#116 第五試合(2)
それは一か月ほど前、ミズキはいつも通りの練習をしていた時だった。
「ふむ……よし、ミズキ。今日からメニューを増やすぞ」
「増やす……って何を増やすんですか?」
「具体的には戦闘パターンじゃな。お主に最も足りていないのは魔力とかよりも経験じゃ。そこを埋めていく」
そう言いながらカリンが取り出したのは一枚の紙、ただしめちゃくちゃ縦に長い。もはや巻物ではないのかと疑うほどの長さだ。
「魔法には属性分けがあるが、魔力を使って攻撃するということは全て共通。そして攻撃手段も無限にあるわけではない。剣にしたり槍にしたり珠にしたり波動にしたりと、かなりの量になるが区分分けが出来る」
「その区分分けを片っ端から俺に叩き込むんですね……まあ慣れっこですけどね。で、その区分っていくつあるんですか」
「ふむ……大雑把に言うと百五十くらいかの」
「………………」
慣れっこなんて言うんじゃなかった。
ムラクモ式戦技戒術、という名前のパターン表は全部で本当に百を超える内容で、そのどれもが内容が違う、本当に奇怪な内容だった。
「ムラクモ式戦技戒術、其の一。相手が武器を持たぬ場合、常に間合いを取ること」
一手目、引き抜いた刀をそのまま突きの姿勢で突進。
二手目、弾かれた刀を拾いに行く前に一度胴に蹴りを入れて隙を作ってから後方に下がり刀を回収。
三手目、相手からの突進を右払いで防ぎ、空中で身動きが取れない状態で胸倉を掴んで逆方向に投げる。
四手目、相手が着地する前に刀を右手に持って突撃、こちらを視認して対策するまでのロスタイムをなるべく減らせるように姿勢を低くして滑り込む。
(相手は全身を魔法防御で固めてるからか刀を素手で弾いてくる、そして雷属性特有の電撃移動、速度負けは許せるとしても捕まれたら危ないのは間違いない。ならば―――)
「『掴んで投げた隙に叩き切る』とあやつなら考えるじゃろうな」
同時刻、実況席の部屋に入るまでの廊下。小型モニターに映し出された映像をカリンはキセルをふかしながら眺めていた。
「……カリンさん、何やってるんですか」
「おや、実況席にはおらんてよいのか?」
「次出るのは俺ですからね。そろそろ行かないといけないんですよ」
実況席のドアを開けてしぶしぶ歩くヒサメ。ラスト二人を連続で相手にするのはさすがに乗り気ではない、というか一人でも乗り気ではない。
「丁度、愛しの教え子の試合中だ。見ておかぬわけにもいくまい」
「愛しの教え子って……その割にはミズキの扱い雑ですよね」
「お主には理解できぬ愛の形が存在するのじゃ」
「いや、さすがに理解するわけにもいきませんよ」
隠喩と少しばかりの棘を含みながら少しだけにやける。実際のところ、確かにカリンが抱いているミズキへの感情はただの従者としてのものではないような気はする。
「今回はあやつが勝つじゃろうな。電撃対電撃、とも見えるが……雷属性には致命的な弱点が一つある。雷属性持ちは電気に強くはないのじゃ」
「電気に強くはない?なのに電気が使えるんですか?」
「属性が雷でも体は所詮蛋白質、全身に魔力の膜を張って身体が帯電するのを日常的に行えて初めて生かせる技能じゃ」
雷を扱えても体が耐えれるわけではない、最悪の場合自分の能力に自分自身が焼かれてしまうのだろう。説明を聞いてみれば随分とピーキーな能力だ。
「いや、それは分かりましたけど……ミズキが有利なんですか?」
「有利も何も、もはや消化試合に等しい。なぜならミズキは―――」
刀で弾くには素手相手は回転率が速すぎる。右手を弾き、同時に迫る左手を柄で弾いてもさらに右手が襲い掛かる。
「こっ、んのぉ……」
「遅い遅い、遅い遅い遅い遅い遅い遅いッ!たかだか鉄の棒きれ一本でどうして防げると思っているんだ!?」
「っるっせぇ!これが、俺の―――」
量て同時に横薙ぎで抑え、体制維持のために後ろに飛ぶ。その瞬間に視界の端で捉えた、右足で踏み込む姿。
まずい、これは首を掴まれる―――。
通常の人間は電流を流し込まれたら全身麻痺、強ければ心臓麻痺で即死だ。同時に脳が焼け、血管が一瞬で傷付き、骨に無数の小さな割れ目を生み出す。臓物が雷光の威力を耐えきることなど不可能。
「はい、おしまいっ」
その少年は、純粋無垢な笑顔だった。
幼い頃、公園で遊ぶ少年たちがこのような顔をしていた。終わりを考えず、その一瞬だけを心に刻みながら楽しさを得る。
思えば俺は、その輪に入れていなかった。いや、入らなかったのだろうか?
