#78 居合
お互いの全力をただ一点に押し集め、相手の胴を斬りこむ為に大股で踏み込んで刀を抜く。相手の剣筋を眺め、そしてどちらに流せば相手の隙が大きくなるかを瞬時に計算。
一瞬と表現するにふさわしい一秒足らずのその時間、お互いに選んだ選択肢は「居合」。
(向こうが斜めに振り上げたタイミングで身体をずらしながら前に押し込む!)
(荒い動作の前に生まれる一瞬の隙、そこに剣先を差し込む)
「「はあッッッ!!」」
利き手で柄を持ち、一方は磨き上げてきた技術で、もう一方は今まで振り続けた経験と直感を束ねて振り抜く。
金属の鋭角同士がぶつかり合う音と共に両者逆方向に衝撃によって押し出され、そしてすぐに後ろ脚を支えにして前へ再び足を押し出す。
「なかなか筋の言い居合斬りを覚えたじゃないか、加減は不要か」
「ジジイの首刎ねるのに加減なんかされてたまるかってんだよッ!」
「それは良い、容赦なく首を絶ってくれよう」
両者共に口と手元を休めることなく足を押し出し、そして聞き手をしならせ続けた。
槍の如く突き出される切先を刀身で横から推し流し、横から振られる刃を鎬を滑らせるように刀身で上へいなして反撃に転ずる。
片方はとても静かでもう片方はとても荒く、しかしどちらも一進一退の攻防を一誌たりとも乱れることなく連鎖させていく。
ここで一つ問題がある。ミズキがこの「神薙流」で習っていたのは足の動かし方。それ以外は学んでいない、というか学ぶ前に飽きたのだ。
それ故にミズキは、良くも悪くも「正しい刀の振り方を知らない」。
悪い点としては、決まった振り方を習っていないので刀を振っても芯がブレる。ミズキの刀の振り方は感覚を研ぎ続けたようなものなので型にはまったような振り方などとは正反対。
良い点としては、習得した足捌きとミズキが独自に会得した「動き回る刀の振り方」が噛み合っていること。正しい振り方を習っていたらこの形には辿り着かなかっただろう。
大戦から約一年間の間にカリンとの修行でいくらか改善されたようだが、戦闘スタイル自体はカリンが「お主は型なんか無い方がやりやすいじゃろう」と言って教えなかった。
それにはいくらか理由が存在するらしいのだが―――。
「あの野蛮な刀が吉と出るか凶と出るか……じゃな」
カリンは木造の湿っぽい武道場の中から響き渡る金属音を入り口の陰から聞いていた。
(……実際のところ、刀の構えや振り方に型があった方が良いのは明確。想定外の事態に遭遇した時の無い方が増えるし、派生形の技も増やせる。ただ―――)
カリンも実際はいくつか型を薦めてみた。自らが生きてきた長い時の間に開発された、いくつもの型を実戦形式でやってまで教えた。それでも受け付けなかった。
(あの刀の振り方はもはや遺伝じゃな。あの馬鹿とどこに同じ遺伝子があるのか……)
少しばかり昔の事を思い出して、それと同時に溜め息も出る。本人は知らないだろうが、カリンはミズキの数世代も前から知っている分の事を思い出しての溜め息だ。
「おーっす、こっち終わりましたー」
そんなところに、刀を拭きながら飄々と現れるコウキ。刀は拭くことが出来ていても袴の裾は目を覆いたくなるほど赤く染められている。
「……着替えてきたらどうじゃ?」
「え?いやぁ面倒だし……カリン様だってこの程度で驚くことはないでしょう?」
「むぅ、まあ……生首を持ってこなかっただけ良しとしよう」
「持ってきましょうか?たくさんありますけど」
「誰も持ってこいとは言うておらん」
こやつはこういうとこがまた危ないのう、とやれやれ顔で溜め息。まあ、これも言葉にしたら「カリン様だって血祭大好きじゃないですか」とか言われかねないから奥底にしまっておくとしよう。
「……コウキ、お主はどう見る」
「どう見るって、あの一騎討ちですか?どう考えてもミズキが負けるでしょうね」
若干唇を釣り上げながら「だから一騎討ちなんてやめとけって言ったのに」と不満を零すコウキ。自分が相手したかったのか、それとも別の感情があるのかは分からないが言葉には確かに不満げな感情が混じっている。
「ミズキに刀が向いてないとは言わないけど、その道一本で生きてきた達人に独学で勝てるとは思いませんね。あのままだと先に体力切れで負けると見えますが」
「まあ、それが正しいじゃろうな。本人がどう思っておるかは分からんが妾も勝てると思うておらん」
「えっ、じゃあどうするんですかアレ!?」
お主は人を突き放しとるのか心配しとるのかどっちなのだか、と横目にコウキを眺めながら視線を前に戻す。確かに実力は足りていないだろう。積み上げた期間も錬度も未熟。だが―――。
「あやつは死なん。一度命尽きたとしても死ぬまで死なない身体じゃからな」
何を言っているんだこの人はと疑問の顔を浮かべるコウキの横でカリンはケラケラ笑う。
実力は不完全、勝てる部分なんて何もない。でも、この世界はそれを捻じ曲げてくれる。カリンはずっと前からそれを知っていて、そのために魔法を学んだのだから。
「魔法は便利なものよ。『奇跡』なんざに頼らなくとも、簡単に世界を回せるのだから」
【いまさら解説】
カリン(ギルドネーム:無し)
属性:水 種族:亜人種(狐と人間の半妖)
筋力値 C+
体力値 B
頭脳値 A
魔力値 S
度胸値 A
運命力 A+
ギルドナンバー66、カガミマチ出身の狐の半妖。銀髪だが元は金髪だったらしい。
常時生成される魔力の塊を尻尾に圧縮。九本の尻尾は余裕の証だとか。
幼少期のミズキを拾い、そのまま育てたら元気に育ったと本人は供述。
確認できる範囲だけで数十世紀生きており、この世界で完全に使われなくなってしまった旧言語「漢字」の読み書きが可能。本人曰く「なぜ使われなくなったのかが分からん」との事。
通常の生命体と違うタイプの体内構造をしているらしく、周囲から魔力を吸い取る。空気中は勿論、手で触れれば物質からの吸収も可能。妖狐特有の亜人種補正。
隠し機能だが魔力は譲渡も出来る。他人の体調調整などが可能
花鈴は偽名、正式な名前が記されている書物は■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■エラーコード613:メモリが破損しています■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■が残っている。
昔から「運が強い」ことに定評あり。それは魔法なのか種族の補正なのか、それとも摩訶不思議な道具の何かかもしれない。
この世界で不純物以外で初めて「神に接触した」とされる。




