#63 風の狂人
「グランツさーん、相手の前線はどうですかー」
『見事に割れた、半数程度が勝手に国の中に引っ込んだぞ。前線で残って進んでる人数だとどうにかこっちの前線でぶつかっても押し切れるんじゃないか?』
「了解でーす。・・・よし、そろそろいいかな」
テレパスを切って掘った穴から出てくる。亜人種補正で筋力が上がっているのか土が掘りやすくて助かるが、制服で体が埋まるほどの穴を掘るのは絵面的にどうなのだろうか。他の人たちはそんな感じてないだろうが、俺からしたら結局は制服なのだ。
「体育祭の準備でグラウンドに放送機材のコードを埋めるために固い土を掘ったのが懐かしいなぁ・・・硬さも深さも段違いだけど」
スコップを地面に突き刺し、自分の身体をてこの原理で押し上げて登る。
「危ないので仮拠点から出ないようにしてくださーい」
「何かするのか?」
「しますよ。ちょっと派手にやりますけど」
穴を上ってからすぐにスマホを取り出してエンタープライズを呼び出し。穴から十数歩前に歩いて、空に向かって斜めに構える。
「一体何を・・・」
「撃つんですよ、ここから。後ろに立たないでくださいね」
何をするんだと疑問の表情を浮かべる数人を横目に魔力の充填を始める。魔力が圧縮される甲高い音、徐々に蓄積される水色のメーター。チャージ中のビリビリとした衝撃が既に振動となって伝わってくる。魔力の燃費は良いのだが連発をすれば体が持たない、一度きりの超遠距離射撃だ。
「距離5600、風が西から東、追い風・・・少し高めに撃つか」
こんなこともあろうかとジルオさんにスコープを付けて貰った。エンタープライズ自体の振動のせいであまり正確に覗くことが出来ないのが誤算だったが。
「ッせいやああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
叫びながら歯を食いしばり全身全霊を込めた右手でプルトリガー。右腕から一瞬で力が抜けると共に凄まじい衝撃を全身に受けて吹っ飛ぶ。後ろ受け身を取る暇もなく何回も転がり、先ほどまで掘っていた穴の中へ頭から突入。
「ちょっ、大丈夫か!?」
「あー・・・はい、ご心配なく・・・いつもの事です・・・」
苦笑いで対応する。ハッキリ言って本当にいつもの事だ。変えられる要素が無ければ、筋トレしようという気力も無い。毎度毎度吹き飛ぶのはもはや慣れていくしかないだろう。そもそもこんな強力な武器を凡人の俺がデメリット無しに扱うこと自体が厚かましいのだ。これぐらいでよいのだろう。
どうにか穴の中で身体を回し、足を下にして地面に付ける。穴から顔を出せば綺麗な弾道を描きながら飛ぶ青い砲弾が見える。今回はフルチャージの最大分岐だ、数秒もすれば空中で分裂を始めるだろう。
不特定多数の対集団にはあの範囲砲撃は頭を抱えて憂いたくなるくらいに強い。何せ不規則だから避け方も無し、避けれるほどの小ささも無し、おまけに指揮がガタガタな陣形で砲撃なんて飛んで来たら一か所に固まって集中防衛をするに決まっている。それこそ思う壺だ、火薬程ではないがある程度の爆発性を含んだ魔力弾の雨が着弾すればそれは一気に誘爆する。
つまりあれは、空から火のついた手榴弾をばらまいているに近い。一斉に爆発し、散開しようが固まろうが生み出される屍の数は一律。
「アレの戦果は前線部隊に聞くとするか・・・後は―――」
いまの突撃班の状態はどうかな、と思いながら後ろを向いてスマホを開き、ルイラに着信を入れて―――。
「引っ込めッ!」
「えっ?」
叫んだ言葉の方向に振り向くよりも早く、その衝撃はやってくる。
「・・・外が騒がしいわ、何があったの」
