#105 昼食
ここで、しばらく前から謎の単語として登場している午後の内容について解説しよう。
居椅取り、それは単なる権力の奪い合いである。
自分の席と相手の席を賭け、挑戦者が勝てばその席次を奪うことが出来る。
上位の者が下位の者の席次を奪った場合、負けた側を離席させて空席にするか、自分が推薦する人を入れる権利を与えられる。
下位の者が上位の者の席次を奪った場合、負けた上位の席次を奪い取り、自分がいた席次を空席に、または自分が推薦する人を入れる権利を与えられる。
基本的に部外者などに利益は無く、ただの観戦目的で映像配信が用意されている。(※補足1)
ここまでを要約すると、要するに『勝ったら相手を追い出せる』と考えればよい。
ここからが厄介な話。もし『一人に対して複数の出席者が挑戦を挑むとどうなるのか』。
前回まではすべて一人で全員を戦い抜く仕様だったが、今回から『さすがに疲れを癒す時間もないのにトップランカーと連戦は無理でしょ』と第一席が言ったため、特別制度として代理システムを使うことが出来るようになった。(※補足2)
代理が使用できるのは『全体の挑戦人数のうち四半数』。つまり25%、少数切り上げ。
一応代理が勝っても相手の席次は奪い取ることができ、代理が負けても席次は失う。ハイリスクハイリターンな他力本願制度だ。
魔法道具、遠距離武器、異端魔術、死霊魔術など全般使用可。ただし自分で制御できる範囲であることと、相手を殺してしまうと問答無用で失格。(※補足3)
これらのルールに則り、居椅取りは行われるのだ。
(※補足1)一説によると『賭けのために設置された』とも言われているが真偽は不明。
(※補足2)この理由は、前回の開催時に第一席が二名を除くほぼ全員に挑戦をされたからである。尚、その時の試合は『さすがに皆いなくなっちゃうのはまずいから席次はそのままでいいよ』と本人が言っている。
(※補足3)制御が出来なくなり暴走して対戦相手以外の怪我及び被害が出た場合は負けとなる。
「はぐっ、あぐっ、うむっ、うん、おいしいです!水っぽくて甘さもあって!」
「瑞々しいと言え、梨食って出る感想がそれかよ」
正確には梨のような何か、なのだろう。形や色、匂いはとてもそれに近いが含まれている水分が桁違いすぎる。絞ったらコップ一杯は水が出てきそうな勢いだ。
ここは王城一階、だだっ広いメインロビーにどう考えても人数に合わないテーブルの量と食い切ることを考えられていない山盛りの食材。
午後になる前に食事をしろということなのだろうが、さすがにこの量は食ったら腹が痛くなるんじゃないのか、と考えるとさらに食べ物を取る手も自然と遅くなるわけで。
「ヒっくん?ちゃんと食べないと午後動けませんよ?」
「でも食べ過ぎてもダメだろ、こういうのは節度が必要だって」
「だからと言って減らしすぎもダメです。ヒっくんは細いんだからしっかり食べてないと吹き飛ばされちゃいますよ」
細い体ねぇ、本当に細いのは一体どっちだか。
「……なあ、ルイラって太るのか?」
「へえっ!?えっあ、なっ、何を、何を言い出すんですか!?」
「……スマン、なんか失礼なことを聞いた気がする」
「本当ですよ!!!」
つい興味本位で聞いてしまったが、よく考えれば何の脈絡もなく切り出す話題でないことは明らかだった。これは完全な俺のデリカシー不足。
「わ、私だって結構、気にするんですから……」
「…………ふーん」
「なんですか!何ですか今の反応は!?」
一瞬、皿に取った量を見て俯きながら恥ずかしげにするルイラがちょっとかわいいなぁ、と思ったけどこれは言わないようにしておこう。言ったら俺が複数の意味で何されるか分かったもんじゃない。
「案外子供っぽいとこあるんだもんなぁ、あっ、これうま……何だこれ」
「なんなんですかー!!!」
自然に皿に取っていたハンバーグのような何かを口に含み、味覚はすんなりと受け入れたが視覚がなんとも受け入れがたい。なんか、えーっと、ハンバーグってこんなカタツムリみたいな形してたっけ?