思えばそうだ、俺は昔に何をしていた?友達と遊んだことも、皆で食事をしたことも、大人に見つからないように隠れて動き回ったことも、ないというのに―――。
――――――そうか、これは走馬燈なのだ。目の前にした眩しい電流が、俺の脳に死の実感を与えてくれる。
だが、すまない、俺の記憶よ。
俺には、死ぬ前に思い出す記憶なんて無いんだ。
俺の首に少年の左手が触れる。頸動脈に中指を当て、そこから閃光が走った。
「ヴァぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「―――あやつに雷は効かん。そういう体になったからな」
「効かないって……でもあいつ、皮膚とか普通に蛋白質ですよね?」
カリンはその疑問に一瞬口を閉じ、キセルの煙を上へ吹き飛ばすように吐いて言った。
「……ヒサメ。人間に、本物と偽物がいると思うか」
「本物と偽物?生きてるなら全部本物……いや、死んでても本物だけど、偽物って?」
「残念ながらそれは存在する」
カリンはキセルで手すりを軽く叩く。カン、と金属音がフロアに鳴り響いた。
「様々な並行世界で、全ての者たちが一番輝く時空などありえない。何者かが主人公の如く輝けば、他の誰かが脇役のように輝きを失う。そしてそのバランスは一定だ」
「……並行世界?バランス?何を……」
「何者かがある日突然輝きだしたら、輝いていた誰かが輝きを失う。主人公は常に一人、世界という名のストーリーの中で主人公が二人以上いるならば、誰か一人以外は全員敵。お主はこの話をどう受け取る」
こちらに向けられた眼差しは、心の奥底を見定めているような、何を見ているのか分からない目だった。
「えっと、それがミズキにどういう…………」
「お主、人生が急に変わったときはないか?」
その一言を理解するのに三秒、その出来事を脳内に再生するのに二秒。この人は、俺が別世界からの来訪者であることを見抜いている。いや、見抜いているかは分からないが、少なくとも今の俺から見て『前の俺』があることを理解している?
そうだ。俺は季節外れ天候外れの神の気まぐれを食らい、わけもわからぬまま追加の肉体を作らされて走り出すことになった。
「…………それが、何か」
「ッ―――やはりお主か。薄々感づいておったが、まさかこんなに近くにいるとは思わなんだ」
「何がですか、俺が何かしたって言うんですか!」
カリンの鋭い目つきは俺を見ながら俺ではないどこかを見ていて、それに自分自身で気づいたのか溜息を吐きながらモニターに視線を戻した。
「今から一年半と少し前、ミズキは死んだ」
「………………は?」
死んだ。死んだ?ならばアレはなんだ?死霊術か、人体複製か?