「領土国内に不法侵入者のようです。既に鎮圧に向かっている舞台がいくつかあるようです」
「そう、なら気にしなくていいわね。そもそもここまで来るとは思えないもの」
耳障りな音が徐々に大きくなりつつあるのを感じて、裕福な格好をした銀髪の女性は遠くで響く叫び声と破壊音に不快感を感じて、スーツの執事に疑問を投げる。王城の裏側、貴族居住区域にある屋敷では民の悲鳴もそこまで気にならない。
「でもすこし五月蠅いわね、カーテンを閉めて防音膜を張りなさい」
「了解しました」
そこまで気にはならないが、やはりそこまで程度。若干は気になってしまう。民の状態など気にするものではないが、悲鳴を聞きながら飲む茶が美味かどうかは人それぞれだろう。
「―――たっ、大変です!」
突如、同じような格好をしたスーツの執事が部屋のドアを開けて叫ぶ。
「不法侵入者だろう?それの対策なら―――」
「違うんです、いや、合っているんですけど、客人だって言いながら―――」
焦りで呂律が回らなくなった執事は何を言おうとしているのか自分でも分からなくなったらしく、それと同時に不思議な力で体が先ほど走ってきた方向に引き寄せられる。
「あ、ああ、来た、来て―――」
足元が地面から離れた直後にその執事は通路の右側に平行移動するように吸われる。一瞬だけ悲鳴が聞こえたが、それっきりは悲鳴も声もしなくなった。先ほどまでいた執事の代わりになるかのように、開けられたドアの端を細い手が掴む。素肌の色が見えなくなるほどに血で紅く染まっていた。
「何者だッ!」
執事と言えど自衛手段はある。この屋敷「ミスチルアンバー家」では雇われている執事の魔力を常時吸い取り、その魔力を固めて主の防御魔法にしている。その為執事の自衛手段は物理的手段のみ。裕福な女性の側近の執事は背中から半メートルくらいの小刀を右手で引き抜く。
「何者だ、なんてとてもじゃないけど無礼よ。臓器でお手玉するわよ?」
全身が血塗れの少女が一人で扉の陰から出てきた。口角が上がりっぱなしで気味の悪い笑顔を浮かべている。顔の半分ほどまで散っている返り血が尚更気味悪い。
「単刀直入に聞こう、君が不法侵入者か。一体ここまでどうやって来た?」
「どうやっても何も歩いてきたわよ。あの分厚い壁突き破られてるんだから当たり前でしょ」
「なっ・・・!?」
本来であれば一般市民区域と貴族居住区域を隔てるあの壁は厚さだけではなく魔力防御が張られている。耐久性の向上だけでなく魔法を反射するおまけつき。
「あの壁って投影反射なんでしょ?魔法ばかりに頼ってるから悪いのよ、魔力が無い人間に突き破られることも想定しておきなさい」
まあそんなことまで想定してたらキリが無いでしょうけどね、と少女は嘲笑しながら乾き始めた手の返り血を気にしている。
「ああ、そうだ。あなたが最後らしいからこれ渡しておくわ」
「何?―――これは・・・まさか!?」
少女が投げたのは小さなバッヂ、外からの光で銀色に輝いていた。そしてそれをいくつも。一つずつ、血で若干汚れた銀色のバッヂを投げる。
「それ、ここの執事の証でしょう?首を集めるには場所が足りないからそれを貰ってきたわ」
「最後・・・と、は・・・」
「生き残りを探したいのなら探しなさい。あの世で探せばきっと見つかるわ」
少女は、笑う。気味の悪い、満面の笑み。これが血まみれでなければどれほどましだったであろうか、その光景から感じる感情は狂気そのもの。
「貴ッ様ァーッ!!!!!!!」
どこかで感情が壊れる音がする。小刀を抜いて右足で地面を蹴り、ニヤリと笑う少女に向かって剣先を向ける―――までは良かった。瞬間の出来事で、いつの間にか右手で顔を掴まれていた。
