#117 第六試合
第六試合
ギルド『北』:秀才「ハイブ・クラウス・エーデルガント」
対
ギルド『西』:邪竜の亜人「アサカヒサメ」
一つ、この魔導書に魔法の系列は関係ない。
二つ、この魔導書に属性は関係ない。
三つ、この魔導書にパワーバランスは存在しない。
四つ、この魔導書に重複する魔法は存在しない。
それが、このスマホに対する精一杯の考察だった。
この魔導書は本当に何が起こるか分からない。説明は無し、機能も大体が予測しにくい物。手品のような便利ツールから物理法則崩壊系まで何でもあり。
それらの情報から『時計』だけは使ってはいけないと心に決めていた。予想できる効果は「時間逆行」「時間操作」「時間消去」など、どれが出ても苦笑いするしかなさそうなものばかりだ。しかもこの予想を完全に超えるものが出てくるかもしれない。
要するに、到底扱えたものではないものが出てくる可能性が高そうなのだ。一言で表すならば「不穏」。
『お主、カメラの魔法は使ったことはあるか?』
それが、カリンが発したヒサメへの助言だった。
思えば、カメラの魔法は使ったことが無い。カメラで撮影したものを『写真』で呼び出したりはしたがカメラ事態に魔法が使えるとは思っていなかった。
『……?でも何も起きませんよ』
『ならばまだ使える時ではないということか。経験値が足りんな、集めてこい』
そんなロールプレイングゲームみたいなことを、と返事をする前に続けられる。
『しかし、本当に使えぬのか?カメラにも種類がいくつかあろう。ビデオとか、パノラマとか』
この人はなぜ時代に見合わない端末の情報をここまで正確に知っているのだろうか、と思いながらモードタブをフリック。しかしビデオもパノラマもスクエアもスローも動かない。『いやぁ、どれも同じ……ん?』
一つだけ、魔力に反応するモードが存在していた。タブの一番端、普段ならほとんど使うことのない名前だけのように感じていたもの。
『カメラとはすなわち空間制御じゃ。習得はおろか発動に相応の経験がいる。しかしそれは別枠じゃ、魔力消費は大して変わらんがの』
『…………タイムラプス』
……なんだけ、このモード。えーっと、あー……星とか撮るときにシャッターを開けたままにして尾を引くように動く写真が取れる奴だっけ。試そうとしたが、関東圏ではスマホに星が映らなかったから諦めた記憶がある。
『これ、どう使うんですか』
『時間・欠落、すなわち時間が抜け落ちる魔法じゃな。対象の個体時空を欠落させて時を操る、いわゆる時間操作の禁術じゃ』
……なんか、どえらい魔法を教えてもらった。
『…………あの、俺が唯一使えてこれなんですよね?残りのカメラの機能は……』
『妾は発動可能な物しか見えぬから一概に言えんが……量子切除とか全天編集じゃろうな。迂闊に使うでない、身を滅ぼすぞ』
なんか名前だけでもう嫌だ、エンドコンテンツの臭いがするようなハイパーインフレを漂わせてくる。
『まあ、使えてもお主には経験と魔力が足りん。タイムラプスもお主が使うなら三回が限度じゃな』
『いや、これってどういう―――』
まだこれを実戦で使うには情報が少なすぎる、と食い気味に聞こうとしたその時。
『時間欠落・四点加速』
カリンの手に、青いホログラムの懐中時計のようなものが見える、それを押して―――。
『これが、その魔法じゃ』
瞬きのために一度だけ目を閉じて開いた時には、喉元に透き通るような透明の短剣が突きつけられていた。
『自らの時間を四分割して削ればこの通りに、逆に相手の時間を分割して余計に増やすこともできる。しかしその分だけ魔力の消費は増える。そして何より、この魔法は完全な時間停止は不可能だ。それ故にこの魔法は欠陥品と言えるだろうな』
『欠陥品って……じゃあこれは完成してない段階ってことですか?そもそも完全な時間停止って可能なんですか』
『制限なしの完全時間停止は実現している。しかし、世界で初めての会得者はすぐにいなくなってしまった』
愚かな男だった、とカリンは短剣をしまいながら溜め息を吐いて苦々しい顔をした。
『いなくなったって……死んだんですか』
『いいや、自爆だ。あの頃は数多の研究者が時間魔法を研究しており、その男は自らが唯一の完全な時間停止を使えると世界に公表した途端に命を狙われた』
そりゃそうだ。いつでも時間を止められる男がいるんだったら始末しておきたい。何をされるか分かったもんじゃないというのはおそらく全人類完全一致の答えだろう。
『そして奴は隠れ家の研究所を襲撃され、自らの死を悟った瞬間に時間停止を己の身体に付与した。時間停止とは現在の時を留めておくこと、つまり時間が固定された物体は何をしようとも破壊はおろか傷一つ付けられない。一時期保管すらされたものの解術の有効手段はなく、今も研究所の地下に放置されている』
