#8 夜明け
「……これ何時間お祭りムードやるんだ……」
「多分全員疲れて寝るまで。それか日が昇ったら落ち着くわよ」
レイラはジョッキに赤い謎の泡が出る液体を注いでいる。今はアジト内の食堂のカウンター席、勝利記念で打ち上げらしい。―――まあ、打ち上げと言うかほぼ宴会だ。
しっかりとした回想を踏まえると大体5分くらい前、帰って早々ルリアが食堂のテーブルに乗って酒を持って叫び出したのだ。
「みんなグラスは持ったかーっ!!!」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「うぇおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
「本日を以て我々の目標はすべて終了!今までご苦労でした!これからもギルドとして残り続けるのでこれからもどうぞ!それじゃあ皆の者!せーのっ!」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「お疲れ様でしたあああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
そして宴会が始まってからただ今5分。完全に部屋の中はお祝いムードでどんちゃん騒ぎ、どこもかしこも大騒ぎでもはや叫び声に近く、至近距離の会話すら聞き取りにくい。
「てかその赤いヤバそうな飲み物は何だ……無害なのかそれ?」
「基本的には無害。アルコール度数が異常に高いだけで。お前も飲むか新人?」
背後でいきなり声がしたと思った直後に肩を叩かれて背筋が伸びる。
「ぉわっ!?グランツさん!?」
「今日はお疲れ、あのムチャ振りはよくやったと思うよ」
こちらに声を掛けながらグランツは右側に座った。どうやら既に注文していたらしく、レイラが注いでいた赤いジョッキを座ってすぐに手に取る。
「え、あ、はい……でもあれ元は……」
「ルリアの判断だろ?じゃなきゃマジギレする奴が何人か出るぞ」
「一回あれ私もやらされたわ。それっきり後方支援だけど。はい」
レイラが紅い液体に泡を追加で注いでグランツの目の前に出す。なんか、こう、見た感じだと強炭酸の液体にそのまま色素をブチ込みましたと言い張れるような見事な赤色。
「そうそうこれこれ、これ高いんだぞー」
「ルリアさんの指示で全品無料してるからって一番高いのを頼むとかほんと腹立つわ」
「止してくれレイラちゃん、これ滅多に飲めないんだぜ?」
「無料だから高いものを頼むってのは店的にムカッとくるので」
「店的にって言っても仕入れの金とかは俺達の会費だしなぁ……」
「……なあルイラ、これって何が……すごい……ん……?」
開いた口が塞がらないまま振り向くとそれを一気飲みするグランツ。そしてジョッキの中身が無くなると同時にグランツは椅子を後ろに倒して視界からフェードアウトした。
「分かった?その飲み物……もといその酒は度数がヤバいのよ」
「ちょっ、ちょっ!あれマジで飲んで大丈夫な奴なの!?今、今倒れたぞ!?」
「亜人種はいろいろと強いから大丈夫よ。そう簡単に死なないわ」
「なんで飲んだ瞬間から死ぬかどうかの判断基準なんだよ!?」
でも商品としておいてあるのだから一応の安全基準は満たしているのだろうな、と考えを押し込む。
「ん?そういえばレイラって……」
「純粋な人間よ。ルイラもちゃんとした人間」
「じゃあなんでこんなとこに……」
少々言葉に詰まり、レイラは磨いたグラスに何かを注ぎ、それを飲みながら語る。
「私とルイラは他の国からの流れ者。この国に入った時にちょっとトラブルがあってね、それをルリアさんに助けてもらった。それ以来ここにいるの。ルリアさんは自分の事を語ろうとしないからわからないけど、生まれが何も関係ないのにこんなに亜人種の味方するってことは何かあったんでしょうね」
「レイラ…………その注いでるの何?」
さっきから全然話が頭に入って来ずに、飲んでいる物が何か気になっていた。
