#80 魔法の刀
始まりは約一年前、ミズキがフォークによる魔力制御の練習を終えた直後の事だった。
「んぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ…………」
「……これは駄目じゃな。何故刀を持つと出来なくなるのか……」
「俺が聞きたいですよ!……ハァ、ぜんぜんできねぇ……」
レイラ直伝のフォークを用いた魔力制御によってある程度の魔力のコントロールは出来ることが分かっている。魔力が絶望的なまでに不足している訳でもない。
「一体何がいけないんだ?不足してる物なんて無い筈なのに……」
「妾にも一体何が何だか……刀の良し悪しでもなし……」
『神鳴』には雷属性の魔力が通るようにジルオ謹製の魔術回路が仕込まれている。武器が拒絶反応を起こしているわけでは無いはず。だとすれば―――。
「……いっそ無理やり使えるようにするのも手じゃな」
「え、そんなことできるんですか」
ミズキがそんなものあるなら最初からやってくださいよと言わんばかりの顔をしながら訪ねる。カリンが取り出したのは、柄まで錆びて朽ちた古臭い短刀。
「さてミズキ、お主は脇差を持っておるか」
「脇差ですか?俺は……持ってませんね」
「お主は親の顔を知っておるか?」
「…………知りません」
言葉を発すると同時にミズキの表情は若干曇る。本人も自分自身が孤児である事を快くは思っていないようだ。
「そう落ち込むでない。これはお主の遥か先代からこの時代まで受け継がれてきた脇差じゃ」
「遥か先代!?そんなものが……なんで姫様が持ってるんですか!?」
「そもそもお主、なぜ妾がお主を拾うたのか知らんか」
今更すぎるようであまり触れていなかった質問にミズキは数秒沈黙し、なぜ今まで疑問に思っていなかったのか不思議になるほどの顔を浮かべて渋々言葉を零す。
「えっと……記憶がある頃には既に風俗の端部屋にいましたね……」
「お主のずっとずっと昔の代の奴にな、『この家が滅びそうになったら子供だけ攫って育ててくれ』と言われておったのじゃ。まあ、妾が気づいたころには赤ん坊以外残っておらんかったが」
「いやいやいやいやいやいや姫様御年いくつですか!?」
「女性に歳を訪ねるのは失礼だと思わぬのか」
「えっ、あ~~~~、いや、まぁ、うーん…………」
最もなんだろうけど何か納得がいかないような、としょうもない不満を漏らしながらミズキは話を戻す。
「ところで、その脇差……どう見ても使えそうに見えないんですけど大丈夫なんですか?」
「そう見えるであろう?ならば抜いてみよ」
カリンはニヤリと笑うとミズキに向かっていつ崩れてもおかしくないようなボロボロの脇差を投げつける。
「うわっ!えーっと、これ普通に抜いていいのか……?せいっ!」
鞘を左手に、柄を右手に持って横に引き抜く。その瞬間―――。
「…………なんだ、これ」
抜いた瞬間、見えたのは刃なんて残っていないような欠けた刀身。数センチも残っていない。
だというのに、直後にその刀身の形を再現するかのように電撃が形を成して現れる。
さっきまで存在しなかった刀身を「今もこの刀は生きている」と証明しようとしているかのように迸る閃光。魔力を固めて具現化する魔力刀と違って、完全に形成された稲妻が短刀の形となっている。
「それがお主の一族の脇差じゃ。ちなみに、元は刀身があったらしいが妾が初めて目にした時には既に無かったぞ」
「……すっげぇ……すっげぇのはいいんですけど、これどうやって使うんですか?」
「身体に突き刺せ」
何回でも耳を疑ってしまうような言葉が聞こえた気がして、ミズキは思わず巣の疑問符を飛ばし、もう一度なんて言ったのかを聞き返す。
「だから、身体に突き刺せと言ったであろう」
間違いじゃなかった、むしろこれは間違いであってほしかった。いきなり何を言い出すんだウチの駄狐姫様は。こんな目の前でバチバチと音を立てる自然科学の結晶を携えた劇物を、自らの身体に、突き刺せと。
「…………いやさすがに無理があるでしょう!?」
切先を腹部に向けて構え、それでも狂気の沙汰じゃないと叫びたくなる。つまりだ、姫様は端的に死ねと仰っている。魔力すら満足に扱えない奴はさっさと死ねと仰っているか。
「それが無理ならばお主は生きておらんだろうよ」
