第三章:“銃使い”の家族、団欒す
さて、時を遡り、所も変わる。
そこは“神殿都市”セオミギア――その“魔竜河”の異名を持つ“ユロシア河”に面する都市南西部の一角――港湾部に程近い場所に、ラティルの実家であるウィフェル商会がある。
そこは“ユロシア河”を遡上して運ばれて来る様々な商品を販売する中小規模の商店の一つであった。
その商店の奥――ウィフェル家の厨房で、和気藹々とした声が湧き上がる。
「ホント、お前には驚かされるよ……なんと、貴族に玉の輿とはねぇ……」
「やめてくれよ、母さん……これでも一応、男なんだし……」
そこには、久々に実家に帰って来た我が子に家事を手伝わせつつ、この家の厨房を預かるヒルダ=ウィフェルは変わり果てた息子を揶揄う。そして、口答えをする息子の後ろ髪を掴んで言葉を返した。
「何を言ってんだい!……これの何処が男だって?……え?」
「痛い! 痛いってば、母さん!……そんなに引っ張らなくても……」
鍋の前に立って玉杓子で鍋の中身であるスープを掻き回し、その煮込み具合を見ていたラティルは、母によって不意に後ろ髪を引っ張られて仰け反る。そして、母への文句を口にしながら、引っ張られた後ろ髪を丁寧に手櫛で梳って、その乱れを整える。
(……まったく……そんな所は、本当に娘みたいだよ……)
女性の姿に変じた息子の何気ない仕草に、ヒルダは脳裏に浮かんだその言葉を、敢えて口にすることなく、他の料理を作ることに専念することにしたのだった。
* † *
レインとの婚約から二巡り目となるその日、ラティルは実家であるウィフェル家へと久し振りに里帰りを果たしていた。
ラティル自身の身に起きた変化――“女性体”を獲得したこと――は、“女性体”に慣れた頃合に、手紙で実家には報せてあった。しかし、学院を卒業して以来、ずっと大神殿の神官として実家に帰ることもなく会うこともなかったので、ラティルは少々不安を抱いていた。
だが、そんな彼女を目にした両親達は、その姿に驚きこそすれ叱責や嫌悪の言葉を投げかける様な素振りを見せることはなかった。
そして、そんな家族の姿にラティルは安堵の溜息を吐いたのだった。
* † *
ともあれ、その日のウィフェル家の夕食は賑やかなものとなった。
女の姿と変じた上に、近々婚礼を迎えると報告する神官となった息子に、家族の一同から好意的な好奇心を満たそうと、次から次へと言葉を投げかけていた。それは、白牙騎士団の従士隊である父親や社交的な性格をしている母親等が、事前にある程度の事情を把握していたらしいと、ラティルは推測していた。
そうした中で、母――ヒルダより問いの言葉が紡がれる。
「それにしても、なんでまた、女になったんだい?」
「……それは……その、あの、相手の方に合わせて……」
母ヒルダの問いかけに、しどろもどろでラティルが返答を紡ぐ中、別の方面より助け舟となる言葉が挟まれる。
「相手の方は“両性体”なんだよ。それでだろう?……で、結婚式はどちらが花嫁役なんだい……?」
「それは、レインさんの方だよ。この姿も後一月程度経てば元に戻れるしね……」
そうして助け舟と出した父――ハルテンより投げかけられた問いかけに、ラティルははにかみながら答えを返した。
そうして、様々な言葉のやり取りを両親や兄と交わす中で、この家の家長たる老爺――ラティルの祖父たるウェルト=ウィフェルが徐ろに口を開いた。
「……そうか……ラティルも、そんな歳になるのか……」
月日の流れを思い、感慨深げに呟いた老爺の姿に、食卓を囲む一同は和やかな笑みが拡がる。
しかし、そんな穏やかな雰囲気を切り裂く様に嫌に甲高い声が飛び出す。
「まったく!……父さん、そんなことに感心なんてしないで!
