#69 停止
「……なに、あれ」
レイラが青ざめた顔で指を差しながら口から洩らす。指先は意図せずとも震えていた。
この付近に魔銃が生息できるような生態環境は存在しない、だからアレはこの付近に潜伏していた何かなのだ。
「……ルイラはいたよ。お腹の辺りを貫かれてて出血がひどい。レイラ、治療お願い」
ルリアは黒い竜に気づかれないように倒れていたルイラを回収してきた。なぜあの黒い竜がルイラを注目視していないのか、それともできないのか。
理由は分からないが、あの竜が天に吠える理由は別の何かだと判断した。
「……ルイラ……ッ!!!一体誰が!?あの怪物がやったの!?」
「きっとそれは無いと思うよ。だってあの怪物、見た事あるような角してるでしょ?」
肥大化して裂け目から黒い塵が噴き出す角。でも形だけは保っていた。
「……嘘でしょ?アイツが、なんで……?」
「ヒサメ君って今まで亜人種としての力って私たちに見せてなかったでしょ?アレを見るに、亜人種の力を使ってなかったんじゃなくて『使えなかった』んじゃないかな」
どんなに強い武器でもコントロールできなければ意味がない。制御が出来なければ武器は時として己の首を締める事となる。
レイラは血走った眼でルリアの胸倉を掴み、身長さなんて気にせずに食って掛かる。
「なんで……なんでアイツがっ!ルイラをッ!?」
「落ち着いてレイラ、きっとルイラのこの傷はあの竜のせいじゃないよ。傷口が妙に鋭い、あの竜は武器類は持ってないみたいだし、そもそもルイラを殺す気だったら今頃形も残ってないでしょ」
そもそも怪我人を担いでいる状態でそんなに寄りかからないで、とレイラを抑えて説明を続ける。
「この付近の壊れようからしてやっぱり拠点狙いの何かが飛んできてたっぽい。それを守るためにルイラが後方に来たんだろうけどそこで何かの襲撃を受けて重体、それを見てヒサメ君はああなったんだと思うよ」
「ねぇルイラ……なんで、なんでなの……私の後ろにいたんでしょ?なのになんでこんなところで倒れてるのよ……なぜ……?」
傷だらけのルイラの体を抱きしめながら涙を流すレイラの横で、ルリアはどこか見透かすように天に吠える竜を見つめていた。
「レイラはルイラの身体をギルドにお願い。幸い心臓は無事だから血を足せばまだ助かるはず。私はあの化物を止めてくるわ」
「アレを!?竜種相手に……」
「心配しないで、私は易々と死ぬような柔い人生送って来てないわ。それに―――」
ルリアは前を向き、右手をバキバキと鳴らせ、威厳のあるハッキリとした声で言う。
「―――仲間を守るのが私の仕事だからね」
「……こうやって見ると本当に竜だね」
黒い竜は歩いてくる音に反応して振り向く。記憶が存在するのか、ルリアを見た一瞬だけ動きが固まった。
「でも今までは尻尾も羽根も無かった……本当にヒサメ君は『人間』として生きてたんだろうね」
黒い竜は何の躊躇もなく地面を蹴って、叫びながら右拳を構えて突撃。
「……でも、暴れてるなら止めてあげないと……」
ルリアは音速で迫る右拳を右側に体をずらして避け、顔と思われる部分に力強く右拳を叩きこんで腕を振った。
顔面を覆う皮膚のようなものがメキメキと音を立てると同時に黒い竜は大きく吹き飛ばされる。
「それが君を国に来て間もないころにギルドに誘った、団長としての私の務めだからね」
攻撃を喰らった事すら理解できずに吹っ飛ばされた黒い竜は地面を数回バウンドした後に転がり、両腕で地面を掴んで勢いを抑えて止まる。
「せいッ!!!」
どうにか勢いを止めて顔を上げた黒い竜の頭部に強烈なかかと落としを叩きこむ。
赤い髪を揺らしながら右足を振り降ろす女性の姿は、どう考えてもその容姿は似つかわしくない威力によって巻き起こる地面からの砂埃で見えにくくなる。