見た目がどう考えても金色で、注いだそばから白い泡を上部に生み出すそれは、どう見てもアルコール発泡酒のそれである。
「これ?普通に酒だけど」
「いやいやいやレイラ何歳!?その年で飲んでいいのか!?」
「その年って……私17よ?ルイラとは2歳差」
「いや17って……その……あっ」
「何?」
「いや……なんでもない」
そうだ、頭に擦りこまれていた。異世界だと必ずしも飲酒制限が18からってわけじゃない。すっかり日本式の頭で考えていた、もはや常識も何も通用しない世界なんだから全てを受け入れる覚悟で生活せねば。
「酒って一体いくつから飲めるんだ……?」
「12から。本人の自己責任って事になるけど」
「むしろ自己責任ってことでいいのか……雑じゃない……?」
「それは私に言われても……あ、一番雑な奴が来たわよ」
へ、と言いながらレイラの視線に合わせて振り向いた途端に横に誰かが座る。
「お姉ちゃん、朱液特大ジョッキとニューミー1セット」
「本来ならあなたが注文受ける側でしょ」
「今日は疲れたから……後片付けやるからお願い……」
「困った妹を持ったものだわ、全く」
そう言いながらもレイラはあの赤い飲み物をバカデカイジョッキに注いでいく。呆れながらもやってくれるあたりが姉妹の信頼とかそんなんなのだろう。
生憎俺は一人っ子なのでそんな精神は何一つ生まれなかったのだが。
「……いやルイラそれ飲んで大丈夫なのか!?それグランツさんが倒れたやつだぞ!?」
そう、気が付いてなかったがさっきルイラが椅子に座った時点でグランツは気を失っていた。それほどまでにキツイアルコールなのだろうか。
そしてその声を聞かずに出された物を右手で持って一気飲み。
「っぷはーっぁ!これですよこれ!この頭にガツンと来る感じ!」
「あの、レイラ……もしかして……」
「ルイラは信じられないくらいアルコール耐性高いのよ」
レイラはカウンターに肘を立てて顔を抑える。いや、確かに妹にこんな表情見せられたらなんて反応したらいいのか分からなくなるだろう。CMに出てもいいくらい良い飲みっぷりしてたらなおさら。
「よくそんなキツイやつ飲めるわね……はいニューミー」
皿で出された何本かの黄色い細い棒のようなものをルイラはつまんで食べる。
「……それは?」
「『ニューミー』って言って、肉のすり身を乳成分で覆ったもの。結構有名なつまみよ」
ああ、なるほど。乳と肉でニューミーか。合っているかは知らないけど名前からしてなんかそんな気がする。
「いい加減あなたも何か頼んだら?」
「あ、ああ……でも俺酒飲めねえしな……」
子供の頃に水と勘違いしてラベルの貼ってない透明な液体のペットボトルを一気飲みした記憶が蘇る。後から知ったが親父の焼酎だったらしい。
そのころにとてつもない程のアルコール拒絶反応が起きた。今でも消毒液で肌が赤くなるほどだ、匂いならまだしも液体だとかなりつらい。
「じゃああれならいいんじゃないですか?『シグマックス』」
でかいジョッキを持ちながらルイラが片手間に教えてくる。
「とは?」
「えーっと……正式名称は『シグマトロイド・マックスブースト』。略して∑AXと呼ばれるわ。そこらへんで缶で売ってるエネルギー飲料よ。ここで水以外に唯一売ってる酒以外の飲み物とも言えるわね」
「ほう、じゃあそれで」
エネルギー飲料。缶で売ってるってことはつまりアレだ。〇ンスターエナジーとかレッ〇ブルみたいなやつだろう。
……いや、そうだろうな。見た感じすっごい黄色の見た目してるのは分かる。いやそれよりも分からないのは―――。
「……あの、レイラさん?なんで缶で飲む物をジョッキに入れてるんですか?」
「え?これくらい飲むでしょ?」
こちらの意見を聞かずに出てきたのは見た目1.5Lくらいのジョッキに並々と注がれたエナドリのようなもの。発泡酒とは違う、完全に炭酸飲料の匂いと見た目。
(いや、これいけるのか!?カフェイン中毒とかで死なない!?)
