#120 終幕
結局、何があったのだろか。
第七試合終了後のことはあまり記憶に残っていない。が、歩いてギルドまで戻ってきたことはなぜかうっすらと覚えがある。帰る途中にもいろいろ言われたが、あまりリアクションせずに戻ってきたことも。
俺だったらすぐさまルイラを探して送ってもらう手段を選んでいただろうから、ヴリトラが俺の記憶が無い間にここまで帰ってきたということなのだろう。
「……あ、ヒサメさん起きました?」
ぼやけた目に映ったのは、バスタオルを持って周囲を行ったり来たりしているシャルの姿。
「…………今起きた、どこだ、ここ……風呂場?!?つぅ……」
天井には割と見知ってはいるが見慣れない木目の天井が映っていた。
体を起こそうと上半身に力を入れただけで腹筋と背筋に電流が流れるような痛みが走る。ヴリトラに体を預けている間は魔力の補強でどうとか言っていた。つまり補強なしだと俺の今の身体は起き上がれないほどにボロボロという事か。
「なんでこんなとこに……ふう、タイムラプスはしばらく使わないようにするか……」
「タイムラプスって、あのすごく速くなる奴ですか?あの魔法がそんなに負担が大きいだなんて……軽く触診しますからどこが痛いか言ってくださいね」
「全部」
「……まあ、そうだろうとは思いました」
シャルは顔を抑えてため息をつき、どう言おうか数秒唸ってからもう一度質問をする。
「えっと、損傷具合からして筋肉系ですよね?どんな感じに痛いとかありますか?網目状に広がるとか、一本だけピシッと来るとか」
「んー……電気みたいのが中心から広がるように、それが各部位って感じ、かな」
「はい、完全に身体浸透性魔力麻痺ですね。ヒサメさん17歳……でしたっけ?この歳でなる人はまずいないですよ」
身体浸透性……麻痺?それはともかくちゃんと症状に名前があって認識されているのか。俺の身体の事だからまた未知の症状なのかと少し不安になったものだ。
「主に筋肉や骨に魔力を流し込んで戦う人に起こりやすい症状です。一度に耐えきれる量以上の魔力を流し込んだ結果、余剰分の魔力があふれ出して悪さをします。普通は魔法の開発中とかにあるんですよ」
今の話を聞くに時間欠落は時間をある程度操作する代わりに体への負担が尋常じゃないほどに激しい魔法。他の人から見れば高速移動と高速情報処理の合わせ技に見られそうだ。
「でもヒサメさん、竜の力を使ってるときは普通に動いてましたよね?さっきも普通に歩いて帰ってきたし……」
確かに、補強と言ってもどのような手段を取って体を動かしていたのだろうか。それが分かれば今後同じ症状になっても対策はしやすい
『お前さんの身体は元より貧弱、さらに回路を痛めておった。我のしたことはその魔力管全てに我の魔力で二重に膜を作っただけだ』
質問する間もなく脳内から返答が返ってきた。
「えーっと、どうやら俺の魔力を流す管に竜の魔力で膜を作ったらしい」
「…………全てですか!?」
「だと思うぞ、動かないところ全部補強するにしても指一本すら動くか怪しいし」
「いやいやいや、そんなのいくら魔力があれば足りるんですか!?全身に張り巡らされた魔力管全てに魔力でコーティングって、それこそ膨大な魔力タンクでもないと……」
シャルの慌てようからして並の芸当でないことは明らかだ。そんなことを一瞬で行うとは、さすが偉大な龍種と称えざるを得ない。
「……話は戻るんだけど、なんで俺はここで寝てるんだ?」
「隣にミズキさんもいますよ」
呆れながら言うシャルに言われるとおりに首を回すと隣に魂が抜けたような見た目で寝転がっているミズキの姿が。
「ほんとに焦ったんですからね。だって―――」
時刻は少し戻って風呂場前の廊下。
ルイエとシャルはギルドに帰るなり風呂へと足を進めていた。
ジルオ曰く「ひとまずお前らは身体を洗ってこい」との事。どうせなら行く前に入っておきたかった、と共に内心で思いながら歩く。
「にしても今日は凄かったですね、全勝ですよ全勝!ギルドの株も上がりまくりですね」
「私たちが出たことも多少影響あるようだぞ。武器製作の外注電話にイザベラが張り付いていた」
「え?外注って……そもそもアルゴノーツ工房は鍛冶屋じゃないから一般武器販売はしないってジルオさんが言ってませんでしたか?」
「一般販売はそうだ。だが個人依頼は別枠らしい、金額は跳ね上がるが唯一無二の武器を作る、だそうだ」
「量産じゃなくて一点ものを丁寧に作るってところが職人っぽいですね、僕だったら量産化目指します」
