#74 外伝
さて、彼が目を覚ます前にその間の話をしよう。
彼は六か月、現代人類史単位で約一年半を眠って過ごしてしまった。
彼が眠っている間は全ての時が止まっているわけでは無い。彼の知らない場所で時間は進む。
この話は彼が眠っている期間に起こった、ほんの少しだけ彼に関わりのある少年のお話。
国家大戦から約四か月、ギルドが旧ウェルギス領に建物を移してから少し経った頃。
新しい土地にギルドメンバーが慣れ始め、同時に建物を移した他の住民と立地について話し合いをしていた時期だった。
新しい土地に移ってから、ずっと考え事をするように窓を眺めているお嬢様がいたのだ。
「……姫様、どうかしました?」
「……変じゃな」
変なのはそっちだ、とミズキは即座に言葉を返したかったが立場という最大の二文字が口を塞ぐ。
でも言いたいことはあるし、気になることもあるのでオブラートに包んで返しておこう。
「変なのは今の姫様も大概ですよ、ここに移ってから外ばっかり見て。そんなに窓の外が変わったのが気になるんですか」
そうは言ったものの、この周辺の区画は建物の配置を変えずに移動したために窓からの光景はあまり変わっていない。
一つ変わったと言えば若干立地が斜めに傾き、窓から大きな湖が見えるようになったことくらいだ。
だからこそ気になっている。ほとんど変わっている個所は無い、ならばなぜ外を見ている?
「別に景色に文句があるわけでは無い。お主、今の状況が変だとは思わんのか」
刀の刃毀れを確認しながら内容を聞く。……変、とは?
「わかっとらんの。お主も考えてみろ、政治を操れるほどの権力持ちの女郎が急にいなくなって、あの国は大丈夫だと思うか」
「今更あの国の心配ですか。嫌だから出てきたんじゃないんですか?」
「それもそうじゃが、そんなに知名度が高い者が急にいなくなったら隣国くらいには捜索指令が出るものではないか?」
そうなのかな、と考えた後にそれもそうだな、と納得してしまう。確かにアズドラークはカガミマチの隣国だった。なのに捜索兵の姿は一度たりとも見ていない。
「……そういえば、俺も自主的に飛び出してきましたからね」
まあ、正確に言えば「追い出された」が近い。主のいない従者は案外使い勝手が悪いのだとか。
「それらを纏めて『変』と妾は言うておる。別に心配するつもりではないが……あの国に何があったんかの?」
何かの企みがあるわけでは無い、純粋な疑問の表情を浮かべながらカリンはミズキの方を向いて謎を語る。
ミズキは既に若干嫌な予感がしていた。こういう「純粋な疑問」を浮かべている時の姫様はとても面倒臭い。急に頭が回るからだ。
普段からキセルと男の財布しか吸っていないいが故に深い考え事はしないタイプなのだが、知識欲を刺激された姫様は脳を入れ替えたのかと疑いたくなるほどに頭が回る。
妖狐そのものが魔術の専門種族のようなものだからだろう。本人が腐っていても血筋は妖術の研究者、面倒臭がりだが根は几帳面。
「……で、どうしたいんですか」
この場合、従者の立場を利用されて連れ回されるに違いない。それを理解しているが為に返事のトーンは若干低くなる。
「あの国に戻るぞ。帰りたくなったわけでは無いが、妾無くしてあの国がどう動いているのかが気になる」
「……俺もですか」
「主を護衛も無しに歩かせられる教育をされておるのであれば構わんぞ?」
これは何を言ってもダメなやつだな、と諦めるも瞬時に頭の中を仕事に切り替え。
「こういう戦闘系じゃないやつはヒサメにやらせたかったなぁー……」
「あのバカは勝手に一人で死んでたからの」
「姫様ですら伏兵を懸念して毎に出てたのにアイツは……ドクトリンを理解してるのかしてないのかわかんない奴だったな」
変に知識があって、でも完全ではない。それでいて生きていたのは争いも戦争も無い時代だと言う。
「……そもそもアイツ、姫様を見て驚いてました?」
「……いや、至極平然としておったぞ」
「見慣れてるのか?いや、でも妖狐なんているなら争いが無い世界なんて……」
「そう言えば種族で思い出したぞ、工房で板の分解を行っているであろう」
丁度この頃はヒサメのスマホを分解し、イザベラとジルオが錬金パターンを総当たりしている頃。スマホの機能については大体の解析が終わっていた。
