#96 魔術
「初めての相手に見たことのない魔法!くぅーっ、わくわくする!!!」
どうしよう、相手のテンションの高さにこっちがついていけない。いや、元からテンションが高い人ではあるんだろうけども事が事だ。
「ヒサメ君も特訓なんですから、もっと気合い入れてやらなきゃ身に付きませんよ?」
「いや、気合は入れますけどそこまでウキウキにはなれないです」
「え、一対一の戦いって楽しくないですか?」
なるほど、この人のこういう思考が問題とされて祖国を逃げざるを得なくなったのか。納得はするが同情はしたくない。
そして訪れるはつい先日もお世話になった地下実験場。なぜこうも短期間の間にここに訪れることになるのか。中庭はどうやらミズキが使っているらしくこちらでやることに。
「ヒサメ君には実践を踏まえながら『魔術の知っておくと有利な点』を三つお教えします。まずは扱うんじゃなくて知る、これが大事ですよ」
「……え?身につけなくていいんですか?」
「うーん、ぶっちゃけると魔術は才能と種族に偏りが大きく出ます。数百年やってできないとかザラ。魔術を学んで自分で扱うよりも、魔術を知って相手が使ってきたときの対処法を知った方が遥かに簡単なんです」
種族の問題に加えて魔力量の素質とノウハウが変わってしまうからすべての人が使える素晴らしい魔法なんてものは存在しません、とイザベラは魔導書を適当に開き、そのページを掴むと文字の羅列が綴ってあった紙から一本の木の棒が出てくる。
「じゃあさっそく始めましょうか!ほらほら、能力準備して!」
「え、はい……あの、その木の棒は?」
「ギルドの近くに生えていた若い木の棒です。私はこれを使って戦います」
これはナメられているのだろうか、いや、もしかしたら枝を投擲して着弾した瞬間にワープとかされるかもしれない。この世界は何事も「あるかもしれない」が通用してしまうから困る。
スマホをズボンの右ポケットから取り出し、すぐさま左手に持ち替えて魔力注入、からのヘルスケア。暴走を抑えるためにもひとまずは右腕のみにしておこう、選択すると同時に角がバキン、と割れて黒い煙が噴き出す。
「ステップ1。『四大属性を把握すること』。先に言っておきますが、私は風属性です」
「えっ、それ言っちゃっていいんですか!?」
見慣れない紫がかった黒の巨椀が指も含めて動作確認をして準備完了、からの先手ネタバレ。
「いいんですよ、それに私が普段使うのは―――」
イザベラは棒を床に転がし、両手を目の前に出した状態で手のひらを握る。
「『火属性と水属性』ですからね」
とても明るい笑顔で開いた手。左手には手のひらから溢れて滴り落ちる水、右手にはマッチ箱ごと燃やしたかのような炎が起こっていた。
「…………え?」
ちょっと待て、たった今、本人は風属性だと言わなかったか?普段使うのは火と水?しかも両手で分けて同時に発動している。器用とかそれ以前にそんな芸当が可能なのか?
「えいっ!」
一瞬の出来事で脳がフリーズしていたその瞬間、イザベラは両手を体の正面で打ち合わせる。直後、スプレー缶を吹き付けるような噴出音とともに目の前が一面の煙。
(なっ、なんだ!?火と水……蒸気!?目の前が……)
完全に視界を塞がれた。一般的な煙幕と違って蒸気だからそこまで持続時間は長くないが意表を突くには十分、相手が視認できなくなったとともに音での判断も難しい。
(見えねぇ、いったいどうやって見つけたら……音で探せるか!?音……なんだ……?)
