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“虹の瞳”と呼ばれるまで  作者: 夜夢
第三部:”虹の瞳”の結婚
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第二章:“虹の縁者”、彼の地に向かう

 さて、時と所は更に変わる。


 その所とは、西方大陸(アティス大陸)の一国――イレヴス王国の上空……その高度は6,000尋(約10,800m)以上にまでもなる遥か高空である。


 そんな高空に二つの飛翔する影があった。


「レインやラティルさんにちゃんとお祝いを言ってお上げなさいね……

 それに、セイシアとティアスにもよろしく伝えてね……」


「分かってるよ、母様ぁ~」


 この遥か上空で、二人の飛翔する金色の人影は言葉を交し合っていた。



 その言葉を交わす者達の一人は、美しき女性の姿をしていた。

 その全身は金色の装甲に包まれ、両肩に頭程の大きさを持つ水晶球が備え付けられている。そして、その背にはフェアリーの貴族種(ノーブル・フェアリー)が持つ翅にも、天使族の持つ翼にも似た形状の光の翼が展開されていた。


 彼女の名はアニス=ヴァンゼール……飛行金製の金属人メタル・ヒューマノイドである。



 そして、残る一つとは、一機の機鳥に跨った金色と銀色の混交した装甲で覆われた少年の姿をした人物であった。

 彼が跨る機鳥は、並の機鳥(ドール・バード)よりも一回りも二回りも巨大な機体にして暗赤色と金色の装甲に鎧われており、機鳥(ドール・バード)の中でも火力・装甲・飛行速度等の諸能力に秀でる上位の機種たるドール・フェニックスである。


 このドール・フェニックスの名をフォアンと言う。そして、このフォアンに跨る少年の名は、ルアーク=ヴァンゼール……機鳳――フォアンの主にして、先に紹介した金属人の女性――アニスの息子に当たる人物である。



「……それじゃあ、私は戻るからね……」


 そうして高空で言葉を交わしていた母子であったが、最後にそう言葉を残して母――アニスは次第に高度を下げて行った。


 眼下に消えて行く母の姿を眺めつつ、金属人メタル・ヒューマノイドの少年――ルアークは呟きを漏らす。


「……行っちゃったね……」

『……ソウダナ……』


 主――ルアークの呟きに、機鳳――フォアンが相槌の言葉(魔法機械語)を響かせる。

 その響きを耳にして、機身の少年(ルアーク)は下方に傾けていた顔を前方に向ける。そして、決然とした面持ちで言葉を紡ぐ。


「……じゃあ、行こうか!」

『……了解……』


 少年の呼びかけに呼応して、機鳳(フォアン)の背面より大きな鉤とも触手とも見える物が飛び出す。それは即座に少年(ルアーク)の両肩に向かって伸びて行く。


 次の瞬間、少年の両肩背面部に接続孔らしき物が開口し、その穴に伸びた鉤状の管が接続する。

 両者の接続が完了して数拍の後、少年と機鳳は白銀と黄金の色合いを帯びた魔力の輝きに包まれる。


『……魔力接続完了……オーバードライブ、準備完了(ready)……』


「……発動(go)!」


 騎鳥たるフォアンが告げる報告に、少年は元気の良い声を張り上げた。

 その声に呼応して、機鳳は魔力の輝きがより増し、その機関は猛々しい唸りを上げる。


 次の瞬間、機鳳――フォアンの翼に設置している噴進装置より噴炎が放たれた。

 その時、彼等一騎は音速を超えて“竜の道”に向けて飛翔して行った。



  *  *  *



 さて、所は移り変わる。


 そこは北方大陸中原域(ミッドリア地域)上空10,000尋(約18,000m)付近の高空――“有鱗の民(竜族・亜竜族)”等より“竜の道”と称される領域……



 “竜の道”とは、雲海が生じる空より遥か上方に存在する高速の気流が恒常的に吹き続ける帯状の空間のことである。

 それは、雲海が生じる遥か上層に無数存在し、地上世界全体の上空を縦横無尽に張り巡らされていると言われている。


 そして、飛竜(ワイヴァーン)の様な特に飛翔能力に優れる諸存在の中には、この“竜の道”の高速気流に乗ることで大陸間移動と言った長々距離の飛行に利用する例も見られる。