「老朽化した壁の修復作業時の落石に巻き込まれた。殺されたわけでもなく、どこにでもあるような事故で死んでしまった」
「なんで……」
「お主、グロテスクな漫画とか読まないか?案外無関係の人が死んだりするだろう、そういう類だ、死んでも世界からすれば何の問題もない存在として死んだ」
既に死んだ、しかしあの体は生きている人間そのものだった。
「あやつが生まれてから即座に『本物』であると妾は確信した。リーダーシップもあり、周囲の人間を束ね、文武両道を貫く優等生だった。しかしとある日、あやつは『偽物』になった」
「!?まさか……」
「きっと、それがお主がこの世に来た瞬間じゃ。バランスは一定、誰かが増えればその分誰かがいなくなる。お主の輝いた人生が始まった瞬間、誰かの輝いた人生が終わりを告げたのじゃ」
言葉が出ない。俺がこの時空に現れただけで、人が一人死んだ?いや、それよりも―――。
「…………じゃあ、アレは何ですか。今のミズキは、何だって言うんですか」
モニターを震える手で指さす。あのまっすぐな瞳をした剣士の少年は誰なんだ。
「ミズキは特殊でな。『偽物』になった瞬間に死ぬ、奴はそういう運命じゃ。だからあれは『本物』にしてある」
「してある…………してあるって、何かしたのか」
「ん?ああ、そうじゃ。その時の妾はよほど悲しくてのう、唯一落石で潰れなかったミズキの脳を取り出して新規の人体生成をしたのじゃ」
そんな、非人道的でファンタジーの領域を侵食するような―――しかし、今までのルールを考えたら実現するし否定はできない。ここが、そういう世界だからだ。
「しかし並行世界のミズキはどれも偽物、器になる代役はどれもすでに死に絶えており、移植先はどこにも存在しなかった。じゃから、全く同じ器に他の遺伝子を混ぜ込んで人工的に『本物』にした」
カリンはモニターを眺める。その映像は黄金色の閃光でほぼ砂嵐状態になっていた。
「あの身体には、彼の先祖と妾の遺伝子が組み込まれている」
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
戦場に響き渡る絶叫。激しい雷鳴と閃光にかき消されることなく、その叫びは響き続ける。
「……ん?」
おかしい、何かがおかしい。
この叫びが十秒前後、なぜこの男はここまで生きている?
「ああああああああああああああああああぁぁぁぁぅぅぅぅぅぅうううううううう!!!!」
「何っ!?」
「うううううううぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおらァっ!!!!!!!」
雷鳴を轟かせるその閃光を纏ったまま、握った拳が少年の左頬に鈍い音を立てて埋まる。
「はぁ……ハァ……いってぇ、めちゃくちゃ痛いな……」
「なん、な、なんで……」
周囲に舞う土煙を払い、ミズキは両手を開く。末端神経異常なし、やはりこの相手は最適解だったという訳だろう。
地面に落とした刀を拾い上げ、口角を上げて先ほど殴り飛ばした少年に指差し、にやり顔で口を開く。
「……悪いな、そいつじゃ、俺は倒せねえぜ」
「なんだよ、じゃあアイツは……アイツは、人造人間なのか!?」
「そうとも。本人は気づいておらんが、幼少期の記憶が断片的にしかないのはその代償じゃ。その代わりと言っては何だが、あの身体には妾すら見とれた剣技が眠っておる」
だが、今の話だと辻褄が合わない。人体複製は数百歩譲って良いとしても、その生まれ変わった身体が『本物』だとしたらバランスが崩れるのではないのか?