すぐさま反撃を警戒してルリアはバックステップで後ろに回避。それに食らいつくように黒い竜は砂埃の中から飛び出してくる。
見た目の割にリーチが長い腕の攻撃を手の甲で弾くように受け流し、竜種特有の鋭い爪に警戒しながら拳を的確に打ち込んでいく。
「グルゥ……ガアァァァッ!!!」
突如として角から黒い魔力が吹き出し、それらは竜の右腕を覆っていく。
「……そんな使い方まで出来るのね……」
黒い魔力に包まれた右腕はさらに巨大化した腕へと変貌する。本体の何倍もの大きさがある右腕が迫って来ていた。
「―――でも甘い!軌道が丸見えだッ!」
ルリアの二倍ほどの大きさの黒い拳を両手で正面から受け止め、少し押し返されそうになるが力の方向を正面から上へ。人と思えぬ怪力で黒い拳を受け流す。
力の方向を押し曲げられて身体ごと浮かされた竜の腹部に一瞬で詰め寄り、上半身を半回転させるような勢いで振りかぶった右拳の強烈なブローが炸裂する。
黒い竜からうめき声に近い何かが聞こえた後、殴られた衝撃でボールの如く吹き飛び、残骸となった仮拠点に突っ込んだ。
「ウ、グ、ガ、ガァァ……」
「結構しぶといね、まだ完全体ではないみたいだけどさすが竜種ってとこかな?」
黒い竜は傷付いた羽根を精一杯伸ばし、どうにか起き上がろうとするも力無く倒れる。先ほどの衝撃でどこかの骨が折れたのかもしれない。
「……ねえ、なぜ君はそこまでして立ち上がろうとするの?」
ルリアは気づいていた。攻撃を繰り返すたびにヒサメだった黒い竜の体表は少しづつひびが入り、徐々にヒサメは自我を取り戻しつつあった。
「私が知っている『君』は人殺しなんてしない。不思議な魔導書を持っていて、平凡な生活を望んで、争いに参加できる武器を持ちながらしようとしなかった『君』はどこへいったの?」
「……ニク、しミ」
顔の部分からバキバキとヒビが広がる音がする。
「……憎カッた。仲間ヲキずツけタあイツガにクかッた」
「……」
「もウ、分かラナい……何がしたカったンだ、一体……」
喉から振り絞るように言葉を紡いで、その黒い竜だった人間は気を失った。
彼は特に何も望んでいなかった。いや、望まなくなったのだ。
人間として現世を生きていた彼は至極平凡で模範的で退屈な人生に嫌気がさしていた。
だから異世界転生なんて夢のようなことが起こって実際に喜んでいたし、毎日が出来事の連続で楽しかった。
そこで彼は満足したのだ。これ以上の事は望まないと決めてしまった。
毎日が充実した生活に馴染んでしまったが故に、『それを妨げる要因に極度の拒絶反応を起こした』。
おそらくそれはルイラが倒れた事。その時点で彼の正気は吹き飛び、今まで誰も見た事が無い彼自身の本当の憎しみを解き放つことになってしまった。
しかもそれがただの人間だったらまだいい。精々刃物持って突撃して大人数に抑えられて終わりだ。
だが彼の場合は違う、亜人種の力が用意されていた。
彼の身体は決して強いとは言えないが人間から見ればれっきとした亜人。しかし、彼自身の精神はその体に耐えきれなかった。
簡単に言えば「悪さなんてしない一般人」が「恐ろしく殺傷力が高い悪魔のナイフ」を持ったようなもの。
この場合、本人は暴れるかどうか?おそらく暴れない。そんなナイフがあろうとその人は一般人なのだからナイフで誰かを刺したりはしない。
でも、もし刺す事になってしまったら?一般人なら人を殺すことには慣れてない。必ずと言っていいほど発狂するだろう。
鬱になるか、生きるのを諦めるか、自刃するか、それとも更なる犯行に及ぶか。どれもロクな結末には辿り着かない。
