#114 第四試合(2)
「いや、お騒がせしました」
数分後、麻袋に詰められた白い粉末をイザベラは吐瀉物のあった場所に満遍なく撒き散らす。本人はどういう手段を使ったのかもう酔っている症状は見られない。
「……それは何を?」
「臭い消しです。必要だと思いますよ」
うん、それは確かに否定できない。闘技場の一部分から酸っぱいにおいがするのは確かに嫌だ。それ以外の問題もありそうだが考えるだけ野暮かもしれない。
「さて、仕切り直して第四試合、アルゴノーツ工房班魔術錬金担当、イザベラです。どうぞお見知りおきを」
黒い六角柱をくるくる体の後ろで回しながら自己紹介。吐いたことを本当になかったことにしようとしている感じの白々しさが見え隠れしている。
「……まあいい。私は―――」
「あ、そちらの自己紹介は別にいいですよ」
余計なものはいらないとばかりに手のひらを見せて制止。そして―――。
「―――聞く気もないんで」
一瞬で先ほどまでののほほんとしていた表情は一転、目を見開いて六角柱の先端を相手に向ける。
「『狙撃』」
漆塗りのような黒い光沢を放つ六角柱は持ち手の部分が一瞬光ったと思うと、先端から黒紫の魔弾を発射。ただの黒い棒の先端から一瞬で球を発射できるということは魔法だろう、あの棒には銃のような発射機構どころか弾倉もない。
「ふんッ!」
だが、さすがは騎士、不意打ちの魔弾を正面から振り下ろしで叩き割る。斬られた魔弾は分裂して後方に飛んでいき、闘技場の壁にぶつかって爆発した。
「無詠唱で硬化魔弾に爆裂付与、一瞬であの魔法を構築するとは……少なくとも一回の魔法使いではないようだな」
後方確認して威力の高さを感じるグラシア。魔弾自体の威力に加えて爆裂のダメージ、直接当たれば一発でも場所によっては致命傷になりかねない威力だろう。顔が引きつったまま前を―――。
「さて、あなたは全部避け切れるでしょーか!」
その黒い六角柱は、全体が紫色に発光していた。先ほどの魔弾が手持ち部分だけ一瞬光って一発出たということは。もしや―――。
「……連射、できるのか」
「はーい、プレイボーッル!!!!!」
楽しそうな掛け声とともに黒柱からはピッチングマシンのごとく発射される紫の魔弾。マシンガンのように止まることのない雨のような弾幕が前方から襲い掛かる。
「ッ!……ぬううううぅぅッ!!!」
(状態付与まで使用する魔弾を連射するなど到底考えられん、魔力消費が大きすぎる!よほど素質に恵まれているのか、鍛錬で底上げしたのか……あの武器もそうだ、あんなに魔法の同時処理をしているのに一向に不発が起こらない、なんて魔力伝導率が高い素材だ―――)
いくら雨のように降り注いでも射撃には若干のブレが存在する。グラシアは今の自分の立ち位置で被弾する部分だけを一瞬で見極め、頭と四肢を守るように魔弾を斬って受け流していく。
(クソっ、このままでは……まずい!)
しかし武器は両手剣一本、防ぐ速度に限界がある。ましてや俊敏に動かすことは適わない鋼の剣。腕にも体にも負担が大きすぎる。
まずい、このコースは、間違いなく、当たる―――。
イザベラが連射を始めてから約五秒、着弾点が爆風に包まれて土煙で何も見えなくなっていた。
「ふぅー……百四十発くらいかな?あの剣でそこまで避けられるとは思ってなかったな」
やることがなくなったので土煙を外に追い出すように風魔法を右手に押し込んで、扇のように仰ぐと―――。
「……うーん、まだ終わってなさそう」
ボコボコに変形した地面の中央、灰色の繭のようなものがそこに存在していた。中から切り裂くように両手剣が飛び出し、そのまま下に振り下ろして繭をこじ開ける。
「……なかなか痺れる威力だったぞ。だが、私の糸は貫けなかったようだな」
「さすがは鉄糸の騎士、まるでワイヤーだね」
イザベラは瞬時に考察。アレは比喩とかではなく本当に鉄の糸なのかもしれない。だが、そうすると伸縮性などの疑問点が浮かび上がる。あの硬度を保ったまま糸のように自由に扱える金属は存在するのか?