「……今、俺がこれ食べたのか……マジか……え、本当にこれから今の肉厚ジューシーな味がしたのか?……えいっ」
見た目がグロ画像に近いが覚悟を決めて口の中に放り込む。巻貝の中身のような見た目の割に口に含んだ時の噛むたびに広がるジューシーな味わい、料理には見た目も重要だとは知っているが、初めて『美味く見えなさそうで美味い』を実感してしまった。
「……ヒっくん、聞いてました?」
「えっ?あっ、いや全然聞いてない」
「……いい加減に怒りますよ?」
マズイ、俺を見るルイラの視線がいつもより五割増しくらいで厳しい。別に視線くらいなら俺は気にしないのだが、ルイラは必ず一日の起きたことをレイラに喋る。そうなると俺がレイラに何されるか分かったもんじゃない。
「違うんだって!このカタツムリみたいなやつが見た目の割においしくて真剣に考えてたんだって!」
「かた、つ……?」
「……通じねえのか……ああはいはい、俺は注意力散漫で自堕落でおまけに人の話も聞けないほど自分勝手な生きる屍ですよ……」
「よく自分をそこまで貶めることができますね……いいですか?私が言いたいのはそんなことじゃないです。……いや、そうかもしれないけど」
どっちなんだ、と考えた瞬間に口から滑り出てしまった。あれ、俺の頭脳ってここまでポンコツだっけ。考えたことを考えたままにすらできないとは。
「ヒっくんは周りへの関心が足りてません。他の人の関心だけ引こうとして、自分はちっとも興味を示さない。ヒっくんのことだからどうせ『死んでも名前が残ればいいや』とか考えてるでしょう」
「うっ、まあ、そうだけど……」
「そういうとこです。周りへの関心が無いから自分がいなくなった時のことも考えない、自分勝手でへらへら笑っているその裏で、何人が泣いて、努力して、生き返ってほしいと願ったか分かってるんですか」
「…………ごめん」
冗談のような話ではなく本気でルイラに怒られてしまった。まあ、確かに俺は自暴自棄で他力本願、後のことも他人のこともまるで考えていない。
でもそれは、今までの人生が誰にも見られることのなかったわけで―――。
「少々話がズレました、とにかくちゃんと昼食を食べないと午後に怪我でもしたらギルドの人達になんて言われるか―――」
「……ルイラ」
「へ?はっ、はい?」
カタツムリのような見た目をした珍味はそれはそれで気になるがひとまずは置いておこう。真摯な態度で話されたらこちらも真摯な態度で受け返すのが礼儀だ。
「……ルイラは、俺のこと見てるのか?」
「え?そりゃ見てますし、なんなら私生活のお世話もしてるじゃない、ですか……」
ルイラは言葉の途中で、俺が言いたいことを理解したのかもしれない。視覚的な見るじゃない、人のことを本質的に『視る』ことだ。
「俺は昔から誰かに見られる生き方なんてしたことがない。誰からも無関心な人生は楽しくなかったし、はっきり言って死にたいと思った事も何度かある。それも『死んでも何も思われないからだ』って決めつけてな」
「……」
「俺はそんな生き方しかしたことないから今でもそのままだ。でも、あのギルドには俺が死んだ『だけ』で涙を流してくれた人がいるのか?あの人たちは俺を見てくれているのか?」
親も優しくはしてくれた。でも、優しいだけだった。優しさの先にある親しさは何の味もしなかった。俺がいることをそんな重要に思っていないような、俺がいてもいなくても変わらないような、そんな雰囲気があった。
「俺は、あの人たちに……いや、ルイラだけでもいい。俺は見られているのか?俺を見てくれる人がいるのか?俺が……生きていることに、価値があるのか?」
「当たり前じゃないですかあっ!!!」
