな時代の人間が、なぜこの世界にいたのか?どうやって亜人種に、どうやってこの時代に。
瞬間、寒気が全身を駆け巡る。疑問ではない、一種の恐怖。思えばヒサメは確かに『文字が読めなかった』。それはもしかしたら『漢字しか知らないから読み書きが出来なかった』のでは?
(いや、でも会話は出来ていた、何かの魔法の力か?そもそもなぜこの時代に―――)
「姫様―?行きますよー?」
「へ?あ、ああ……そうじゃったな……」
いつの間にか足が止まっていたらしい、ミズキに声を掛けられてカリンは再び足を進める。
見た事も無い魔法、それに対して見た事のある端末。彼は一体、何者―――いや、何に弄ばれた者なんだ?
なんか長くなっちゃったけど前回の時点で「次で終わりにする」って言っちゃったから圧縮しました。結局ネタをありったけ撒いたまま回収しないどころか増やしちゃいましたね。
コンセプト的にはヒサメは「能力があるけど努力が嫌い」、ミズキは「能力は無いけど努力が得意」という分け方です。正反対のようで少しにてて、根本はどっちもめんどくさがりでひ捻くれたお人よし。
世界観設定の回収は基本的にミズキのサブパートでやるつもりなのでこんな感じの設定継ぎ足し回が時々ある事になりますね。大変だぁ……。
今回サラッと描写したけどカリンはチート性能です。ルリアと肩を並べるぶっ壊れなので基本的にその二人は同時に出さないようにしてます。その為のパート分けでもあるんですよ。