いつの間にかカリンはミズキとの間合いを詰め、腹に切先を向けて「無理がある」と叫ぶミズキの手を掴んで押し込む。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
目の前の光景は、まさに『異様』と形容するに他ならない。
先程自らの主に腹を貫かれ、その腹には刀身が無い雷の塊が刺さっていて、どう見ても致死量たりえる血を流しておきながら平然と二本の足でそこに立っている。
全身の至る所から放電を繰り返す音が絶え間なく響き、髪の毛はお互いの電力で持ち上げられて若干たなびいている。足の先から頭まで、さらには刀の先まで放電を抑えきれていない。
「何だ……それは」
「知らん。知ってたら最初から使ってるだろうが。……それより」
仁王立ちの状態でとぼけるように質問に答えるミズキは突如唇をひん曲げて道場の入り口の方へ叫ぶ。
「ひーめーさーまああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!??????」
「なんじゃ何じゃうるさいのぅ、屋内で叫ぶでないわ、反響しとるぞ」
耳を抑えるしぐさをしながらカリンが嫌そうな顔をして返事を返す。どうやら上に立つ者は本当に人の心無くして人の上に立っているらしい。
「んなこたァ分かってますよ!なんで俺刺されたんですか!?めちゃくちゃ痛かったんですけど!?」
「元々死にかけだったじゃろうに。それに、意識ある状態でその脇差を使う痛みはお主自身が一番分かっておるであろう」
「じゃあせめて事前になんか言ってくれません!?死にかけどころか若干死んでましたよね俺!?」
必死の形相で俺は被害者だと訴えるミズキに聞こえないふりのカリン。このまま続けても無駄だと分かっていても言いたくなるものがあるのだろう。
「……分からない」
荒神歳三は未知の事象により困惑していた。カガミマチで密かに魔術が解析されるようになってから数年、魔法を武器に馴染ませる努力を絶えず行ってきた。そして完成したのが先ほどの水の魔法剣。脇差を持って魔力を流し込めば柄から水が生成されて刀身の長さを瞬間的に拡張してくれるものだ。
なのに、目の前のこれは何だ。明らかに魔法、しかしこんなものは見た事が無い。自分自身に魔力の塊を打ち込み、挙句そのまま魔法を発動するなんてことは―――。
「不可能だッ!何故、なぜ立っていられる!?魔力を纏うのならまだしも、魔法自体を体内に流し込むだと!?身体が耐えきれるはずがない!!!」
「嘘つけ、現に俺が耐えてるだろうが。めちゃくちゃ痛いけど」
ミズキは平然とした顔で言葉を放つ。生身の身体で、常時体中を駆け巡る電流に耐えると?
「……そんな寿命を削るような技を、体得したのか」
「あ?寿命なんて知るかよ、人間ってのはどう生きようが致死率100%だからこそ人間なのさ、いつ死んでも同じ。変わるのはただ一つ、『やり残したことがあるかどうか』だぜ」
ミズキ自身、生に対するこだわりはあまりない。生まれてきた環境がそうさせたのかは定かではないが、少なくとも必死になって生きたいというわけではない。
「主を守って死ねないような奴は骨を埋めてもらう事すら恥ずかしいのさ。そうだろ?ジジイ」
「…………随分と懐かしい事を言ってくれるな。お前に言ったのはいつだったか」
「4歳で初めてここに来た時だ、師の言葉は一語一句覚えてるとも。それが礼儀であり、そして―――最初で最後の感謝だ」
ミズキは刀を自らの正面に構え、刀身を左手で抑えるように水平に持つ。ゆっくりと目を閉じ、深く深呼吸をすると同時に全身の放電が一瞬で鳴り止み、直後―――。
「七色雷刀【朱】」
眼を開くと同時に全身の放電が同タイミングで開始、全身のありとあらゆる部位の間でスパークが発生し、飛び散る火花は紅花のような赤色に変化する。
「……全力でやらせてもらう」
「ほう、今まで手を抜いていたと?『試合たる時、敬意を持って力を示せ』、昔から言っていただろう」
それもそうだ、と今更ながら気の軽い返事をしながら笑い、そして深呼吸。数秒間の間、道場の中はミズキの体内から放電する音しか響かなくなる。
「―――行くぜッ!」
右足を踏みこみ、そこから二歩。バチバチッと電気が弾ける音がするとともにミズキはその瞬間で背後を狙っていた。
「甘いッ!」
しかし、どこを狙うかは視線の方向と足の力の入れ具合と向きで予測がついてしまう。初撃の電光石火が弾かれてしまった。
「次だ!」