「残念、最後の一人も虚しく散りましたとさ。断風崩砲ッ!」
部屋の窓側、その壁に向かって少女は執事を投げる。投げる際に腕の周囲で増幅させた風を解放して執事を巻き込み、横に飛ぶ竜巻のような突風に全身を刻まれて執事は壁に血まみれで叩きつけられる―――どころか、壁すらも切り刻んで執事の亡骸は細かい肉片と化したまま外に放出された。巨大な穴が開いたおかげで今までの閉め切られた閉塞的な空間とは思えない程に風通しが良くなった。
「断風裂征よりも燃費が良くて強いけど周囲の被害が大きいわ・・・連発は避けるべきね」
初めて使ったらしく魔法の考察をしている少女はくるりと振り向く。
「さて、邪魔はいなくなったようだし、お話しましょうか」
「なっ、何が目的なの!?いきなり乗り込んで来て、歩きながら殺しまわって・・・」
銀髪の女性は震えあがっている。想定外すぎる状況に足が思うように動かないようだ。見た感じそこまで若くないのも少しばかり原因かもしれない。
「目的ですか?欲しいものがあるので貰いに来ました。この家にあると思ったので」
「渡せるものなら渡すわ!だから・・・」
「母の遺品を受け取りに来ました。緑の宝石のネックレスなんですが・・・」
母の遺品、その単語で何かが凍えて今にも消えてしまいそうなほどに震え上がった。一体、どうやって、そんなはずが、そもそも、でも、なぜなぜ、なぜ、なぜ、なぜ―――この乗除が母の遺品として緑の宝石のネックレスを要求する?
「そんな、一体、誰・・・?あなたは一体誰なのッ!?」
「『私の身内や知り合いに金髪なんていない』と考えているでしょうね。髪色を変えただけで分からなくなるなんて失礼ですよ。では名乗らせて頂きましょう」
血まみれの少女はお辞儀をするように頭を下げる。顔が笑っているが幸せな笑いではなく、眼も済んだ瞳をしていない。どこかに絶望と狂気を抱えた、暗く澄んだ目の色。
「レイラ・アンヘイル・ミスチルアンバー、亡き母の遺品を受け取りに参りました。約十年ぶりですね、叔母様」
全身の震えが止まらない。なぜ生きている。一体今までどこで生きていたのだ。
「・・・い、一体・・・どうやって・・・」
「母は私と妹を国外へ逃がしました。丁度良くこの国にいた貿易車の積荷に押し込んで、母だけこの国に残ったのです」
「嘘よ!だって子供の死体は二つあったし、それに髪も・・・」
「ええ、確かに子供の死体は二つありました。偶然私と妹が隠れている箱を開けてしまった姉妹がおり、このままでは貿易車に隠れて乗ることが出来ないと判断したため、その姉妹を殺して全身の皮をズタズタに引き裂き、私の髪の毛を切って死体の上に乗せた後に袋に詰めて火を付けました。運が良かったのか悪かったのかは分かりませんが、それのおかげで偽装工作が成功したようですね」
どんな死体であろうともさすがに全身の皮を剥がされて燃やされれば区別がつかなくなる。ちょっとくらい髪の毛を入れておくことで「燃え残った髪の毛」として本人アピールが出来る。何よりこの時代に死体から個人情報を特定する技術は無い。それっぽいものを本物だと信じ込むしかないのだ。
「そ、そんな、人の命を・・・」
「おや?『民の命は重要視するものではない』と私にお教えになったのは他ならぬ叔母様ではございませんか?」
首をほぼ直角に曲げて疑問を振る。自分の命が危ないとはいえ、わざわざ自分に原因があるようなブーメランを投げるのは得策ではない。
「私は流れ着いた国ですぐに髪の色を金に染めました。自分自身を秘匿するのではなく、身内殺しをする汚らしいクソババアと同じ髪なのが果てしなく気に入らなかったからです」
