#57 万能
そう遠くなかった昔の話。少年は超がつくほど平凡であった。
運動神経は中の下、部活は帰宅部、成績もそれほどよくなく、両親は共働き、兄弟もおらず、家が裕福でもなかった。
だが、とある日。少年はいつも通り学校から帰宅。ただいつも通りに帰っている時に、少年は突風により飛んできた電柱にぶつかって死んでしまった。前頭葉を激しく損傷、身体の大部分が肉片となった。どんな医者が見てみようと生き返る見込みはなく、少年は不幸にも16歳で生涯を終えた。
だが、その少年があまりにも救いようがない程つまらない人生を送っていた事、そして少年が死んだ責任は神にあるとし、少年は別世界で生き返る事となった。
神は少年に申し訳なく思い、少年の望みを一つだけ叶えようとする。
少年は考える。少年は平凡に生きてきた。だからこそ―――。
少年は今までと違う非日常な毎日を手に入れるために、富や名声、望んだものを生み出せる万能魔法を要求した。
「・・・・・・ここは・・・」
おしゃれな街並みの一角、金髪の少年は目を覚ます。どういう訳かは知らないが路地で寝ていたのだろうか。いや、そんなはずがない。
「・・・すごい、本当に生き返ってる・・・」
元から死んだ実感はなかったのだが、こう、新しい身体を渡されると「あ、死んでたんだな」と実感する。あまり見えないが目にチラチラと映る金髪の前髪がそれを表している。
体を起こし、周囲を見渡す。まるで海外のような、日本には無かったような建築の数々。街並みはヨーロッパにありそうな外見で、本当に自分かここにいていいのかすら怪しくなってくる。
「・・・どうしようかな・・・」
とりあえず歩いてみよう。不思議なことに歩いている人々の言っていることは殆どが分かる。時折良く分からないカタカナ言葉が飛び交っているがおそらくそういう名詞なのだろう。英語の教科書とかで斜体になってるローマ字読みの日本語のようなものだ。
「そうだ、魔導書とかって・・・・・・」
こんな世界だから魔法とかも使えるはず。魔法が経済の主体となってる世界とあの神からは聞いていた。ならば魔導書がきっとあるはず。
「どこにあるんだ・・・?」
どこかで貰うのだろうか、だとしても急に行って貰える物なのだろうか。そもそもどこに行けばいいのか。全てが分からない。
「・・・ハァ・・・生まれ変わっても踏んだり蹴ったりなのかなぁ・・・」
足元に転がっていた小石を蹴り飛ばして俯いた直後、地面に石畳の一つが急に下から持ち上がり、目の前に宙に浮く影が地面に映った。
「・・・え?何これ・・・」
急に地面の中から飛び出したのは、埃まみれの薄汚くて厚い本。
「これ・・・魔導書?にしては・・・」
言いたいことがある。これ、見た目がどう見ても広辞苑。まんま辞書だ。背表紙を片手で掴むことすら困難な厚さと一体何年放置されていたのか分からない汚さ。どのページも古めかしく黄ばんでしまっているように見える。
「と、とりあえず・・・」
海月のように空中に漂う辞書のような何かの背表紙を掴む。すると―――。
「うわっ!?」
古めかしかった表紙が角からパリパリと剥げ落ち、内側から隠されていたかのように綺麗な黄土色の表紙が出てくる。ページも一つずつが古めかしい黄色から綺麗な白に代わってゆく。
「演出、だったのかな・・・びっくりした・・・」
宙に浮く力が消えて手元にするりと収まったその本のページを一つずつめくる。先ほど起きたことはどうやら作り替えだけらしく、ページ数は変わっていないようだった。最初の数ページ以外は全てが白紙になっているが一体どういう事なのだろうか?
今の段階で分かることはこれからこの辞書のようなものをずっと持ち歩かなければならないということ。そう思うとげっそりする。
一体これをどう使うのだろうか、考えたその時―――。
周囲の景色が一瞬で灰色になり、街を歩く人々は固まった。
「―――えっ」
『あー、少年聞こえるだろうか』
「え?あ、はい・・・でもどこから・・・」
周囲にあの神様がいるわけでもない。どこからか声が聞こえるわけでもない。直接頭の中だ。こんなテレパシーのようなことが本当に出来るのか。
『まずは無事に転生できたことを喜ぼう。その魔導書には何があっても対応できるように私が用意できるありったけを詰め込んだ。使いたいものを探すのに少々手間取るかもしれないが許してくれ、同じ系統の魔法は纏めてある』
「えっと、これ・・・使い方は?」
『最初にいくつか呪文字があるだろう、それに触れると触った手にその文字が写る。その文字を手に移した状態で白紙のページに魔力を込めながら手を押せば魔方陣となり、魔法が発動する』
「・・・なるほど、わかりました」
『私は神としての仕事があるためずっと見守っていることは出来ない。だが、その魔導書があれば問題はないだろう。新たな旅に、幸運を』
頭の中で響いた声はそう告げると同時に、周囲の光景はすべて元に戻った。
「えっと、最初の数ページに呪文が・・・」
確かに何か書いてあった。開いてみると、そこには紙の一面にさまざまな言葉が。
「・・・たくさんあるなぁ、属性弾、罠、空間移動、召喚、強化バフ・・・使いこなせるのかな・・・」
試しに「水」の呪文と「銃」、それと「爆発」の三つを右手に付けて、魔導書に大量にある白紙のページの一枚に右手を押し付ける。
押し付けた途端、何かの発動音と同時に押し付けた手の中に片手で握れる小さめの銃が現れた。
「・・・ほんとに出来た・・・どうやって生まれてるんだ?えいっ」
興味本位で引き金を引くと、握りこぶしくらいの弾が縦断として発射され、ある程度飛んだ先で水を撒き散らすように弾けた。なるほど、足した呪文がすべて反映されるのか。
「これ面白いな・・・でも街中でやるものじゃないね・・・」
先程から通りかかる周囲の人々の目線が地味に痛い。人に注目されるというのは昔から慣れないのだ。
「・・・でもこれって、冒険してて地味に集めていくものじゃ・・・」
なんか、RPGのセーブデータをいきなりクリア済みの状態で始めてしまった感じ。こういうコレクション要素って一つずつ開いていくから楽しいんじゃないの?
確か望んだのは「生きていくのに困らない能力」だったはずだが。現代日本人がこの世界で生活していくにはこれくらいないと大変ということかもしれない。
「ゲームの収集物って確かに集めたくはなるんだけどチートとかで入手しちゃったら急に面白くなくなるんだよね・・・やっぱそこに至るまでの過程が大事なのかなぁ」
でも、使えるものがたくさんあるのはそれだけでありがたい。ワンパターンだったらそれが通用しない時には詰みだし、なにより使っていて飽きない。
「この国が良く分かってないからどこに行ったらいいとかも分かってないんだよな・・・」
とにかくこの魔導書があればどうにかなるだろう。不安ではあるけども楽観的な思考を持って、アズマは王都を歩く。
さて、今回から後編。いきなりですが視点変更から参ります。
ここからは開戦少し後までアズマ視点。つまり一人称でルリアに殴られます。しょうがないね。
今の所後編も八話で完結予定にしてますが、平均文字数はどれも3000足りてるかどうかなので分量は前編より絶対少ないです。そりゃあ前編は最後の方に詰め込みまくった結果ですからね。
それはそうとして永久凍土帝国アナスタシア、面白かったです。




