#68 竜の亜人
きっと違うはずだ。でもそうにしか見えない。
背中から突き出した二本の塊、腰から地面に垂れる物体、そして角。
ファンタジーなどで見たものとはずいぶん違うが、どう考えても似すぎている。
そして塵が次第に地面に落ちてゆき、そこにあったのは―――。
「ァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「……竜……あれは、どう見ても……!」
その怪物は、叫び声に近い波動を放った。
宙に向けて咆哮をする、黒い鱗を持った生物はどう考えてもファンタジーに出てくるような。
身長こそヒサメに合わされているが、背中から生えた羽根と尾てい骨を延長したような尻尾、そして肥大化した角は元が人間だなんて微塵も感じさせない。
二本の黒い角が生えた頭の上には、漆黒に染め上げられた光輪が浮かんでいた。
「……コ、ロス」
黒い竜は口らしき部分から言葉をつぶやく。明確な日本語だ。この日本語が存在していない世界で、この世界でアズマにしか聞き取れない言葉を喋った。
眼の位置が分からない、顔の正確な形も分からない。煙にも近いような黒い塵が顔面を流れるように覆い隠している。若干明るく光っている部分が目であろうと予想することしかできない。
(まずい、何をされるかわからない!)
あんな変異状態があるなんて予想していなかった。角こそあったものの今までそれらしき能力の発動は皆無、亜人種の能力が働いている様子も無かった。
「未知」は人にとって一番の恐怖たり得る。人が死を恐れるのも死んだことが無いから怖いのだ。死と呼ぶべきその現象が何も解明されていないから恐ろしく感じるのだ。
何があっても反応できるように自分自身に全体的な強化魔法を張っておこう、そう考えて魔導書を開いた瞬間―――。
その怪物は瞬時に襲いかかってきた。すさまじい脚力と図体からは想像できない瞬発力で十数メートル開いた距離を一瞬で詰めて。
「なっ……!?」
慌てて聖剣を構えて防ごうとする。剣で正面を防げばある程度は抑えられるだろう、と。
それを見るなり、黒い竜は聖剣を刃なんて物ともせずに横から叩き折った。
刃が無い部分を的確に、正確さと速さの合わせ技で的確に砕く。
「!?なんてパワー―――」
折られた聖剣を見て体制を整えようと一旦後ろに下がったアズマに―――。
人の心なんて絶対に持っていないであろう、幅跳びの前傾姿勢から容赦ない飛び蹴りが炸裂する。
「ごっ……!?」
アズマは直撃を喰らって吹き飛び、数十メートル後ろにまで転がされた。
「望んだものが生み出せる魔導書」を手に入れたアズマは無敵そのものだった。
事実、その力で王の首を絶ち、そしてその罪をもみ消したあげく自分が本当の王だと思い込ませる事すらして見せた。
しかし、アズマはそれでも人間。本人が反応できないスピードの攻撃、例えばルリアの拳などはどうやっても魔法の展開が間に合わない場合があるし、魔法自体がうまく働かない場合もある。
今現在に於いては前者が問題だ。魔導書を開いて魔法を選びそれを使う、それは言うならば相手の目の前で銃をリロードするようなもの。隙だらけにも程がある。
だが、それ以前に大問題が発生していた。彼は最強無敵の以前に「人間」である。
本人が望んだかは不明だとしても、人を捨てて完全に竜と成り果ててしまった怪物を殺すにはそれに対抗する怪物を手にするしかない。
彼の魔導書にはこの世界で生み出されたすべての魔法が記されている。だが、それでも『この世界で生み出された程度のもの』しか用意されていない。
魔法程度では変える事の出来ない種族の差にたかが既存の魔法でどう抗うのか。
一応だが弱点のようなものはある。竜である以上は角が弱点だ。叩き折れば竜としての機能は死ぬ。それ以外にも手段はあった。竜殺しの聖遺物を用意するなどの方法があっただろう。
しかし、それが出来なかった。
彼は既に心を折られていた。魔法を発動する前に叩き潰されたのを理解したために、何をやろうとしても間に合わないとどこかで思ってしまったのだ。
「っなんて、いりょく……ッゥァ!?」
仰向けの状態から起き上がろうとした瞬間、黒い竜の右拳が起き上がろうとした頭を地面に叩きつける。鼻の骨はもちろん、頭蓋骨にヒビが入ったかもしれない。まあそんな些細な事は黒い竜は気にも留めないだろう。
そして仰向けの状態から起き上がれなくなったアズマの顔を右手でつかむ。どうやらアズマはまだ意識があるようだ。
「……っま、待て……!」
呼びかけるように叫んだアズマの声に、黒い竜はゆっくりと口を開いて言葉を紡ぐ。この世界では通用することの無い日本語。
「……オ、マエ、マ、タナ、カッタ」
言葉が通じた!……「待たなかった」?