「蛋白質の人形に本物も偽物もあるまい」
カリンはキセルを吸い、こちらの心を見透かしながらため息交じりに長く煙を吐いた。
「……あやつの先祖、妾の友人であるあの身体は『電気に強い』。年に五百の雷が降る山で生まれたあの者は、生まれながらにして極度の雷耐性を手に入れた。まあ、痛みはするから有用かと問われれば判断しにくい能力だ」
「電気に、強い……」
ゆっくりと視線をモニターに向ける。ほとばしる雷光の中、殴り飛ばされた少年が数回転がって起き上がる場面だった。
「本質はそれだけではない、あの者の身体は雷鳴を浴びすぎたが為に体内の血管のほとんどが炭化しておる。受けた雷を体内を通して逆放射、さらには貯蓄して全身の神経に流し、瞬発的な筋肉強化すら可能にする超高純度の電熱線を体内に生成している」
「じゃあ、今のは……」
「あの身体の魔力の受け皿があまり大きくないが故にあまり期待はできぬが、今の電撃はミズキに充電された、吸収して強化したと言っても過言ではなかろう」
「たかが痛み程度だ、気絶はせども死にはしない。それが俺、属性基本理念の輪から外れた異端者だ」
「何だ…………」
今まで見てきた中で自分の魔法は自分に当たらないように細工する奴は見て来た。しかしこれは違う、『相手のものを無効化できている』。
「……何者なんだ、特殊属性持ちか!?」
「いや?俺は雷属性、詳しく言うと……俺の師匠によれば『雷を帯びやすい無属性』らしい」
無属性に属性ごとへの偏り?確かに四大属性の合わせ技であるものなら何かの属性が割合的に偏ることはあるだろう。しかしそれは合わせて無属性を生み出す際の方法だ、最初から偏りがある魔法属性なんて―――。
ここで一つ、タングスは一つの仮説に辿り着く。魔法というものはこの時代で絶賛研究中、半分以上が摩訶不思議で包まれている。つまりはどんなイレギュラーが発生しても『そういうもの』として納得するほかないのだ。
「……属性じゃない、のか?……そもそもその耐性は、魔法耐性ではなく―――」
「『特異』?」
カリンの口からは聞きなれない単語が急に飛び出した。
「俗に言う異能力じゃ。魔法が一般化する前、ごく一部の人間が異能を持ったまま生まれていた。そしてそのうちの一人が、この世界をこんなようにしてしまったのだ」
「こんな風にしたって……前は違ったんですか」
「近代的な文明都市は少なくとも乱立しておった。妾もその時代に一度は適応した身、お主の魔導書も容易く使えよう」
そう言いながらパーカーの左ポケットに入れてあったスマホを勝手に抜き取られ、電源ボタンを押すなり一瞬で指紋認証を突破されてしまった。
「この時代なら指紋偽装も簡単にできる、このロック方法はあまりお勧めせんぞ」
「えぇ……で、その特異ってのが世界を滅茶苦茶にしたんですか?見た感じはあまり……」
「…………お主は馬鹿か?魔法なんてものが存在する世界に滅茶苦茶以外の形容動詞が付けれると思うか」
言われて確かに疑問だ。魔法とは神秘、すなわち『よくわからないもの』。それが一般化している世界などよく分からない世界としか言いようがない。
この世界に魔法が存在していて、でもその最初は分からない。魔法は誰が生んだのか、それは別の力で魔法という概念そのものを生み出した、ということだろうか。
「ミズキの先祖が生きていた時代は、その『特異』が広がっていた時代の身体じゃ」
「つまりミズキの先祖には『雷を防ぐ異能』持ちが存在していて、その異能が偶然発動している、と」
「あやつの特異は『雷抗』、雷撃ならば何をされても体は傷つかず、微量ながら貯蓄もできる。よってアレは体質でも魔法でも属性でもなく、時代外れの隠れた異能じゃな」
いくら死ななくても痛いものは痛い、なぜ死なないのかは知らないが知ったところで意味もない。そこに興味なんて微塵も存在しないから。
「なかなか良いもんを貰った分お返しはキッチリさせてもらうぜ、二割増しでなッ!!!」
前から魔法は得意ではない。フォークの先に魔力を流し始めた時から自分に向いてないことは直感的に理解していた。だが、これを扱えなければ歯が立たない連中がいる。