時間が止まったまま放置された人間。それはもう意識が存在しない領域を望んだのか、それとも未来の誰かが解術してくれることを願って使ったのか―――。
『世界には追い求めなくてもいいこともある。それにすべての人類が気が付くことが出来ないことこそが人の愚かさだな。その魔法は欠陥品だがそれでも禁術、三次元魔法相手ならそれを使えば勝てるであろう。五秒もせずとも葬れる』
「タイムラプス……時間を欠落させる……」
『気を付けておけ、主よ。話の限りではそれは次元干渉系統、長く使えば本当に体を壊しかねない』
「次元干渉系統?……ああ、三次元魔法ってやつか?説明されてないけど」
『目の前で起こるすべての事象が三次元魔法だ。次元干渉はその外、時間や空間などの超越した時空からの魔法だな』
要するに規格外の魔法なのだろう。普通の魔法じゃ対策が出来ないような魔法の一種、ということなのだろうが……その情報をあの人が知っているのもそれはそれで気がかり。
「時間を早くしたり遅くしたりできる、時間魔法の欠陥品……いろいろできることはありそうだ」
頭を回す。時の流れは完全には止まらない、それでも操作はできる。しかし、動かせる刹那の間にエンタープライズのチャージは間に合わないだろう。ならば変に逃げ回ったりはせずに素手で一撃を的確に叩き込むのが必勝法かもしれない。
「……ヴリトラ、正面戦闘をするぞ。次の試合に少し響くかもしれないがいいか?」
『正面戦闘?一丁前なことを言うではないか、お前さんが不意打ちを巧みに使う戦いをできるとは最初から思っておらん』
「はいはい、そーですか……殴り合いは好きじゃないが、好き嫌いで逃げ回ってられるほど世界は甘くないらしいな」
控室の扉がゆっくりと開く。
草一つ生えない砂の地面を踏み、顔を向けるはただ一人の相手のみ。
「一対一でお会いするのは初めてですね、少年。私はエーデルガント、カロライナ所属の第五席です」
その黒髪のさっぱりとした少年(とは言ってもヒサメよりかは年上そうだが)は礼儀正しく右手を前にして自己紹介をした。
「どーも初めまして。俺はヒサメ、アサカヒサメだ。アルゴノーツ所属の……ただの構成員だ」
ヒサメの自己紹介を聞いてエーデルガントは少し不満げな表情をしながら訪ねる。
「……構成員?逸話通りの実力なら副団長とかでもおかしくない筈、なぜ一介の構成員に……それに、席次を名乗らないのはこの場において無礼では?」
「席次なんて名前の、寝て起きたら付与されてた称号を名乗る気にはならない。それに逸話が何だか知らねーけど俺がただの構成員なのは本当だ。俺以上に強い人ならたくさんいるだろうしな」
そのヒサメの言葉を聞いてエーデルガントは深く考え込み、頭を片手で抑えながらしぶしぶ話す。
「あなた以上に強い人があのギルドにいる、それは疑いたい情報ですが……今までの戦いを見た限りだとそうかもしれません。何より彼らは……争い事を楽しんでいるようにすら見える」
「ヤバい魔法使いが二人、あとは銃火器使いと万能姫様とその弟子の刀馬鹿だな。……うん、全員俺より強いと思う」
「彼らと手合わせ願いたかったのも事実ですが……ここは一つ、伝説の黒竜と戦えることを喜ぶとしましょう」
ここまでの会話でこの人は戦いとか避けるタイプなのかな、と思っていたがどうやらそうでもないらしい。ウォーモンガーは案外どこにでもいるものだと再認識させられる。
「今、この時代に、貴殿と巡り会えたことに感謝を。ハイブ・クラウス・エーデルガント、いざ参らん!」
「いいぜ、相手になってやるよ。こちとら正面から相手にする気なんざ最初からねぇがな!!!」
ズボンの右ポケットに入っていたスマホを取り出して右手で魔力を注入、左手に持ち替えてタイムラプスを起動準備にするべくカメラを起動して画面をスワイプ。
『時間欠落―――。
エーデルガントの持つ片手剣は数えなくともわかるほどに豪速でこちらに迫っている。それをゆっくりと見据えながら、言葉に力を込めて、画面に映るホログラムのような青い時計を押した。
二点加速―――!』
キン、と金属音に近い効果音が鳴るとともに視界がモノクロになる。自分だけが正しい色をで塗られていて、目に映るすべての光景がゆっくりと動いていた。
(なるほど。自分が二倍速で動くということは、自分から見た相手は通常の半分の速度で動いていることになるのか)
エーデルガントがこちらに剣を向けて突撃してくる速度も半分。巻き上げられた土埃が落ちる速度も半分。何の支障もなく動けるのは自分だけ。
(―――十分!)
