#61 狂気
目を開けば、そこには一面に広がる色とりどりの花の平原。
どこまで見ても変わらぬ光景、澄み切った空は悩み事を忘れさせてくれる。
たとえ両手で視界を遮ったとしても、すぐさま移りこむ花の楽園。
どれもこれも遠い昔に忘れた夢物語だ。
だが、そんな夢ではなかったらしい。手を振れば一面に咲く花の数々、目の前が色の洪水に飲まれる。
・・・はて、私は色覚障害にでもなってしまったのだろうか?
幼いころに描いていた夢とは違って、目の前に咲く華はどれも赤色だけだった。
「殺しても構わん、奴らを捕えろーッ!」
「邪魔」
自らがお手本とばかりに突っ込んできたリーダー格の男を左手で薙ぎ払う。細い腕に力が無くとも、ひたすら磨き続けた風がどうとでもしてくれる。手を動かせば風を起こし、手を振り降ろせば物が斬れる。リーダー格の男も甲冑のようなものを着ていたようだが、意識も無く振った左手に裂かれるその姿は豆腐と呼ばれてもおかしくないほどの脆さをしているように見えた。
「なっ、ぁ、つ、隊長につづッ、ァ・・・!?」
若干尻ごみをしていた副隊長らしき人物が号令をする前に腹に風穴を開ける。風を圧縮して一点に集中することで目にも止まらぬ速度で発射されるバリスタ砲。
『風穴を開ける』?いやいや、『風』で『穴を開ける』。実体のない何かに腹を貫かれる痛みと感覚はさぞかし発狂してもおかしくない程に意味不明で、不可解な激痛が後からじんわり襲ってくるだろう。
「言う前に実践してやりなさいよ。やり方だけ教えて後は放置、なんてのは悪い上司の典型的な例よ」
どうせ死んでいるだろうから言っても意味は無いけどね、と呟きながら視線を前に戻す。見える限りでは目の前に数十人程度だが、隊長格が即座に折られたせいでどれも逃げ腰及び腰。何人かは死を既に覚悟しているのか涙目だ。一本道を塞ぐように数十人固まっているのも数段行動的にはどうかと思うが。
「ったく、戦う前から戦意喪失してんじゃないわよ・・・よいしょ」
呟きながら溜息を吐くと、役場の屋根の角に突き刺さっている国旗を抜く。旗だけならなぜか持っているが、やはり持ち手の部分も含めての旗だ。
「・・・戦意喪失してるのは別にいいんだけど、さすがに矛先をこっちにまだ向けてるのは無礼ね」
怯えている数十人の内、右端にいた年端も行かない少年。見た感じだと年齢は15か16、教えられたことは律儀に頭の中に残して忘れないお年頃。どういう教育をされているのか、全身をガタガタ震わせていても型落ちの槍を先端を降ろすことはしていなかった。
「愛国心でしょうね・・・まあそれに関しては私は怒らないわよ」
相手国の旗が付いた国旗を右手に持ちながらへらへらと笑う。
「―――愛する国とやらを完膚なきまでにブッ潰してやるから」
穏便だった笑顔を急変させると同時に持っていた旗をその少年の腹部に投擲。17歳の特に訓練もしていない少女の投擲は普通なら当たるはずもなく威力なんてあるわけないのだが、自らの風魔法で追い風による威力上昇と軌道修正をしている状態なら話は全くの別物。
「がッ・・・!」
「隣の奴等もボーっとしてんじゃないわよ」
少年の腹に突き刺さった国旗は、そのまま謎の力で左にスライド。少年の腹を引き裂き、さらにそれ以外の十数名を横からの殴打で役場の壁に叩きつける。
「常日頃から血の色を知らないからこうなるのよ。・・・まだやる?」
旗の長さ的に横薙ぎ払いで巻きこめなかった人数がそこ残っていた。対人能力と対集団能力を見せつけたらあとは脅すだけ。「集団で勝てない」という事実を心の芯から理解してしまった場合、人間は逃げる他なくなるのだ。
「「「「「ひっ、ひいいぃぃぃぃぃぃ!!!!」」」」」
「まったく、敵前逃亡なんて許される案件じゃないでしょうに・・・」
敵前逃亡は軍隊に置いて最も重く処罰される。軍人としての使命を果たせずに逃げることになるからだ。生き残ったとしても敵前逃亡があればどの道待っているのは大抵の場合は死亡ルート。ならば―――。
「せめてもの救いを差し上げるわ」
彼らは理解していなかった。一本道で背中を見せるという事は「いくらでも追撃可能」だという事実に。
同じ手順で旗を風力で飛ばし、最後尾の兵士の背中からガツガツと突き刺さり、遠くで吹き出る血の量は聞こえる悲鳴の大きさと比例するように小さくなっていった。
手繰るように右手を動かして旗を風で呼び戻す。持ち手部分には引き抜くときに若干くっついてしまった誰の物かわからない肉片が残っており、国旗は既に全体が鉄臭い赤色で染まっていた。
「よし、赤い旗一枚入手。ヒサメから渡されて多分も含めてあと二枚は欲しいわね・・・『奥』に向かいながら役所を回って集めるとしましょうか」
旗の部分を取り外し、竿に残った肉片を外しながら歩き出したその時―――。