そして風呂場に入り、今後の予定と夜に控えている『祭り』の事を話しながら服を脱ぐ最中。
「あれ、誰か入ってますよ?青いパーカー……ヒサメさんかな?」
「使用中の籠はもう一つあるが甚平の色からして雷バカだ。あの二人は仲がいいのか悪いのかどちらなんだ?」
「悪くはないと思いますよ?喧嘩するほど、って言うじゃ―――」
湯気で曇った引き戸を開けて視界に映った浴場には―――。
湯船に浮かぶ水死体のような体が二つ。
「うわーーーっっっ!?!?」
「なっ!?っ、引き上げるぞ、手伝え!」
「死んでないですか!?これ溺れてないですか!?」
「騒ぐな!まだ水はそんなに入っていない、気道を確保したまま圧をかけて水を出すぞ!」
「はっ、はい!」
「……ということがありました」
「つまり俺とミズキは溺れ死ぬ寸前だったって訳か、あぶねえな……」
そうなる前の記憶が存在していないから余計に怖い。あと少し遅れていたら溺死していたかもしれないと思うと笑っていられる状況ではない。
「シャル、悪いが俺の魔導書出してくれ。籠の中にあるだろ」
「いいですよ、はい」
着替えの籠に入れていたスマホを持ってきてもらい、どうにかホーム画面を開いてヘルスケアを起動、振るえる指先で魔力を流し込んで右腕だけ竜の魔力を流し込む。
「ん、よっし……これならギリギリ起き上がれるな」
「すごいですよね、その変身技……魔導書に凄い魔法があって、さらに変身もできるとか、魔法使いなら誰もが羨むような素晴らしいスペックですよ」
「そう……なのか」
そう言われると反応に困る。俺のスマホは勝手に魔法が付いてきたものだし、竜化も意図せず発動したものだ、どちらも俺の力ではない。だから俺には能力を褒められても鼻を高くして威張れる資格などないのだ。
スマホの力と龍の力、どちらも借り物で、俺はそれを使って生きていく。生きるためにそれが必要なら容赦なく使うだけだ。
「さて、起き上がれたはいいんだがこれからどうするか。足まで竜化すると消費が激しそうだし」
「車椅子でも持ってきましょうか?その状態じゃまともに……」
「いや、歩く方法はある。とりあえずミズキを起こしてパーティーに出るか」
「そうですねっ、えっ、はい!?」
俺が発した言葉を飲み込んでから疑問点だけを取り出して口から発するシャル。
「ここのことだ、どうせやってんだろ。しかも妙に律儀だから本人たちには伝えないままサプライズで、とか」
「あ、あははぁ……見つかっちゃいましたか」
「で、それのメインが俺とミズキって訳だろうけど……今回はパス」
「はい?」
それから数分後、ギルド内食堂にて。
(みんな分かってる?来たら鳴らすんだからね?)
(分かってるぞ、お前がフライングすることくらいはな)
(そう言われると思って一人でさっき鳴らしてました!)
(さっきからずっと裏庭でクラッカーの音してると思ったらアンタかよ!?)
(それでバレてたりしませんかね……?)
(あの二人なら風呂で沈んでたのを確認したわ、大丈夫でしょ)
(それはそれで別の問題が発生しているような……)
オレンジ色の間接照明だけがテラス薄暗い空間、そこに何人もの小声が反響している。
手に持つクラッカーを皆がまだかまだかと待ちわびながら握り、視線が正面入り口の一点に注がれる中。
ついに、両開きの扉が勢いよく開く―――。
「「「「「「二人ともおつかれーーーーーーっっっ!!!!!!」」」」」」
騒音を通り越して爆音、鼓膜を張り裂くかのような破裂音が地下に響き渡る。
飛び出す何色ものカラーテープ、上空から舞い散る紙吹雪。
そしてあまりのサプライズに包まれた張本人からは。
「……何だこれは、挑発か?」
「サプライズだって言ってるじゃん、察せよ」
竜の少年からは、聞き慣れた声質からの全く聞き慣れない口調が飛び出していた。
「体が動かないだの動きたくないだの言っておいて、真はこれを我にやらせたかっただけであろう?やかましいだけではないか」
「それでも行けってヒサメが言ったんだからそうするべきじゃないの、中の人」
「だから中ではあっても人ではないと何度言えばよいのだ、帯電小僧」
両足が黒と紫の中間のような色をした鋼殻でできており、角の右側はヒビが入っていて、そこから繋がるように右目が黒く浸食されている。
普段の気の抜けた顔から一転、見るものすべてかみつくかのような目つきの悪さをした、しかし姿は同じな少年がそこにいた。
「え、えっと……もしかして……」