ボソッとルイラが言ってた話ではこれに入っている『シグマトロイド』とやらが眠気を吹き飛ばすらしい。つまりカフェイン。そして現代日本で売っている平均的なエナドリの量は大体350ccくらい。そしてカフェイン中毒の死亡患者のエナドリ摂取量は平均24時間以内に2』。
(このままだとエナドリ約5本分を一気飲みすることになるんだが……?)
「ほーら、早く飲まないと泡抜けちゃうわよー?」
レイラに煽られて火が付いた。もうこうなりゃとことんやってやる、二度目の人生初日からヤケクソだ。そもそも転生初日でいきなり王城襲撃なんて散々だ、今更何をしたってノリでどうにかなる。
「っしゃおらあああああああああああああああ!!!!!!!!!」
「おー、いったいった」
「あれ、お姉ちゃんあの∑AXどのシリーズ?黄色いやつは危ないよ?」
「え?なんかサーバーにセットされてる奴を出したけど……」
「あ、それ私が入れた奴だから黄色。徹夜用を圧縮してあるやつだよ?」
「えっ」
なんかそんな会話が聞こえた気がするが、それをしっかり聞き取って頭に保管しておく機能が働くほど意識が残っていなかった。
それから何時間だろうか。カウンターで突っ伏して寝てしまっていた。
周囲は誰もが死体のように転がって寝ている。結局朝が来るまで騒ぎ続けたんだろうなと思える人もいることがなんとなくわかる。
「あ、起きちゃった?朝2時、そんな早起きしなくてもいいのに」
グランツが座っていた椅子にはなぜかルリアが座っていた。頭に寝癖が無いのと目のくまを見た感じだと一睡もしていないもかもしれない。
寝ぼけてて時間が分かりにくいが、日が昇ってから0時だから朝7時頃だろう。
「いえ、前にいた場所がこの時間ぐらいに起きないと間に合わなくて。癖で起きちゃうんですよ」
「大変なとこなんだねぇ。私はこうやって毎朝起きてホットミルク飲んでから動くからさ」
「へえー……ってルリアさん寝てるんですか!?」
「いや?寝てないよ?結局騒いで夜明かしちゃったからね」
ルリアはミルクを飲み終わったのか、コップをカウンターに置いて窓へ向かう。
「それで大丈夫なんですか!?」
「大丈夫大丈夫。なんでか知らないけど睡眠時間は一週間に3分で足りるから」
「3分って……」
「亜人種には夜行性もいるからね。皆と色んなことしてたら寝ている暇なんて無いんだ」
窓を開けながらルリアはこちらを振り向いて笑顔で言う。寝ぼけた頭でぼんやりと理解した、この人は努力と信頼で人を集めてるんだなということが分かる。
そして、その信頼は今までの蓄積によって積み上げられたことということも。
「あ、そういえば聞くの忘れてたんだけど……ここ、楽しい?」
「むしろそれいつ聞こうと思ってたんですか……楽しいです」
「そっか!うん、ならよかった!」
「……そこまで満面の笑みされると何とも困るんですが」
「楽しくないところに長居するのも苦痛でしょ?ここの雰囲気が楽しめるんだったらそれでいいんだ」
少しの沈黙の後に、どうしようもない笑い声がうっかり喉から出てきた。見せかけなどではない、ちゃんとした笑い声なんて、自分でも聞いたことが無いような―――。
「さて、昨日のアレが初任務ってのもね。一応ちゃんと任務はあるよ、国外調査だけど」
「国境周辺甘くなった途端にこれですか……はいはい、見せてくださいよ」
もしこれから異世界に転生するだろうって人には伝えておこう。
きっと剣や杖や弓など、いろんな武器があると思うがスマホだけは止めておけ。スマホだったら武器にも盾にも使えないし、きっと電波も無いから。
それに、スマホ押したら岩が降ってくるような、スマホと無関係な能力も嫌だろ?
「さて、じゃあ支度してね!これ3時出発予定だから!」
「1時間後ですけど!?やべえ!ルイラ起きろー!起きてくれー!」
人種混合自衛ギルドアルゴノーツ、本日も通常運転也。