こちらに向かってゆっくりと迫ってくる剣を左に動いてかわし、誘導されるように差し出された頭に向かって―――。
「っふんぬぅ!」
上部から前頭葉目掛けて小ジャンプからの全力角頭突き。
「!―?―が―ぁ―っ―」
相手の悲鳴も半分の速度でゆっくりと途切れ途切れに聞こえてくる。上から叩いた衝撃で地面に叩きつけられるであろう頭を―――。
「どぉぉぉぉぉぉぉおおおおりゃああああぁぁぁぁぁ!!!!!!」
完全に地に落ちる前にしっかり溜めた右手のアッパーを顎に叩き込んで打ち上げ。
意表を突かれた表情は一転して苦悶の表情へと変わり、痛む頭を抑える隙もなく意識の逆方向へ衝撃が突き抜ける。
「そしてとどめえええぇぇぇぇぇ!!!!!!」
瞬時に頭と顎を叩かれて脳が揺らされ、エーデルガントは剣を手放してゆっくりと宙を舞う。完全に無防備な胴体に向かってそこまでにしておけよと言われんばかりに助走をつけてライダーキック。肋骨と腹筋の中心部、素人目でもわかるほどに的確に鳩尾を突いた。
「時間欠落解除!」
左手でスマホに映るホログラムの時計をタップする。再びキン、という効果音とともに世界に色が戻り、時間の流れも戻ったように感じる。
一瞬の間に三方向から衝撃を受けたエーデルガントは勢いのまま後方に吹き飛ばされて背中から地面に落ちて転がった。
(本当に強い魔法だな、相手に手出しさせないって意味では最強なんじゃないのか)
そう思った瞬間―――。
「んぎぃッ!?」
全身に筋肉痛のような痛みが走る。でも深く痛むのは全身じゃない、主に痛むのは右手と右足。時間を操作していた分の反動が使った部位に帰ってくるということだろうか、だとすれば利き手と利き足が痛むのも納得だ。
「でも……これで…………ぇえ?」
地面に転がりながら見た光景は不可思議そのものだった。
口から出血、すでに嘔吐した形跡が見られ、目が白目をむいているのに彼はそこに立っていた。そこから感じ取れたのは先ほどの紳士さはもう欠片も残っておらず、あるのは狂気と執念だけ。
「わだ、し、わ……負け、ナい」
「……マジかよ……頭揺らされて立ってるぞあの人!?」
『最早正気ではないだろうな。かといって魔物と契約しているわけではない、アレは本人の執念だ』
言葉に聴き取れなくもない音を放つ狂気の人形はこちらにゆっくりと一歩ずつ迫ってくる。本体に精神不在とはいえ足は健在、そしてこちらは半身不随のようなもの。逃げる手段は無いに等しい。
(これはまずい、逃げるにも足が動かないし、この状態で応戦できるとも思えない!足を動かせるようにするか、いっそ火力で吹き飛ばすしか―――)
ここでヒサメは一つの案を思いつく。しかし瞬時に理解する、その手段は間違いなく次の戦闘を不可能にするものだということを。切り札はいつだって悪手なのだ。
「―――ヴリトラ」
『どうした主よ、さすがに自決は避けてくれ』
「そんなんじゃねえよ……次の最終戦、きっと俺は使い物にならない」
ヴリトラの返事は少し遅かったが、おおむね予想通りの答えが返ってきた。
『言われるまでもない、我に全て任せろ。して、この場を乗り切る手を思いついたな?』
「ああ、満身創痍になるけどな!!!」
まだ動かせる左半身でスマホを取り出し、それと同時に一枚の写真を取り出す。
『時間欠落―――。
幸い魔力は尽きていない。だからここで出せる限りのありったけを。次は任せられる、ならばここで死ぬ直前まで出し切ってやろうじゃないか。
スマホを取り出してアプリを起動し、スマホを精一杯掲げて画面に映る時計をタップしながら叫ぶ。
四点加速―――!』
景色の色が吸われていく。
目を凝らせば動いているかどうかが確認できるほどに遅くなったこの世界で先ほど取り出した写真に魔力を注入、そして実体化。
(この魔法は俺の身の回りにある者だけが影響を受けない、俺の服がそれを証明している。ならばこいつも使えるはず―――!)