蒸気が噴き出る音が徐々に収まってきたなと感じた頃、急に前方から体が後ろに飛ばされそうになるほどの強風が。室内なのだから確実に魔法だろう、強風で蒸気が晴れたそこには―――。
放電と帯電を同時に行ってフラッシュバンのごとく光輝く木の棒が既にこちらめがけて振られていた。
「『風靭雷刃』」
光の棒はこちらの脇腹を横に殴り、殴られた衝撃とは別の衝撃が体を流れた後に反対側の壁に吹き飛ばされて背中から打ち付けられる。
「がっ、だっ、いってぇ……!ちょ、ちょっと!?めちゃくちゃ痛いんですけど!?」
「死んで無いからセーフじゃない、実際に威力は随分と落としましたよ」
確かに致命傷にはなっていない。……それとは別に指先が微妙に麻痺している気はする。死ななければいいってもんじゃないとは思うのだが。
「さて、どうだったでしょうか?」
「……俺が一方的にボコられて終わりましたけど……」
「うーん、じゃあ問題です。私はどの属性を使ったでしょう?」
どの属性、と聞かれてまず最初から考える。一番最初の蒸気の煙幕が火と水、今の攻撃が雷、いや、その前に蒸気を払った時に風を使っている。
「……全部使ってました」
「そう、今の数回の行動で四大属性を全部使いました。なら私は何属性でしょう?と言われても私は風属性なんですね」
「え?じゃあどうやって……」
「それがステップ1、『属性は変えることはできる』んです」
先ほどの攻撃の代償だろうか、黒焦げになってしまった木の棒をイザベラは左手で持って握りしめる。棒は握りしめられた部分から熱が広がるように燃えていった。
「ヒサメ君は属性は一人一つのタイプ分けのようなものだと考えているでしょう?でも実は違う、変えることができるんです。ちょっと素質がいりますけど」
「……さっきのを見た感じだと『多く使えるようになる』って感じですかね?」
「その通り。後で話す特殊属性の時にも言いますが、属性分けは本人の魔力を生み出す器官がどこを使っているかで決まります。だからちょっと魔力の消費を多くして、自分が普段使わない器官を使うようにしておけば違う属性が出るんです」
「……素質が関わるってのは?」
「実はこの器官は四大属性に合わせて右胸の奥に四つあるんですが、これが人によってはいくつか存在しない人もいます。レイラちゃんは風属性しか使えないらしいのでこの器官は一つしかないと思いますよ」
確かにレイラからは「風属性しか使えない」と聞いていた。そもそも属性は固有のタイプだと思っていたのでどういう意味なのか分からなかったがそういうことなのか。
「さて、ステップ2。これは実践なしで言っちゃいましょう、これです」
イザベラが右手を握り、その手のひらに生み出したのは小さな氷。既に手の熱で少しばかり溶けかけている。
「……氷、ですね」
「そう、氷です。私がたった今魔法で生み出しました。さて、この魔法は何属性でしょうか?」
何かの属性の合わせ技なのだろうかと考えてみる……のだが、うまく纏まらない。水属性だとは思うのだが、水属性単体でこうなるとは到底思えない。だが、この技術は火も風も雷も離れすぎている。
「答えは『氷属性』、水属性の付属属性です。これがステップ2、『四大属性には付属属性がある』ことです」
「へぇ~……付属属性?」
「何らかの属性の要素を含んだ発展形ですね。元の属性を研究し続けるとこれらを見つけたりすることがあるらしいです」
イザベラは右手に乗っている少し溶けた氷を空中に放り投げ、それをキャッチするとともに何かが焼ける音がする。おそらく、氷を空中に投げてからキャッチするまでの間に右手に火属性を付与して溶かした、とかだろう。
「付属属性は四大属性の発展形、つまり特殊属性とは真逆の立ち位置になります。覚えておくと役に立つことが3%くらいありますよ」
「3%なんですね……ん?特殊属性の真逆……?」
今の説明では付属属性は属性に特化すると稀に習得する発展形の魔法。その逆ということは……すべての属性の統合系?
「あ、特殊属性の前に無属性の話を。四大属性が全部使える人は属性を全部合わせてただの魔力の塊にすることができるんです。これが無属性、何にも有利じゃないけどすべてに効きます」
すべてを使えなければできない割には案外能力が尖ってない説明。うん、ポ〇モンのドラゴンタイプとでも思っていればいいだろうか。割と何にでも強くてドラゴン同士でお互いに有利。どんな世界もそんなものなのかもしれない。
「さて、最後のステップ3……なんですが、まだ教えられませんね」
「えっ」
「特殊属性の学ぶ前にまずは基本先頭になるであろう四大属性の相手の練習をしておかなければならないです。というわけで―――」
めくれるページの一枚から出てきたものは先ほどのような何の変哲もない木の棒ではなく、二本の枝を螺旋状に巻いた、先端に装飾であろう碧色の宝玉が埋め込まれた杖が飛び出す。
「私が良いというまでひたすらステップ1と2の繰り返しです。その亜人種能力が生かせるようになるまで何時間でもやりますからね!」
なるほど分かった。この人、頭が理系の学問タイプなのに発想と行動は体育会系なんだ。確かにこれは技術者集団から蹴られてもおかしくはない。
……ルリアさんといい、なぜ俺はここまでめちゃくちゃ鍛えさせられるんだ?俺が強くなったら何かあると思っているのだろうか、いや、俺の中には確かに『竜の何か』はあるのだが俺にはその気は全然。
「……そんなこと言ってもこの現状は変わらないんだろうなぁ」
諦めと呆れを含んだ笑いが口から零れる。今日も夜にはルイラに肩を揉んでもらうことになりそうだ。
実際、貴族ってのは過去の積み重ねで位が高くなったものであり、それが何世代も続くと「一般国民のことを何も知らない無能」が出来上がります。
それが一般の人を動かすとなると、まあ現場の意見を聞かない最悪な雇い主が完成するわけです。現場のことを何もわかっていない建築会社の企業主、とかもこの類。
そういえばサラッと出てきたイザベラ(Ver 1.8で一応出てた)。いつか解説するかもだけど本名はイザベラ・アルデルツ、魔法が使えるルリアみたいな人。でもこの作中だと錬金術師としての出番の方が多いと思います。