「なんかずっとやってますよね。で、何か分かったんですか」
「あの板には既存の必要な部分から少し拡張された機能が入っているらしい。真っ黒なチップ……魔術回路と言ったかの?が出てきたと聞いた」
「それがあるとどうなるんです?」
「能力拡張が出来る。例えば……自らの身体にパーツを加えて亜人種にしたり、とかじゃな」
刀を磨きながら適当に返事をしていたミズキはその一言で思わず視線を向けざるを得なかった。
「……それは、本当ですか」
「昔から怪しかったがの。亜人にしてはビビりで竜種の癖に血に飢えておらず、そして何より『人に詳しすぎる』。あれは亜人種と言うより―――」
なんて言おうか若干言葉が詰まり、そしてこれだと納得のいく言葉が思い浮かんだらしいカリンは呟く。
「―――亜人の力を得た人間、じゃな。あそこまで隠せない角を持ちながら人間の生活に完全に溶け込めるとは思えん。本人から聞いていないから何とも言えんが」
「……アイツなら聞いても普通に教えてくれそうですけどね」
「それも然り。いつ聞いても答えが返ってきそうだと思っていたが故に、聞いていなかったのが惜しいな」
カリンは少し舌打ちをして、窓に身を乗り出しながらキセルをふかす。
この人が悔しがるのも無理はない。詳しいことは知らないが、おそらくこの人も過去に「人間に扮する能力」を研究したのだろう。
耳を隠し尻尾を隠し、それでも完全な人間にはなりきれなかった。あと一歩のところまでたどり着いていても、それでもあと一歩から先が届かなかった。
人間が亜人種になることが可能なら亜人種が人間になることも不可能ではないかもしれない。その期待を少なからず抱いていたのだろう。
「行くなら行きましょうか、どうせ後で帰ってくるんだし、俺は『神鳴』以外は……」
「ついでにこれもどうじゃ?」
窓際にいたカリンの方向を振り向くと同時に目の前を回転する銀色の筒。驚きを一瞬で押し込んで中心を掴む。
「これ、って……」
「ヒサメが所持していた道具の一つじゃ。装填方法は知らんが本人はもういない、使い捨ててよかろう」
ミズキが受け取ったのはヒサメが作った小型火球発射装置。ヒサメは大戦前にどうやら予備を作ろうとしていたらしく、一本だけ装填されたまま遺品として残っていた。
「人の遺品を武器として使用するのは……さすがにちょっと」
「同じものがあと二つ部屋にあったし問題なかろう、そもそも、お主は使えるものは何でも使う思考の人間ではなかったか?」
そりゃあそうですけど、と言い返そうとしてそこで気づく。確かにそうだった。
使えるものは何でも使う、適材適所がこの世の理。そう思っていたのだが、ここで過ごしていた時間が思考を変化させてしまったのだろうか?
「……魔法なんて慣れない物には頼りたくないんですけど……護身用として持っておきましょうか」
「その慣れないものをほぼ一年間練習し続けたのだから自信は持って良いと思うが?」
「いや、剣士なんだから剣術に自信を持ちたいんですけど……」
「見栄えとロマンを追及して型を捨てた男に剣術を語る資格があったとは意外じゃな」
「堅苦しいのは嫌いなんですよ。……型だけに」
Ver 2.0ですか?それまだ入荷してないんですよ(半笑い)
はい、こんなものがあるとか予想もしていなかったでしょうよ。私もしてない。いつのまにか筋書きに「Ver 1.9」の項目が増えていたんですよ。いつだ。
Ver 1.7でミズキの出番がほとんどなかったのはこういう理由。あとVer 2.0が完成してないのも一種の原因です。
どうせこれも筋書きに3行しか書いてなかったし二週間程度で終わるんじゃないかな、というか終わってほしい(懇願)
Q.ミズキの設定の長さ
A.めちゃくちゃ長いです。元々主人公を想定していただけあってげんなりするほどの多さ。
しかもほとんど現在に生かされてません。ネタバレ事案を生み過ぎるから安易にひっぱりだせない。
何か言えるとすれば、私が少し昔に思いつきで書いていた小説のキャラをリアレンジしたもの。王道っぽい刀を使うキャラを書きたかったんだろうけど性格がひねくれすぎてるからボツという凄まじい経緯。