それは一体―――。
「ル、イラ、マ、タナ、カッタ」
そしてアズマに背筋に寒気が走る。コイツはマズイ。本当に復讐の化身だ。身体能力の差が人間が魔法で補える範囲じゃない。このままでは本当に死ぬ。
「わっ、分かった!彼女を治す!だから―――」
どうか届くようにと叫ぶアズマの声に、開いた口から発される声は。
「……イラ、ナイ」
「え?―――」
刹那、水風船が弾けるように周囲に血が撒き散らされる。
彼はただ単に嫌いだった。自らの行動に重さを感じない奴が嫌いだった。
自由に生きたいと願い、平穏を望む彼は内心で何よりも「責任」と呼ぶべき概念に忠実だった。
何かを壊されてしまった時に「元通りにするから許して」と言われてあなたは許せるだろうか?
人によって答えは分かれるだろう。どちらも人間としては正解。
人間である以上は罪は誰でもある。それらを許せなければ人間の世界は恨みだらけの地獄絵図になってしまう。だから許すことも大切だ。
だが、同時に別の問題が生まれる。犯人は本当に反省しているのだろうか?
していればいいのだが、していなければまた同じことを繰り返すかもしれない。
厄介なことにそれは本人の気持ちの問題だから本人以外には誰も分からないのだ。
彼はそれが許せなかった。「コイツは放っておいたらまた同じようなことをするだろう」と判断したのだ。
たったそれだけの事。その一瞬の判断によって、黒い竜の右手で命が散らされた。
―――人を傷付けておいて、自分が死にそうになったら命乞い?だったら最初からするんじゃない、ルイラが生きていようと死んでいようと関係ない、人の痛みと涙が分からない奴は大嫌いだ―――。
彼は認めたくなかった。初めて感じた憎しみ、初めて触れた血の温度、初めて聞いた骨の砕ける音、初めて見た死体。
そしてそれらの原因は、全てが自分にある事に―――。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
瓦礫の山と化した仮拠点。周囲に転がる人の死体。その中で黒い竜は、右手を赤く染めながら天に吠える。
流せる涙も無く、怒りをぶつける相手も無く、ただただその黒い竜は、抑えきれない空虚な悲しみを空に放っていた。
ヒサメが発動した本人を蝕む最強最悪の魔法、「OSアップグレード」。命と呼ばれるバッテリーを消費して自身をアップグレードする。
だが、そのアルファベットにはルビが振られていた。
OSアップグレード。角の中に秘められた亜人種としての力を引き出す純黒化強制進行パッチ。
彼が最後の手段と呼んだそれは、自分自身を消費して暴走する魔獣と化すスイッチだった。
なんとまた風邪ひいてました。しかも月火水と最悪の組み合わせ。
そんなわけで脳内沸騰状態で書いたので文脈が上手くつながってないかもしれません。
ちょっとそれは次の更新時に一緒に変えておくのでオナシャス!