おそるおそる訪ねようとするルリアに気づき、そういえばと思い出したかのように笑いながら告げる。
「人とは自らを紹介するのだろう?我が名はヴリトラ、宿主の名を借りてヴリトラ=ヒサメとさせてもらおう」
その場にいた全員が、一律に静まり返る。
目の間に存在するのは、紛れもなく竜の、しかも生きているうちに二度とお目にかかることが出来るか分からないほどの希少さを誇る個体。
その伝説と表現することすらまだ足りないほどのものが、人の身に収まっている。
「宿主は過剰に魔力を使いすぎた、現在も我が魔力を回して居らねば関節が崩れ、激痛で逝く可能性も存分に残っている為に我が代理でここにいる」
「そんなに無理してたの!?」
「あの意味わかんない魔法にそこまで代償があったの!?」
「ちょっとした空間移動の応用かと思ったんだが違うのか」
「不可解な点があるならば、我の気が済むまで答えてやろう。だが、その前に―――」
ヴリトラが地面に散らばるクラッカーのゴミを踏みながら歩き、正面にある巨大なケーキ(のようなもの)が乗ったテーブルに置かれた銀色の盃を手に取る。
「他にやることがある、と宿主がしつこくて叶わぬ。用意はしてあるだろう、各々盃を出せ」
「ん?あぁ、なるほどなるほど、みんな用意―っ!」
ニヤリと笑うヴリトラの意図をいち早く汲み取ったルリアが号令。
各員がそれぞれ用意していた乾杯用のコップ、それを取り出す。
机に背を向け、部屋の中全体を見回すようにオレンジ色の液体が注がれた盃を天井に掲げる。
「悪いが我の前身に勝利は無くてな、不慣れだが仕切らせてもらうぞ」
『思いっきり叫べ』と中から聞こえる声に任せ。
その日、ヴリトラは初めて攻撃ではない叫びを放った。
「今日この日、一つの負けもなく勝利を刻んだのはどこかッ!!」
「「「「「「俺達だああぁぁぁーっっ!!!!!!」」」」」」
「我らが掴み得た、勝利と栄光にッ!!」
「「「「「「乾杯―っ!!!!!」」」」」」
「―――ということがあってだな、それで我らの一族は愚かしくも絶滅まで追い込まれたわけだ」
「うっわぁ……確かにそれはバカにしたくもなる」
「なんで最初から分かってたのに突撃したんでしょうね?」
「とにかく他の種族に上を行かれることを嫌うプライドの塊だったからな、意地でも神を引きずり下ろしたかったのだろう」
「伝説にもなる竜の一族がこうだったとはねぇ……」
「我も驚いたぞ、なぜ人間共はあの天狗共を伝説のように扱うのかとな」
「同族を天狗呼ばわりとは、プライドが高いのやら低いのやら」
「自尊心で滅んだ一族のことなど馬鹿にしない方が勿体ない。それならおもしろおかしく思い出にした方がよほど有意義になるだろうよ」
「なんというか……伝説の竜種族、結構フレンドリーだね?」
「もっとプライドが高い……というより、こんな性格だからこそ、なのでは……」
その和気藹々とした会話を、ヒサメは全身を包む暗闇の中で目を閉じながら聞いていた。
実のところ、このパーティーにヴリトラが出るように言ったのはほかならぬヒサメ自身。
そのままの身体では起き上がれないからというのも理由の一つではあるが、もう一つ知りたいことがあって身体を預けてみることにしたのだ。
(……なんだ、結構馴染めてんじゃん)
初めて角の中に入ってヴリトラに対峙したとき、彼は見ているだけで結構だ、と語ったのだ。
そこには確かに種族の違いなどの考え方があったのだろう。―――しかしヒサメには、全く別の問題が生じているようにも感じていた。
ヴリトラの発言には一族を馬鹿にするようなことを口にしても、かといって自分だけは違うと意地を張っている様子もない。用するに一種の自虐だ。
黒龍という種族そのものが背負った罪を馬鹿にしつつ、角を残して意識だけの存在になってもそれは変わっていなかった。
そしてヒサメに勝手に取り付けられ、そのまま過ごしているうちに―――人との関りが近い環境で彼は理解したのだろう。
彼は一族の汚点しか言わない、それはきっとそこしか知らないからなのだろう。数少なく戦い、そのまま敗れ、長い間一人で過ごした彼は、圧倒的に足りてないのだ。
「ヴリトラ、お前は経験が足りてねえよ。まずはコミュ障を治そうぜ、話はそれからだ」
「ふん、人間ごときが偉そうな口を」
帰ってくる言葉に、冷酷さは欠片も感じられなかった。
半年以上期間が空いてたらしいです、そんなに経ってるとは思ってませんでした(すっとぼけ)
終われる気はしませんが精一杯頑張ろう、そんな気持ちでやっていきます。