「うん、なかなか興味深いですね」
「次はこちらから行かせてもらう、はッ!」
グラシアの右手から糸が射出される。それはイザベラの右を通過して反対側の壁に突き刺さった。なるほど、発動と同時に手のひらから生成されるようだ。
「ふんッ!」
そしてグラシアの右手が糸を引いた瞬間、反対側の糸の先端に引き寄せられるようにグラシアは空中を平行移動した。
「グラップリングフック!伸縮性と強靭さの合わせ技……意外に汎用性が高そうです」
見た感じだとどの性質も持たない独立した性能、つまりは特殊属性の一つだろう。特異を煮詰めた魔法の異端児、その一人。
魔法を極めて無属性の先にたどり着いた者も、生まれつきその魔法しか使えないものも等しく「努力」をする。それが特殊属性だからだ。教科書なんて信用するだけ無駄な労力、誰にも教えられる教わることもできない、だからこそ特殊。
「これぞ我が鉄糸の魔法、打ち破れるか!」
考え事をしている間に闘技場には天井が無数の糸が張り巡らされていた。移動したら巻き取るのではなくその場に固定できる、そして足場として活用もできる。トリッキーながら自他ともに戦いの盤面を調整できるいい魔法だ。
「ああ、なんて、なんて―――」
鉄糸の伸縮性を生かして勢いをつけ、上空からの奇襲をかけるグラシア。それを―――。
「―――なんて安っぽい努力。力線操定」
イザベラは指一本触れることなく、どころか背後も上空も振り返ることもなくグラシアを地面に叩きつけた。正確にはグラシアが、落ちた。
「なっ、がぁ……!?」
身体が持ち上がらない、体を水平にしか動かせない。まるで、地面に体を打ち付けられているような感覚。
「あなたはさながら『糸属性』、他の誰かに教えてもらうこともできずに独学でさぞ頑張ったことでしょう。しかし―――」
イザベラはくるりと振り向き、地面でのたうち回るグラシアを見下す。そこには優しさなどなく、冷酷と残忍を秘めた冷たい視線。
「独自技能ゆえに、差が付きやすい物でもあります。私のこの、特殊属性のように」
イザベラは自分自身の能力が強大なことを知っている。その能力で国一つ滅ぼすことも難しくないことも。それでも彼女がそうしないのは『努力を知っているから』。
「相手の魔法圏内に入ってはいけない、入ることになるならばその前に様子見をする。魔法教育の基本です、覚えておくように。何ごとも知識と努力ですよ」
説教のような、講座のようなことを一通り語った後、イザベラは何もなかったかのように仕切り直して麻袋をどこからともなく取り出す。
「それはそうとして。これはなんでしょう!二秒以内にどうぞ!」
「えっ?あっ、あー……」
「ハイ時間切れ。正解は炭と硫黄を混ぜたものです」
そう言われてもこの時代ではよく分からないもの。中に入っているものは本当にその通り、木炭と硫黄が詰まった麻袋。
「詳しく言えば、これに硝石を混ぜることによって爆薬が作れます。数千年前の人類も面白いもの思いつきますよね」
「しょ……硝石?とは?」
「正式名は硝酸カリウム。酸化剤と言って酸素を供給するもの、あまり効果はないけど臭い消しとかにも使えたりする白いものです」
あまり効果はない、の部分が若干引っかかるがつまりは用途がいくつかある白い物なのだろう。
…………白い物?臭い消し?それは―――
「お分かりですか?それではごきげんよう」
乱雑に麻袋を振り回して中に入っている粉末をまき散らす。そしてこの倒れている場所は、先ほど臭い消しを撒いていた場所!
「……ああ。一つ、嘘を言ってました」
「……嘘?」
「私は別に酒には弱くありません。あえて度数の高い酒を『消化せずに』吐きました』」
つまりこの場には、胃液でも落としきれなかったアルコール分が残っている。
「この試合も、新たな努力の第一歩とならんことを」
「待っ―――」
そしてイザベラは一つだけ魔法を使った。火属性の初級魔法、ヒサメも扱える、火の玉を出すだけの魔法。その火の玉は一直線に進み、地面に落ちるとともに大きな音とカメラが機能しなくなるほどの黒い煙を吹きだした。
「うーん……煙が多すぎて実用には程遠かった、か。文献通りなのが悲しいところですね」
「すっげぇ……なんだあれ、黒色火薬?」
「え、火薬って名称があるの?」
「なんかの漫画で読んだことありますよ、硝石と木炭と……偶然で作れるものじゃないんですけど……」
「イザベラのことだから昔のそういう文献を読んだんだろうね」
俺のいたころはそういうの調べると誰かが真似したらいけないからってホームページに規制とかあったなあ、と思いながらスマホを眺める。いつのまにかグラフの数値などは元に戻っていた。
「……あのジャミングってどうやったんですかね?」
「ここで言っちゃうとギルドが問題視されるのでパス」
苦笑いしながら手を横に振るルリアを見て、犯人が分かったような気がした。
自分自身で展開考えてなくて焦りました。先を見すぎて足元が疎かになっているいい例です。
次回はまた土日更新だと思います。学科試験まだ続いてるし、なによりアビーちゃんが出なくて心がしんどいので。
課金をするときは、文字通り断腸の思いで挑むのが一番だと思います。