「あ、あなたが人殺しをする事なんてお母様はきっとお望みでないわ!そんなの―――」
「人である以上望まれていることが根本的に少ないですよ。私の母はきっと私が殺人鬼になっていることを知ったら悲しむでしょうけど・・・大丈夫です、叔母様が死んだところで悲しむ人は誰もいませんから」
「・・・え?・・・なぜ・・・・・・?」
「全部殺したからですよ。少し南にある分家、隣にある隠居屋敷・・・一般市民区域にある潜伏地も来る最中に潰しておきました。役場の下にあるなんて普通は気づきませんよね」
当然のことを聞いて何になる、と言わんばかりに真顔で疑問符をぶつけるレイラの顔には、常識が通用しそうにない威圧が含まれていた。
「これでこの世界で血の繋がっているのは叔母様と私、そして妹のルイラだけ。そして叔母様を殺せばこの血は私とルイラだけの物。二人だけの、唯一無二の血。そういうのワクワクしませんか?」
発想がおかしい、行動がおかしい。自らの欲求に極めて忠実な暴走状態だ。止められるような要因が何もない、ただ純粋に欲を追いかけ続ける狂犬。
「いい加減話をするのも飽きてきた頃ですし・・・お休みなさいませ、叔母様」
今度こそ殺される、全身で感じて息を呑みこんだ瞬間、その女性は椅子から転げ落ちた。
「刺されるだけが殺人じゃないですよ、今みたいに風で肺の手前の空気を全部その場に留めて酸欠とか。人は死ぬとき聴覚が最後まで残るらしいので冥土の土産に覚えておいてくださいね」
耳元で囁くように語りかけると、直後に執事が持っていた小刀で女性の顔面を頭蓋骨を叩き割るように突き刺す。刺した状態で外側へ脳みそごと振り抜き、それを五回やった後に目玉を突き刺し、口の中に刀を突っ込んで首筋を貫通させ、そして首を切断する。四肢を切断し、動体を切り開き、臓器を一つずつ地面に転がっていた瓦礫で叩き潰す。全て潰し終わった後に全体をエアロで切り裂けば新鮮なミンチの出来上がり。
「ハ、ハハ、ハヒヘヘヘヘヘヘアァァアアハハハハハハ・・・ああ、楽しい、これが、殺人・・・楽しいわ、全身がブルって震え上がってゾクゾクしちゃう、自慰行為の比じゃないわ」
もう乾いた笑いしか出てこなかった。約十年で蓄積され続けた憎しみは一気に発散されたことによりレイラの感覚を麻痺させる。
よほど冷静さを欠いていたのだろう、後をずっと追っていたルイラの存在に気づく事すら出来ていなかった。
(何、何アレ・・・!あれが、お姉ちゃん・・・?そんな・・・)
ルイラは当時幼かったが為に憎しみの記憶はない。レイラに知識として教えられただけ。それ故にレイラの憎しみはルイラには伝わらず、今の光景はレイラが無差別殺人をしているようにしか見えていなかった。
(ヒっくんに、ヒっくんに相談・・・!あんなの私の知ってるお姉ちゃんじゃない!どうしたら・・・・・・)
なぜ聞こうとしたのかは分からない。聞いても何か解決するわけでは無いが、それでも何か正確な意見が欲しかった。良く分からないままテレパスを発動して―――。
「・・・・・・あれ?」
ヒサメのスマホには、いくら待てども繋がることは無かった。
「足裏で 踏んだケーブル 阿鼻地獄」最近の私です。五七五俳句、季語入ってないんですけどね。
今回もなにげ時間危なかったです、それの割には結構分量があるのが驚き。本来は途中で割りたかったけど今回の内容は途中で割るのはもったいないなぁ、と思ったので少し長くなるのを覚悟して書きました。
なんか最高潮な展開ですけどまだ続きます。起承転結の「転」にやっと入ったぐらいですからね。
なんか昔「GWには終わりたい」とか言ってたけどこれ無理ですね、全然無理です。あと2~3週間は続くと思ってます。




