#103 論争
この場に来るまで、いや、この会議が始まるまで全然気づいていなかったことがある。
(…………すっごい暇)
俺の頭の中では完全に天下一武〇会のようなものを思っていたのだが、それ以前にこれって会議だった。なんで俺の頭の中は最初から拳で話し合いみたいな殺伐とした風景を想定していたんだ。
『……ちょっとヒサメ、アンタ暇だなー、とか考えてるでしょ』
「へっ!?えっ、いやそんなことないぞ!?」
『じゃあ今まで何の話してたのか思い出しなさいよ』
「…………なんかの金の話」
『外径居住区域の一世帯平均所得と賃金について、って言ってたじゃない』
これは参った、全然聞いてなかった。テキストが読めなくても話を聞いていればいいや、と思っていたが、いかんせん自分に関係ない話が続きすぎて既に心が無我の境地に達しかけていた。
そもそも国の全体地形すら知っていない奴をこんな場に引っ張り出してあの人はいったい何がしたいんだ、とルリアさんを眺めるも何も気にしていない様子。
(話だけじゃ内容分かんないのにテキストも読めないとはお手上げだな、かといって中継されてるわけだから居眠りするわけにもいかないか)
『数字なら読めるんでしょ?どうにか気合で読みなさいよ』
「とてつもない無茶ぶりをされた気がするが……まあ見事に文字と数字だらけ」
『……文字と数字がない資料は資料と呼ばないわよ』
確かにそうだ、と一人で軽く面白くなりながら数字を眺める。タイトルの配置と小見出しの構図からして左のページにある図と対応しているらしい、一面に大きく国の略図が書いてある。
「図の中に数字が三つ、外側だけ位が一つ少ないな……これが平均所得か?なあレイラ、この国って国の内側と外側で雇用形態の差とかあるのか?」
『大アリよ。この国には中央居住区と内周居住区、外枠居住区の三つがあるけど、外枠居住区は殆どが日雇いとは聞いてるわ』
住む場所によって職の質が違うのはまあ聞いたことはあるし、日本じゃありえないもののように思っているものだからこんな世界だったらあるのかな、と納得しかけて二度見する。
「…………この平均所得、もしかして月給なのか?いやいや、そんな……」
『さっきルリアさんが言ってたけど、外枠居住区の平均月収入は五万がボーダーよ』
「はあ!?これが月のボーダーって……ギルドのでかい仕事一回で終わるぞ!?」
略図の外側に線で関連付けされている五桁の数値がそれを物語る。日雇いの性質上毎日仕事があるわけではないのもあるのだろうが……時給換算でいくらになるだろうか?
『可視化されてないだけで所得の生活水準もかなり差別化されてる部分があるわ。特に外枠居住区はね』
「俺が知ってる頃のアズドラークってこんなに身分の格差が無かった気がするけど……」
『今のこの国は旧ウェルギスの土地を拡大してさらに上書きしたようなものよ。土地の広さも人口も比じゃないわ』
「……そうか、吸収したのか……ってことは」
戦争においての大前提として、負けた国の主張が認められることはほとんどない。それもそのはず、負けたのだから。国民は国が負けたことすら知らされていなかった場合、何も知らないまま虐げられることもある。まあ、なんかその辺の話は面倒なのでパス。
要約すると、『負けた側に選択権は無い』。そして、人は好んで長時間労働低賃金な職には就きたくないだろう。となれば、この外枠居住区とやらに住んでいるのは―――。
『そう、その区域に隔離されてるのは旧ウェルギス国民よ。身分格差のない平和な民主主義、とか言ってるけど実際はそんなこと全然ないってわけよ』
「えっ、この国って民主国家なの?まあ共産じゃないとは思うが……なんだろう、民主主義ってか資本主義?」
貧富の格差の開き方を見れば資本主義が近い。のだが、王国として『王の絶対権力』が存在しているので資本に完全な自由が与えられているわけではない。形態的には修正資本主義がしっくりくるだろう。
(日本には王様がいなかったけどこんなもんだったよな、天皇って名前の隠れた王様がいたわけだし)
異世界で身分格差ってそんな珍しいことでもないんだろうな、と背もたれに倒れながら溜め息。確かに奴隷制度とかは全然ありそうだし、そういう作品もいろいろ読んできた。しかしそれを目の前で展開されていると考えるとまあ不思議な気分。
「……以上が第一項目。ここまでの疑問点とかあるー?……ヒサメ君なんかある?」
「えっ、俺ですか?」
「ここで新入り殿の意見を求めてみるのも良いのでは?」