写真から実体化したのはエンタープライズ。動かしにくい半身で必死に左腕に装着し、前に向けて魔力をチャージ。
俺が四倍速になれば世界の速度は四分の一。俺の速度が四倍ということはエンタープライズのチャージ速度も四倍速。それなら間に合う!
馴れない操作で微振動を起こすエンタープライズをどうにか抑え込みながらチャージ完了。力を振り絞って砲口を向ける。
「ぁぁぁぁぁあああああう吹き飛べえええぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
モノクロの世界が解除されるとともに正気を失ったエーデルガントに向けて魔力の波動砲が発射される。それは本人を突き抜けて壁を打ち抜き、青い光が闘技場の浮かぶ空を斜め上に突き抜けていった。
そしてヒサメは、エンタープライズの反動を直に食らって広報壁際まで吹き飛び、魔力不足や砲撃の反動で全身が動かそうにも動かせなくなっていた。
(……本当にまずいな、手足を動かそうという信号を神経が拒否してる感覚だ、細かく痙攣する程度にしか動かない)
左手に握りしめたスマホのロック画面に映るバッテリー残量は既に赤色、ここまで振り絞ったのは初めてだ。全身の気怠さを通り越して神経が疲れているような感覚がする。
振るえる指先でロックを解除しヘルスケアを起動。残り少ない魔力をスマホに流し込んで画面が切り替わる。未だに理解の底が知れないこの機能、体が自然とアプリを起動していた。
「あとは、任せた…………」
『良い。多少あれど概ね期待通りだ。一つであらば願を聞こう』
何を言い出したかと考えたが、ヴリトラが言った「願い」とは『次の試合をどう動かすか』のことなのだろう。良くやってくれた褒美にある程度の裁量権を任せるということだろうか。
「ねがい……?あー……」
ぼんやりと数十分前の光景が頭を流れる。もはや走馬燈とも呼べそうなほどにぼんやりとした、確かな記憶。
『また死んじゃったら……私が毎日、ベッドで……流した涙は、何だったんですか……』
映像は不確かでも、その声はハッキリと頭の中で響き続けていた。
俺を大切に扱ってくれた人がいる。俺を待ってくれていた人がいる。俺のために涙を流す人がいる。俺一人の馬鹿な行動で、その人たちを悲しませることはしたくない。
俺には実力が無い、だが力はある。不幸と幸運の果てに手にした能力が。たとえこの力が俺に見合わない仮初めの紛い物だとしても、俺はそれを使う権利がある。
ならばこの力を振り回すだけだ。俺が心に掲げた理想のために。それが例え、世界を敵に回す邪竜の力だとしても。
「俺を……生きて、あの場に、返してくれ」
スマホの画面に表示された人体模型のようなマークの中心部をタップする。画面下部にある謎のゲージは一気に端まで溜まるどころか枠を突き破り、画面全体に『OVERDRIVE!!』と警告文を表示させた。
『承知した、しばしそこで見ているがよい。竜とは何たるかをお見せしよう』
王城のベランダ、俗に言う特等席と呼ばれる場所で戦いに参加しない席次持ちは酒を飲んだりして適当に画面を眺めていた。
―――たった一人を除いて。
「……………………」
「……大丈夫ですか?」
「大丈夫です、私は大丈夫です!」
「いやいや、どう見ても大丈夫な焦り方には見えんが?」
ルイラは一人、言葉に表せるようなものではない悪寒と焦りを感じていた。
第六試合が一瞬で終わってしまったのには驚かされたが、問題はその後。ヒサメから溢れ出る黒い魔力は暴走状態の時と同じものにしか見えなかった。
こんな場所で暴れるのはマズい、凶暴性が露見すれば民衆からの批判は少なからずとも免れることはできないだろう。国民は未だに亜人種に対する偏見を抱いているものは少なくない、この公の場で負の印象を与えるのは本人にもギルドにもよろしくないのだ。
そしてルイラは必死にテレパスをヒサメに向けて発信。意識があるなら止まれるうちに止まってもらうのが最善。もし自制が聞かなかった場合―――抑止力が出ることになる。
(お願い、繋がって!また暴走したら次はどうなるか―――)
