第一章:“虹の縁者”、報せを受ける
こちらより第三部の開始となります。
――そこは人々が聖地と崇める深山の一つ……
――その深山の中腹に開けた一帯……
――その一帯の奥まった場所に一つの大きな洞窟……
――その大洞窟の奥に、この世界の全ての出来事を知り、それらを記録する為に深き瞑想の中にある存在があった……
――その深山は、“聖蛇山脈”の一角にあった……
――その開けた一帯の名を、“聖蛇の箱庭”と称されていた……
――この山脈に、この一帯に、この大洞窟に鎮座する深き瞑想に耽る存在……
――即ち、聖なる白蛇の名こそ、“虹翼の聖蛇”エルコアトルと称されていた……
* † *
「…………」
その時、“虹翼の聖蛇”は金色の瞳を開いた。大洞窟の奥に巨大な石盤を前にして、とぐろを巻く様にして瞑想に耽っていた“聖蛇”は、その鎌首をもたげて軽く頷いた。
それは一人の青年が挑んだ“決闘決裁”の顛末を見通したが故だ。その出来事自体は、彼が瞑想の中で知覚する無数の事象の一つに過ぎない。だが、彼の神にとってとある事情から、幾分か強めの興味を抱く事柄の一つとなっていた。
そして、彼の神は虚空に視線を走らせつつ、小さな呟きを漏らした。
「……兄上や姉上へ、報せてみることに、するかな……」
そう呟きを漏らした“聖蛇”は、鎮座する大空洞の半ばを占める長大な蛇身をもたげて、天井を覆い隠さんばかりの“虹翼”を開いて数度羽ばたく様に、それを動かす。
そして、鎌首を擡げた姿のまま、その金色の瞳を静かに閉ざす。
次の瞬間、“聖蛇”の広げる“虹翼”より、“虹色”の輝きが飛散する水滴か羽毛の如く飛び散った。数個ばかりの小さな――“聖蛇”の大きさに比してと言う意味だが……――輝きは、“聖蛇”の左右の方向へ飛散し、大洞窟の壁面を投下して各地へと飛び去って行った。
その飛散する輝きは、万人の視界に映る類の代物ではなかったのだが……
* * *
さて、時と所は変わる。
時は、ラティルが挑んだ“決闘決裁”の判決が確定し、一巡り(8日間)ばかりの日々が過ぎた頃であり……
所は、東方大陸東原を占める大帝国――チュルク帝国の北域……
その帝国北域の鎮護を役目とする“北鎮将軍”を務める人物の屋敷の一室であった。
その屋敷は、“竜将軍家”の異名を持つ武人の一族が代々暮していたものであった。
そして、今この一室に座している人物こそ、現当主――北リュエン家第十四代当主にして、当代の“北鎮将軍”の任を預かり、“真竜将軍”の異名で奉られるリュエン・ジンランであった。
この一室は、ジンラン将軍の書斎に隣接した部屋の一つであり、遥か遠方の地に住む友人達との交流を結ぶ為に用意された部屋であった。
「ほぅ……娘御が、とうとう結婚を……それはめでたいことだ」
そう声を上げたのは、この部屋の――より正確には、この屋敷の主であるリュエン・ジンランその人である。銀鱗に覆われたその手を両膝に置き、対面する“魔法の大鏡”に映る“虹髪”の友人に向けて祝辞を送る。
「ありがとうございます……正直、あの気性ですから、もう少し遅れるかと思っていたのですけれど……
そう言えば、そちらの御子息はどうなのです……?」
鏡に映る人物――ティアス=コアトリアは、その祝辞に礼を述べた後、軽く問いかけの言葉を返した。その問いかけに、“竜将軍”――ジンランが苦笑を覗かせつつ返答の言葉を紡ぐ。
「……いや、あれは……知っているだろう……?」
「……“暴竜将軍”、ですか……?」
問い返す様に紡がれた言葉を聞き、ティアスの顔にも微苦笑が浮かぶ。
件の人物――リュエン・ジンランの息子に関する噂自体が北方大陸に流れて来ることはないものの、彼の所業に関して、父であるジンランとの語らいの中で幾分か耳にする機会は少なくなかったからだ。
「あぁ……最近は、フィラさんのお蔭で大分丸くなってきている様だがな……」
「……そうなのですか……」
そうして、ジンランが“鏡”を通してかつての戦友との対話に花を咲かせていると、部屋の扉を叩く音が響いた。
そして、部屋の扉を開き入室して来たのは、屋敷の家令を務める小柄な亜人の老爺であった。
「お館様、フィルラーナ商会のフィラ様がお見えになっておりますが……」
その家令の言葉を聞き、“竜将軍”は友人との話を切り上げ、部屋を後にしたのだった。
* * *
さて、更に所は移り変わる。
そこは“魔法都市”ルネミギア王国の王都――ノイ・ルネミギア……
その王国と同じ異名を頂く王都ノイ・ルネミギアの中央部に鎮座する“ルネミギア大学院”……
その大陸西方域有数の学府たる“大学院”の副学長室に、一人の人物が机に向かっていた。
机に向かっているこの部屋の主は、彼宛に届けられた書簡に目を通していた。
「…………ハァ……」
やがて、一頻り書簡の内容に目を通し終えた彼は、その表情を眉一つ動かすことなく溜息を吐いた。
手にしていた書簡を半ば投げ捨てる様に机に置き、彼――ルギアス=ペンコアトルは呟きを漏らした。
「……馬鹿々々しい……が、良い機会だ。ティアスに会いに行くとするか……」
“仮面の魔導師”と言う異名を頂く由来となった通り、感情の読めぬ表情と口調のままで、彼は“神殿都市”へと向かう為に済ませておくべき“仕事”のあれこれに思いを馳せたのだった。