ならば、意地でも使いこなさなければ従者として失格だ。必要な努力は惜しまず、必要な技能は余すところなく吸収する。剣技をカリンから習い、無刀挌闘術をルリアから習い、魔法の知識と運用についてジルオやイザベラから聞き、そして対魔術戦闘訓練としてギルドメンバーと一人ずつ実践練習をした。
一日で勝てない相手は何日も挑み、練習を受け付けてくれなかった何名かを除いて全員と戦った。接近戦の肉弾勝負から対遠距離戦闘など、余すところなくびっちりと。
その毎日を繰り返したことにより魔力量は日に日に増え、ルリア直伝の体術もある程度実践可能な筋力も身に付いた。それでも魔力は年齢平均より少し上程度、才能の壁にはかなわない。
だから、剣技でその差を埋めるのだ。同じ土俵で足りないのなら継ぎはぎでもその上へ。それが、純粋な強さに植えた俺の結論だ。
「フゥー…………、七色雷刀【蒼】」
刀を前に構えてから両手で持ち、一度深呼吸してから発動。柄が一瞬だけ青色に光り、その光は瞬く間に刀身へと広がる。夜明けの澄んだ空のような、深く蒼い電光が目の前で音を立てながら弾けていた。
「…………青色の、雷……」
「雷刀を使わなくても出せるのか、これは驚き。……っし、行くぞ」
その会話も目の前で弾ける雷光の音でかき消されていた。試合に言葉は不要、死合に情けなど無用。ただ一瞬の時間で何回もの死線をくぐり抜ける、そのために剣を振る。
「はァっッ!!!」
―――0.1秒。
血管に変わって置き換えられた黒炭血液回路は刀の電気を一瞬だけ吸い込み、凄まじい伝達速度で脚部の筋力超強化。そのまま刀を構えて正面に飛ぶ。
―――0.2秒。
勢いを右足で殺しながら回転するように胸部上方、鎖骨の下あたりを左からの横斬り。前へ進む力だけを抑えながら腹筋周辺をもう一度横斬り。
―――0.3秒
この段階で相手はこちらが迫っていることに反応する。横回転の勢いを左足で強く踏み込んで止め、右足股関節から鎖骨に向かって上向きにアッパースライス。
―――0.4秒。
ここで痛覚が脳へ情報伝達を開始、相手の顔が徐々に歪み始めるがそのころにはもう遅い。手首を180度回し、斬り上げた刀を上から左足股関節に向かって撫でるように払い斬り。
―――0.5秒。
二撃目の横斬りと三、四撃目の交点である腹部中央に切先を突き刺し、そこで初めて刀に纏わせた蒼い電が剣を伝って傷口へ流れ込む。
正面が防がれるのならば裏から叩くまで、裏でも防がれるのならば中に流し込むまで。いくら魔法が上達してもその器は所詮蛋白質、超エネルギーの電流相手には防ぐすべなどありもしないのだ。
「『蒼天』」
それは一瞬、静電気のような小さな音が鳴るだけだった。派手な見た目とは裏腹に実際は小規模、それでいて確実に息の根を止めることに特化された暗殺術のような技だった。
タングスはその細く鋭い雷針に一点を突かれ、目を開いたまま後ろに倒れた。四肢から指の末端まで何一つ微動だにしない、完全麻痺をその身に受けて。
『おおう、一瞬の出来事で実況が追い付かねェ!一発ノックアウト、勝者とかとりあえずそういうのいいから早く救急班は搬送だ!』
「さてと、ほいっ」
どうやら外野で何やら起こっているらしいがひとまずはこちらが優先だ。タングスの心臓少し下、肋骨の間に刀の柄を置いて少し衝撃を加える。
「!?ぼっ、げっ、げほっ……」
「おーし、起きた起きた。これ失敗すると俺が失格扱いになるからな、やっぱり心臓麻痺は迂闊にやるもんじゃねえ。心肺は麻痺切ったが四肢は念のためそのままだ、どうせ数分で効果は切れるから心配すんな」
七色雷刀【蒼】とは、説明によるとどうやら『相手に与えた傷の数に応じて魔法威力が上昇する魔法』らしく、しかも傷の形に指定があるという謎の縛り技。
『蒼天』は【蒼】《あお》で出せる数少ない技(数は少ないらしいが何個あるのかは不明)の一つで、「天」の字は画数が少ないから使いやすく失敗しにくい。
ただ、実のところ七色雷刀自体の魔力消費が大きすぎて使いやすさなど気にできるような簡単な技ではないのが難点。【蒼】も「これ以上画数を増やすのならばまず魔力量を上げねばならんな」と姫様に言われている。
「…………手、抜いた?」
ぼそりと呟く少年の言葉に、自分も味わったことのある感情が読み取れた。悔しさと憎しみ、力が足りなかった後悔と努力を怠った自分への怒りの声だ。
