第四章:“大聖堂”での婚姻
様々の事柄を内包しながら、ラティル達の日々は過ぎて行った。
そして遂に、その日が訪れることとなった。
その日、“セオミギア大神殿”の“大聖堂”に、朗々とした祭事院の長の声が響く。
院長たる人物の声に導かれ、彼の人物の許へと大聖堂中央の通路を進む一対――二人の人物の姿があった。
一人は、この様な大舞台に目に見えて緊張した真っ白な神官衣を纏った青年であった。
その首からは巻物を模った知識神の聖印を下げ、長く伸ばした髪には七色――金・銀・紫・赤・青・緑・白――の色鮮やかな飾り紐で一つに纏められている。その姿は、知識神聖獣派に属する神官の正装とされる装いであった。
彼の名はラティル=ウィフェル――今日この場所における主役の一人である。
そして、もう一人は、緊張する彼を密かに支えつつ、彼にエスコートされる様に見せて通路を進む美しい女性であった。
その身に纏う雪よりも白き純白のドレスには、レースがふんだんに織り込まれており、その顔を覆う白い面紗と相俟った姿は、見る者に伝説の“雪の女王”の如き美しさに映っていた。その面紗から覗く長い髪は、相方の飾り紐の色合いと同じ七色――“虹色”の輝きを宿していた。
その彼女の名はレイン=コアトリア――同じく今日この場所における主役の一人であった。
まさに今日、この場所で、ラティル=ウィフェルとレイン=コアトリアの結婚式が行われようとしていた。
この式には、多くのティアス達と交友のある人々が他大陸からも列席している。
そうした他大陸からの客人が並ぶ席の一隅で、中央の通路を楚々として進む花嫁の姿をうっとりと眺める婦人があった。
「……綺麗ね、あの花嫁衣裳……」
「……そうですね……」
袖の広い東方大陸様式の婦人の礼装を身に纏ったフィラは、結い上げた髪に刺した簪に手をやりながら溜息を吐く。
一方で、東方大陸様式の武官の礼装を身に帯びたレイランは、フィラの呟きに対して、当たり障りのない返事を口にした。
そして、陶然とした様子で花嫁衣裳を見詰めるフィラは呟きを漏らした。
「……私も、ああ言う衣装を着てみたいわねぇ……」
「………………」
そんな彼女の呟きに、レイランは反応に困って、敢えて返答を差し控えた。幾ら長命なエルフとは言え、齢500を越える婦人が口にするのには微妙な内容に思えたのだった。
そんな一隅から少しばかり離れた場所では、暗灰色のツナギに薄緑の地に銀の縁取りをした上着を纏った“古代アティス”様式の礼服を纏う少年の姿があった。
「こんな綺麗なもの、そうそうは見れないって言うのになぁ……」
静々と“大聖堂”の中央を進む新郎新婦の姿を眺めながら、この場への参加を遠慮した自らの相棒へのぼやきが漏れる。しかし、そんな呟きを一度漏らすと、彼等に向けて異邦の装いをした少年――ルアークは祝福の言葉を心の内で唱えたのだった。
そして、他国からの来客達とは幾分離れた場所の末席の一角で新郎の父――ハルテン=ウィフェルが二人を見詰めていた。
新興とは言え、有力貴族の一つとされる家の結婚式と言うこともあり、一般市民でしかないウィフェル家の人々は武官の末席あるハルテンを除いて出席していない。それは俗世と一定の距離を置くべき神官の身であるラティルに配慮した為と言えなくもない。
ともあれ、壮年の従卒士であるハルテンは騎士団従卒士の礼装に身を包み、晴れ舞台で歩を進める自らの息子を見詰める。
(……まだ少々心許ない所はあるが、格段と凛々しくなった様だ。先の決闘である程度の自信を付けたらしい……)
そう思い微笑みを浮かべ、自らの息子とその花嫁を見詰める彼を、親の欲目と見るか否かは判断の分かれる所なのかも知れない。
ともあれ、この式に出席した人々は、中央を進む新郎新婦である二人を、厳かな雰囲気に満ちた“大聖堂”の中で静かに祝福の念を送っていたのだった。
* * *
多くの人々が祝福する中、二人は“大聖堂”の奥に設置されている祭壇の前へと歩を進めた。
“大聖堂”の最奥に鎮座するナエレアナ女神の神像を前にしたその場所には、祭事院の院長と、その傍らに書院所属の神官にしてラティルの旧友でもあるファーランの姿があった。そして、祭壇の両脇に位置する場所には祭事院に属する神官達が澄んだ歌声で讃美歌の合唱を行っている。
神官達の讃美歌が最高潮を迎えた時、新郎新婦の二人は祭壇の前に辿り着いた。
祭壇の前に立ち、祭事院の院長と向かい合った二人は、彼に向けて深く一礼を行う。
深い一礼から顔を上げた二人を暫し目詰めた後、祭事院の院長は新郎の方へと首を巡らせ、その口より厳かな誓約の言葉を紡ぎ上げて行く。
「セオミギア大神殿書院付神官ラティル=ウィフェル――“知識神”ナエレアナと“虹翼の聖蛇”エルコアトル、そして、女神に仕えし数多の聖霊の御名において問う。
其方は、ここなるレイン=コアトリアを妻とし、何時如何なる時も、共に愛し、共に慈しみ、共に助け、共に歩み行くことを使うか?」
「……は、はい!……誓います」
この院長の問いかけに、緊張の所為か幾分言葉を吃らせながらも、力強い大きな声で諾の返答を紡ぎ上げた。
その返答に院長は満足そうな微笑を浮かべ、大きな頷きを見せた後、院長は次に新婦の方へと首を巡らせ、同様の誓約の言葉を紡ぎ上げた。
「セオミギア王国フォルーギア伯爵子女レイン=コアトリア――“知識神”ナエレアナと“虹翼の聖蛇”エルコアトル、そして、女神に仕えし数多の聖霊の御名において問う。
其方は、ここなるラティル=ウィフェルを夫とし、何時如何なる時も、共に愛し、共に慈しみ、共に助け、共に歩み行くことを使うか?」
「はい、誓います」
この院長の問いかけに、レインは穏やかではありながらも明瞭に響く声で返答の言葉を紡ぎ上げた。その声は数十の騎士・兵士を率いる上級騎士に相応しい声量と威厳が潜むものに多くの者には感じられた。
その返答に院長は幾分苦笑の混じった微笑を浮かべ、大きく頷いて見せた後、背後に控えた神官――ファーランへと合図を送る。その合図に了解の会釈を返した後、ファーランは手にした書面に素早く筆を走らせた上で、その書面を院長へと手渡した。
ファーランが記し、祭事院の院長が受け取ったその書面には、先程院長が問うた誓約の文言と新郎新婦の二人が返した承諾の文言が書き記されていた。その書面の内容に目を通した院長は、それをこの式に出席する全ての人々に見える様に掲げて宣言した。
「本日……即ち、ユロシア新王国歴762年紅竜の月16日、ラティル=ウィフェルとレイン=コアトリアの婚姻をここに記す。
この記録に異議のある者は、今この場にて申し出よ。異議なき者は、拍手と共に両者への祝福を……!」
朗々とした院長の言葉が響き渡った後、“大聖堂”に列席する一同より、二人を祝福する為の万雷の拍手が鳴り響いたのだった。