ヒサメの場合は「異世界では脆すぎる精神」と「亜人種の身体」。本人は経験したことの無い怒りと憎しみにより、理性のコントロールが利かなくなってアズマを殺してしまった。
自分自身とその周囲の人たちによる自らの「平凡」を傷付けられたことが、彼にとっては精神を壊してしまうほどのダメージだったのだ。
戦いも憎しみも無くなった現代の日本で育ったヒサメは、異世界での常識に適応できていなかったのだ。
「…………ごめんね、何を言おうとしてたのか分からなくて」
だが虚しいかな、スマホが暴走を起こしていたためにヒサメの声に翻訳は機能せず、言葉は何一つとして伝わらなかった。
角を残して全身がビキビキと音を立ててひびが入り、人間としての姿に戻るヒサメをルリアは肩で担ぐ。
心臓の鼓動の感じからして疲労で気絶したのだろう。亜人種の能力は体力を消費すると聞く。
「……でも、言いたいことはきっとわかる。優しさが仇になるって事も、いつか教えなくちゃね」
自分の優しさが相手の優しさに直結するとは限らない。今までそれを何度も経験してきた。
自分がどれだけ優しく接しようとも相手が優しくしてくれるかは別問題だ。お互いに優しさが共有できると考えられている頭では、いつか考え込んで自滅する。
この少年は純粋だからこそ自分以外のあらゆる場面で悩むことが多いだろう。だからこそ、人としての『正義』は何なのかを教えなければ。
「さて、多分レイラはギルドに着いただろうし……私もヒサメ君担いで―――」
ヒサメを肩に担いだ状態で数歩歩いた時、パキン、と何かが地面に落ちる音がした。
「あっ、これヒサメ君の魔導書……なんでこんな形してるんだろうね……」
黒くて薄い、呪文の一つすら書き込まれていない不思議な板。でもボタンを押すとなぜか画面が光り、様々なことが出来る。
「考えた人はどんなことをしたらこんなものを思いつくんだろう……えいっ」
ずっと思っていた。ヒサメはボタンを押して画面を出した後にいろいろしていた。少しだけその不思議な動作に憧れてやってみたかったのだ。
「……あれ?画面が出ないな……これ本人じゃないとダメなの?そこは魔導書なのかな―――」
やっぱり良く分からないや、と呟きながらヒサメのズボンの右ポケットに黒い板を戻そうとしたその時。
「――――――え?」
一瞬理解が出来なかった。たった今まで担いでいたヒサメの心臓の鼓動が静止していた。全身が力無く、腕は骨が抜けたように緩くなっていて、目は虚ろになっていた。
一体なぜ?なにが?どうして?理解が出来ない。一瞬の間に何が。
「と、とにかく急いでギルドに!このままじゃ―――」
スマートフォンは性能が上がれば上がるほど耐久が脆くなる傾向にある。内部に精密なパーツをいくつも使用しているのだから当たり前と言えば当たり前。
極度の振動にも熱にも電気にも圧力にも弱い。スマートフォンと人間はあまり似ていないようで似ているのだ。
ルリアがヒサメのスマートフォンを落とした時、内部のパーツが破損してしまった。
それによりスマホは破損。スマホの電源が付かなくなるようにヒサメ自信も「動かなくなった」。
人としての外観を残したまま、朝夏日鮫は故障により動作を停止してしまった。
あっ、やべぇ死んじゃった!(内容不注意)
実はここら辺って随分昔に筋書きだけ作っておいたものをちまちまアレンジして出してます。だから内容をあまり把握していないことも。
色んな人があっさり出てきてあっさり死ぬ、私は割とそんなストーリーばっかり作るし、その対象にはメインヒロインも主人公も例外じゃありません。
主人公が簡単に死ぬって作品としては完全に不正解ですけどこんな作品だからセーフ、って事にしておくと気持ちが楽。
それで話の筋が繋がるか不安だけど……学科試験迫ってて集中できてなかったし許して……。