 ともあれ、この“竜の道”の一つを利用する一騎の飛竜(ワイヴァーン)の姿があった。


 その銀鱗の飛竜の首元に跨る騎手より声が上がる。


「……もうすぐ、北方大陸西方域(ユロシア地域)に着くぜ……いや、着きます」


 その声は、彼の背後――飛竜(ワイヴァーン)の背に座する人々に対して呼びかけられたものであった。金鱗の覗く手で飛竜の手綱を握り、背後の人々に振り返った彼は、背後に座る婦人の物言わぬ笑みに促されてその台詞を言い直した。


 この騎手の名はリュエン・レイラン……東方大陸チュルク帝国の北鎮将軍――リュエン・ジンランの嫡男にして、“暴竜将軍”の異名で知られる半竜人の若き武人である。


 首元に跨る騎士の言葉に、飛竜の背に座る者達は眼下の地形へと視線を巡らす。


「……確かに、西の彼方に白き山脈が窺える。あれは“知識神の聖蛇”と氷を司る“白竜王”が住まう“聖蛇山脈”なのだろう」


 眼下を見詰めていた者の一人である隼頭と背に隼翼を生やした鳥人族(ガルート族)の男より言葉が漏れた。その人物は、飛竜の背にいる者の中で最後方に座していた。


 レイランの目には薄雲と大気の青に遮られて未だ見通せぬ風景を口にされ、彼はガルート族の目の良さを再認識して、その背の鱗が逆立つ感覚が走った。


 そんな彼の慄きを気付かぬのか頓着しないのか、おっとりとした口調の夫人の声が彼の耳に届く。


「……イェンフェイ、本当?……あら、手前に川が見えるわ。あれが“ユロシア河”になるのかしら……?」


 鳥人族(ガルート族)の男――イェンフェイへの問いの言葉と共に声の主たる婦人は身を乗り出し、眼下の情景を眺めて感嘆の声を上げる。横目に見るレイランの視界の隅で、夫人の耳が好奇心の余りピクピクと動いているのが見て取れた。

 その婦人の声に応える様に鳥人族の男(イェンフェイ)が言葉を紡ぐ。


「その様です、御主人……あの河、“聖蛇山脈”から流れており、この高々空からの見え様からも“紅河”級の大河と見受けられます」


「……ふ~ん……なるほどね……」


 男の説明を耳にして、エルフ族の婦人は随分と楽しそうに微笑みを浮かべた。



 この婦人の名は、フィラ=フィルラーナと言う。東方大陸(チュルク大陸)全域を手広い商いを行う貿易商――フィルラーナ商会の大女将である。その身一つでフィルラーナ商会を立ち上げ、“人竜革命”による混乱の中で大陸屈指の商会へと育て上げた女傑である。


 現在は、商売の一線からは手を引いて半ば隠居と言った状態となっている。しかし、未だ道楽半分で小規模の隊商を率いて、東方大陸(チュルク大陸)各地を巡っていることでも知られている。


 そして、彼の婦人の背後に控えていた鳥人族(ガルート族)の名が、イェンフェイと言う。“風を追い抜く者”と称される上位種(変異種)であり、“人竜革命”の半ばより彼女――フィラの護衛を累代務めてきた側近等の一人だ。


 この飛竜の背に乗る一同は、フィラ=フィルラーナの旅のお供達であった。



 ともあれ、目的地に近付いていることを確認したフィラは、前方に跨る騎手へと声をかけた。


「じゃあ、レイラン……もう少し飛ばして下さる?」


 その声が紡がれた直後、彼女の傍らから猛烈な音量の悲鳴が上がる。


「うわぁぁぁぁぁぁ!……いやだぁぁぁ!……こ、怖いよぉぉぉー!」


 悲鳴を上げたのは一人の少年であった。叫ぶその少年は、飛竜の背に生えた突起を懸命にしがみ付いている。一見して人間の少年に見える彼の髪の間から覗く耳は、魚の鰭に似た形状をしている。それは、この少年が純粋な人間とは異なる存在であることを示していた。