しんみりしたムードを正面から方向で消し飛ば裾の姿はもはや一種の猛獣と言っても過言ではない。というかいきなり大声を出されるとビックリする、心臓発作ものだった。
「いいですか!?ヒっくんは……いえ、ヒサメさんは!もっと自分の価値を知るべきです!さっきからなんですか、やれ『価値がない生き方』だの『無関心な人生』だの、もっと他者を大事にしてください!もしまた死んじゃったらどうするんですか!生き返るまでずっと魔導書を修理してくれた工房班にも、時間を割いて生命機構研究をしていたルリアさんにも、資金提供をしてくださったギルドの内外の人達にも失礼です!それに……」
しんみりしたムードから収まってくれるかと思ったがむしろ大噴火してしまった。残念ながら俺は他人を宥めるのは得意ではない。というか俺が原因なのに俺が宥めてどうすんだ、と内心の焦りを隠せないでいたその時。
「それに…………ひぐっ、えぐっ、うっ」
「……えっ?ちょっ、えっ、え!?ルイラ!?」
これはやってしまった、ついに女の子を泣かせてしまった。これはレイラに半殺しで済むか分からないな、と一瞬幻想に行きかけたがそれどころではないことに気づいて現実に引き戻される。
「えうっ……また死んじゃったら……私が毎日、ベッドで……えぐっ、流した涙は、何だったんですか……」
その瞬間、数日前にベッドに寝かされていた頃の記憶がフラッシュバックして脳内で再生される。
そうだ、俺は大戦で死んで、次に目覚めたらベッドに寝かされてて、目が開かなかったけどルイラの声が隣からして……。
―――まさか、毎日、俺が死んでいた一年半の間、ずっと俺に会いに来てたのか?
息すらもしない、食事もとらず水も飲まない、抜け殻となった俺に、毎日毎日、俺がいつ生き返ってもいいように。
喉から言葉が出ない。なんて声をかけていいのかが分からない。でも何も言い出せないままじゃずっとこのままだ。時間の焦りなのではない、心の奥底にある葛藤と不安そのものだ。
「……ルイラ、わかった。分かったから泣かないでくれ、まだ午後があるのにこんなに泣いて茶示しがつかないだろ」
「ひぐっ、急に保護者みたいなこと、言わないでください……だって、ヒっくんが、また竜になったら……」
「ならねぇよ」
レイラに都合よくポケットに突っ込まれたハンカチでルイラの涙を拭く。俺にこんな行動が似合うはずがないが、こうでもしないと泣き止んでくれなさそうだ。
きっと、俺が自暴自棄になってまた死んでしまわないかが心配なのだ。ただ心配なだけで、ただ相手を想っただけでこうさせてしまったのは申し訳ない。
「ルイラは知らないかもだけど、俺だって強くなってる。未だにスペックに振り回されてるけど、それでも前よりかは戦えるようになった。だから、死なねぇ」
元より偶然掴まされた第二の命、無碍に散らしてやるつもりはない。だがここまでされたら俺も男である以上は有言実行を貫かねばなるまい。ただの平和だけじゃない、俺自身の平和を守るためにも俺は生きる。
「生きてやるさ。たとえ腹に銃弾三発食らっても死なねぇ。だからほら、元気にならねぇと飯も喉を通らないぞ?」
「……はい、すみません。バカになってた気分でした」
「えっ、マジで?俺バカ相手にしてたの?じゃあ俺の迫真自分語りは一体何だったんだよ」
「いやっ、あのっ、そういうんじゃなくて!」
「ほれほれ、さっさと食って会議机に戻らなきゃな。階段も長いことだしさっさと食わねぇと」
「話を聞いてくださいってばーっ!」
彼女にはこれぐらいの元気度が無ければらしくない。こんだけ言っておけば大丈夫だろうな、とこっそり皿によそっておいたソーセージを口に放り込んだ。