合図とともに部屋の中で反響する放電音は四回、最後に防いだ場所を正面とすると確認できたのは右後、左横、右前の三回。この状態から奇襲が可能な最後の一回の場所は―――。
「「はあぁッ!!」」
両者お互いに上を選ぶ。付近を周回移動し、最後に上に飛んで奇襲をかける。王道ではあるが総統の速度とリスクを背負わねばならないフェイント技。
「むんっ!!!」
「ぐおっ!?」
だが、パワーの押し合いになると空中は圧倒的に不利。防がれてからはどうしようもないため押し返されるときの威力を利用して少々後ろへ下がる。
「これミズキ、そろそろ使用限度じゃぞ?」
「えっ!?やべぇ!!!」
ミズキは口にしていなかったが、脇差を突き刺して使う雷撃技「七色雷刀」は一年ちょっとで使いこなせるような技では無い。一年で意識を保ったまま発動が出来るようになっただけマシな程度。
実はこの技、一族の受け継がれてきた脇差を突き刺して雷の電力を纏う技なのだが、発動はともかくそこからの派生技はどれもこれも難易度が高い。というのも、用意されている技のどれもが先祖が残した『最終奥義』そのもの。
技を生み出した先祖の素質によって技の強さや消費魔力、周囲の影響はまちまち。ミズキはお手軽に使える【朱】や周囲の影響が多大な【翠】、対人に特化しすぎた【蒼】や、もはや災害とも言える【白】など、基本的にはどれも大技。一番使いやすい【朱】ですらミズキは使いすぎると一定時間身体が痺れる。
カリンは尻尾と言う名の魔力の塊を常に装備して歩いているからか魔力の流れが体感的に分かるらしく、既にミズキの身体は指先が自らの電力で麻痺してしまっているのが見えていた。
「これが最後だ歯ぁ食いしばれッ!七色雷刀【黄】!!!」
ここでミズキが選んだのは最後の最後で成功するかもわからないような大技での博打勝負。
全身から流れ出ていた電撃が刀に一点集中し、刀身が直視できない程の閃光と爆音を撒き散らしながら輝く。
「その全力、我が手で打ち砕かせてもらう!来いッ!」
ここで歳三には内なる秘策があった。それは今までの状況から出来る推測であり完全な回答とは言い切れない。だが、あの電力の塊を金属の刀で受け止めれば刀が負ける以前に感電死が確定する。しかし避けねば死。
(明らかにこの手は捨て身、剣士たる者、危ない橋は渡るべきではない。だが―――)
自身の鎬を限界まで削って殺しに来る相手に、命を賭けないとは何事か。
「ふんッ!」
迫りくる軌道は直線。刀を持つ手は右、肩から腰にかけての斬り流し。それを読み切って―――剣を握り続けて生きてきた剣の達人は、その日初めて、己の刀を、相手に投げつけた。
「なっ―――」
困惑するミズキの元に一瞬で距離を詰める。神薙流は足捌きを重視する流派、刀を投げる際に既に上半身を前に倒し、投げると同時に踏み込む。それによりミズキが困惑したタイミングで懐に潜り込む。
「貰った」
懐に潜り込んだ瞬間、歳三は前足でブレーキをかけて逆方向に慣性のベクトルを急転換させ、その勢いでミズキの腹に突き刺さった脇差を引き抜いた。
脇差を刺したら息を吹き返した、つまりこれがあの魔法の元。ならばこれを引き抜けばそれで終わり。弱点とは存外見つけやすい部分にあるものである。
抜いた直後に放電の音が鳴りやむ。スローモーションのように流れるその光景でミズキは、全身の力が抜ける感覚を味わいながら空中でゆっくりと目を閉じ―――。
「もらった」
―――かけたその瞬間。ミズキは抜けかける力を振り絞って、空中で歳三の顔面に右手を叩きつけた。そして、重力に従うように肘を曲げる。
荒神歳三は見逃していた。突如目の前で取り出された雷の剣に気を取られ過ぎていた。
そして、右手を顔面に叩きつけられた瞬間に理解した。彼もまた、己の最大の武器を捨てて戦おうとしていたのだ、と。
肘で押し込まれた鉄のパイプは、逃すはずもなく零距離で六発の火球を顔面に叩きこんだ。
やりたいことをやりすぎた。せめて二本に分割すればよかったと後悔。
おそらく次回でやっとこさVer 1.9は終了、いい加減に主人公に帰って来てもらいます。
真面目な戦闘描写はあと一ヶ月は書きたくないですね。元々ギャグテイストな作品なのに真面目な剣戟はシナリオ的にも私の語彙力的にも辛いところがありますね。
伏線系統は次で全部撒けるでしょ(楽観視)。学科試験も近いしサクサクっと書きます。