「それもそう?じゃあヒサメ君何かある?」
この人は俺の味方をしたいのかしたくないのかどっちなんだ。多分どっちでもないんだろうけどわざとじゃないだけに余計に腹が立つ。
「えっと……まず最初に聞きたいんですけど、ルリアさんってこの居住区による貧富の差って賛成してます?」
「私としては反対だし即刻改善したいんだけど、ここの面子が『このままでいい』って言うもんだから……」
うん、やはり政治制度は民主制のようだ。すべてを多数決で決めなければならない面倒な感じがまさにそれ。ここだけ聞けば負の印象しかないが『独裁政治よりかはマシ』と付け加えるだけでとても美しく見える。
『ちょうどいいじゃない、今だったら言いたいこと言えるわよ。文句は後半で来るんだし』
「いやどう考えてもよくねえだろそれ……」
でも、あのルリアさんが言って無理だったのだから本当に無理なのだろう。言っても変わらないのだったら最初から言って問題ない。
「俺はこの『身分で給与が変わる制度』が根本的にダメだと考えます。どうですか」
「今のところ問題は起こっていないのだから良いのでは?」
「起こってから対処しては国の対応速度が間に合いません。食と金と生活水準、この三つがそろっていなければよほど精神がやられていない限り民衆は暴動を起こします」
「今のこのレベルで足りていないと?」
「判断材料が少ないので確定的なことは言えませんが、『明らかに他の区域との生活水準及び賃金の差があり、それが目に見えている』『最低水準区域の人数が他区域と同数またはそれ以上』の二つが揃っているのは危険であるかと」
直後に向けられる攻撃的な視線とピリピリとした雰囲気。なかなかいい感じに場を引っ掻き回せたとは思う。どうせ一学生の単なる意見だ、そんな大ごとにもなるまい。
「というのが第二席の意見だけど、対抗意見は?」
「私は反対だ。このバランスを崩すと上位階級の面々が揃って国に愚痴をこぼし始める、政治の形態上彼らの意見を無視することはできない」
名前は覚えていないが確か七席の男性。まあ、表向きはこう言っているが要するに『下を上げることは上を下げるのと同じだ、上位層の価値は下げたくない』ということだろう。自分の立場は守りたい一心であることがしっかり見て取れる。
「政治の形態上はそうでも国の形態上は違うでしょう。大多数の民衆を納得させることが出来なければそれは国家と呼ぶに値しないと思われますが」
「私は賛成ですね。政治的にも経済的にも安定しているとは言えない状況でデモクラシーを引き起こされては元も子もないと思われます」
「私は反対。内周居住区の人たちは外枠の人達を何かと避けてる傾向がある、賃金と生活水準の改善はその境を曖昧にするんだからちょっと反感買うんじゃない?」
「俺は賛成でいい、生まれと育ちのせいで何もできない人間がいるのは国家として見過ごせない事態じゃないのか」
「儂としては話を聞いてもらうためにも基礎的な学問位は学んでほしいがのぅ」
「でも大きく改革するのはどっちからも反感買うんじゃないの?」
「結局政治活動費ってかなり余ることになるんだし、賃金改善まではしなくともある程度の金額付与くらいならいいんじゃないですか?」
もはや誰が何を喋っているのかすら分からない。適当に喋ったことでこうしてしまってよかったのかちょっと疑問だが、まあ会議の本質としては正しいことをしたと思う。
『やるじゃないヒサメ、ギルドで大人気よ』
「え、いやそっちの状況どうなってんの?」
『外枠居住区には映像配信が通らないからギルドの食堂で見る人が多いのよ。で、今こんな感じ』
急に室内で反響する感性のようなものが耳に入り込んでくる。感知音声のボリュームを調整したのだろう、まるでスポーツ中継を市民会館で放送しているときの地元みたいな盛り上がりを見せているようだ。
『この歓声を切らさないためにも頑張ってもらわなきゃならないわね、ルイラのこともあるし期待してるわよ』
「おぉう、凡人学生には荷が重い…………」
【いまさら解説:ミズキ②】
全てにおいて見た目を重視するタイプ、負けず嫌いで知らないうちに喧嘩を売る性格。
使わないと思ってる設定だけど食べ物の好き嫌いが多いです。主にトマト、キュウリ、ナス。トマトはケチャップとかは大丈夫だけど生を食ったら必ず吐く(ってメモに書いてあった)。
現代日本シナリオとかだったら隠れてタバコ吸ってそうですよね。ウィンストン・イナズマメンソールの5ミリとかそういう感じのちょっとメジャーから外れたやつ。