だいたい……ラティルも、神官になった以上は、そんな奇妙な格好になんかならずに、真っ当にしてて欲しかったわ!」
幾分癇癪気味に聞こえる声で捲くし立てるのは、ラティルの叔母であるウェリスだ。普段から癇癪持ちで、陰で行かず後家と囁かれる彼女は、今回は何時もよりも険のある風情で甥であるラティル達を睨んでいた。
そんな剣呑な雰囲気を持つ痩せぎすな叔母に向けて、揶揄を含んだ軽い調子の声が投げかけられる。
「まぁまぁ……そう言うキツイ物言いだから、婚期を逃すんだぜ……」
「お黙り、カルデス!……大体、神殿勤めの弟に先を越されて、暢気にしてるんじゃありません!」
「……おぉ、こわ…………」
ウェリスの癇癪に皮肉の効いた茶々を入れたカルデスは、叔母の放った一喝を聞いて、藪蛇だったとだんまりを決め込んだ。
そんな先程まで喧々とした騒ぎに動じた様子もなく、家長のウェルトは問いの言葉を紡ぐ。
「所で……お相手となる貴族の方とは、どの様な方かね……?」
その問いかけに答えを返したのは、彼の隣に座る男性――ラティルの父たるハルテン=ウィフェルであった。
「お義父さん、それなら私も良く知っている方ですよ。彼女はレイン=コアトリアと言う方ですよ」
「……コアトリア?……聞いたことは無いわね」
二人のやり取りに、ウェリスが割り込んでくる。彼女は普段店の奥で金勘定等の奥まった仕事をしていることもあって、世事に疎い傾向にあった。
とは言え、その世間知らずっぷりに、彼女の姉たるヒルダは呆れた様に呟きを漏らした。
「ウェリス……もう少し、商売事以外の世間のことも聞くようにしなさいよ……」
そう呟いて、ヒルダは夫へと続く言葉を促す様に視線を走らす。そんな妻の姿に、ハルテンは苦笑を浮かべて言葉を続けた。
「“虹の一族”のことですよ。ウェリスさんも聞いたことがあるでしょう?
確か、レインさんは白牙騎士団十番隊の正騎士だった筈……それに、彼女の母君であるセイシア様は白牙騎士団副団長第二席を務める将軍ですよ」
白牙騎士団十二番隊所属の従士であった彼――ハルテン=ウィフェルは、彼女等についての事柄をすらすらと答えたのだった。そんな父の言葉に補足する様に言葉を繋げる。
「それに、御父君に当たるティアス猊下は、私が務める書院の長をなさっていますよ……」
二人の返答に、ウェリスは驚きに目を丸くした直後、目の色を変えてラティルに言葉を投げる。
「……え?……あの、“虹の一族”……?
ラティル、今度、その御義父様か御義母様にウィフェル商会に色々便宜を図って下さる様に口利きをしておくれ!」
「……ったく、損得が絡むと、すぐこれだ……」
先程までとは一転した叔母の変わり身の早さに、呆れた様に肩を竦めてカルデスは呟く。
そんな青年の呟きに、残る家族一同は苦笑を漏らすと言う反応を返してみせたのだった。
ちなみに、裏設定を述べさせて頂くと……
ラティルの実家――ウィフェル商会は、“神殿都市”セオミギアに数ある中小規模の雑貨商を営む所です。
商会の長はラティルの祖父ウェルトとなっていますが、現状では一線を引いており、娘達に経営を委ねています。そして、長女ヒルダが接客を中心とした主導的な立場となり、次女ウェリスは経理を中心とした補佐的な立場となって紹介を切り盛りしています。
ちなみに、社交的で気風の良い姉ヒルダに対して、店の奥でひきこもり気味の妹ウェリスは結構世間知らずな傾向にあります。
当家の娘婿――長女ヒルダの入婿となっているハルテンは、“港湾都市”オセミギアの船乗りの出身で、“白牙騎士団”所属の兵士として出仕しており、商会の仕事の手伝いを行うことは少ないです。
そして、ヒルダとハルテンの長男、ラティルの兄に当たるのがカルデスですが……今の所は、店の仕事を特に手伝うことなく放蕩者な感じの日々を送っている様です。
さて、そんな中でラティルはと言うと……
幼少期の内から『霊視』の能力を持っていたこともあって、学院初等部の頃から“大神殿”の神官となることを薦められていた様です。
(セオミギア王国においては、(知識神の)神官であれば、出自の貴賤を問わず貴族相当の社会的地位が保障されているので、神官の素養のある者は大抵“セオミギア大神殿”の神官を目指します。)
実の所……彼の叔母ウェリスは、(守護霊が見える)幼いラティルを気味悪がっていたのに、学院講師より神官の素質があると聞いて真っ先に(商会の儲け口になると)喜んだ前科があったりします……(苦笑)