「止まれ侵入者ッ!」
「あ?・・・あら、囲まれてるじゃない」
後ろから声がしたから振り返ろうとも思ったが、前からも兵士が集まっているし屋根の上にも数人登っているのが空気の流れで感じられる。一瞬で囲む指揮能力の高さは評価しよう。だが―――。
「今の一瞬でここまで包囲できたのはお見事。でも―――」
喋りながら右手に纏わせる風を徐々に体全体に移し、そして風の束は体から離れて渦巻く球体となる。次第に風の威力は眼だけでなく音ですらわかるほどに増してゆく。
「・・・何を・・・」
既に竜巻の如く渦巻いていて中が見えなくなっており、風切り音でほとんど聞こえない状況で渦の中から聞こえたのは―――。
「殺すのを躊躇したのが貴方の死因よ」
刹那、竜巻を圧縮したかのような球体は爆風と爆音を撒き散らしながら弾ける。周囲の物を巻き込み、斬りつけ、吹き飛ばし、粉砕する。地面や建造物が抉られるように掘り返され、それらも風に斬られ飛ばされる。
灰色の竜巻が姿を消す頃には、辺りは血の色よりも粉々に砕かれた建造物の瓦礫で滅茶苦茶になっていた。
「タメ技使わせるんじゃないわよ、これだから多人数戦は・・・」
長いズボンの裾についた土ぼこりをはたいて落とし、帰り血がついてないかを確認。ヒサメの昔の服をイメージ元にして魔力耐性を盛り込んだと噂のこのスーツのような服はデザインも実用性も問題ないのだが、全体的に黒いため土埃が目立つのが難点。素材的にも血が付いたら落ちにくそうだ。
「・・・ああ、でも楽しいわ。もっと、もっとあの生暖かい感触を―――」
一本道を抜けると十字路のような道に出る。縦の道路は道幅が広くなっており、国の中心にある王城へ一直線になっている大通りだ。
「ああ、あるじゃない、あそこに―――」
口角を上げ、形だけとも言える偽善的かつ狂気的な笑みを浮かべ眺める先は、王城。―――ではなく。
「とても懐かしい、私たちの家が」
視線の先にあったのは王城の陰に隠れた屋敷、貴族階級が集まって暮らしている区画でもある。全身が身震いし、ワクワクが止まらない。あの中にいる奴等を、全員切り刻んで突き刺して吹き飛ばして叩き潰して―――ああ、今すぐにしたい。一刻も早くだ、欲求が抑えられない。
「ああ、お母様・・・今会いに行きます、ッヒ、ヒヒッ、ヒヒヒヒヒッヘヘッハハハハハハハハハァ!」
自分自身を制御できない。眼を見開き、全身に湧き上がる様々な感情を感じながら両腕に風をかき集め、腕の周りに時計回りで気流を発生させて、後ろに向けて地面を蹴り即座にブースト。飛行機のエンジンに似た原理で地面のレンガタイルを引きはがしながら超速で大通りを少女は駆ける。
『大変ですヒっくん!お姉ちゃん見失いました!』
「まだ十分も経ってねえぞオイィ!?」
穴を掘り始めて五分程度、急にスマホに着信が入ったからなんだと思ったら一言目から意味不明。そもそも今の今まで一緒にいたんじゃないのか。
『だっていきなり飛んでいっちゃったんですよ!?テレパスも繋がらないし・・・』
「あー・・・その町でレイラが一番恨みがありそうな場所ってどこだ?」
『恨みですか?・・・・・・昔の家があった場所なら・・・でも私あの場所覚えてないんですよね・・・』
「ルイラ、ちょっとだけ周囲を一望できるくらいに跳んでみろ」
『へ?わかりました!けど・・・』
人間的に軽く無理難題を押し付けた気がしたのだがすぐさま分かりましたの返事とは。ワープを上下に配置して自分自身を上に持ち上げた、などだろう。
「レイラの風魔法はどう考えても周囲を巻き込む。ルリアさんが『砕く』とすればレイラが『巻き込む』って感じだ、一点じゃなくて全体的に崩れてるポイントとかないか?」
『あ、ありました!・・・円柱状に抉られてますね』
「レイラは竜巻も使えるのか・・・そこから地面の崩れ具合とか血の跡とかで分からないか?」
『地面が押し付けられたような・・・そんな跡がありますけど、この跡・・・王城に向かってますよ?』
「・・・国旗でも回収するのかな・・・」
どうなっているかわからないが、ルイラはその地面に残った線路のような跡を追うように走る。
ヒサメはその頃、ブレザーの裾に土がつくことなんて気にせずに黙々と穴を掘っていた。
いや、びっくりしたんですよ。音量ボタンの+のほうが急に取れて中身見えちゃってて。そろそろ買い替えなのかなぁ・・・。
おそらく次回もこんな感じ。ヒサメのしっかりした出番はその次くらいだと思ってます。主人公らしいこと何もしてないけど今までもしたことないからもはやいいかなとすら思ってます。主人公っぽいことはミズキにやらせるって決めてるし。
実は3000PVからそんなに経ってないのにすでにPV4000超えそうです。感謝ッ・・・圧倒的感謝ッ・・・!