焦りを全身で表しながら発信したテレパスは、その思いが届いたのかヒサメへと繋がる。
「繋がった!あの―――」
『案ずるな、小娘』
焦りで何から言えばいいのか分からなくなっていたルイラの耳に入ってきた音は、確かにヒサメ自身の声だった。ただ、それは本能的に分かる、アサカヒサメではない、別人の誰かの声。
『この身は傷一つなく返す。しばし使わせてもらうぞ』
そう言い残し、通話はいきなり切れてしまった。
「…………え?」
視界の端に映る黒い角が今まで見たことない速度で割れ、そのまま右目を超えた顔の右側全体にまで黒いヒビが入った。顔の半分が黒く染められたように色が変わり、右目は徐々に目の色が逆転する。
「……脳髄支配完了。神経と筋肉が随分傷んでいるが我の魔力で補強しておくとしよう」
『うおすっげぇ、本当に何もないなこの空間。確かにこれは暇だ』
ヒサメの角に生えているヴリトラの本体、そこから流れる黒龍の魔力をヒサメの脳髄に流し込むことによって体を動かし、逆にヒサメがヴリトラの住む角の中に意識を閉じ込めることで身体操作は完全に逆転する。
『なあヴリトラ、右目がなんか変な感じだけどどうなってるんだ?なんか青い線みたいなのが浮いてるが』
「これは『流天』、我が生まれつき宿す魔術だ。人の呼び名で言うならば流天の魔眼と呼ぶ」
『眼の魔法か、なんか格好いいなぁ……それって俺もヴリトラの魔力使えばできるのか?』
「使うも何も、お前さんは腕しか我を使っていなかっただろう。『流天』は半身以上使えば必ず発動する、覚えておけ」
ここで手に持っていたスマホが細かく揺れているのに気が付く。ロック画面を見るとどうやら誰かからの電話のようだ。
「……?何だこれは、どうやったら止まるのだ」
『あ、それは電話ってやつでな、その下の方を押したまま右にシュって』
「どうする、小娘は我のことを知らないだろう。何と言えばよい」
『あー……うーん……』
「案ずるな小娘。この身は傷一つなく返す。しばし使わせてもらうぞ。これでいいか」
『後で絶対何か言われそうだけど……まあいいか』
スマホをズボンの左ポケットに押し込み、壁にもたれかかった身体をゆっくりと持ち上げる。四肢さえ残っていれば魔力の補強でどうとでも動かせる、事実、先ほどの戦いで物理的な外傷が無かったのはかなり良い状況。
ヴリトラが干渉できるのは身体を動かすことが中心であり、五感全てが正しく機能するわけではない。実のところ、今のヴリトラには痛覚が存在していない。
そうなると受けた外傷はヴリトラには問題なくとも、身体をヒサメに返した瞬間のダメージショックが問題になってくる。迂闊に大暴れすることは避けるべき。
「さて、約束だったな。我がお前さんの戦いに邪魔せず、お前さんも我の戦いに邪魔しない。我は守った。お前さんにも守ってもらう」
『いいけど、ルール的に相手を殺すなよ?それさえ守れるんだったらいいや』
「……本当に血の気が無いのだな、我が主は。分かっておる、加減はするとも」
『……一応聞いておくけど、どのくらい?』
右手を水平に向け、手のひらを上に向けて魔力の流れを確認。角から流れた魔力は半身を染め上げ、完全に黒で塗りつぶされた影のような右手にはしっかりと黒みを帯びた紫色の魔力が指先まで血のように張り巡らされていた。
「この不慣れな体でも五厘で十分だ。それに、人と云う生き物は『相手が自分より少し上』と思わせるくらいで全力を出してくれる」
『殺しをしないという縛りがお前にとってどれほど重い物か、俺はよーく分かったぞ』
【いまさら解説:魔力(竜)】
魔力って作品によって枯渇すると命にかかわったり関わらなかったりしますよね。この作品内だと切れると気絶したり神経麻痺したりいろいろあるけど死にはしません。一般的なRPGと同じですね。
ただヴリトラのは別。角の中で生命維持のために循環してるものなので切れたらヴリトラは死にます。血を使ってると考えてもらえれば。
使ってなければ回復もしますが、なにせヴリトラは角だけなのでヒサメにある普通の魔力と違って回復はかなり遅いです。むしろ角だけでどうやって回復してるんだろう。




