第十五章:“剣撃ち”と“剣折れ”
こちらは第二部のエピローグになります。
時間軸上では、第三部の後に起こった出来事と言うことになります。
この驚くべき決闘の顛末とその仔細については、賭けの配当金の莫大さと併せて各地へと伝播して行った。
何と言っても、ジェイナスの異名たる“刃嵐”の名は、大陸西方域全域で広く知られており、それを打ち破った異大陸の魔法武具を操る射手の出現は多くの人々を驚かせていたのだった。
やがて、人々は彼の射手に対し、称賛の意味を込めて“剣撃ち”の異名を送ることとなる。
ともあれ、その存在が既に知られていた“神殿都市”とその周辺域では、大きな噂にはなりきってはいなかった訳だが……
* * *
さて、この決闘より二月ばかりが経過した頃、“神殿都市”では決闘についての噂も半ば風化し、別の話題が人々の口にされる様になっていた。
この頃には、ラティルも多くの方々の祝福の許で許嫁との結婚式を挙げ、別の姓――コアトリア姓を名乗る様になっていた。
そんなある日のこと……
“彼女”――ラティル=コアトリアは、“魔法院”の要請によって儀式魔法の協力を行う為に、“女性体”の姿で出仕していた。その足取りは些か重く、ぎこちないものとなっている。
これは、 “女性体”の身体が馴染んで来た一つの徴が現れたことが原因であった。
そんな神殿の回廊を進む彼女の許へ一人の女神官が駆け寄って来た。
「ラ、ラティルさん!……ちょっと、大聖堂まで来て頂けませんか……」
ここまで走って来た所為か、肩で息をするその女神官は“祭事院”所属の人物に見受けられた。
彼女の語る懇願の言葉に、幾分嫌な予感を感じつつもラティルは問いの言葉を返す。
「……あの、どうしたと言うのですか?」
「実は……以前に来られた“傭兵騎士団”の方が……」
ラティルの問いに、非常に申し訳なさの浮かぶ面持ちで女神官は言葉を返した。
「…………」
彼女の顔を目にしたときから、半ば予想していたこととは言え、その内容に“彼女”はその表情を曇らせた。
ただでさえ、とある事情で痛む頭が更に痛んで来た様に感じつつも、無碍には出来ぬと、回廊を彼女が駆け込んで来た方向――“大聖堂”のある方角に向けて踵を返して、女神官の先導されるままに歩を進めたのだった。
* * *
“大聖堂”に踏み込んだラティルは、ある種の既視感を覚えて、数拍の間その額に手を当てた。
そこには、以前の様に板金鎧に身を包む偉丈夫――ジェイナスが仁王立ちの姿で大聖堂の入口付近に立っており、そんな彼を遠巻きに十数人ばかりの人達が恐々と見詰めていた。
正直、関わり合いたいと思える構図ではなかったが、出て来なければ話が進むまいと感じたラティルは、そのままジェイナスの前まで進み出た。
「……私に御用の様ですが、何の御用でしょうか……?」
体調の所為もあって、幾分険の含んだ口調で問いの言葉を紡ぐ。そんな彼女の険悪な空気に気付いた様子もなく、騎士ジェイナスはある意味暢気そうな調子で言葉を返した。
「おぉ……改めて見れば、やはり其方もなかなかの美形だなぁ……」
「……それはどうも……で、用件は……?」
要領を得ない言葉に不快さを募らせつつも、“彼女”は次の言葉を促した。だが、続けられた台詞に、その場にいた一同の時間が停止した。
「では、麗しきラティル殿!……私の妻になっては頂けぬか?」
「………………は……?」
「結婚して欲しい!」
ジェイナスより発せられた台詞の内容に、一瞬聞き間違ったかとラティルが短い問いかけの言葉を紡ぐ。その言葉にジェイナスより即座に返答の言葉が告げられる。
「……私は、既婚者ですが……?」
初めて訪れた月の物の所為とは明らかに異なる頭痛を感じつつ、片手で頭を抱えて、“彼女”は静かに、落ち着いて、騎士への言葉を紡ぎ返す。
そんな“彼女”の様子に頓着することなく、騎士は自信満々と言った風情で大声を張り上げる。
「そんなこと……私は一向に気にしない!……何なら離婚でも何でもしてくれたら良いのだ!」
「……………………」
余りにと言えば余りな……無体と言えば無体なその台詞に、“彼女”の肩は周囲の目にも明らかに震えて見えた。だが、そんな“彼女”の様子を、この騎士は気付けない。
既に遠巻きに囲んでいた人々の幾人かは、不穏な空気を感じてその場から逃げ始めている。しかし、そんな周囲の変化も、この騎士は気付いていなかった。
そして、自身では爽やかな笑顔の思っているであろう表情を浮かべて、次の言葉を紡ぐ。
「……どうかね……?」
「……ふ、ふざけるなぁぁぁ~!」
だが、騎士の台詞はまともに紡がれることを許されなかった。
何故なら、 “彼女”が大聖堂中に轟けと言わんばかりの大音声の怒声を張り上げたからだ。
そして、その怒声と機を同じくして、“彼女”は咄嗟に召還した愛機――“魔力銃”を騎士に向けて抜き打ちで撃ち放っていた。
その一撃は、彼女の魔力があらん限りにと振り絞られた極悪なまでの威力を誇る光条として、対面する騎士へと襲いかかった。
* * *
その日、“セオミギア大神殿”の中央部――“大聖堂”より大神殿入口に向けて一条の光が走った。
その光条は、神殿正門の一部を損壊させながらも通り抜け、“神殿都市”セオミギアの上空を貫いた。
“神殿都市”セオミギアの上空を南北に貫いた件の光条は、都市に暮す多くの人々の目に留まり、何事かと多くの人が後々まで口々に噂し合うこととなる。
当初は不安の色を帯びた噂も飛び交ってはいたものの、事の真相が明らかになるに付け笑いの伴うそれへと性質を変えて行くことになるのだった。
* † *
さて、当事者達は如何なったのかと言えば……
まずはジェイナス卿については、直撃すれば木端微塵に粉砕されたであろう銃撃を咄嗟の判断で躱したものの、その余波までは避けようがなかったらしい。その衝撃で物の見事に吹き飛ばされ、神殿入口の大階段にて、無残な姿で発見された。
また、怒りに任せた射撃を行ったラティルは、華奢な“女性体”で尋常ならざる射撃の反動に耐え切れず、両腕の関節を痛める結果となっていた。
幸いにして、“彼女”が“銃”を構えた段階で、周囲の人々は概ね避難は完了しており、新たに神殿へと参拝する者等もいなかったことで被害は最小限で収まっていた。
ともあれ、この事件における被害を纏めると……
ジェイナス=ソード卿、全身打撲による全治数か月……
ラティル=コアトリア女史、両肩及び両腕関節脱臼による全治一ヶ月……
ジェイナス氏所有の甲冑、全壊……
ラティル氏所有の“魔力銃”、魔力過剰により半壊……
セオミギア大神殿正門付近の一部損壊……
概ね以上のものとなったのだった。
† † †
後世の記録に曰く、“虹の瞳”の異名を持つラティルによる“魔力銃”の発砲は、公式には七回あったとされている。
その内の過半数に及ぶ事例の標的となっていたのは、“剣折れ”の異名でも語られるジェイナス=ソードであったと伝えられている。