「手はあんまり抜いてない。ただ武器が違うな、普段ならもっと軽い刀を使ってる」
いつもよりも重くて振りにくかった分、成功するとは思っていなかった大技まで発動出来るこの刀。軽量化や材質補助など少しずつ調整をすればかなりの業物になる確信がある。
「そっか…………悔しいなぁ」
「これで分かっただろ?魔法は『手段』なんだ。それが通用しないときも、逆手に取られることもある。だから武器はたくさん持っておく。そうすればその数だけ戦えるって事だからな」
タングスは刀の刃毀れを太陽に透かしながら確認するミズキを見て、何を思ったのかぽつりと呟いた。
「ねえ、短剣の強い人って知らない?」
「短剣?何でまた」
「我が家に伝わる宝剣があるんだ。今までは気にもしてなかったけど……使えるようになっておきたくて」
「……俺の師匠に聞いてくれ、あの人なら武器である限り何でも使えるはずだ。ただ……鬼教官なんて比じゃないぞ?」
「ふむ……七十八秒、帰ったら二百回ほど腕立てでもさせるか」
「に、二百って……」
「はて、お主はそろそろ行かねばならぬのではないか?相手側はもう準備が始まっているようだが」
「うおおおおおおやっべぇどうやって行くんだあの闘技場!?どこかに転送陣が、いやもうルリアさんに聞いた方が早いな!」
先ほどから映像を眺めてばっかりで気が付いていなかったがあの闘技場は被害を最小限に抑えるために上空にあるんだった。ならばどこかに転送魔法陣とか気球とかあるはず―――。
「ちと待てい」
「ヴェっ」
何の前触れもなく逆方向にパーカーのフードを引っ張られて首が閉まり変な声を出してしまった。
「な、なんですか急に……」
「お主に助言をくれてやろう。このまま戦えば泥仕合間違いなしであろうからな」
「助言って何を元に……」
そこでカリンが発した言葉は、スマホの中に内蔵された一つの魔法について的確に使い方を説明するものであった。名前、使用方法、効果、使用限度まで一言一句、まるでゲームの攻略本を片手に喋っているような
「……それを使えば勝てるであろう。五秒もせずとも葬れる」
「いや、葬る気はないですけど……なるほど、使ってみます」
ヒサメは軽く礼をしてそのまま廊下を一直線に走る。ルリアの情報によれば王城ベランダ外側の特等席にルイラがいるので送ってもらえとの事だった。
『我が主よ、聞こえているか』
脳内でヴリトラの声が響く。
「どうした?」
『先ほどの女狐が言っていた魔法を使うのか?話だけ聞けば魔力の消費も身体的負担も尋常ではないぞ』
「でもそれだけ強力って事だろ?七戦目はヴリトラがやってくれ、その代わりに六戦目は俺だけで戦う。お互いに余計な干渉は無しだ、それでいいだろ?」
『良い。我の番までその身体、傷無く残してもらおうか』
しんと静まり返った廊下で誰もいない闘技場を映すモニターを眺めながらカリンは呟く。
「……まさかあの魔法が入っているとは思わなんだ。二十一世紀の技術は本当にオーバーテクノロジーであったのぅ……」
彼女は一人でキセルをふかす。吐き出すなりすぐさま空気に溶けて見えなくなった煙は、彼女に何かを思い出させたのか、それを見て少しだけ顔をしかめたのだった。
一か月もお休みしてしまい誠に申し訳ございませんでした……。
友人の同人誌を手伝ってたり追試を受けてたりスマブラしてたらこうなりました。いや、遊んでたわけじゃないですよ。多分。
あとは書き直しを三回くらいしてました。過去の意味わかんない設定のせいで6000字ほどがゴミ箱送りとなりましたね。Ver 1.1を書いた時の俺を殴り倒したい。
とにかく長いことお休みしててすみませんでした、年内までにはなんとかヒサメの出番が……あるといいなぁ……。
【いまさらじゃない解説:特異】
魔法とは何も関係が無いパッシブスキル、漫画でよく見る異能力的なアレです。
ただ、この作品だとこれを備えてる人はメインキャラだとミズキとカリン以外にいないので覚える必要はないだろうし、私も結構適当な設定にしています。
なぜ急にこんな新要素が出てきたのかは彼の遠い遠い先代の理由があるのですが、語る尺も無ければ語る時間もない、という訳でボツです。南無。