(……死んでやるもんか。二度もあんな何もない空間に行くのは御免だ)
『いい眼をしているな、覚悟を背負うようになった者の眼だ』
脳内にヴリトラの声が響く。さっきのやりとりを見られていたのかと思うと若干恥ずかしいのだが、深呼吸をして足を進めれば何も頭には残らない。
「覚悟なんて大層なものは背負ってないよ。俺が背負ってるのは、自分の欲望と他者の願望だ」
ヴリトラは何も言わなかった。でもかの龍は分かっていたのだ、自らを捨てでも守る決意と、全てを守る覚悟の違いを。
そして竜は小さく笑う。実力も運も無いにも拘らず、この少年は信念が宿ったいい眼をしているのだ。
いずれその信念で、神を殺してくれると信じて。
ほぼ同時刻、ロビー後方柱の陰にて。
「あっ、ヒサメ君がルイラの涙拭いてる……なんだ、結構男らしいとこあるじゃん」
「見た目も中身も頼りなさそうに見えるが、あの急に冴える行動の自信はどうなっているんだろうな」
極太な柱の後ろにてルリアとアルバが二人揃って人間観察をしていた。
「ヒサメ君は追い詰められたら働くタイプなんじゃないかな。かといって追い詰めすぎるのも追い詰め続けるのもダメだけど」
「ある程度のプレッシャーが最低条件って事か。彼にとっての最優先事項は何だ?やはりあの少女か?」
「いや、ただ生きることだと思うよ?」
「生きること?……ただそこに存在していることが楽しいのか?」
うーん、とルリアは頭を深くひねって一つの仮説にたどり着く。
「多分だけど、毎日の一つ一つの日常が好きなんだと思うよ。朝起きて、ご飯を食べて、人と話して、体を動かして、風呂に入って、そして寝る。いつもの人達との何気ない会話が一番心が落ち着くからね。私もそうだし」
「……不思議なものだな。ただそこにあり続ける概念に生きがいを見出すのか、興味深い。……ところでルリア、私たちも何か食べないか?」
「え、私は既に食べてるよ?」
よく見れば柱のさらに後ろに牛すじの串刺しのようなものが山のように積まれているいつの間に取ってきたんだ、それよりも―――。
「なんでそう君は食べるものに偏りが出るんだ!人間的には年頃の女性なんだから栄養バランスとか体重とか気にしないのか!?」
「えっ、何を今更!?いいもん、私食べても太らないし!そもそもアルバがきちんと偏りなく食べすぎなのよ、私なんか生まれたころから栄養グラフが線対称になるような飯食ってないわよ、この育ち良好金髪坊ちゃまめ!」
「今はどうだ今は!あのギルドに食生活の栄養バランスを考えられないほど金が足りてないわけがないだろう、というか国内総所得団体トップだろう!改善できるようになってからも直してないのに何を言ってるんだ、このスラム育ち赤髪一匹狼が!」
いつものことながら毎度毎度こんなことしてるなとお互いに思ってはいる。この二人がいつか完全に分かり合う時なんてないのだろうな、と自他ともに認めてすらいる。でも、ならなぜ嫌わないのかと色んな人に聞かれてはお互いに答えるのだ。『好きではないが別に嫌いではない』と。
なんかいつにも増して分量が多い。Ver 1.7の終盤ほどじゃないけど分量盛りすぎましたね。
なんか作風が変わった?いえいえ、元から私はこういうのを書く人です。本当は異世界転生ファンタジーを書く人じゃないんですよ、もう一年くらいこんなの書いてるけど。
異世界ファンタジーも書いてて楽しいけど、久々に書いてるもの読ませた友人に「昔書いてたべっとりした恋愛って書かねえの?」と言われたので思い立ったが吉日、いつもより少ない時間で多い分量書いてます。
これからも息抜き程度にこう言った『予期していないけど結果的に前に転がった絡み』は書いていきたいです。三か月に一回くらい。