 彼の名はユーウォ・リテルと言った。かつて若き日のフィラの旧友たる人物の裔であり、イェンフェイと同じく累代に渡りフィルラーナ商会で働く一族の一人でもあった。



 そんな少年の叫びは、決して的外れな代物とは言い難いものであった。


 東方大陸(チュルク大陸)屈指の“精霊魔法”の使い手たるフィラが構築した『風の結界』で守られているとは言え、雲海の遥か上方で“竜の道”に乗ることで音速を超える速度で飛翔する存在(ワイヴァーン)に固定具もなしに乗っかっていると言う事実は、人によっては本能的恐怖を煽られるに充分な状況と言えない所であった。


 そう言った意味で、少年が叫び声を上げることは至極真っ当な反応であると言えなくもない。



 しかし、そんな少年の傍らに座する婦人は、少年が感じる恐怖と無縁な人物であった。


 その婦人――フィラは、穏やかで宥める様な口調でリテル少年に語りかけた。


「あらあら……リテルちゃん、怖いの……?」

「うんうんうんうんうんうん…………」


 壊れた絡繰人形の如く忙しなく首を上下に動かす少年の姿に、幾らか呆れ気味な面持ちのまま、嘆息する様にフィラは言葉を漏らす。


「あらあら……貴方の曾お婆様もお婆様も、それにお父様も空を飛ぶのをお好きだったのよ……?」


「……でも、でも、僕は怖いもん……僕は、真っ当に、泳ぐのが好きなだけだもん……」


 宥める様に、言い聞かせる様に語りかけられる言葉に対し、少年は飛竜の背の突起を力一杯握り締め、身を縮こまらせた上で呻く様に言葉を絞り出す。


「……人魚族(マーフォーク)の血を引いている貴方を真っ当と言っていいのかしら……?」


 身を縮こまらせる少年を目に、彼女は苦笑を漏らした。



 ともあれ、こうした両者の見解の相違が生じる一因として、一つの事情がある。


 背に翼を有するガルート族(鳥人族)にして、超音速での飛行も可能な“風を追い抜く者”たるイェンフェイは当然優れた飛行能力を有している。


 そして、飛竜の騎手たるレイランは“神竜魔法”の使い手として相当な技量を有しており、『竜翼形成(ドラゴン・ウィング)』や『銀風の飛翼』と言った呪文を行使することで天空を自在に飛翔する(すべ)を持っている。


 加えて、東方大陸(チュルク大陸)でも有数の優れた“精霊魔法”の使い手であるフィラも、風の精霊魔法である『風乗り(ウィンド・ライド)』の呪文などを駆使することで空中を自由に行き来することが可能なのであった。


 即ち、例えこの高空で飛竜より転げ落ちる様なことがあったとしても、この三人に関しては墜死すると言う可能性など殆どありはしないのだ。

 逆に言えば、四人の中で唯一リテルのみが、高々空からの墜死と言う可能性を孕んだ上で飛竜の背に乗っている状態なのであった。



 とは言え、一行の主でもあるフィラは、供の少年の身を案じない様な非道な主人ではない。彼女の展開する『風の結界』の中にあって、そこから墜死する可能性など無きに等しい。


 故に、彼女は躊躇いなく次なる言葉を紡いだ。


「……それではレイラン、お願いね」


「…………はい……」


 その穏やかな微笑と共に紡がれた言葉に拒否出来る訳もなく、銀鱗の騎手は自らが御する飛竜(ワイヴァーン)に更なる加速を命じる。

 更なる加速によって、一際大きな少年の悲鳴が、彼等以外に誰一人いない“竜の道”に響き渡る。


 だが、そんな少年の為に速度を緩めることを進言する者は、その場にいよう筈がなかった……



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